第419話 お名前を伺っても?

 キャロル様に送られた招待状はデビュタント前の未成年という事もあって、お茶会の時間に呼ばれていた。しかも、親不在の状態で招かれているのだから当然だ。


 軽く顔合わせをしたら帰れそうだ。


 徒歩で来たから馬車など用意されていない。

 キャロル様がヒタミ亭で準備してる間に、辻馬車を一日雇えるよう交渉に出た。いくら何でも、ドレス姿で領主の館まで歩かせる訳には行かないからね。


 因みにキャロル様はこの事態を想定して、ドレスの着替えを何着かマジックバッグに用意してあるそうだ。

 準備に抜かりが無いね。


 辻馬車も見た目が良い馬車を選ぶと、大銀貨二枚の一日二十万ゴルドでのチャーターとなった。

 なかなかの金額だ。

 見てくれは箱馬車の屋根が無いタイプだが丁寧な細工が施され、貴族の払い下げの馬車といった風な辻馬車を借り受けた。


「キャロル様を乗せるのに問題無いかな」

「ありがとうございます」


 御者と雑談をしながらヒタミ亭の前で待機し、キャロル様が現れるのをひたすら待つ。

 ヒタミ亭の一階にドレスを身に付けたキャロル様がやって来た。


 紅掛花色の髪に映えるように全体的に明るい赤色の色彩を採用しており、胸元を隠すかのように首までしっかり生地がある。かといって地味かと言うと、袖は肩を出すノースリーブでほっそりとした鎖骨まで見せ、妖艶な色気を作り出すデコルテが、少女から大人の女性へと変貌させていた。

 かといって両手が全くの無防備なのではなく、レースが施された肘まである、ドレスと色調を合わせた赤い手袋を装着している。

 腕の絶対領域といえる部分が、女性らしさを引き立てていた。

 スカート部分は以前サンティアゴの店でデザインした物が採用されており、パニエだかパニーニだかをスカートの下に着て無いから、肌に密着したデザインは腰のラインを美しく見せ、キャロル様の華奢な姿をより魅力的に引き立てていた。

 お蔭で椅子に座るのも楽にでき、現地で着替える必要もなく機能的だ。

 胸元にはプレゼントした白いカメオが、赤いドレスを下地に差し色となって良く映えていた。


「とても良くお似合いです。 キャロル様の色香に惑わされそうです」

「お褒めいただき光栄ですわ、エルさん」


 俺の台詞に素直に喜び、嬉しそうに素敵な笑みを浮かべていた。

 実際、赤いドレスが織りなすキャロル様の白い肌を強烈に印象付け、目が眩みそうなほど鼓動が高鳴る。

 御者が手早く馬車の扉を開き、踏み台を足元に設置する。

 キャロル様の手を取り、馬車へ乗る場面で補助をする。

 専属侍女のミレーヌと護衛騎士のエレオノーラも乗り込み、準備ができたところで御者に出発を告げる。


「それじゃ、領主邸までお願いします。 帰りもね」

「分かっております。 それっ」


 馬車を引く馬に鞭を打ち、領主邸を目指して動き出す。

 因みにフェロウ達テイムモンスターは、シャイフの影魔法で俺の足元に隠れ潜み、ノイフェスはヒタミ亭でお留守番だ。ミレーヌがついて来るし侍女服姿の女性は二人も必要無いしね。

