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健康な国民は、二十三歳までに親から独立することも義務付けられている。
実家から離れてマンションを借りる。クビになると、会社から国と不動産会社に速やかに連絡がなされて、マンションに住む権利を失う。居住権は他人へと移されるのだ。もちろん病気を発症し検知された人間も同じことが起こる。
病気であれば、実家で養生をするか専門の病院に移ることになる。だが健康な失業者は、国が管理する施設、UNステーションへ移り、そこで三か月ほどあらゆる職業、社風適性の検査を受けたのち、再度限られた選択肢の中から向いている職場を探す。
それを三度繰り返してしまった者は、家族で海外移住を勧められる。
実質、国から追放されるのだ。健康な人間でブザーが鳴る者の割合は、二千人に一人だという。人口は一億七千万人なので、この割合は少ない。
彼女にふられるのも無理はなかった。学生の時に図書館で出会ったのだが、四歳年上でもあったし、美人でエリートだった。海外の名門大学を出ており、職業も国家公務員だと聞いた。釣り合いがまるでとれていなかったのだろう。将来的には結婚、と考えていた時期もあったが、今となっては彼女と付き合えたことも、ただの夢だったのだと思う。どうして年下の経済力もなにもない自分を好きになってくれたのか、まるでわからない。
ひょっとしたら遊びだったのではないか。そんなことも思う。
広場を抜けてマンション街を歩くと、今度は防犯カメラの役割をしている薄青いレーザーがまた等間隔で動いていた。
中学教育の段階で、腕輪は取り入れられる。社会に馴染めるようにと訓練の一環としてはめるのだ。ブザーが三度鳴ったところで学校にいることは許される学生生活ではあったけれど、大和は三度鳴ってクラスの子たちからいじめられたこともある。
独身者用のマンションに帰って、シャワーを浴びた。マンションは十階建てで、収入が高ければ高いほど上の階に住める。街の景観を良くするために、地域ごとにマンションの高さは決められているので、今大和が住んでいる地域は、十階建てのマンションがほとんどである。その一階。不動産屋との契約時に、この階までなら住めますよ、という条件が出されるのだ。大和は問答無用で一階。
社会人になりたての人間は誰でも 一階からだと思うので文句はなかった。しかし、自分は異端なのだろうかと思う。
中学の時にブザーが三度鳴ったのは、大和だけだった。二度鳴らしてしまう子が何人かいても、三度は鳴らない。
社会に出て同じことを繰り返した。ここにいられるのもあと二週間。
でも二週間は、役所への手続きなりなんなりをしながらも、好きなことをしていられる。その程度の余裕は一応与えてもらえるのだ。それが今の日本、そして桃京だ。
着替えて髪を乾かす。鏡に映る目は、東江時代に思いを馳せている。
本物の桃畑が一面に広がっている景色を想像する。ここが桃京ならば、桃源郷はどこにあるのだろう。
大和は空想が好きだった。自分とは相容れない時代をなんとか生きている一方で、いつも頭の片隅に、今の社会にはない、異なる時代や世界の景色を夢想していた。そこが大和の、心の中の理想郷だ。現実にはどこにもない世界だ。しかしそんな空想を口に出したらこの社会で生きていくことさえできなくなる。
テレビを点ける。どの番組も平和だった。木から降りられなくなった猫を消防隊員が助けたとか、中学生が道に迷った老人を助けたとか。あとはスポーツや、東江時代に活躍した人物をとりあげたドキュメンタリー。小さい頃からこうした番組しかない。大きなニュースは台風や火事くらいだ。社会が平和なのはいいことのはずなのに、この平和がとても息苦しいと思うのはなぜだろう。
眠りにつく。
夢はせめて、楽しいものを見たい。
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