第424話 何者デデデッ?

 足音を立てないように気を付けてベッテンドルフ伯爵邸の四階に登り切ると、奥の部屋の扉が開き、十名に満たない数名の男がぞろぞろと出て来た。

 部屋から最後に出た男が、室内に対してお辞儀をしてから扉を閉めた事から、室内には権力か役職の上位者が残っていると推察できる。

 都合よく、そこは目的のメルヒオルの私室と思しき扉に見えた。


 こちらが姿を消しているので相手には気付かれないが、見えて無いからこそあちらは避けたりしない。不要な接触を避けるため、壁際で身体を横にして進む。

 流石に使用人だけあって、ベッテンドルフ伯爵家のプライベートスペースで廊下いっぱいに広がって集団で歩くような真似はしなかったので、比較的すれ違い易かった。


 すれ違ってからは、急ぎ部屋の扉に張り付き内部の音を拾う作業だ。


 ここで使うのも透明になる魔道具と一緒に貰った、些音聞金さおとききがねの魔道具を起動させ耳を澄ませる。

 室内で会話をしているのは、どうやらメルヒオルと執事の声に聞こえる。


 聞こえた内容を要約すると、今回の事件は事前に計画された犯行で、キャロル様を攫ったのはメルヒオルの婚約者に据える予定らしい。

 それが睡眠香と言う物を使われると、眠った状態になる可能性が高い。したがって、使用される前の救出が絶対条件になる。


 執事が部屋から出そうだから、その後はメルヒオルが一人部屋に残る事になりそうだ。もう少しだけ機会を伺おう。


「畏まりました」


 執事の声が聞こえ足音が扉に近づく。

 すぐさま扉から離れ、廊下の突き当り側へ身を潜め執事をやり過ごす。


 ━━バタン


 部屋を出て扉を閉める執事が階段側へ去って行く姿を見送り、再び扉の中の音を確かめる。


「それにしても安っぽいペンダントを身に付けている。 宝飾品はこれだけのようだし、ウエルネイス伯爵家が用意した宝飾品ではないだろう。 婚約者が送った物か? 低ランク冒険者らしく経済力も乏しいのか」


 ……うん、俺の悪口を言っていた。


 装飾品をカメオしか身に付けてなかったのは気付いていたよ?

 恐らく侍女は他にも貴金属とか用意しているはずだけど、キャロル様が「身に付けるのは、エルさんに頂いたこれだけにしますわ」とかいって拒んだんだと思うよ。


 伯爵家令嬢としては着飾っていないといわれるけど、俺の婚約者としては正解かもしれん。ごてごてジャラジャラと節操なく、貴金属を着けまくるのは好きじゃないしね。

 身近にそんな人間を見かける環境に居なかったからかも知れないな。

 そういう人が居そうな王宮生活はほんの一時で、目もあまり見えていない時期だったしね。そんな人間が乳児の部屋に来るはず無いし、赤子に触れる前にいくらなんでも装飾品は外すだろう。誤飲が怖いし。


「これだけの事をしておいて、父上は子供の悪戯で済ませるおつもりだとは、どこまで他人を軽んじておられるのか……」


 聞いた台詞からさっするに、何やらメルヒオルは悩んでおいでだが、そこに同情する気は無い。それはさておき、キャロル様の救助を行動に移す。

 猶予は執事が睡眠香を持って戻るまでだ。


 ドアノブに手をかけ音を立てぬようゆっくりと捻り、静かに扉を開いて部屋の中に身体を滑り込ませる。


 豪華な家具が揃えられたメルヒオルの私室に、ベッドに縛られ眠らされたキャロル様と、その傍らに椅子を置きキャロル様を見張るメルヒオルが居た。

 キャロル様に専属侍女のミレーヌが付いているように、メルヒオルにも居るのかと思ったが、この部屋には専属侍女や従僕は控えて居なかった。


 キャロル様の様子を確認すると、顔色も良いし痣も無いので手荒く扱われたようすは見られない。それに手足を縛られているせいで、服を脱がせられないのか着衣も乱れておらず、清らかな身体のままのようで一安心だ。


 思わず安堵の息を漏らすところだった!!


 密室の中で登場人物がメルヒオルしかいない状態で、私室の中で大きく息を吐く音が聞こえたら、間違いなく不審に思われる。


 安心した事で逆に危機を迎えるところだった……


 時間もあまり残されていないし、さっさとキャロル様を救助しよう。


「フェロウ」

「わふっ」


 シャイフの影の中からフェロウを呼び出す。

 沈み返った室内に、俺の声が際立ちメルヒオルの耳に届く。


「誰だッ?!」


 声のした方向に顔を向けると、そこには額に小さな角がある白い狼と目が合い、「なぜここに魔物が?!」と戸惑う束の間、フェロウの魔法が放たれる。


「わふぅ~」


 ━━バリバリッ!!


