第416話 ぼったくり料理を出した所為か?

 ヒタミ亭の厨房の片隅で、怪し気な実験をする一つの集団が居た。


「エルさん、この匂いのする粉末をどうするのですか?」

「前にも言いましたが、成功するまでは秘密です」


 そういって五徳コンロの魔道具やIHコンロの魔道具を取り出し、俺とキャロル様の前に並べた。

 好みとはかけ離れた米ぬかの匂いに負けず、嫌がらずに傍に立つキャロル様。せっかくだから作業を手伝ってもらおう。


「キャロル様も同じ作業をしましょう」

「わたくしもですか? 料理はした事ありませんよ」


 作業に誘うも、少し控えめな声音で自身無げに告白するキャロル様。


「料理じゃ無いので大丈夫ですよ、焦げないようにかき混ぜるだけです。失敗しても気にしないでください」

「エルさんがそこまで仰るなら……」


 キャロル様は「張り切ってやります!」とまではいかないが、失敗を気にしないとの台詞で強張った表情を緩め、俺の手伝いにそれなりにやる気を見せ始めた。


 俺が買って来た材料は、トロナ鉱石を砕いて作られたという【お掃除粉末】、所謂重曹の原料になるやつだ。

 不純物がどれだけ混入しているか分からないから、食料品に使うには躊躇われるが、それ以外に使うのであれば非常に有用な物質だ。

 購入した状態では粉末の目が粗い気がしたので、ヒタミ亭に残した製粉機の魔道具で、米ぬか共々更に細かい粉末に加工する。


 小さい鍋を複数のコンロに並べ、米ぬかとお掃除粉末を分量を量りながら鍋に入れて行く。

 米ぬかと重曹であれば一対二の配合で良かったのだが、お掃除粉末になると有効成分がどれだけ含まれているか分からず、一対二の前後でいくつか配合を分けた物を作る。


「均等に混ざるまでかき混ぜてください」

「やってみますわ」


 そう答えるキャロル様は、木べらを手に鍋の中の粉末を丁寧に混ぜ合わせ、ミレーヌに髪を束ねられたポニーテール姿のキャロル様に惑わされる。

 厨房に並んで立つと、普段目にする事の無い細い首筋と白い肌のうなじが眩しく、それが視界に入ると新鮮さと大人びた印象に心が揺さぶられる。

 先ごろ購入したカメオの革紐が作る、首筋を伝る一筋の線がとても印象深い。


 無心でかき混ぜる事で気持ちを落ち着かせ、鍋に水を加えてコンロに火をつける。


「エルさん、泡が出始めましたわ!」

「キャロル様はそのまま混ぜでください、火加減を弱めます」


 鍋の中でしゅわしゅわと泡立ち始め、それはお掃除粉末と米ぬかの混合物が反応を始めた証拠であり、弱火にし低温で安定した反応を促す。

 反応が終わり、クリーム色のペースト状になった米ぬか液を容器に入れ、放置して数日乾燥させれば完成だ。


「これで出来上がりですか?」

「完成ではありませんが、一先ずの作業はこれで終了です。お疲れさまでした」


 やり切った様子のキャロル様は、初めての共同作業(?)に自然と溢れる喜びが身体を満たしているようだ。笑みが零れて実に楽しそう。


 作った物は米ぬか石鹸。


 固まるかすら不確かだが、泡立ち具合とか肌に刺激が強いとか、石鹸が出来上がった後も検証する必要はあるが、今できる作業はここまでだ。


「何ができるか教えてくださらないので、余計に完成が待ち遠しいですわ!」


 自身も手伝った物で何が生み出されるのか、楽しそうに興味を向けるキャロル様。

 貴族令嬢であるからこそ、自分で何かを作り出すという作業をするのは、初めての経験なのかも知れない。

 それゆえに気分も高揚して、機嫌良く笑みを浮かべるのだろう。楽しそうで何よりだけどね。


 試用した道具を片付け、キャロル様とはこの場で一旦分かれる事となる。

 珍しくルドルツが厨房まで押しかけて来たからだ。何か連絡事項があるのだろう。

 流石に商会の連絡を、部外者であるキャロル様達に聞かせる訳には行かないからね。


「オーナー、これまでの収支を報告したいのですが……」


 滅多にヒタミ亭に顔を出さない俺が来たから、この機会を逃してなるものかとルドルツが打ち合わせの時間を要求してきた。


「分かった。 キャロル様、申し訳ありませんがご一緒するのはここまでとなります」

「エルさんはお忙しそうですものね、分かりましたわ。 明日もよろしくお願いしますわ」


 一緒に行動する時間が奪われるも、不快感を見せずに快く身を引くキャロル様。ただ、その笑顔には陰りが見えていた。




 ずっとまかせっきりだし、報告を聞くのも仕事の内だと割り切り、厨房を離れ事務室にしている二階の一室へと連れていかれる。

 その場には三つ子の真ん中、ルドルスも同席していた。


「ルドルツはヒタミ亭を守ってくれてありがとう、ルドルスもお帰り」

「「お気遣いありがとうございます、オーナー」」


 二人はまだ奴隷から解放しておらず、首元には隷属の首輪が嵌められているが、まとめ役や長期出張として働いてもらっているから、普通の従業員よりも給金は高く支払っている。

