第471話 難所があるって?

 王都を出発した俺達は、街道が見える位置の草原を歩く。

 フェロウやマーヴィなら遠目から見れば犬猫に見えるから、連れて歩いていても魔物と思われて警戒される心配は無いが、流石にシャイフは俺を乗せて跳べるくらいには身体も大きいし、面倒ごとを避けるためにも街道から離れている。


 変な貴族や商人とすれ違った時に、テイムモンスターを寄越せとか素材にするとかいい出されても困るしね。

 テイムの首輪を着けている魔物に攻撃するのはご法度だが、街の外ではそんな事は気にしない連中もいるかも知れない。万が一を避けるためにも近寄らないのが一番だ。


 爵位を授かったら、そういった煩わしさからも解放されるのかな?


 あからさまに権力を行使したいとは思わないが、厄介事を撥ね退けられるだけの力は必要だからね。

 当初はその役割が冒険者ランクの予定だったけど、ランクが上がれば相応に厄介な依頼が舞い込むようになったし、貴族からの指名依頼が入るBランク以上になってからは逆効果に思えていた。


 貴族との接点は増やしたく無かったからね。


 後ろ盾の無い状況で出生の秘密を知られてしまったら、実際の立場が平民だからと囲み込まれて、いいように使われる未来しか見えない。


 後ろ盾にするにはグレムスは頼りなかったし、逆に売られそうな気がしたんだよね。

 それらを回避するためにも、自分で権力を掴むしか無かったと言える。


 そんな事を考えながら柔らかな草を踏みしめ、街の外だというのに気楽に歩く。


「フェロウ、周辺警戒は任せたよ」

「わふっ!」


 一鳴きしたフェロウは「お任せあれ!」とでもいうかの如く、尻尾を激し振りながらこちらを見上げている。

 フェロウの温柔敦厚な心根に、頭を撫でて報いてやると嬉しそうに目を細め、千切れんばかりに尻尾を振って喜びを露わにしていた。


 王都周辺の平原は魔物との遭遇が稀だし、二、三日は警戒が不要なくらい安全な旅を過ごせる。


 ……普通の歩き旅ならね!


 空を飛べるシャイフがいるのだから、影魔法を併用して飛べるだけの距離を飛行して、時間短縮を狙います!

 王都から歩いて半日、王都から視認できない程度に距離を取って、昼食を済ませてフェロウ達を影に沈める。ノイフェスは本体のライマル同様アイテムボックスに収納する。


「それじゃシャイフ、頼んだよ」

「ピッ!」


 俺を乗せて駆け出しながら力強く翼を羽ばたき、クンッと下から突き上げられるような圧力を感じると、シャイフは一気に空へと舞い上がる。


「もっと高く飛べるか?」

「ピッ!」


 魔法を使って空気の塊となって飛んでいるようで、風防キャノピーが無くても前方からの風を受けない。

 実際、雲を突き抜けて飛んでも気流の影響を受けていなかったし、水蒸気の湿気も感じなかった。

 だけど、定期的に空気の入れ替えはしているようで、高高度を飛んでいても、酸素濃度の低下による息苦しさを感じさせない。


「これだけ同時に魔法を使っていたら、バテるのも早いはずだ」

「ピィ~……」


 トロンの航続距離と比較して同じように飛べると考えると、影魔法の負担が一番大きそうだ。


 特殊過ぎてシャイフがどこまで育つか分からないけど、そろそろ通常グリフォンの成体に近い体格になって来たし、フェロウ達をノイフェスと一緒にお留守番にして、シャイフに跨って長距離飛行の限界に挑んでみたい。



 いつまでも雲の上に居ると街道を逸れても気付かない。


「街道が見えるように飛びたいから、雲の下を飛ぼう」

「ピッ!」


 一鳴きしたシャイフは頭から雲にダイブし、突如晴れ渡った世界から一変する。視界が濃霧に覆われたように見通しが悪くなり、気持ちを落ち着かせるのに二度三度深呼吸をしている間に雲を抜け、再び視界が開けて来る。


