「気付き」

家に帰った私は、椅子に倒れ込むようにして座る。

そして今日起きたことを頭の中で再生する。

佐山静恵はアルツハイマー型の認知症になり、私が知っている彼女の面影はなかった。そして、彼女の娘さんはとても気が強く、しっかりしていた。

その点私は、何も言い返せなかった。年下の彼女を恐れ、下を向いているだけだった。昔の自分は佐山静恵に憧れ、彼女のようになろうとしていたのにこの様はなんなのだろうか。

このままではいけない。変えなければいけない。

私は昔の佐山静恵のように、芯を持って自分の意見を発言しなければならない。

それが彼女に“憧れ“をもつ側の責任なのだから。


私は気持ちを切り替え、アルツハイマー型の認知症について調べることにした。

家にあったパソコンを起動し、いくつかのサイトを開く。

この病気は主に65歳以上の人が発症するものであり、他の認知症に比べ進行が早いのだという。また、この病気を発症した人は物忘れや記憶の定着がしにくくなったり、徘徊をしたり家族の名前や存在を忘れてしまったりする。そして性格も変わってしまう。私は目の動きを止める。

私昔の彼女にはもう会えないのだろうか。

また、話をすることはできないのだろうか。

自分の思いを伝えて、生き生きしていたあの頃のように。友達になりたいと思ったあの時のように。

そうだ。私は彼女と友達になりたかった。彼女のことをもっと近くで知りたかった。

胸が熱くなる。

「私は、彼女と友達になりたい」

自分の思いを口に出す。そして決心する。

「私は私を変える」と。


次の日から、夫の見舞いの後にに佐山静江の病室に通った。幸いに夫の容態は良くなっており、安心して彼女の病室に行くことができた。

「佐山さん」と声をかけても彼女は曖昧な返事をするか無視をするかで反応はほとんどない。それでも私は諦めず、毎回彼女に彼女の高校時代の話をする。私が彼女に対してどのように思っていたのかも。

ある日も、いつものように佐山さんに彼女の学生の頃の話をしていた。

「私はなんで立候補したの…?」

彼女は顔を私の方に向いて質問をしてきたのだった。初めてのことに私は彼女を見つめ返す。ちょうど彼女が生徒会に立候補したと話した時だった。

「どうして…?」彼女はもう一度聞く。

私は一間置いて答えた。

「単純に生徒会に入りたい。生徒会に入ってみんなを引っ張りたい。と言ってました」

「そう…」

彼女は私の答えを聞き微笑んだ。

その後彼女はすぐに顔を横に背け、顔は無表情のままに戻ってしまった。

しかし私はこの一瞬がとても、とても嬉しかった。

次の日、佐山さんの病室に行くと娘さんが彼女の近くに立っていた。そして後ろを振り向いて私を見つけるとづかづかと歩いてきた。

「看護師の方から、最近母が少し元気になっていると聞きました。」

「あなたですよね。母に会いに来て元気を与えようとしているのは。」

怒っている彼女に恐怖を覚え、ふいに私は後退りをしてしまう。

「どうしてそんなことをするんですか?」

「やっと入院してくれたのに!やっと家から出てくれたのに!!」

娘さんは涙を流し、悲痛な声で言った。

「私、耐えられません。もう。仕事もやって、育児もして、家事もして。さらに介護もして。」

「大好きなものもやめたんです。時間がないから。」

「これ以上私から時間を奪わないでください。」

彼女は続けて言う。

「あなたは介護の辛さを理解してない。」

「わかりますか?家族の気持ちが!!」

娘さんは私を睨む。

「ちゃんと、調べて理解しています。介護がどんなに大変か。」

私は負けずに言う。

「違います!文字で知る事と実際に体験することは雲泥の差です。」

私の言葉を遮り声を上げる。

そして俯く私に娘さんは涙声で言い放つ。

「“私“の家族の問題です。・・・もう帰ってください。」

私は「ごめんなさい」とこぼしその場を去った。

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