4-6
貴重なサンプルがとれれば、報奨金はもっと貰えるかもしれないのに。
でも、そんなことは言わない。この世界の人々は、なにかに駆りたてられ突き動かされているのだ。考えるより先に行動するといったタイプの人間が多いのだろう。
だから根拠もなく、世界へ侵略し勝てると思い込んでいる。おそらくはディア共和国の技術と武器を手に入れることができて、妙な自信がついているのだろう。
「本気で勝てると信じているのか」
タロウは今、なにをしているのだろう。
不意に、不安がよぎる。協力する、という約束ははっきりしていないのだ。
「もちろんだとも。そうだそうだ。昨晩からチェルムに空爆を始めてね」
何森はわざとらしく言った。ぎくりとした。チェルムの空が隙だらけだったことは、とっくに気づいていて、海斗もそう思っていると単純に見とおしたのだろう。先程から外で響いている轟音は、飛行機が動いている音だったのだ。
みんなは無事だろうか。僕のイメージは、少しでも役に立っただろうかと考える。
「気になるか? チェルムの北方民族のもとへは更にセッツアと二部隊を送ったガナとイト、キナイ村を襲う計画を立てたのは彼だ。大和は今頃、はらわたが煮えくりかえっているだろうよ」
セッツア。大和が知っている誰かの本名だろう。桃京の顔見知り。チェルムを攻め込む人間の一人。何森とグルだという点で、大和が新しく入った会社の課長だろう。
「どうしても大和を殺す気なんだな」
「殺す気だからセッツアを送ったのだよ。日本名で言うと大和の会社の千田だな。だが、チェルムの人間の、大和に対するガードは堅い。かなり信頼されているみたいだからな」
集落の混乱が簡単に予想できて、血の気が引いていく。
みんなが疲労困憊しているところへさらに部隊を送ったのだ。どれだけの人数が亡くなるのか。
「僕を人質にするつもりなら、チェルムから攫った人々を解放しろ」
「無理だ。脳だけ取り出し、心臓は全て捨てたからな」
怒りで頭に血が昇り、何森を殴っていた。
「よくも。よくもそんなことを」
誰かにこれだけ激昂したのは初めてで、自分でも、こんなふうに怒ることができるのだなと思った。大きな音を立て、何森は尻もちをつく。外から様子をうかがうような言葉が聞こえてきた。
グァルの言葉なのだろう、まるで聞きとれない。何森は切れた唇をぬぐい、その言葉を外にいる人間に返す。大丈夫だとでも言ったのだろうか、誰かがやってくる気配はなかった。
「そんなことをして、あんたらはなにも感じないの」
「私の一存で決めたことではないよ」
「…………」
個人で思うところはあるのだろう。だから黙って殴られたのかもしれない。しかしそれでも虐殺に加担をしている人間だ。いい感情は持てない。
何森は銃を出し、海斗に向ける。汗が噴き出て恐怖に支配されそうになるが、ここは堂々と構えているしかない。命乞いはごめんだ。自信なさ気にふるまうわけにもいかない。
「あんたは人を殺したことがなかったんじゃないか」
「大和の推理が全部正しいと思うなよ。おまえがここで暴れれば殺そう。おまえには、チェルムを落とすための道具となってもらう」
「道具? ふざけるな」
「なら死ぬか。チェルムにいればよかったものを、わざわざUNステーションなんかに来るから今がある」
海斗は唇を噛んだ。ここから、この世界から脱出する方法はないだろうか。
時空をテレポートできるという装置。それを使えばなんとか戻れるかもしれない。
しかし、どうすればこの暗い部屋から抜け出せるのか。外は銃を持った人間がうろうろしているだろう。
「あんた、警備の仕事は続けないのか。安定した給料も貰えるだろう。足を洗ってあそこにいるという選択肢はないのか」
「おまえが澤部にいらぬことを吹き込んだせいで、やめさせられるだろうな。だがそろそろやめるつもりではあったよ。最近はこちらの動きも活性化してきた。しばらくここで待っていてもらおう。水と食料はやる。トイレはそこに簡易式のものがある」