 一応魔法が使えない体になっているので、有事の際は俺に代わる戦力として待機させている。

 貴族令嬢を護衛依頼でお預かりしているのだから、できる準備はしておかないとね。


 馬車が向かう先に伯爵家に相応しいと言えるほどの、大きな邸宅が姿を見せ、手入れの行き届いた前庭がより荘厳な雰囲気を醸し出している。


「立派な邸宅ですね」

「ミスティオのお屋敷よりも遥かに大きいですわ」


 いままでは代官屋敷にしか訪れた事が無いから、貿易で繁栄している街を治める領主の邸宅ともなるとスケールが違う。

 キャロル様の実家はもともと子爵家であったから、子爵邸らしい大きさで、生粋の伯爵家と比べるような物ではない。


「ここはベッテンドルフ伯爵邸だ、用があるなら招待状を見せろ」

「メルヒオル様より招待状を預かっております」


 ミレーヌが門番に伯爵家令息メルヒオルからの招待状を見せ、不審な人物で無い事を確認した後、伯爵邸へと連絡に走り、ようやく門を通された。

 門を抜け車回しに馬車を横付けにし、先に降りてキャロル様の手を取るように背伸びする。どうにもならない事だけど、身長がね……


「エルさん、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 転ばぬ先の杖じゃないけど、安全に馬車から降りられるよう手を握ったのだが、馬車から降りてもキャロル様はその手を離さない。


「キャロル様?」

「い、いえ。何でもありませんわ」


 握っていた手を離し頬を赤く染め、俺の張り出した左ひじに腕を絡め、玄関扉を開けたベッテンドルフ伯爵の使用人が待ち受ける中、屋敷へと入る。


「こちらでお待ちください。 準備が整い次第会場へ案内致します」


 執事らしき人が応接室へ案内し、一先ずはその部屋で待機する事となる。

 ベッテンドルフ伯爵家の応接室は、金や銀で彫金が施された豪華な家具が立ち並び、壁に飾られた絵画も大きいが自然を模写した美しい絵が、見ている者の感情を落ち着かせる。

 歴史ある伯爵家なのだろうか、調度品の一つ一つが高級品でありつつも、バランスよく配置されており嫌味が無い。調和が取れていて心休まる気がした。


 室内にいた侍女の手でお茶が用意され、その香りを楽しんでいると、先ほどの執事が用意ができたと呼びに来た。


「こちらへ移動します。 侍女と護衛の方はこの部屋でお待ちください」

「成人前であり未婚の女性を、護衛も無しに行かせる訳には行きません!」


 執事の申し出に異論ありと、護衛騎士のエレオノーラが食って掛かる。

 専属侍女のミレーヌが待たされるのは良くある事なのか、特に反応を示さず後ろに控えていた。


「当家の血縁者を守るためでもあります、ご遠慮ください」


 護衛と称して武装した騎士を、伯爵家の人々の側に近づけさせたくない意思が見て取れる。

 護衛騎士のエレオノーラも同様に、主家の令嬢を守るために意志を貫こうと意見が衝突する。


「エレオノーラ、引きなさい」

「し、しかし……」

「あなたの忠義には感謝しておりますが、二度は言いませんよ」

「かしこまりました」


 流石に埒が明かないと思ったキャロル様は、エレオノーラを下げる事で貴族家の一員としての役割を優先した。


「では、エルさん行きましょう」


 嬉しそうにこちらを見るキャロル様がソファーから立ち上がり、俺も一緒に立ち上がり左ひじを少し張り出させる。すかさず腕を絡めてエスコート状態で歩き出す。


「そちらの護衛の方もご遠慮ください」

「こちらの方は、わたくしの婚約者ですわ」


 執事が冒険者の恰好をしている俺を見咎めるも、キャロル様は毅然な態度ではっきりと断る。


「冒険者のように見えますが……」

「そうですわ、ですが婚約者ですわ」

「そ、そうですか……、では会場へご案内致します」


 執事の後に続き応接室を出る。

 廊下の至る所に壷や絵画が飾られ、訪問客を目で楽しませるような工夫がなされていた。

 屋敷を出て中庭に差し掛かると、色鮮やかな花が咲き乱れ手入れの行き届いた灌木が規則正しく並べられており、視界の先に見えるガゼボにお茶会の準備がされ、先客が座っているのが確認できる。


