第422話 使用人達に協力を求めても?

 専属侍女のミレーヌside



「ミレーヌ! お前はキャロル様が心配じゃないの!」


 エレオノーラがソファーに座りお茶を飲むミレーヌに対し、八つ当たりのように声を荒げていた。

 なぜなら護衛対象から引き剥がされて、別室で待機させられているからだ。

 普通であればお茶会の間近とは行かなくとも、侍女共々目の届く範囲で控えるのが当たり前だ。

 それが待たされた応接室で、そのまま待機せよとは横暴が過ぎる。


「キャロル様は、まだデビュタントも終えていない未成年なのよ! それを一人で行かせるなどあってはならない事だわ!」

「ええそうね。 ベッテンドルフ伯爵家の対応はおかしいですね」


 主人の居ない待合い場所と化した応接室で、ミレーヌはのんびりとお茶を飲み、エレオノーラは苛立ちを紛らわすかのように、何往復したか分からないほどソファーの後ろを歩き回っていた。


「お客様、お茶を飲んで落ち着かれてはいかがでしょうか?」


 応接室に待機していたベッテンドルフ伯爵家の侍女がお茶を進めて来た。


「ふう~…、いただこう」


 ミレーヌの向かいのソファーに座ったエレオノーラは、侍女の用意したお茶を煽るように飲み干した。

 明らかに口の中を火傷しそうな熱さなのだが、怒りの感情が上回るかのように眉を吊り上げていた。

 熱さで眉を上げた可能性も幾分かありそうだ。


 その姿を見て、部屋で待機していたベッテンドルフ伯爵家の侍女は、したり顔で笑みを浮かべていた。


「ふわぁ~ぁ……」

「ミレーヌ、ここには使用人しか居ないとはいえ、気を抜き過ぎではないのか?」

「なんだか眠くなってきました、フェロウちゃんを撫でられなかったからかしら、あふ……」


 待ち時間が退屈なのか、眠気に襲われるミレーヌ。

 それを叱り付けるエレオノーラだったが、起きようとする自分の意思ではどうにもならないのか欠伸をかみ殺している。


「しっかりしろ、ミレーヌ。 ふわ……」


 先ほどまで苛立っていたエレオノーラは、ソファーに腰を落ち着かせたからといって、急に眠気がやって来るはずがない。なぜなら緊張感を解いていないのだから。

 実際に口の中は火傷で上あごから皮がめくれ不快感を作っているし、熱いお茶を流し込んだから胃の中に熱を感じている。

 むしろ体の状態は目が覚めるような状況であるにもかかわらず、眠気が来るのは不自然過ぎる。


「おいミレーヌ、何かがおかしい!」


 ミレーヌに視線を移すと、睡魔に負けテーブルに上半身を投げだし力なく倒れていた。恐らく眠っているのだろう。


「まさか、一服盛ったのか?!」


 部屋に待機していたベッテンドルフ伯爵家の侍女をキッと睨むが、仕事中は無表情であるべき侍女が明らかに笑っている。


「おのれ!!」


 ソファーから立ち上がり剣の柄に手をかけるも、お茶を一気飲みした影響か薬が回り意識が遠のき、そのまま柄を握りしめたままソファーに倒れ伏した。


「ごゆっくりお休みください、お客様」


 そう言い残した侍女は、二人を残し応接室を去って行った。






 ベッテンドルフ伯爵家side



 時はエルとキャロルがボルティヌの街を訪れた頃に遡る。


 重厚な厚みのある天板に、領地に関する書類が山積みにされている執務机に齧りつくベッテンドルフ伯爵。

 それらを一心不乱に処理していると、不意に扉を叩く音が聞こえた。


「入れ」


 開く扉の先に執事が姿を見せ室内に入り、執務机の目前で足を止めた。


「旦那様、この街にウエルネイス伯爵家令嬢キャロル様が訪れたと、北門の警備を預かる者から連絡を受けました」

「こちらに向かっているのであれば、出迎えねばならんな」


 この地はローゼグライム王国の南端であり、港か当家に用が無い限り、他家の貴族が連絡も無しに来るような場所ではない。故に、この地を訪れる貴族は、特別な場合を除き領主に挨拶に来るのが通例となっている。