「クアッ?!」


 刹那の閃光と共にアヒルの鳴き声のような悲鳴を残し、気絶レベルに制御された雷魔法を受け、メルヒオルは蝋燭の炎が吹き消されたかのように意識を失った。


「俺がやると怪我をさせちゃうだろうし、助かったよ」

「わふっ」


 後先考えなくて良い盗賊相手なら、怪我とか気にせず土魔法をぶっ放すけど、流石に貴族令息には多少の配慮くらいはする。


 縄を切断するのに魔法武器を取り出し、キャロル様を拘束する戒めから解き放つ。


「シャイフ、キャロル様を影に収納できるか?」

「ピッ!!」


 自信ありそうに鳴き影から出て来たシャイフは、ベッドに上がりキャロル様に跨り自分の影と重なるようにすると、「ピッ!」と鳴き声をあげると同時にキャロル様の身体が影に沈み込み、ベッドの上はもぬけの殻となる。


「キャロル様の奪還完了だな」

「わふっ」「にゃー」「ピッ!」


 一匹足らないけど作戦行動中なので、荒事に向かず機動力に欠けるサンダはシャイフの影の中でお留守番だ。

 ベッテンドルフ伯爵邸を脱出する前に、メルヒオルにお仕置きは欠かせない。

 盗賊達にやる手足の拘束なのだが、簡易すぎると財力にものを言わせて魔法武器であっさり解放される可能性も考慮し、炭化タングステンをイメージした特別製の手枷を、更に圧縮魔法で最大限強化を施す。

 手枷の方で魔力を使いすぎたから、脱出への余力を残しつつ足枷は圧縮魔法無しの拘束で済ませる。


 手枷がどれだけ効果を発揮するか不明だが、足枷くらいは魔法武器で切断できそうにしておかないと、日常生活に支障をきたしそうだしね。加減は必要だ。


 ━━コンコン


 不意にノックの音が聞こえて来る。恐らく執事が戻って来たのだろう。

 素早く扉に近づきフェロウと視線を合わせると、俺の意思を察したのかコクリと頷くフェロウ。

 室内からの返答が無いのを不自然に思われる前に、正面に立たないよう位置取りに気を付け扉を一気に開け放つ!


「フェロウ!」

「わふぅ~」


 ━━バリバリッ!!


「何者デデデッ?!」


 執事が右手を胸の高さでこぶしを握り、手の甲を相手側に向けている姿勢のまま誰何の声を上げたようだが、雷魔法を受け語尾が意味不明になっていた。


「ここからは一気に行くぞ」

「わふっ」「にゃー」「ピッ!」


 俺を乗せて跳べるほど大柄なシャイフも外に出たまま、奪還作戦を続ける。

 急ぎ部屋を出ると、倒れた執事の傍らには睡眠香を運んできたワゴンが残され、証拠品としてワゴンごとアイテムボックスに収納する。

 チラリと見た三本足の付いた大きな丼姿の金ぴかの香炉は、いかにも成金じみていた。何やら家紋のような模様が描かれていたから、中身共々証拠品として活用できそうだ。


 フェロウは俺達より先行して走り、執事の倒れる音で不穏な動きに気付いた四階の見張りを、「なっ、屋敷の中に魔物?!」とか口走って動揺している内に気絶させていた。

 一番最初にテイムしたフェロウは、テイムモンスター中の長女とでも思っているのか、雷魔法を発現してから索敵に討伐にと八面六臂の活躍を見せ、やる気に満ちていて実に頼もしい。


 そんなフェロウの活躍もあり、目につく使用人やら兵士を気絶させて押し通り、最初に案内された部屋、応接室の前に辿り着いた。


「わふわふっ」


 ドアノブに手をかけ扉を開けようとすると、フェロウが警戒の声を上げた。


「そういえば睡眠香を焚いていたんだ、教えてくれてありがとうフェロウ」

「わふっ」


 睡眠香の匂いを感じ取っていたのか警告の声を上げたフェロウは、尻尾を振りながら「どういたしまして」と、得意気に胸を逸らしているところを一撫でする。

 危うく救助に来たのに室内に充満する睡眠香で眠らされ、木乃伊取りが木乃伊になるところだった。


「睡眠香を嗅ぐといけないから、みんなは離れていて」


 俺の指示に素直に後退り、応接室から距離を取るフェロウ達。

 強化魔法を準備し息を止め、応接室の扉を全開にし突入する。


 室内の空気はテーブルの上で焚かれている睡眠香の煙で白く霞んでおり、素早く見渡すと専属侍女のミレーヌと護衛騎士のエレオノーラが倒れている姿を確認した。

 両名を脇に抱えるように持ち、部屋を出て足で扉を閉め、少し離れてからようやく息をつく。


 もちろんテーブルの上の睡眠香は回収済みだ。


「よし、あとは伯爵邸を脱出して、念のためこの街もすぐに発つ!」

「わふっ」「にゃー」「ピッ!」

「この二人もシャイフの影で運んでくれ」

「ピッ!」


 ダメ押しの身体強化で魔力枯渇の影響が出始めている俺は、辛い身体に鞭打って気力で最後までやり遂げる。


 玄関ホールに戻りワゴンを取り出し、中央付近に応接室で回収した香炉をその上に乗せる。狼煙のように煙が立ち上り、睡眠香の薬効が広がり始める。

 広い屋敷の中で効果が発揮されるか不明だが、この程度の意趣返しは構わないだろう。玄関ロビーだけでも上手く効果が出れば、追手の足止めになるかも知れない。


 玄関扉前に待たせていたフェロウ達と合流し、厩を探しチャーターした辻馬車を呼び出しヒタミ亭に帰還した。

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