1-3
朝起きて、ゴミ集積場にゴミを出しに行くと、二階の住人と鉢合わせた。丁度真上にいる男性だ。大和が会釈をすると、二階の住人はうっすらと笑った。
「おはようございます。本日はお休みですか」
「ええ。まぁ」
「本日はお日柄もよろしいですね」
「ええ、よく晴れております」
空を見上げる。冬の澄んだ空が広がっている。
「なにか鬱屈としたものを抱えていそうですね。寒いですが、屋上の庭園で緑でも眺めたらリフレッシュできますよ。私も出勤前にちょっとあそこで休んでいたところです」
「ああ、それはいいですね」
緑がある景色は、今では建物の屋上と公園にしかなくなっている。大和の住んでいるマンションの屋上は、何階の住人であろうと朝六時から夜の八時まで使用することが出来た。
無人のテラスになっており、持参でお茶やお菓子が持ち込めるのだ。
「では」
言って男性はアーケードのほうへ歩いていく。
大和は戻り、エレベーターに乗ると屋上へ向かった。十階で降り、通路脇の階段を登る。
鉄の扉の前に貼り紙があった。
失業者は出入り厳禁 マンション管理人
目を疑う。以前、こんな貼り紙があっただろうか。
一ヶ月くらい前に来た時は、なかったように思う。
この先には、景色の良い場所が広がっているというのに。それを見ることさえも許されないのか。
ドアノブに手を掛ける。入り口斜め横の、高いところに取り付けられた丸い防犯カメラが作動し、青いセンサーが筋となって大和の手にかかる。ノブに力をこめ、ドアを凝視し、肩から脱力した。足音が聞こえて振り返ると、本当に休日であろう中年男性が階段を登ってきた。
扉の前に突っ立っている大和を見て、怪訝そうな顔をする。
「入らないのですか」
「ええ……ちょっと」
男性は貼り紙を見るとははあ、とさげずむような、でも納得したような顔で笑った。
「あなただ。そりゃあ、入れませんな」
なんのことかわからなかった。
「どういう意味です」
「昨晩、不動産会社から顔写真入りで一斉メールが入ったのですよ。マンション内で、あなた以外の全住人が知っていることでしょう。たぶん、このマンションから失業者が出るのは初めてなのでしょうなぁ」
あなた以外の、ということは大和にはなにも知らせを入れなかったのだ。不愉快な気持ちになった。目の前にいる男性ではなく、ゴミ集積場で出会った男性に。そして、マンションの管理人に。不動産会社に。さらには国に。
集積場で会った男性は貼り紙があったことを知っていて、わざと屋上へ行かせるように仕向けたのだ。おそらく朝早くに屋上に来て貼り紙の存在を知ったのだろう。貼り紙は昨日の夜にはすでにあったに違いない。
「過去私の知人にいたのですよ。職を失ってしまった人が。マンション中の人から嫌がらせを受けたとか。まぁ、一度の失敗でくじけてはだめですよ。ああ、不動産会社から圧力をかけろ、と言われているのです。本意ではないですが悪く思わないでくださいね」
言って男性は大和を押しのけ、屋上の中へと入っていく。
緑の茂る景色がちらりと見られた。
大和はこぶしを強く握った。圧力をかけろ? つまり失業者であることを自覚するために早々に心構えを持って、退却しろということだ。
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