第421話 ヘルムのお蔭?
フェロウとマーヴィを外に出したまま、急ぎキャロル様の下に駆ける俺。
来た道を引き返そうとするも、思い返してみれば何度も曲がり裏庭に出るまでも時間がかかっていた。
要人の屋敷は容易く主人の部屋に辿り着けぬよう、赤穂浪士が打ち入りする前に住んでいた吉良上野介の屋敷のように、入り組んだ構造になっているのかと思っていたけど、護衛達の道案内では同じところを回った節もあった。
そこにも不自然さがあったのは、時間稼ぎをしていたからと今ならはっきりと理解できる。そのついでに覚え難い順路を通り、足止めを突破されても戻るのに時間がかかる二段構えの作戦か。
「中庭に出たいのだけど、あの場に咲いてた花の匂いとかで、近道できる場所が分かったりしないか?」
「わふわふっ」
フェロウに声をかけると、数歩走り出しくるりと顔をこちらに向ける。
その姿は、「わたしに任せなさい! こっちよ!」とでも言ってるかのようだった。
キャロル様の無事を祈り気が急く中、こんな時でもフェロウは実に頼もしい。後でたっぷり撫でてやろう。
鼻をヒクヒクさせ匂いを嗅ぎ分けながら迷いなく進むフェロウ。そのすぐ後ろにマーヴィが続き、俺はアイテムボックスから魔法武器を取り出しながら駆ける。
フェロウが走る方角は、凡そ中庭のガゼボが建てられた方へと進み、行きとは違い二、三割の移動距離で中庭に出れた。
「ナイスフェロウ!」
「わふっ!!」
シンメトリーに植えられた庭木が迷路のように行く手を阻むが、腰より低い灌木では邪魔にはならない。
この程度の高さなら身体強化を使わなくても、助走があれば跳び越えられる。
勢いをつけてフェロウが跳び越え、それに続いて跳躍力に定評のあるマーヴィが悠々と跳び越える。
それに続いて俺も
飛び越える前に作った助走の勢いを殺さないような走りで、連続して庭木が作る通路の垣根を跳び越える。
辿り着いたガゼボは既に無人で、テーブルの上にはお茶会に用意された食器やお菓子がそのまま残されていた。
「遠目から見ても無人なのは分かっていたけど、何か手掛かりが残されてないか探そう。 あとフェロウとマーヴィは匂いで足跡を辿れるか?」
「わふっ」「にゃー」
キャロル様が座っていた椅子の向きは変わっているが、テーブルに残された食器類が荒らされた様子は見られない。
「乱暴に連れ去られた様子は無いけど、俺が戻らないのに伝言も残さず移動するのはおかしいよな……」
キャロル様が自らの意思で移動したのなら、その場にいた侍女か誰かに何かしら託けを残すはず。
場が荒らされて無い事から、抵抗せずに連れかれたと予想できる。
そうなると、無意識の内に攫われた線が濃厚か。
……一服盛られた?
状況から察するに、意識の無いキャロル様を拐かしたのだろう。
呼気で効果を齎す薬は、仕掛けた側にも影響が出るから流石に使わないだろう。顔を隠すためのヘルムのお蔭(?)で、飲食物を口にしなかった俺には何の影響も出ていない。
待っていた応接室でもお茶の香りを嗅いだだけだし、ガゼボに来てからは、用意されたお茶の香りを楽しむ間もなく模擬戦に連行されたから、薬の経路は飲食物が一番疑わしい。
少なくとも片付けが終わってないこの場には、血痕が残されていないから殺害目的ではない事は明らかで、キャロル様の生命は無事だが監禁されていたり、はたまた清らかな身体では無くなる可能性は残る。
安全が保障された訳じゃないし、キャロル様が危機なのは変わらない。迅速な救助が必要だ。
「わふわふっ」
フェロウに視線を向けると「あの子はこっちよ! ついて来なさい!」と、雌だけど漢らしい背中を見せていた。
「匂いが辿れるなら急ごう!」
「わふっ」「にゃー」
再び駆け出すフェロウの後を追い、
この身体、運動神経が良いのか筋肉の許容範囲内で思い通りに動かせる。いまばかりは、恵まれた身体に産んでくれた両親に感謝しかない。
多少は手加減しようかと、都合よく思っている。
フェロウが一枚の扉の前で立ち止まる。
その扉は、俺達が執事に案内された時に通った扉だ。
