第420話 幸い(?)

「そのような低ランク冒険者では、キャロル嬢をお守りするにいささか実力が足らないのではないか?」


 侮蔑を込めた声音で言い放つメルヒオル。


「エルさんを侮辱するのは止めていただきたいですわ。 彼ほど頼りになる方はおりませんもの」

「はははっ、そうですか。 でしたら腕前を試してみましょう。 おい、模擬戦用の武器を持ってこい」

「ははっ」


 憤るキャロル様に対し、小馬鹿にしたような目で俺を見るメルヒオル。

 背後に控える護衛に指示を出し、武器を取りに走って行った。無理やりにでも模擬戦に持って行こうという意図が感じられる。


「キャロル嬢が頼りにする冒険者が、私の護衛よりも弱ければ、安全の為にもこちらで護衛を手配致します」


 メルヒオルの意図は読めないが、キャロル様に監視の目でも付けたいのだろうか?

 どちらにしてもキャロル様の周辺に、余計な虫がうろつくのは避けねばならない。キャロル様も煩わしいだろうしね。


 俺としてもヒタミ亭に押しかけられたら面倒だ。


 そんな事を考えていると、護衛の騎士が模擬戦用の武器を携え戻って来た。


「好きな武器を手にしたまえ」


 用意された武器は、木製の剣や斧、刃は無いが硬い材質で出来ているのか当たれば痛そうだ。

 槍はただの棒になっていて穂先は拵えていない。先端に布を巻いて衝撃を緩和するような措置も無し。

 他には盾が大小二種類と短剣などの短い武器も用意されていた。


 剣技を習得している訳じゃないから相手が得意そうな剣は真っ先に除外し、剣の届かない距離から攻撃しようと真っ先に長柄武器を選択する。

 タダの棒だけどね。

 手に取ってみると重さは軽くて俺の体格でも使い易そう。さらに振り回してもしなりがあり、棒というより棍といった方が良さそうな武器だった。


 メルヒオルの何か企んでいそうな表情から、俺が負けるように模擬戦の武器に細工でもしてあるかと確かめてみたが、特に問題は無い。

 むしろ急遽模擬戦になったらしく、事前にそんな細工をしてる暇は無かったようだ。


「これをお借りします」


 手にした棒を見せながら、顔を見せないようヘルムを被っているから、くぐもった声で模擬戦の武器を決めた事を伝える。


「良かろう。 ここでは庭木が傷付く、裏庭の訓練場で模擬戦をして来い」

「ではそちらに移動しますわ」

「キャロル嬢にはお話しがあるので、彼らが戻るまでこの場でお待ちください」


 キャロル様が移動しようとするのを引き留めるメルヒオル。

 ミレーヌたちを傍に寄せ付けなかったように、キャロル様から俺を遠ざけるのが目的か?

 だが、それだけでは意味が無い。その先にメルヒオルが求める何かがあるのだろう。


「わたくしはエルさんの活躍を見届けたいですわ」


 自然と相手の思惑を外すかのように、俺と一緒に行く事を選択するキャロル様。


「一本勝負の模擬戦ですから、すぐに戻ってきます。 私達貴族がわざわざ泥に塗れる姿を見物する必要はありませんよ」


 キャロル様を引き留めるとメルヒオルに何か得でもあるのか、何かと理由を付けてこの場に留まらせようとしている。

 ホスト側の意見に何度も反対するのが申し訳ないと思ったのか、意見を受け入れ渋々承諾したキャロル様。


「模擬戦の場所まで案内致します、ついて来て下さい」


 メルヒオルに付いていた護衛の二人が先導するように前を歩き、棒を片手にすぐ後ろに続く。

 中庭から裏手に続く建物に入り、建物を横断して裏庭に出る。

 毎日訓練をしている光景が想像できるほど、踏み固められたその場だけ草も生えない、剥き出しの地表が地肌を見せていた。


「二人ともこの辺りにお立ちください」


 護衛の一人が審判をするようで、立ち合いの場所を指示していた。

 五メートル程の距離を開け、木剣を構えた護衛と棒を手にする俺が対峙する。


「有効打となる一撃を、先に与えた方の勝利とします。 喉などの急所への攻撃は認めません。 二人とも宜しいですね」


「はい!」


 対戦相手の護衛が返事をし、俺は静かに頷いた。

 その場で足を前後に開き木剣を中段に構える護衛、それに対し、腰を落とし左を前にした半身に構え、持ち手を幅広く取って槍を両手で握る俺。


「それでは━━……始め!!」


 審判は上段に構えた手刀を振り下ろすように、試合開始の合図を見せた。


 開始と同時に攻め込んで来ると思い、接近させまいと回避し難い胸元の高さに穂先を構えていたが、一向に近づく気配を見せない。

 かといってEランクと聞いていたこちらを舐めてかかっている訳でも無く、むしろ闘志を高め集中していた。

 穂先の先端から体の芯を外すように横に移動はしているが、踏み込もうとしたり穂先を払ったりする意志は見られない。


 模擬戦の意図はキャロル様が一人になる時間を作るための時間稼ぎか?


