流転1-1

店はどこも閉まっていた。午後十一時を過ぎている。


太さ三センチほどの細いネオンが、高く巨大なアーケードのアーチに沿うような形で照っている。店と店の間から三メートルごとに等間隔で。


光は白色から桃色へと静かに流れるように変化していく。桃色になったら根本から白に。


白になったら先端まで桃色に。かつて、桃で栄えた都の名残だ。おそらく桃畑をイメージして作られたのだろう。


桃で栄えていた時代の元号は東江(とうえい)といい、長く続いたと歴史の授業で学んだ。その頃の人々は、質素だが人情があり、異国情緒豊かで寛容に、自由に生きていたという。もう、二百年以上前のことだ。今もその時代が続いてくれていたら、と考えてしまう。桃園は、今は桃京にはなく地方に移されている。栽培方法も進化し、


今では一年中食べられる。

アーケードを抜けると、広い空間に出た。噴水があり、ベンチが並んでいる。昼間買い物をした人のための休憩場で、今は誰もいない。空を見上げても、立ち並ぶマンションの明かりで星も見えない。


三浦大和は少しばかり苛立ちながら、携帯電話を取り出し、母親の番号にかける。


「ああ、母さん。遅くにごめん」

「どうしたの」

「会社で今日、ブザーが鳴っちまった」

 息を呑む声が聞こえてきた。大和は緊張していた。

「これで三回目じゃないの」

「まぁ、死ぬわけじゃない。大丈夫だよ」

「そんなこと言ったって――由美子さんは」

「さっきメールで伝えたら即刻ふられたよ。励まされもしたけどさ。仕方がないだろう」

「じゃあ、あなた」

「来月からUNステーションへ行くよ」

「そう……そう。まあ、元気でやってくれていたらそれでいいわ」

「ああ。母さんも体に気をつけてね」


電話を切った。


左腕に痛みを感じたが、傷もあざもなかった。会社から貸与された腕輪を毎日つけていたせいで、実際に物理的な痛みはなくとも、脳が「痛い」という錯覚を起こしてしまっているのだろうと感じられた。


時代が完路(かんじ)に入って二十六年。いつの頃からか、全国の労働者に腕輪をすることが義務付けられるようになった。腕輪は必ず会社から支給され、労働している間ははめていなければならない。だからデザインもセンスのあるものではなく、見た目はなんの飾りもない、メタリックな腕輪だ。


センサーがとりつけられており、毎朝健康状態を測る。体調の他、おおよその睡眠時間、血流、頭の回転速度、気分、病気の有無。


腕輪一つで全部わかってしまうシステムだ。仕事中に少しでもぼんやりしていると、センサーが意欲の低下を察知してアラームを鳴らす。そうして今日、アラームの他に左腕にはめていた腕輪からブザーが響いた。


「ああ、残念。はい、今日で終了」


部長は冷酷な眼差しを向け、大和に言った。周囲はひそひそと話していた。


ブザーは不適性を意味する。同じ会社にいてブザーが三度鳴ってしまった人間は、その日にクビである。仕事がある程度できても、社風に馴染めていないと腕輪が判断してしまうと、終わり。仕事の向き不向きも判定されるが、それ以上に大事な判定基準は、会社に馴染めているかどうかなのだ。


確かに社風に溶け込めない部分はあった。でも入社して二年。仕事には少し慣れて若干の余裕が出てきたところでもあったので、二年で判定されてしまうのは納得がいかない。


二週間後、大和は住処を奪われる。その事実が重くのしかかる。

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