4-5
轟音で目を覚ます。
喉がからからだった。どこかの部屋で眠らされていたようだ。闇が目の前を覆っている。
全身を触って、指先で着ている衣装を確かめる。
もともと着ていたTシャツにGパン。
特に体になにかされたわけではないとわかって、息をついた。
部屋が暗くてなにも見えないので、五感を研ぎ澄まして空気を肌で感じる。桃京にいた時とはまた異なる質感に思えた。閉ざされている感じはまるでしない。代わりに、なんだかざらざらとした嫌な気配を覚える。土も砂も、今立っている場所のどこにもないのに、なんとなく砂埃が舞いあがっているような感覚だ。
どこだここは。
焦り、出入口を探す。床はコンクリートだ。閉じ込められているのだろうか。中から壁を思い切り叩く。外から声が聞こえ、扉が開く。光が見え、すぐに消えた。
何森が懐中電灯をつけて入って来る。
「キスをされた時のお前の顔といったら……まだまだ若いな」
思い出して表情を歪める。何森はペットボトルの水を投げるように差し出す。
「毒は入っていないよ」
水を一気に飲み干した。ノック音がした。何森はドアを開け敬礼をする。懐中電灯の明かりに照らされ、一人の男が入ってきた。黒髪に濃紺の目。日本人と風貌はそう変
わらないが、随分と偉そうな態度の男だった。
男は海斗を見て一周し、目の前に立つ。頭から足の先まで、動きのひとつひとつが軍人そのものだ。チェルムの言葉でも、英語でも、どこの国の言葉ともつかない言葉がその男の口から出される。
何森が言った。
「通訳する。『私はグァルの社会指導党首相、カリンツェ。チェルムは既に我々のものである。それを阻止する者はなんであろうと許さない。おまえもそのうちの一人か』」
カリンツェ。何度か耳にした。要するに、政治家なのだろう。この男が、チェルム侵攻の首謀者だ。そう思った。
「チェルムは誰のものでもない。チェルムの人々のものだ」
海斗は言った。何森が通訳をする。カリンツェは表情一つ変えずにひとつひとつの言葉を大声で話した。
「チェルム人は、人ではない。人の形をしたただの獣である。証拠に奴らは摩訶不思議な幻術を使う。それを人とみなしていいのか? いいはずがない」
どこの時代の、どんな星にもこういう人間がいるのか。グァルやトゥアの軍人、一般人に、このカリンツェという男は話術で刷り込んできたのだろう。これでは独裁国家だ。
「そんなのは、あんたらがチェルムの領土を奪いたいための口実だろう」
カリンツェはごく冷淡な瞳で海斗を見下ろしていた。そうして静かになにかを言った。
「たった一人の人間になにができるというわけでもないだろう。おまえは一応人間としてみなしておく。吠えるだけ吠えておけ」
そう言って去っていく。何森は残った。人間とみなされたのは、海斗の住む世界のことがこの星にとって、直接のかかわりがないためだろう。
「忙しいかただからな。あの人との話はここまでだ」
「なぜ僕を捕まえる」
何森は座り込み、言った。
「あの時大和といたのが運の尽きよ。おまえの世界に手は出せなくても、おまえに手は出せると考え直したのさ。一人いなくなったところで世界はなんら変わらないだろうからね」
「大和を殺そうとするのも、さっきの男の命令か」
「そうだ。ディア共和国も大和を目障りだと若干感じているらしい。本田満という男さえ桃京に迷い込んでこなければ、あいつはなにも知らずに日本で暮らしていただろうよ。勘がよく知りすぎた。そしてその才に目覚めつつある。異なる世界へ行く方法をわざわざ模索し、実際になにも機械を使わず自然現象に頼って意図的に実践することができた。これを繰り返されては、我々の侵攻計画に支障が出る」
似ていると言われたが、大和との大きな違いはそこだ。海斗はなんのカンも働かない、自然現象に頼っても世界が開かれないというところだ。
「大和は桃京で生きていた普通の人間だろう」
「あいつは小さいところにとどまってはいられない人間だ。世界をかき乱し、変える人間となろう。一番厄介なのが、日本人特有の善行で動こうとすることだ」
大和が生きていると、いろいろと不都合なことが生まれるのだ。グァルにとっては、勝手に自然現象に頼って世界を歩かれると支障が出る。UNステーションの人間にとっては、役に立たないとみなされ、ディア共和国にとってはチェルムを知っている要注意人物となり得る。仮にネットワーク上で流され噂にでもなったら、万人に知られるのだ。信じて実践する人間が出てくるかもしれないし、あるいは日本に紛れ込んでいる他の宇宙人が黙ってはいないのかもしれない。
「バカバカしい話だな」
海斗は笑った。
「なぜ笑う」
何森は不愉快そうに言った。
「お前たちが知っている世界だけが全てじゃない」
「そうかもしれんな」
「お前たちの世界を狙っている世界もあるかもしれない」
「そうなったら迎え撃つだけのことさ」
いっそのこと、壊してしまおうか。そんなふうにも考える。自分の作った土台を、自らの手で壊すのだ。そうすれば世界は。チェルムも桃京も消えるかもしれない。
いや、と考え直す。もうそこに人々は生命を得て生きている。それを奪うことは、海斗にだって許されない。こんな何森のいる世界もまた、誰かの発想から生まれたものなのだろうか。
「この世界のありかたはどうなっているんだ」
真っ暗なところに閉じ込められているのは、恐らくこの世界の情報を海斗に知らせないためだろうと考えられた。
「ディア共和国と同盟を結んでから、栄え始めたよ。グァルは貧しかった。トゥアはより貧しい。我々は豊かさを求めてなんでもする」
なんでもする。水攻めにあった大軍と、自爆を思い出した。つまり国のために命を捨てて特攻しても構わないということだ。
「なぜそうまでしてチェルムにこだわる」
「記憶を読み取られては困るのだよ。作戦が全部失敗してしまう。だがディア共和国に脳解析の結果を流せば、莫大な報奨金がもたらされるのだ」
「人質はどうした」
「獣は殲滅しないとな」
何森は言ってニヤリと笑った。今度は海斗が不愉快になった。ディア共和国が超能力の手掛かりとなるものを狙い、グァルとトゥアは領土だけを狙っているのだ。
「殲滅してしまっては、二度と手に入らないサンプルだってあるかもしれないぞ」
「構わんさ。我々にはあまり関心のないことだ」
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