第418話 米ぬか石鹸、売ってくれへん?
キャロル様と米ぬか石鹸の配合試験で、検証を終えた後のことである。
ウルフ系の魔物の解体を任せていたホウライ商会の船乗りたちが、ぞろぞろと一塊になって戻って来た。
……血みどろの恰好で。
「エルはん、解体終ったでーッ」
先頭に立つイズミさんは、手の空いてる船乗りたちを使い、魔石が安く手に入り上機嫌な様子が伺える。
給金を払っているのだから、陸に居る間も何かしらの仕事をさせたいのだろう。出港まで一か月も陸に居る間、仕事の少ない船乗りたちを遊ばせておくのは勿体ないからね。
「流石にその格好で食堂を通って部屋に戻るのはダメです! 全員裏庭に集合!」
衛生面を考えると、ばっちい恰好で入店はダメだろ。お客さんならともかく……いや、客でもダメだな、お断りする案件だ。
「あかんてゆうてはるし、裏庭行こか」
「「「おう!!」」」
場所を裏庭に移し、井戸の周りに集まったところでイズミさんに米ぬか石鹸を渡す。
「これなんなん?」
「米ぬか石鹸っていいます。 これで汚れを落としてから部屋に戻ってください」
「これで身体を洗えばいいんか?」
「水で湿らせてからそれを擦ると泡立ちますから、その泡を広げて汚れを落としてください」
「分かったで! ほなつこうてみよか、聞いとったか?」
「「「おう!!」」」
汚れがひどいし範囲も広い、ピーラーで削った分では間に合わないから、固形のまま渡すと、ヌルヌルする石鹸をうまく掴めないようで、つるんと落として表面が砂だらけになった石鹸で身体を洗っていた。
初めは腕とかで試していた船乗りたちも、汚れが良く落ちる上さっぱりとしたのを目の当たりにして、上着を脱いで上半身裸になり、体中を泡だらけにして丸洗いをしていた。
公衆の面前だから、下まで脱ぐなよ? 絶対だぞ! 振りじゃないからな!
心の中で彼らに釘を刺しておこう。
それくらいのモラルは持ち合わせてると信じたい。
「エルはん! こないに凄いの米ぬかで作れたんやな?! ほんなら残りの米ぬかも……」
「全部買います」
「ほんまに?! おおきに!」
「次回は量を増やしても構いませんよ」
「まかしときっ!」
船乗りたちが泡塗れで燥ぎながら身体を洗っている傍ら、イズミさんは晴れやかな笑顔を浮かべて軽く胸を叩き、輸入量の増加を約束していた。
米ぬかもぬか漬けと畑に撒くくらいしか使ってないのだろう。
田んぼに撒くなら籾殻の灰を撒くだろうし、輸出するほど米を作っていたら、使いどころの乏しい米ぬかも大量に余っているのだろう。
「ほんでエルはん、この米ぬか石鹸、売ってくれへん?」
「それはイズミさんが持って来る米ぬかの量次第ですね」
「そっかぁ、ぎょうさん作らな余所には売られへんな」
「そういう事です、次回に期待してますよ」
「まいどおおきに!」
一度受け入れられ無かった物が別の形で需要ができ、イズミさんも満足そうに微笑んでいる。
嬉しそうで何よりだね。
イズミさんが持って来る物は全て購入してるから、何でも買いますを売りにしてるように思われてしまう可能性が高いが、購入してるのは売れる物だけだからね。そこんところ気を付けて商売してください。
その日の夕方、キャロル様の下に一通の手紙が届けられた。
差出人はベッテンドルフ伯爵家嫡男メルヒオル。
どこかで聞き覚えのある名前だ。
この街に到着した時、検問をする警備兵が伯爵邸へと貴族が来た事を通知していた。その流れでの招待状らしい。
どうして貴族が泊まらないであろうヒタミ亭に届いたかと言うと、門のところで後日挨拶に伺うと伝言してあったため、キャロル様の方で日程を調整する為の手紙を送ってあったそうだ。
俺の時にそんな扱いにならないのは騎士メダルで入ったからで、貴族家の一家臣(と思われてる)に、わざわざ伯爵家から呼び出しなんてあるはずないし、挨拶も不要に決まっている。