懐中電灯の光を目で追う。介護用の簡易トイレがあった。桃京のある日本でも同じようなものが売られていて、それを持って来たのだろうと考えられた。
「その明かりを置いていってくれ」
「必要ないだろう」
何森は懐中電灯を持ったまま、去っていった。
壁に向かって蹴った。まるで独房の中にでもいるかのようだ。
座りこんだ。落ち着いて考えなくては。一度整理する。
ここ、グァルという星がトゥアという星を支配している。なんらかの手段でディア共和国を知り、手を組んだ。何森、千田はカリンツェ率いるグァルの人間。
青木由美子はトゥアの人間。鈴田はどちらかわからない。UNステーションでの見張り、それから何森につき従っていた点で、トゥアの人間かもしれない。淡々とした表情の中にも、自信がなさげに思えた、ということもあげられる。
トゥアの人間がグァルに従っているのは、保障がなされているからだろうと考えられる。グァルの人間が知能的に動き、トゥアの人間が行動を起こす。トゥアの人々は、いいように操られているのかもしれない。
とにかくチェルムを守らなくては。そして、逃げださなくては。
タロウから助けが来ることも少し考える。東京のある日本に戻すことはできると言ったのだ。しかしそれは、チェルムにいることを想定しての話。桃京もまだいい。ここはタロウたちがあまり知らなかった世界だ。
ここから助けを呼んで、タロウに分かるものなのだろうか。居場所は探ってくれているとは思う。思いたい。だが、いつ来るかなんてわからない。
だめだ。期待は残しておくけれど、絶対的な手段ではない。一日二日後に、自分の身がどうなっているのかさえ予想がつかないのだ。
両拳を作った。想像をするなら、いいことを想像しろ。それが形になるかもしれない。
言い聞かせ、目を閉じてなるべくチェルムの平和な様子をイメージした。しかし上手くいかない。軍勢が、銃撃が、自爆が、死体が、脳裏に焼き付いたまま離れない。
じっとしていると、暗闇にも目が慣れてきた。
四方は固く閉ざされており、天井に空調らしきものが見える。しかし天井だけは異様に高く、簡易トイレを踏み台に使っても届きそうにない。周囲にも、物はなにもなかった。
ならば、外にいる人間から銃を奪い、片っ端から撃ち殺していくか。
「できるのか」
自問自答する。できるはずもなかった。銃を持ったことすらないのだ。
考えても考えても、ひとつの光も見出すことができない。ここの施設がどういう構造になっているのかも全く把握できない。
時間だけが過ぎていった。やがて外から声が聞こえ、食事が運ばれてきた。
シリアルに牛乳をかけたものと、なんの葉を使っているのかわからないサラダ、オレンジジュース。シリアルとジュースはディア共和国から仕入れたものかもしれない。
食べている間は明かりに照らされ、三人の男に囲まれていた。二人黒髪で一人は金髪。
知らない言葉で時々話をしている。グァルにも地球と同じような人種がいるようだ。スプーンや食器をなにかに使えないかと思ったが、隠し持っておくこともできない雰囲気だった。
食べ終える最後の一口で、男の一人が食器の入ったトレイを素早く取りあげる。相手も海斗の思考を推測しているのだ。凶器になり得るものを一切持たさないためだろう。
二人の男が部屋から出ていき、最後の一人がドアを閉めようとしたところで、海斗は声を張り上げ、思い切りドアに向けて体当たりをした。
ドアを閉めた男はどこかを打ったらしく、呻き声を発する。他の二人がほんの少しの隙を見せた。その間をすり抜けて海斗は走った。
「隙がなければ作る」
不安を掻き消すように呟く。背後から騒ぐ声が聞こえ、銃が発砲された。
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