1-5
あっという間に二週間が過ぎ、大和は家を引き払った。
その間の一日はなにもかも忘れて自由に遊びに行った。遊びに行ったといっても、商業施設へ食べたいものを食べに行き、何気なく立ち寄った店で財布を新品のものに変えた程度なのだが。
余分なものは実家へ送り、電化製品は一時的にトランクルームに預け、大きな荷物を抱えてバスに乗る。かつて長いレールを走る電車というものがあったらしいが、それが廃止されて、路面を走るバスに変わったらしい。
地面から発動している磁気で動いているので、略して磁バス。停留所は「駅」と呼ばれる。かつては空を飛ぶ車を作ろうとしたこともあったようだが、国はシステム作りに予算を回したという。
朝六時。一睡もできなかった。三日ほど前に役所から速達で来たUNステーション行の切符を運転手に見せると、驚かれた。
「遠いですね。乗り継ぎが必要ですよ。場所はわかりますか」
可哀想に、と憐れむ視線を向けられる。
「地図は送られてきておりますので、頭に入っています」
住んでいたところから、約二時間。UNステーションは桃京郊外にある。終点まで行き、そこから別のバスに乗り継いで三十分。駅に着くと、UNステーション直行便の無人バスに乗る。五分ほど待ち、誰も来ないことを確認して、「閉」ボタンを押す。ドアが閉まり、無音で動き出した。
中は大和だけだった。UNステーションに仲間はいるだろうか。自分だけだったら。不安に思いながらも、新しい環境に身を置けば憂鬱な日々も覆るかもしれないと、少しばかりの期待をした。そうすると心持ちも変わり、若干楽しくなった。
バスは広い敷地へと入っていく。同封されていた案内図を見ると、建物は十六棟あった。四棟ずつ、四つの区画に分かれており、通路にも粋な名前が付けられている。
まるで、ちょっとした町のようだった。
UN駅で降りて、警備員のいる受付へ行き、名乗った。
「こんにちは。本日からここでお世話になります」
「ようこそUNステーションへ。私は何森(いずもり)と申します」
何森はにっこりと笑う。五十歳くらいだろうか。背が高くがっしりとしており、笑顔の中にも鋭い眼光があった。
お願いしますと頭を下げる。
「君、UNってなんの意味か知っている」
そういえばなんの略だろう。案内図も、切符も、全て略されていた。
「なんでしょうか……ええっと」
数分考えてもわからない。
「じゃ、まず単純作業からになるね。一応それ用の腕輪を渡しておくよ」
警備室の奥から綺麗に小分けされていた腕輪のひとつを取り出し、差し出す。どうやらこの何森の判断で、最初にふりわけられる場所が決められるらしい。
つまり今のはテストだったのだ。ただの世間話だと思っていた。頭が回らなかった自分にため息をつきたくなる。
二号棟の三○四号室へ行くように言われた。そこがしばらくの間の寝る場所だという。
二号棟は主に単純作業をする人々が集められるらしい。一階に会議室があるから、そこで待機しているように、とも言われる。
「まあ、会議室で本格的なテストがあるから、寝床も変わる可能性はあるよ。それじゃ、頑張って」
何森は手を振る。大和は勇気を出していった。
「あの、質問の答え、教えて頂けますか」
「まだわからない? UNKNOWNの略。未知、という意味だよ」
呻きそうになるのをこらえ、お礼を言って去った。
未知、というのはこの国ではあまりよくない単語として使われている。子供に使うのも未来に使うのも忌むべきものとして避けられている。
システムで測れない、未知数の人間は悪。国が敷いた道筋から外れてしまった、厄介者、という意味があるからだ。いつの頃からか犯罪者を指す言葉となり、それが現在、失業者にも平然と使われるようになった。
途中でなんでも揃っているらしい大きな売店があったが、なにも買わずに通り過ぎて二号棟の一階会議室へ行く。従業員と思われる人々が、向かいからバタバタと走り去っていった。ざわつく声が聞こえるので、なにかあったようだ。
大和は周囲を気にしながらも、会議室をノックする。
自動でドアが開いた。中に入ると、四角い簡素なテーブルが中央にあった。
「座って頭にテーブルの上の帽子をはめてください。お水は好きに飲んで下さい」
女性の機械音声が流れる。見ると、プラスチックでできた硬い帽子と、ペットボトルの水が置かれていた。
音声に従い、大和は帽子を被った。
誰かが来る気配はない。窓からは中庭が見える。そこで一時間ほどじっとしていた。
二時間が経過して、少し不安になった。いつまでこうしていればいいのだろう。
しばらくして、ノック音が聞こえてきた。ドアが自動で開き、黒いスーツを着た男性従業員が入ってくる。ここにいる従業員は先程の警備員も含め、すべて国家公務員だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます