第425話 馬車は追加報酬にしてもらえ無いか?

 チャーターした辻馬車と別れた俺達は、二階の事務室として利用している部屋に行き、主要メンバーを招集した。幸い夕食で忙しくなる前の時間帯だから、素早く集合する事ができた。

 そこにノイフェスと【黒鉄の鉄槌】も集める。部屋に入り切れ無いから、彼らは廊下で待機だ。


「エル、呼び出したのはなんでだ?」


 訝し気に疑問を投げかけるドナート。


「それは……」


 キャロル様に同行したベッテンドルフ伯爵邸で起きた出来事を一通り説明し、街からの脱出を予定していると伝える。

 その際、ドナート達には店の運営で領主から理不尽な嫌がらせを受けたら、最悪の場合、従業員に被害が出る前に店を閉めるつもりだと伝え、そうでなければ通常通り営業を続ければ良い。


「そうなったら仕方ないか……、エルのお蔭で貯えもできたし多少は料理を覚えたから、その時が来たら皆で屋台でも始めるから気にするな!」


 ドナートは前向きに受け止めてくれたようだ。

 貧乏生活していた時も、自分で食料調達に釣りをしたりと生き方を模索していたし、逆境に強い精神の持ち主なのだろう。

 その時はドナート商会でも立ち上げて、俺とは無関係を装って皆を守ってくれ。


 ルドルツには石鹸の製造とフレーバーの開発を頼んだ。

 蒸留器を作って香油を作るのが理想だが製粉機の魔道具もある事だし、柑橘系の果物の皮を製粉して、石鹸製造時に混ぜ合わせる事を提案しておく。なんなら王家専用に薔薇の香りの石鹸も開発して欲しい。


「畏まりました、オーナー」

「それだけじゃなくて、貸し倉庫を買い取れるなら何棟か買い取っておいて」

「それは何故でしょう?」

「とばっちりでホウライ商会にも、荷物が搬入出来ない等の妨害工作があるかも知れないから、最悪の場合に備えてこちらで倉庫を用意しておこう」

「あり得なくも無い話ですね、分かりました」


 納得したルドルツに、買い取り資金として大金貨百枚の革袋を十個ほど、追加資金として投入する。


「イズミ様が不在の期間は、貸し倉庫として活用しても構いませんか?」

「食品も扱っているから下手な使い方をされると困るし、イズミさんが使う倉庫とは別に買い取れば良いよ」


 ルドルツには貸し倉庫業でも始める腹案があるのか?

 奴隷だからこの街での代表者はドナートになっているけど、素人集団だから、実際はルドルツが居ないと回らないのも確かだ。

 だからこそ、美味しい物を広める以外の商売には細かい口出ししないから、ルドルツが思うようにやってくれて構わない。


「あとはルドルツに任せるから」

「畏まりました、オーナー」


 ボルティヌの街に残るメンバーに指示を出し終えると、痺れを切らしたキーロンが話しかけて来る。


「それでオレ達はどうするんだ? 護衛で雇われているのだから指示に従うぜ」

「キーロン達【黒鉄の鉄槌】にはキャロル様の専属侍女と専属護衛騎士を、王都まで運んで来て欲しい」

「運ぶ? 連れて行くんじゃなくてか?」

「……見てもらった方が早いか。 裏庭に移動しよう」

「お、おう」




 一行は裏庭に移動すると、柔らかそうな草が生えている場所を選び足を止める。


「シャイフ、三人を出して」

「ピッ!」


 キャロル様を含めた三人を影から出し、薬で眠らされた彼女たちは規則正しく呼吸はしているものの、一向に目覚める気配はない。


「何で起こさないんだ?」

「さっきも説明したけど、薬で眠らされているから効果が切れるまで起きないよ!」

「お、おう、そうか……」

「キーロン、さっきのお話し聞いていたのぉ~?」


 おバカな質問をしたキーロンをグレンダが揶揄い始める。

 グレンダもイチャイチャしてないで、話を進めさせて欲しいのだが?


「コホン、それで早急に街を出て王都に戻りたいから、狙われているキャロルお嬢様は俺が連れて移動する。 【黒鉄の鉄槌】には、侍女と騎士を王都のウエルネイス伯爵家まで移送して欲しい。 二人は強力な睡眠薬を使われているから、何日も目覚めない可能性がある」

