「しょ動」
「どちら様ですか」
鋭い声が病室の中に響く。
不意に息が止まる。この場から逃げたくなった。
なぜなら私は佐山静恵の友達でも何でもないから。
声のする方へ恐る恐る目線を向けると40代前半ぐらいの短髪の女の人が立っていた。
「もう一度いいます。どちら様ですか?」
鋭い声が私を睨む。圧に負けた私は「高校の、同級生です、、、」とか細い声を出す。
私の方が年上なのに、みっともない。
「どこの?」彼女は淡々と問いかける。
「浅川高校の、、、」地面と彼女の顔を交互に見ながら口に出す。
大丈夫。何も間違えたことは言ってない。
「ああ、あなたですか。」
「看護師さんからさっき聞きましたよ。家族以外の方がお見舞いに来てましたよって」
大きくため息をつき、再び私を睨む。
「母からたまに高校のことは聞いていました。『私が生徒会役員に立候補した後すぐに、私に見向きもしなかった人がたくさん集まってきた』って。」
「あなたもその取り巻きの1人ですか?」
どうやら彼女は佐山静恵の娘さんのようだった。
彼女の言葉に私は首を横に振ることができなかった。
私が佐山静恵を知ったのも彼女が生徒会に立候補する少し前だったからだ。
「みんなで囲っていた母の今の姿を見てバカにしに来たんですか?」
違う。私はただ会いに来ただけ。昔の憧れていた彼女に会いに来ただけ。
しかし私の口からは声が出なかった。ただ下を向くだけだった。
イラつきを隠せない娘さんは片手を腰に置き私を見下した。
「あなたが何も言わないってことは、そう言うことなんですね。」
「どうぞお帰りください」
私の顔を見ながら病室の入り口を指した。
私はここに何しに来たのだろう。単純に佐山静恵に会いに来ただけ?いや違う。私は憧れていた彼女の今を知りたかった。そしてあの時のように話したかった。
このまま終わりたくはない。
「…違います。」私はか細い声を漏す。
「は?」娘さんは低い声で反応する。
「私は、単純に彼女に会いたかった、だけなんです。」
「こないだ佐山静恵さんを見かけて、昔のこと、思い出して…」
「だからなんですか?」
また聞こえた鋭い声に私は身を縮こませる。その圧に負けないように、再び手に力を込める。
「昔、彼女と2人きりで話したことが、あって。また話したかったんです…」
「2人きりで…?」と娘さんは眉をひそめる。
「あの。母の病気って知ってますか。」
突然彼女が問いかけて来た。
私はいきなりのことに首を横に振ることしかできなかった。
「母、アルツハイマー型の認知症なんです。」
体に雷が落ちたようだった。佐山静恵が認知症…。しかし納得はできた。
ベットの上の彼女に目を向ける。顔はまだ横を向いていた。
私が知っている彼女と違っていたのも理由がつく。
「いつからなんですか?」
娘さんの顔を見ないように聞く。私にはまだそんな勇気はなかった。
「2年前からです。最近入院したんですよ。母」
淡々とした声が上から降ってくる。
「今日はもう帰ってください。」
その声に誘導され、軽く会釈をして502号室を離れた。
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