 雲の多い天候が気がかりだがそんな事は気にならないシャイフは、降下するに従って速度を上げ、眼下の景色も流れるように遠ざかっていく。


「身体が大きくなったせいか、以前より飛行速度が上がってる気がする」

「ピピッ!!」


 シャイフも実感しているようで、「そうだよ!」と、嬉しそうに鳴いた気がする。

 頑張るシャイフを労うように、首筋を優しく撫でてやる。

 生の羽毛、触り心地は凄く良い。毎日の浄化クリーンの効果かな。


 高度を下げつつ速度を上げ、水平飛行に移るも速度は衰えない。

 そのまま速度を維持したまま、空を駆るのを楽しむシャイフ。

 ずっと王都に居ては飛ばしてやれないからね。


 それに、最近まで破門の腕輪を着けられていたから、出入りの際に必ず揉める警備兵とのやり取りが面倒で、王都の外に出るのを敬遠していたのもあった。


 そんな事を考えられるほど周囲を気にせず飛んでいたら、前方にラヴァレット侯爵領領都、リールセンの街並みが遠目に視界に映っていた。


「ピッーッ!」

「お? そろそろ限界か?」

「ピッ!」


 シャイフの魔力量では航続限界に達したようで、されど一日でこの距離を飛行できるのは素晴らしい!

 徒歩で三日はかかる隣の町まで、たった一日で到達しそうな距離を飛行できている。


「人が居ない開けた場所を探して降りよう」

「ピッ!」


 警告するような鳴き声を上げたシャイフに語り掛け、羽を休める場所を探すよう指示を出す。

 シャイフは、前半身の通り鷲の視力を持つようで、俺の目では捉え切れない距離に休憩場所を見つけ、一直線にそこを目掛けて飛行する。

 余力のあるうちに魔力切れの自己申告したようだ。賢いぞシャイフ。

 馬車が行き交う街道に、緊急着陸をしなくて済みそうだ。


 着地手前で羽ばたいて速度を落とし、ふわりと開けた場所に着地をする。


「よくこんなに飛べたね、ご苦労様」

「ピッ!」

「わふっ!」「にゃー!」「ココッ!」


 シャイフの背から降りて長距離飛行を労いつつ褒めると、影から出てきて次々に鳴き声を上げるフェロウ達も、「がんばった!」、「感動した!」、「おめでとう!」と、三者三様に褒め称えているように聞こえる。


 頭に「痛みに耐えて」と付いていたら、どこかの変人と揶揄された有名人の言葉になるな。


 そんな前世の記憶が頭をよぎりながら旅を続け、三日後には懐かしのミスティオの街が見えていた。

 徒歩で移動したら十日ほどかかる旅程が、たったの三日で済むとはシャイフ様様だな。


 途中に盗賊が住み着きやすい難所があるって?


 ラヴァレット侯爵領の領都リールセンとラウレンチ間には、一部が山裾にそって街道が走り、森に囲まれ視界が遮られる場所がある。

 そこは街からも離れており、治安維持に領軍が展開するには遠いし狭い。

 襲撃するのに身を潜める場所も多く、近くには洞窟もあり盗賊も住み着きやすい。

 街道を利用する商人達は、最大限の警戒が必要な場所がある。


 だが上空を飛行していれば……、そんなの全然かんけーねえ!

 はい、お……っと、これ以上はいけない。


 魔物や盗賊を気にしなくても良い空の旅、快適過ぎて病みつきになりそう。

 だがしかし、快適な空の旅もグレムスの護衛という仕事があるから絶対無理!

 ……おのれグレムス。


 冒険者の仕事だから手抜かりなくやるつもりはある。けれど、ちょっと言ってみたかった、そんな気分だ。



 いつものようにウエルネイス伯爵家の騎士メダルをて提示し、貴族側の受け付けを通って、久方ぶりにミスティオの街に足を踏み入れた。

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