「いえ、旅の装いというのもあり、日を改めて訪問するとの事です」

「女の支度は時間がかかるものだし、準備をする猶予は与えるべきか……。 たしかウエルネイス伯爵家のご令嬢は、まだ婚約者を決めていなかったな?」

「旦那様、私もそのように記憶しております」


 図り事でもあるかのような笑みを浮かべ、爵位を継ぐ準備として領地経営に関する書類を学ばせているメルヒオルに視線を向けた。


「メルヒオル、お前がウエルネイス伯爵家のご令嬢と挨拶をしなさい」


 ベッテンドルフ伯爵から水を向けられ、書類の手を止めペンを置き顔を上げるメルヒオル。


「私がですか?」

「ウエルネイス伯爵家は領地経営も上々なようで、王家にも好まれている家具などいくつもの新規事業を立ち上げている。 更に言えば、噂の美容魔法使い殿とも懇意であるなら、当家に良き縁を齎す事も期待できる。 それだけ力を着けつつある貴族家とならば、我がベッテンドルフ伯爵と縁を結ぶのにも相応しい」

「私の婚約相手に、という事ですか?」


 いままで婚約者の話題は出なかったのに、あまりにも性急な内容に驚くメルヒオル。

 だが、学院で見たキャロルの容姿を思い出したメルヒオルは、伴侶として隣に立つのも悪くないと感じていた。


「そうだ。 爵位も同格、領地経営も良好で貴族派閥の一員でもある。 以前から婚約の打診はしていたが、色よい返事は貰えていない。 まあ、断られているのは他の貴族家も同様だがな」

「それほど申し込みの多い令嬢だったのですね」


 学院内に限定した姿だが、友人と楽しそうに会話をしているキャロルは、美しさもさることながら棘のある話し方をするでもなく、社交界を生き抜くには些か不安が残るが好感の持てる人物といえる。

 その容姿と家柄で貴族家から、婚約の申し込みが殺到するのも無理も無い。


「この機会に仲を深め、あわよくば既成事実を作り、なし崩し的に婚約者の座に収まれば良いだろう」


 貴族社会で優位な立ち位置を作るには、何かしらで相手を上回る事が肝要だ。

 その点ベッテンドルフ伯爵は領地経営で善政を引きつつも、交渉においては相手の弱みを突く強かさもある。貴族として真っ当な部類に入るのだが、清濁併せ持つ人物のようで、ベッテンドルフ伯爵家が不利な状況に陥る事が無ければ、隙あらば意気軒昂に仕掛ける気概に満ちていた。


「それでは、挨拶に来た時に仕掛けをするのですね?」

「そうだ。 一夜を共にしたという事実があれば、その風評により他の婚約者候補を牽制できる上、肉体関係にあると思わせればこちらの物だ。 それが二晩三晩と続けば信憑性はより増すというもの」

「使用人達に協力を求めても?」


 単独での実行は困難であるため、協力者を求めるメルヒオル。それを聞き執事に指示を出すベッテンドルフ伯爵。


「口の堅いヤツを選んでメルヒオルに教えておけ」

「畏まりました」


 と、執事は頭を下げていた。


「具体的な方策はどのようにしますか?」

「そうだな、まずは邸宅内で護衛を引き剥がし、ウエルネイス伯爵家令嬢が単独で対面するのが望ましい」

「そうできれば良いのですが、挨拶に単独で来たとしても、一夜を共にできるとは思えません」

「準備中だと適当な部屋に案内して、待たせている間にお茶でも飲ませておけば良い。 睡眠に誘う不思議なお茶をな……」

「なるほど、眠らせてしまえば一夜を共にするのも簡単ですね」


 二人は嘲るような冷酷な笑みを浮かべ、悍ましい計画を企て始める。


「ああ、だが仮に失敗した場合、ベッテンドルフ伯爵家の評判が地に落ちる」

「そ、そうですね、失敗は許されません」

「だから、仮に失敗したとしても子供の悪戯だと思われるよう、私は一時領地を離れ王都に滞在する」

「父上が関与してない証拠とするのですね」

「そうだ。 だからこそ未成年のメルヒオルが実行に移せる作戦といえる。 当然だが、人生経験が深く、警戒心の強い貴族家当主などには安易に使えない手だから注意しろ」

「経験の少ない未成年だからこそ、睡眠薬入りの飲み物にも手を出す恐れがあると……。 それが今回、相手の失策となる訳ですね」

「ああ、明日にでも急ぎ発ち、ウエルネイス伯爵家令嬢が当家に宿泊したと王都で喧伝しておこう。 朗報を待っておるぞ」

「はい、父上」


 伯爵が再び執事に目線を向けると「畏まりました」と恭しく頭を下げていた。


 自室に戻ったメルヒオルは、さっそくキャロル宛ての招待状を書いていた。

 手紙を出したのはベッテンドルフ伯爵が出立した翌日。領主不在の中で出した手紙とした。


 返事を待つ間、執事に口が堅いと評価されたリストに基づき使用人を集め、余人に聞かれぬよう鍵のかかる部屋に見張りを立て、貴族令嬢を陥れる計画を実行に移すべく打ち合わせていた。

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