1-10
瞼に日差しがかかって目を開けた。
眩しさに寝返りを打ち、いや、こんなことをしている場合ではないと身を起こす。
体調は大分良くなっている。見ると、病院の病室のように白いカーテンでベッドが囲われていた。右側には丸い窓がある。外の景色が変だ。
ここはUNステーションではない。そうはっきりと思った。
部屋にはまだ甘い香りがしている。咳込むと、その声に気づいたのか、七、八歳の男の子がカーテンのすそから顔を出した。大和を見つめ、にっこりと笑うと声をあげた。
やはり言葉を聞き取れない。カーテンの向こうで、ガタガタと物音がする。しばらくして、七十代くらいの白い髪を団子にした女性が穏やかな表情で、大和のもとへやってきた。
「アーイーエ」
反応に困った。わけのわからないところにいて、わけのわからない人々が目の前にいる。動揺を隠し、冷静を装う。とりあえず、自分の身になにかが起きて助けてもらったのだ
ろう。
「昨晩は、ありがとうございました」
日本語で言い、英語でも言った。女性は一瞬だけ表情を変えた。
「はじめまして」
日本語で聞きとれた。びっくりしたのと同時に言葉が通じる安堵を覚えた。
が、次の一言が出てこない。聞きたいことがありすぎて、頭が混乱している。
不安そうにしている大和を見て、女性はふふ、としなやかに笑った。
「私はこの村の長、ルルと申します。昨晩あなたが庭で倒れていたのを孫が見つけました」
「庭? 孫?」
単語しか口にできない。村とはなんのことだろう。
もう一度窓の外を見る。土に根を張っている巨木が見えた。
枝葉が全て家を覆っており、その隙間から日が差している。
「ここは一体、どこですか」
先程の男の子を女性が抱き上げ、言う。
「チェルムという世界の片田舎、ガナの村です」
一体どこへ来たというのか。今になってようやく満の慌てぶりが理解できる。
「もう一人、人がいたと思うのですが」
「いえ。倒れていたのは、あなただけでした」
あのエレベーターが、この妙な場所に繋がっていたというのだろうか。停滞した空気が、昨晩仮説を立てたとおりなにかの現象を起こして、ここへ来てしまったと思ったほうがいい。満は無事に東京へ帰ったのだろうか。
ルルは溜息をついた。
「最近、あなたのようなかたが増えているのです」
「俺みたいな?」
「我々にとっては見たこともない方々が、時々道端に倒れているのです。つい六十日ほど前も、金色の髪に青い目をした、体の大きな男の人が隣の敷地に出現しました。あなたは言語をふたつ操れるようですが、その方が話せるのはひとつだけでした。まあ、この辺りの年若い子にはかなり珍しいようです」
どこの人間だろう。東京がある世界の人間か、桃京のある世界の人間か。いずれにしても人間であることには変わりがない。もちろん、目の前の人たちも。
「帰るめどがつくまでは、この家でゆっくりして下さい」
ということは、帰る方法がないのだろうか。UNステーションでは、今頃どんな騒ぎになっているのだろう。
「それはそれは、慌てているかもしれませんね」
思考を読み取られているかの如く、ルルが言った。
そうだ。全く異なる言語を話していたはずなのに、なぜ今日本語を喋っているのだ。
ルルは微笑んだ。
「我々に生まれつき備わっている能力が、あなたがたにはないようです。生まれた環境の違いでしょう」
「それは一体どういう――」
「相手の記憶や思考を読み取る能力がチェルムの人間には基本的にあります。しかし読み取るのと覚えるのは違います。あなたの国の言語習得にはひと晩かかりました」
「記憶を読み取れる? なら俺が今までどんなところにいたかわかるのですか」
「ええ、そうです。高い建物がたくさんある場所にいましたね。職を失い、どこかの施設にいて、憂鬱な表情をされていた」
当てられている。日本語を一晩で覚えたというのも信じがたい話だけれど、記憶や思考が読めるのならば、問題も起きるのではないだろか。
ルルはまた読み取ったのか、ゆっくりと首を横に振った。
「我々は成長するごとに、相手に思考や記憶を読ませないブロックの仕方を身につけることもできます。村の部族や民族ごとにさまざまな能力がありますが、チェルムの誰もができるのが、読み取りとテレポート。この村は、治癒能力を得意としています」
ルルは手を叩いた。瞬きをした一瞬に盆を手にしていた。
なんだこれは。どういうからくりがあるのだ。
「どうぞ」
盆にのったスープとパンが差し出される。
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