なぜ俺がキャロル様に届けられた手紙の内容を知っているかと言うと、婚約者として同席して欲しいと頼まれたからだ。
まだ【候補】だけどねっ。そこ重要。
キャロル様も年頃の女性だから、
そこで困るのが服装だ。
商会のお坊ちゃま服を普段着にしてるけど、貴族のパーティーに着て行く服など持ち合わせていない。急ぎで服を仕立てても、とてもじゃ無いが間に合わないので、キャロル様に相談だ。
「キャロル様、エルです。 少しよろしいでしょうか」
キャロル様が泊まる部屋の扉を叩き、返答を待つ。
「いま空けますわ」
しばし待つと扉が開き、専属侍女のミレーヌが顔を覗かせ室内へと誘った。
「どうぞこちらへ」
キャロル様がベッドに腰かけて待っていた。
元宿屋の二人部屋だから貴族令嬢には狭い部屋と感じるだろうが、キャロル様から苦情は出ていない。
蝶よ花よと愛でられて育った貴族令嬢だから、不平不満を零すと思っていたが、この期間中は俺の生活習慣に寄り添う形を取っているようだ。
「エルさん、どうかなさいましたか?」
「招待に同行するのは構わないのですが、着て行く服を用意する時間が無いのと、顔を隠しても差し支えないかお聞きしたくて、部屋まで押しかけてきました。申し訳ありません」
「気になさらないでください。 エルさんでしたら、いつ来てくださってもかまいませんわ」
俺の不躾な訪問の許可を出すばかりでなく、いつ部屋を訪れても構わないと、優しい笑みを浮かべて許可を出した。
「それで衣装が無いとの事ですわね。 それでしたらいっその事、冒険者の装備で参りましょう」
「それで宜しいのですか?」
「ええ、顔を隠すのでしたらその方が良いかと。 エルさんが冒険者の装いである方が、わたくしも都合が良いですわ」
ヘルムを被るなどで顔を隠すには、冒険者装備の方が一体感が出る。
貴族に招待されたのなら、むしろ冒険者らしさを出した方が不自然さが拭えるか。
キャロル様の隣に相応しいかは別だけど……
普段着てる黒い革鎧は魔法防具な訳だし高級品と言えるから、パーティーに着用していくのも支障が無さそうだな。
「エルさんは不安なのですか?」
「貴族の集まりに呼ばれる事なんてありませんしね」
「わたくしも同じです。 何度か参加した事はありますが、不安が消える事はありませんわ。 ですが、今回はエルさんが一緒に来て下さるので、いつもと違って安心できますわ。 エルさんも同じ気持ちですと嬉しいのですが……」
ベッドに座った姿勢から、覗き込むように上目遣いで見つめて来るキャロル様。貴族令嬢だからと言って、決して貴族の集まりに慣れている訳ではないようだ。
俺と同じようにキャロル様も不安に思っていたのだけど、貴族の集いに初参加の俺が居るから、逆にリードしようと毅然とした態度を取っていただけの、ただの健気な女の子だった。
そこまでキャロル様が勇気を振り絞っているのだから、それに応えられ無きゃ男が廃るというものだ。パーティーくらい乗り切ってみよう。……無難に。
自信満々に言えないのは、初めてだから仕方ないだろっ。
「それにしても服の問題が、こんなに簡単に解決するなんてキャロル様に相談して良かったです」
「何か質問があればいつでもお尋ねください」
キャロル様に一言お礼をいい、ミレーヌに肌の調子を再確認して問題無い事を確かめ、部屋を後にした。
パーティーをどんな風に乗り切ればいいのか分からないが、せめてキャロルさまの足を引っ張らないようにだけはしよう。手土産に石鹸でも持って行けばいいのか?
そう決意し、自室へと戻って行った。
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