「ずっと眠ったままの人間を運ぶのか……」

「大変だから馬と馬車を買って来てくれ、王都に着いたら売り払えばいい」


 悩む様子を見せるキーロン達。意を決して新たな提案を口にする。


「なあ、エル。 馬車は追加報酬にしてもらえ無いか?」

「……いいけど。 急ぎの仕事だから、すぐに使用可能な間に合わせの馬車になるし、王都で新しい馬車をじっくりと選んだほうが良くない?」

「キーロン、エルくんもそういっているしぃ~、新しい馬車をじっくり選ばせてもらいましょうよぉ~」


 グレンダの中では、追加報酬に馬車を強請るのは決まりのようだ。

 これから、ここの街と王都、そしてミスティオを往復する事になるし、移動手段荷馬車が欲しくなるのも無理も無い。


 護衛の依頼料より高くつきそうだなっ。


 まあ、仕事を快適にする道具なのだから、支給するのは構わないしね。


「それじゃ、決まりだね」

「おい、本当に良いのかエル?」


 リーダーであるゲイツだけが、俺のお財布を心配しているようだ。


「構わないよ、これ馬車と馬を用意するお金ね」


 またもや大金貨百枚が詰まった革袋を出す俺。


「途中にある町は、まだベッテンドルフ伯爵領だから、念のため立ち寄らないように注意してね」

「馬車は寄らずに、食料補給で別行動させるくらいは平気だろ?」

「それくらいは大丈夫だと思うよ、できる限り想定できる危険は回避してね」

「「「おう!!」」」


 彼らはチームワークが出来ているし、侍女たちを任せても安心できる。


「それじゃあ、グレンダとサディアはここで女性陣の見張りに残ってくれ」

「「了解(よぉ~)」」

「キーロンはオレと馬車の買い付け、ゴライアはカッパネンと食料の買い出しを頼む。 終わったらここに集合だ」

「おう!!」「……」


 次々と指示を出すゲイツに、ゴライアは冒険者らしく威勢よく返事をし、カッパネンは無口キャラらしくコクリと頷いていた。


「それじゃ、キーロン。二人の事は任せたたから、一足先に王都に向かうよ」

「おう! 任せておけ!」


 頼もしい返事をするキーロンと【黒鉄の鉄槌】のメンバーが力強く頷いていた。持つべきものは友達だな。




「北門から出ると万が一があるから、砂浜側に出る門を利用させてもらおう」


 外に通じる門を見張る警備兵に手を回されている可能性もあり、脱出が一筋縄で行かない事を考慮し、殆ど顔パスで通れる砂浜側に出る門を利用して街の外に出る。


「シャイフ、王都に向かって飛べるところまで飛んでくれ」

「ピッ!」

「ノイフェスはシャイフの影魔法の負担を減らす為に、アイテムボックスの中で待機だ」

「ラジャーデス」


 フェロウ達をシャイフの影に沈め、一気に舞い上がり空の人となる。


 ベッテンドルフ伯爵邸でもずっとフェロウ達と一緒に影に潜ませていたし、キャロル様も影収納に入れているからシャイフへの負担も大きい。

 ボルティヌの街が見えなくなるまで飛行したら、魔力が切れそうなのか適当な空き地を見つけてシャイフは降下していく。


 ふわりと着地すると同時に、フェロウ達を影収納から放出した。


「魔力が切れそうか?」

「ピピ~……」


 力無く鳴いているが、体調に影響を及ぼすほどではないようだ。この後徒歩で移動するから、それに備えて余力は残している。


「キャロル様を背に乗せて、歩くのは平気か?」

「ピッ!」


 そこは「任せて!」とばかりに元気いっぱいの返事が来た、頼もしく育ってくれて嬉しい。


「なら頼む」


 地面に横たわるキャロル様を抱え上げ、シャイフの背中に乗せようとすると、フェロウも手伝っているつもりなのか、頭を押し付けて持ち上げようとしていた。

 意識が無いので座らせられず、シャイフの背に布を被せるかのように、キャロル様をうつ伏せに乗せた。

 ずり落ちたら怪我をするので、何かあったらカバーできるよう、頭部は重いと聞く上半身側でシャイフと並んで歩き、移動を開始する。


「俺も魔力が残り少ないから、周辺警戒はフェロウとマーヴィに頼むぞ」

「わふっ!」「にゃー」


 フェロウが尻尾を振りながら「任せて!」と吼え、マーヴィが「しかたないわね」と鳴き声を上げたように聞こえた。

 サンダは遅れないようにフェロウの背中に搭載済みだ。


 しばらくその体制で道なき道(飛行する魔物のシャイフが警戒されるのを避けるため)を北上していると変化が起きる。


「……ん、……ううん」

「みんな止まって!」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」


 どうやらキャロル様が意識を取り戻したようだ。

 完全に意識を取り戻す前に、こっそりノイフェスをアイテムボックスから召喚しておく。


「はっ?! こ、ここは?」

「キャロル様、お目覚めですか?」

「え、ええ……、エルさん? ここは?」


 キャロル様はシャイフの背から身体を起こすと、柔らかな草原に立つ。

 身体がふらついたりはしていないので、薬の影響からは脱却したように見える。


 こういう時に光属性魔法の中級にある、解毒キュアを覚えていない事が悔やまれる。使えれば睡眠薬から覚醒できる可能性もあるはず。

 光属性魔法は聖フェルミエーナ皇国が独占しているから、どこでも覚えられるのは初級魔法の浄化クリーン回復ヒールだけなんだよね。


 聖フェルミエーナ皇国、本当に迷惑だ。


「ここは王都の南側に延びる街道付近です、ベッテンドルフ伯爵邸でのお茶会の出来事を覚えていますか?」

「そういえば……、ガゼボでお茶をしていたところから覚えがありませんわ。 何かあったのでしょうか?」


 キャロル様に連れ去られたところから、救助に至ったところまでの詳細を説明した。


「エルさんのお蔭でわたくしは無事なのですね。 またエルさんに助けられてしまいましたね、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるキャロル様。


「頭をお上げください。 護衛として雇われていたにも関わらず、失態を見せてしまいました」

「エルさんは貴族のしきたりや作法には造詣が深くありませんもの、エルさんだけの失態ではありませんわ。 学院の同級生だからといって、気を抜いてしまったのはわたくしですわ。 お手数をおかけしましたわ」


 再び頭を下げるキャロル様。

 再度頭を上げると、眠らされ拉致された不安よりも、救助された喜びが上回るのか、満ち足りた表情を浮かべていた。


 キャロル様の頬が赤いのは、夕日に染められたせいなのか?


「このまま王都に向かおうかと思います」

「お婆様の庇護下に入るのですね」

「それが安全かと思いますので、それまでの移動でご苦労をおかけしますが……」

「エルさんにお任せしますわ」


 特に反対される事も無く、笑顔で軽く承諾された。

 信頼されていると思って良いのだろうか。

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