1-9
「この辺りはどうでしょうか……」
浴場もあるので、少し湿っぽい。
見えないものを探しているのだ。カンと臭覚で嗅ぎまわるしかない。しかし、空気はただ空気として流れているだけだ。六階へ行く。足を踏み入れたとたん、けたたましいサイレンの音が鳴り響き、空気が赤く染まった。二人で肩を震わせた。天井から機械音声が響く。
「警告。この階は女性専用です。男性は立ち入り禁止です。警備員を呼びます」
しまった、と思った。五階は男性専用の洗濯場と浴場だが、六階は女性専用の浴場があるのだった。送られてきた案内図にもそう書いてあったはずだ。
「UN」の意味をテストされたくらいだ。地図を把握できていなかった人間とみなされ、これからどういう待遇を受けるかわからない。
「結局、なにもなさそうです」
満が不安そうに言った。大和は頷き、五階へ戻ると、エレベーターを待った。
ケージがあがってきて、ドアが開く。
「ちょっと今の赤い空気と警告音で具合が……」
エレベーターに乗ると満は壁にもたれ、目を閉じる。ただでさえ青かった顔がさらに青くなっている。見知らぬところへ来て、しかも寝ていないのだ。相当なストレスを感じているのだろう。
チン、と音がして、エレベーターは一階へ辿り着く。
ドアが開いた瞬間、妙な気圧を感じた。空気が淀んでいる。
「ここ、なにか感じませんか」
降りて振り返ると、満の姿がどこにもなかった。
「本田さん?」
今の気圧。寒気を覚えた。本当になにかの現象が起きて戻れたのだろうか。
名前を繰り返し呼んでしまった。頭で理解はできても、この一瞬で目の前に訪れた異変に感情が追いつかない。ケージの中にいたはずの人がいないのだ。便乗できなかったことにも、焦りを感じた。
エレベーターの扉が閉まる。不意に、吐き気が込みあげてきた。大和にも疲れとストレスがある。淀んだ空気にあてられて一気に具合が悪くなり、立っていられなくなった。
膝をつくと、大和の目の前が真っ暗になった。
見知らぬ女性の顔が大和を覗きこんでいる。
身を起こすとくらくらとした。具合の悪いままだ。手には布団の感触がある。
「ここは医務室ですか。本田さんは」
周囲には甘ったるい変な香りが漂っている。
目をやると、数人の女性が不思議そうに大和を見つめていた。
女性たちは、カラフルなジャンパースカート型の民族衣装を着ていた。若いのから中
年、老人までいる。まるで聞きとれない言葉でなにかを話している。
「あの、ここは」
再び言う。女性専用の場所に侵入して、警告されたのだ。なのに今、女性に囲まれている。匿われたのだろうかと一瞬思ったが、一階まで戻ったのだ。
どこかの部屋のようではあったが、医務室ではなさそうだった。いや、女性たちが民族衣装を着ているという時点で奇妙だ。外国人の集められた場所でもあるのだろうか。
甘い香りに精神が少し落ち着く。英語でここはどこかと訊ねてみたものの、言葉が通じないのか女性たちは顔を見合わせる。
一人の若い女性が大和の額に手を当てる。
「エウーレアイ」
夢でも見ているのだろうか、俺は。
またふらっとして、そのまま意識を失くした。
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