「打ち明ける思い」

「お母さん。ちょっと話があるんだけど。」

突然後ろから息子に呼び止められた。久しぶりに息子夫婦の家に行き、夕飯で使った食器を片付けている時だった。

「お母さん、お父さんの見舞いの後、何やってんの?」

不意を突かれた言葉に、思わず目を丸くする。

「お父さんから聞いたよ。最近すぐ出てくって」

「最近病院に行く日が多いから、僕はてっきりお父さんのことすごく心配してるんだなって思ってたんだよ」

「でもお父さんに聞いたら、前より少し増えたぐらいだって」

「隠し事はやめてよ。お母さん。」

息子からの言葉にハッとする。隠しているわけではなかった。私に関係することだったから。けれども、言わないということは家族に不安を抱かせることになってしまう。私は静恵さんのことについて話すことにした。

「ごめんね。心配かけて。隠しているわけではなかったの。ただ、自分勝手なことだから話さなかっただけなの。」

息子はただまっすぐに私を見る。

「実はね、高校の頃の同級生が入院していて。その子のお見舞いに行っていたの。お父さんのお見舞いに行った時に偶然再開してね」

「彼女、実は認知症で。彼女に昔のこと思い出してもらうために何回も通っていて。」

「病院に行っていたのも、お父さんのお見舞いが短くなったのもそれが理由なの。」

「心配かけてごめんなさいね」

私は息子の目を見つめる。その目はまだどこか腑に落ちていない様子だった。

「わかったよ。お母さんがこんなことになっているのか。」

眉間に皺を寄せ両手を腰に置いた息子は低い声で言う。

「でも。お母さんにはまずやるべきことがあるでしょ。お父さんの世話、優希の面倒、自分の将来について考えることとか!」

「別にお母さんが友達のお見舞いに行くことに反対してるわけじゃない。でもさ、お父さんのお見舞いを減らしてまで行くことかな。」

声のトーンが上がる。

「お父さんが最近良くなってるからいいけど、もしお母さんがお見舞いあまり行っていないせいでお父さんの具合がまた悪くなったら?」

聞こえてくる声はここ最近の自分の行いを振り返えらせる。

「いい歳なんだからわかってよ!自分の家族を大切にしてよ!」

「お父さんの事大切にしてよ!」

また声のトーンが上がる。

「お母さんだけじゃないんだよ、みんな心配してるんだよお父さんのこと。それなのに自分は他の家族のことを心配するの?」

一呼吸おき、息子は声を震わせて言った。

「しっかりしてよ、お母さん!」


息子の話は、当たり前のことだった。

私は、自分勝手に行動しすぎていた。ただ、静恵さんと友達になりたくて。憧れていた彼女を助けたくて。いつか昔のことを思い出してくれた時に

「友達になりましょう。」と言ってもらいたくて。

自分の願望を推し進めて、周りを傷つけていた。

私は、子供だ。

ただ一年一年生きてきただけの子供だ。

「ごめん。裕太。ごめん」

ぼやけた視界の中で、視点は息子をしっかりと捉える。

「お母さん、子供だった。すっごく、子供だった。」

「私のわがままなの。全部」

「お母さんがお見舞いに行っている人、本当はまだ友達じゃないの。友達になりたい人なの。」

「どういうこと…?」

息子はわけがわからないと言う顔で私を見る。

「高校の頃、憧れている子がいてね。いつか友達になりたいと思っていたんだけど、その子は高校卒業と同時に遠くへ行ってしまったからできていなくて。」

「大人になってそのことを忘れていたんだけど、少し前にお父さんの病院で見かけたの。」

「でもその子は、認知症になっていた。」

「私が憧れていた子は“消えて“しまった。」

自分が抱えていた思いを言葉にする。

「今の彼女も好きだけれど、昔の彼女にも会いたい。」

わがままだけれど言うの。自分の本音を言うの。

「私は、その子が昔を思い出した時、『友達になってください』って言いたい」

「『もちろん』と言われたい。」

「だから、その子の容態がよくなるように看病していたの。」

息子は唖然とし、言葉を探しているように思えた。

「今までの行動は謝ります。けれど、お願い。すこしでもわがままを聞いてください」

私は息子に向けて深々とお辞儀をした。


「いいですよ。」

突如聞こえた声に私と息子は体を声の方へ向ける。

「いいですよってちょっと偉そうでしたよね、すみません」

とすこし笑っている江実さんがいた。

「私は、お母さんがお友達を作ることには賛成です。」

「ち、ちょっと待ってよ!」と息子は慌てる。

「裕太気づいてないの?私、少し前から気づいてましたよ。お母さんが変わったこと」

自分が変えようと頑張っていることを言われ、胸が暖かくなる

「前と比べてすっごく輝いているように見えます。前を見て進んでいるなって。私もその姿見て感化されて、今お仕事頑張ってます。」

「本当は、お父さんのことお母さんにもしっかり見てもらいたいですけど、一番はお母さんが幸せになることなので。私は賛成です」

笑った江実さんの顔は、とても暖かかった。

「で、裕太はどうするの?決めたの?自分の意見。」

促された息子は苦し紛れに答える。

「ごめん、もう少し待ってくれないかな。一旦考えたい。」

「わかった。」

私は頷く。自分がまた成長した気がした。


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