「これからへの決断」

「おっ裕太か?一人は珍しいな」

と病室に入ってきた僕にお父さんは声を掛ける。

「うん、お父さんに話したいことあってさ」

お父さんの目を見ながら持ってきた着替えを近くの机に置く。端のほうには何冊かの本が置いてあった。

「お母さんのことなんだけど…」

僕は今まで積もっていた言葉を伝える。

自分が思ったこと、お母さんが言ったこと、

江実が賛成したこと、自分がまだ結論を出せていないこと。全てをお父さんに伝える。

「そうか、そうか」

とお父さんは僕の言葉にただ頷く。

その心地よさに感情がだんだんと湧き出る。

「お母さんが前と違うのは僕もわかってる」

「でもさ、お母さんがお父さんの見舞い減らしてまで他の家族を手伝うのはどうかと思うんだ」

「もし、お母さんのお見舞いが少なくなったせいでお父さんの病気が悪くなったらっ」

声を震わせる僕の方に手を置き、お父さんはゆっくりと口を開く。

「俺の病気と直接闘っているのは俺だけだ。たとえみんなから助けられていてもそれを受け取り、うまく使うかは俺自身だけだ。」

「だから、お前が心配することないよ、裕太。」

お父さんは続けて口を開く。

「実はな、お母さん、お前が来る少し前に来たんだよ。」

「え。」と声を漏らす僕にお父さんは微笑み返す。

「母さん、俺に謝りに来たんだ。『今まで無神経でごめんなさい。これからは家族のこともっと大切にします』って」

「『友達になりたい人がいる』ってな」

「実は、昨日のこと母さんからも聞いたんだ。お前と本音を話し合ったってこと。」

「裕太と話したから、自分の本音をしっかり言えたって言ってたよ。」

「お母さんが…?」

「そうだ」

お父さんは笑って答える。

「話している時の母さん、輝いてたよ。ずっと一緒にいるが、今までで一番輝いている」

「俺はな、母さんを応援したいんだよ」

そういって微笑むお父さんは、今までより一番元気に見えた。

「お父さん。」

「なんだ?」

と優しく僕を待つお父さん。

僕の思いは終着点に達していた。

「僕、お父さんのこともお母さんのことも大切にしたい。」

「だからお母さんが”友達をつくる”まで、僕はお母さんの行いには目を瞑る。」

「お前らしい答えだな」

と笑って背中を叩かれる。

この決断に迷いはなかった。


私は夫に謝ったあと、佐山さんの病室に向かった。娘さんに謝りたかったからだ。

病室に着くと、娘さんは佐山さんをじっと見つめていた。

「あの。」

私が声をかけると彼女は虚に私の方を向いた。

「なんですか。」

「謝りに来たんです。あなたに。」

私は深く頭を下げる。

「こないだはごめんなさい。私はあなたの気持ちを理解していなかった。」

「私、自分勝手に進めてしまうんです。色々と。実は私の夫もこの病院に入院しているんです。もうすぐ退院予定なんですけれど。」

「え?」と彼女は困惑する。

「あの、人の家族より自分の家族じゃないですか?大切にするのって。」

私は大きく頷く。

「最近、息子に言われてやっと気づいたんです。私は、夫の調子がいいことを理由にあなたのお母さんに時間を割いてばっかりいた。」

「私は子供でした。あなたに対する態度も家族に対する行動も」

娘さんは私をじっと見つめる。

「昔、あなたのお母さんに憧れていたんです。

彼女のまっすぐとした芯をもった態度に」

「私は、彼女と友達になりたかった。けれどその時の私は引っ込み思案で、一度話した後に人気者になってしまった彼女に近づくことはできなかった。」

「だから、私は、彼女と友達になるためにここに来ていたんです。」

娘さんは私を驚いたように見つめる。

「自分勝手でごめんなさい。でも私はそれが今の夢なんです」

そう言ってまた頭を下げた。


「母から昔、聞いたことがあったんです。」

娘さんはそう口を開いた。

「高校時代に一度だけ、私の思いに答えてくれた子がいたって。」

私は目を見開き、娘さんの顔を見る。

「その子は私のことをすごく褒めてくれて、私のことをうわべではなくて中身を見てくれたって」

「いつも楽しそうに話してくれたんです。もしかしてあなたのことですか?」

私はゆっくりと頷く。

「そうですか。」

その時初めて娘さんは微笑んだ。

「私も覚えているよ。」

その時声がした。

声の主は佐山静江だった。

「あの子は、私のやってきたことを認めてくれた。私はあの子がいたから、また頑張れた。」

「あの子は、今のあなたに似てる。」

凛とした表情で私をみる佐山さん。

娘さんは「お母さん…」と驚きをこぼしていた。

「私です。市川薫です」と私は答える。

彼女は優しく微笑む。

「あなたとまた会えて嬉しいわ。よかったら友達になってくれる?」

突如言われたその言葉に、私は涙を流す。

言いたかった言葉、なりたかった人から言われるなんて。

私は涙を抑えながら

「もちろん」

と答えた。

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