「坊ちゃま、ウエルネイス伯爵家ご令嬢キャロル様をお連れ致しました」

「うむ、ご苦労。 下がって良いぞ」

「失礼いたします」


 執事の言葉に鷹揚に頷くメルヒオル。


「ご挨拶が遅れた事をお詫びいたします。ウエルネイス伯爵家が長女キャロルにございます」


 太ももの辺りのスカートを軽く摘まみ持ち上げ、膝を少し折るように綺麗な姿勢でカーテシーの挨拶を送る。


「ようこそいらっしゃいました、ボルティヌの街はいかがでしょうか」


 椅子に腰かけていたメルヒオルは、席から立ち上がり胸に手を当てて貴族男性の挨拶を返し、当たり障りのない話題を振っていた。


 そのまま下がるのかと思った執事は、メルヒオルの正面の椅子を引き、キャロル様が席に着くよう促した。

 キャロル様が席に着くとそのまま下がり後ろに控えたので、俺の椅子は引いてくれないらしい。

 露骨に歓迎されていないのか? それとも平民相手にはこれが標準仕様か? 経験が無いので状況がサッパリ掴めない。

 学院にまだ通っていれば、礼儀作法とか覚える機会があったのだろうか?

 今さら悔やんでも仕方ないので、空いてる椅子をキャロル様のすぐ隣に運び、セルフサービスで着席する。


 招待客の全員が席に着くと、侍女たちが動き出し、お茶やお菓子の準備を始める。


「海から来る潮風がこの街全体を包み、まるで別の国に居るような気持にさせてくれますわ。 そして海の幸もとても美味しくて、良い街だと思いますわ」

「ありがとうございます。 生憎父上は王都に出掛けておりまして、代わりに私が対応させていただきます」


 キャロル様に街の評価を聞き、高評価を得られて上機嫌な様子で当主の不在を告げるメルヒオル。


 テーブルに配置されたお菓子は、スリーティアスタンドに乗せられて用意されていた。一度キャロル様が参加するお食事会で披露したもので、特許を取りましょうとか言ってた製品だ。

 貴族社会で流行り出しているようだ。


 お茶の支度が終わり、ホストとして毒味をするかの如く、真っ先にお茶に口を付けるメルヒオル。


「キャロル嬢も気兼ねなくお茶を楽しんでください。 最新の甘味をいち早く取り寄せたので、どうぞご賞味あれ」

「ありがとう存じますわ」


 スリーティアスタンドの一番上に用意されていたお菓子は、少し前に散々見かけた干し柿が皿に盛られていた。

 それを見て、キャロル様はクスクスと笑い出していた。


 それもそのはず、王都の屋敷で食べていたし、なんなら移動中も時折俺におねだりしてくるからデザートに出していた。

 キャロル様のお気に入りのお菓子なのかも知れない。

 それを最新の甘味と自信満々にいわれても、「つい最近も食べましたが?」と言いたくなるし、キャロル様が可笑しくなるのも仕方がない。


「こほんっ。それでそちらの方はどなたですか?」

「失礼いたしましたわ、わたくしの婚約者ですわ」


 言い慣れていない様子のキャロル様は、頬を赤らめながら紹介していた。

 俺も言われ慣れていないから、若干顔が熱いが、ヘルムを着けているから誰にも見られない。


「どちらの貴族家の方か、お教え願えませんか?」

「どことは申し上げませんが、冒険者をなさってる方ですわ」


 キャロル様は近い将来子爵家当主となる俺の事を、はぐらかしながら当たり障りのない説明をする。

 どことなく不満顔を見せたメルヒオルは、すぐに取り繕い笑みを浮かべて質問を続ける。


「キャロル嬢は婚約者が居なかったと思いましたが、伯爵家ご令嬢と婚約なさるくらいです。さぞかし御高名な方なのでしょう。お名前を伺っても?」

「いまのエルさんは、Eランク冒険者ですわ」


 何を馬鹿なといわんばかりに目を見開き、一瞬ののちに蔑むような視線を向けていた。


「ふんっ、何を馬鹿な」


 予想通りの台詞を口にしたしっ!!


 ただ、その後にニヤリと片側の口角を上げ、醜悪な笑みを浮かべていたのは見逃さなかった。

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