 そう思えるくらいのらりくらりと膠着状態を維持するばかりで、一向に攻め入る様子は無い。

 対戦相手は俺を足止めするのが目的で、当然それを指示した主人が居るはずと考えた俺は、早めに模擬戦を終わらせるべく、破門の腕輪を着けていても魔法を使っていると悟られない、身体強化魔法を使う事にした。


 なんせ、魔法抜きの実力で俺が勝てるとは思えないしね! ドヤァ。


 それに魔法使いが圧倒的に不利な近接戦闘縛りで戦わされるのは、実力を測るには相応しくないからね。

 模擬戦の武器でやり合い勝敗を決めるのが目的では無く、護衛としての実力を検分するのが目的だから、棒きれを振るのに拘る必要はない。


 この魔法は滅多に使わないのだけど、魔力を制御して体表面を魔力で覆う事で効果を発揮する。ただ、体の外に出た魔力は制御し辛く、じょじょに空気中に漏れて行くので、絶え間なく魔力を補充していかなければならない。

 要するに燃費の悪い魔法という事だ。

 逆に、短期決戦で勝利を目指すには最適な魔法といえる。


 意識を集中させ体表面を自分の魔力で包む。

 身体強化魔法を駆使して、一気に間合いを詰める。


「…?!」


 一瞬で間合いを詰めた俺に対戦相手は驚くも、打ち払おうと切っ先を上げる。


 逆に俺は棒の先を沈め、剣を上げがら空きになった鳩尾目掛けさらに一歩間合いを詰める。その際、前方を握る左手はそのままに、握り手を近づけるように右手だけで押し込むように棒を突き出した。


 ━━ドスッ!!


 木剣を振り下ろす動作に入っていた対戦相手は、不意に伸びた棒に対処出来ず、そのまま鳩尾に一撃を食らった。

 防具の上からでも相当なダメージが入ったようで、対戦相手は腹を押さえながら四つん這いになり、「おえッ」っと嘔吐反射を起こし胃の内容物を戻していた。


 チラリと審判に視線を向けるも俺の勝利が予想外だったのか、中々判定を下さない。


 一人になったキャロル様が気がかりだし、最悪の事態に備えて敵になるかも知れない戦力は少しでも減らしておこうと、棒を上段に構えて一気に振り下ろす。

 終了を告げられていないので模擬戦の中での事だ。


 ━━ゴスッ!! バキッ!!


 嘔吐する対戦相手の後頭部に吸い込まれるように命中し、鈍い音を立てるも衝撃に耐えかねて棒が折れた。

 その一撃で意識を失い、弛緩した身体は、己が撒き散らした物の上に這いつくばる事になった。

 それを見てようやく勝敗の宣言をした。


 俺の名前は憶えて無かったようで「お客様の勝利!」とか言ってたけどね。


「同僚を運ぶのを手伝ってください」


 しゃがみ込んで対戦相手の片腕を肩に回し、起こそうとしながら助けを求める審判。

 確かにその態勢なら反対側から俺が支えれば、足を引きずりながら移動はできる。


 お客様に頼む台詞じゃないよね?!


 貴族の屋敷だから山ほどいる「使用人を呼んで下さい」と頼むならまだしも、手助けをするのも足止めの内なのかと勘繰ってしまう。


「先に中庭に戻ります。 途中で使用人を見かけたらここに来るよう声をかけます」


 非情だが優先順位はキャロル様が最上位だ。

 その場に背を向け来た道を戻ろうとすると、背後で「ふにゃっ」キンッと硬い金属を叩いたような乾いた音が鳴り、直後にどさっと重い物が落ちる音が続いた。

 振り向き背後に視線を向けると、同僚を運ぼうとしていた審判が、鞘から抜き放たれた剣を構え、その切っ先は既に分かれ地面に落ちていた。


 足元にはシャイフの影から出たマーヴィが、俺を守るかのように凛と立っている。


 状況から判断するに、剣を抜き背後から襲って来た審判を止める為に、マーヴィが影から飛び出し剣を根元から切り裂いたようだ。

 アイアンゴーレムの首を落とすくらいだから、厚みの少ない剣を切り裂く事は、マーヴィにとっては朝飯前だろう。


 幸い(?)剣の柄は横向きに握っており、殺傷する意思は無いようだが昏倒させるくらいはするつもりだったようだ。


「フェロウ、気絶だ」

「わふぅ~」


 そう声をかけると影からフェロウが飛び出し、剣を折られて呆けてる審判に、すかさず気絶レベルの電撃を浴びせていた。


「フェロウもマーヴィもありがとう」

「わふっ」「にゃー」


 二匹にお礼を述べ、軽く撫でるだけで切り上げる。

 キャロル様が気がかりだし、いまは時間が惜しい。


 戦闘不能にした二人を放置し、急ぎ元居た中庭へと駆け出した。

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