思い切って引くと幸いにも鍵は掛けられておらず、観音開きの扉は一気に開け放たれた。
そこにはガゼボに残されたお茶会の後片付けでも命じられたのか、中庭に出ようとした二人の侍女が、扉に手を伸ばした姿勢で息を飲み目を丸くして固まっていた。
それもそのはず、突如開いた扉の向こうには、
「失礼! 君たちはこの先に何の用ですか?」
できる限り優しく声をかけ、この場に居る目的を確認する。
「……えっ、あっ、はい。 じ、侍女長に命じられてガゼボの片付けに参りました。 ……殺さないで」
硬直は消えたが怯えているのは変わらないようだ。
剣も佩いて無いのに、殺人鬼呼ばわりは心外だな。むしろ今の台詞で俺の心が殺されそうだ。
冗談はさておき……
「そうですか、この子達は俺がテイムしているから安全ですし、招待状が送られてここに居ます。 それとキャロル様……、赤いドレス着た女性を見かけませんでしたか?」
「お客さまでしたか、失礼いたしました。 ドレスの女性は、お見かけしておりません」
フェロウ達の安全性を伝えると不安が取り除かれたようで、落ち着きを取り戻した彼女たちは、質問に丁寧に答えるようになった。
「そうですか、メルヒオル様の部屋はどちらになりますか?」
「四階の北側の部屋になりますが、ご家族と一部の使用人しか四階に上がる許可は降りてません」
プライベートスペースは禁足領域となっているようだ。
それにしても……、主の家族の部屋をこんなに簡単に教えても良い物なのだろうか?
最初のインパクトで動揺が抜けず、思わず漏らしてしまったのならこちらにとってはありがたい事だ。
あとで彼女たちが罰を受けない事を祈りつつ、フェロウを促し追跡を続ける。
恐らくではあるが、彼女たちはメルヒオルの息のかかった者ではないだろう。
キャロル様誘拐に加担しているなら、嘘の行先を告げるなどの偽情報で惑わせたり、理由を着けて俺の足止めを図ったりするはず。そんな素振りを見せなかったのが、信頼できる証言といえる。
だからメルヒオルの部屋の位置は、本当の場所だと確信できる。
階段を上り切る前にフェロウに声をかける。
「フェロウ、止まって」
「わふ?」
足を止めたフェロウが振り返り、不思議そうに首を傾げる。ふわふわの毛並みが相まって、あざといくらいのその仕草が可愛すぎた。
撫で回したくなる衝動を抑え、三階に差し掛かる階段を上り切る前に止めたのには理由がある。
先ほどの侍女の言では、四階は許可された者しか上がれないとの事。
そうなると見張りを立てている可能性もある。
何の対策も無しに三階に登ると、四階の見張りに見つかり騒動になる可能性が捨てきれない。
キャロル様の無事を確認するまでは、言い争う時間すらもどかしい。
要らぬ騒動を起こしてメルヒオルに気付かれたり、応援を呼ばれて騒動を大きくして救助を困難にする訳には行かない。
アイテムボックスからベルト型の魔道具を取り出し身に付ける。
これは以前国王から賠償に貰い受けた、姿が消える魔道具だ。
いくらでも悪用できる魔道具だからこそ、普段から使用しない、盗まれたりしないようにアイテムボックスに封印してある。
「シャイフ、フェロウとマーヴィを一旦影に回収して」
「ピッ!」
三階に匂いが続くとなると、恐らくキャロル様はメルヒオルの私室に連れ去られていると想定できる。
他の部屋という可能性も捨てきれ無いが、先ほどの侍女の様子から使用人全員が誘拐に関与している訳でなく、関係者以外の使用人に秘匿して事に及ぶなら、立ち入り禁止の四階で実施する確率が高いからね。
もしかしたら地下牢もあるかも知れないが、フェロウが匂いを辿っていないのだからキャロル様が居る可能性は低い。探索の対象外と考えて問題ないだろう。
真っ先に一番可能性の高いメルヒオルの部屋をあたって、ダメならまたフェロウに頼ろう。そう考えながらベルト型の魔道具を起動するのだった。
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