 それを纏めているのもルドルツだから、隷属の首輪の制約に反しない限り、好きにお金を動かせる立場なんだけどね。不正を働いて自分を買い戻す事も簡単にできるが、いままでそれをやっていないという事は、誠実な人間であると言える。

 それに、そんな事をして自分を買い戻したりすれば、ミスティオに居るルドルファイや同じ奴隷のルドルフォが迷惑を被るのが目に見えている。だからこそ不穏当な真似をせずに真面目に働いていると言える。その方が自身の努力で自由の身になれるから、胸を張って生きられるというものだ。


 奴隷落ちしたのはゴーク商会の理不尽によるものだけどね……


「それじゃあ報告を聞こうか」

「畏まりました。ヒタミ亭及びソーセージ工場の売り上げは好調です」


 一応オーナーとして上からの立場での言葉遣いに変える。相手は俺が保有する奴隷だから、丁寧な言葉遣いをするのもおかしいからね。

 ルドルツの報告では、ヒタミ亭関連の運営に問題は無さそうだ。


「ただ、地引網によるシャコンプ流出の調査も終わりが近づき、調査費用が途切れると、地引網は事業としては考えたほうがよろしいかと」


 言葉を濁しているけど二年の調査期間を終えたら、地引網漁から手を引けと言っているようだ。


「漁獲量が減っているのか?」

「いえ、そちらは問題ありません。人件費の問題です」


 地引網に携わる人数が多いから、漁で得られる収支が合わないという事か。


「地引網漁を切ると、ソーセージ工場も閉鎖になるんじゃないのか?」

「そうなりますが、決断は必要かと」


 利益を求めるならその決断も正しいのだろうけど、俺は別の事を考えていた。


 ━━ソーセージ工場が閉鎖してかば焼きドッグが無くなったら、ガレンテオが暴れそうだな。


「もうしばらくこの街に滞在するから、今すぐ決断しなくても大丈夫だろう」

「……そうですか、分かりました」


 俺の回答は、問題の先送りだった。

 浅慮にリストラを選択できなかったとも言える。俺は経営者向きじゃないな、商売は人に任せるのが一番だ。

 ルドルツは若干失望したような表情を浮かべていた。

 ヒタミ亭のまとめ役として任せてはいるけど、全てをルドルツの思惑通りにする理由も無いしね。


「それと販売に関して報告があります」


 昨日、ガレンテオと醤油の交渉をしていたはずだから、それが決着した報告かな?


「聞こう」

「醤油などの調味料の卸しや小売りを希望する商会や個人が増えております、可能であれば販売の許可をお願いします」

「いままで小売りはしていなかったの?」

「はい、せっかくの独占販売でしたので……」


 商売人としては正しいし簡単に利益を上げられる。

 でもそれだと敵も大いに増えるのではないだろうか?

 以前、食材の販売を差し止められた意趣返しもあるかもだけど……


「一応俺の理念を伝えておく、しかと聞くように」

「「ははっ!」」


 ザック一家がミスティオに引っ越してきた時、料理教室を開いて新しい料理を広めた経緯がある。

 俺の目的としては旅先で開発された美味しい料理を堪能する事だから、調味料の販売はむしろ望むところだ。


 それの最たるものが、ミンサーの拡散とホットドッグの頒布だ。


 それにしてもこの街で露店販売していたときは、「泥水みたいな」とか表現して敬遠していた醤油を、いまになって購入したいといい出して来ると、何とも言えない感情が沸き上がる。言葉にすれば、呆れるといった感情か。


「だから、最大限の利益を望むでなく、最小限の利益で構わない」

「理解しました、美味しい物を広める方針ですね」

「商売人としては面白くない方針だと思うけどね」

「いえ! 地域貢献を目指しているオーナーの方針は、寧ろ遣り甲斐を感じます!」

「そういう訳だから、地引網漁についての決断は少し待ってくれ」

「分かりました」


 俺としては、殆ど慈善事業くらいの気持ちで始めたヒタミ亭だけど、ルドルツにとっては最大限の利益を上げようと張り切っていたのかも知しれない。


 そう認識させたのは、サナトスベア肉でぼったくり料理を出した所為か?


 金を毟り取る方針に見えなくも無いね。


「ルドルツはこれで良いとして、ルドルスも報告があるのか?」

「あります、米の消費量が増えているようなので、買い付けを増やしますか?」


 ヒタミ亭でも米というか白飯の認知度が上がったのか、注文する客も増えたらしい。


 俺個人に回って来る米の量が減るなっ!


「それなら買い付けを増やして欲しいけど、イズミさんは何ていっていた?」

「ヒノミコ国でも生産量を増やしているから、輸出量の増加は対応可能だそうです。この街で農業で使える便利な農機具を買い付けているので、効率化が図れるそうです」

「供給が間に合っているなら、イズミさんと相談の上で増やして欲しい」

「ですが一つ問題が……マジックバッグの容量がいっぱいで、これ以上は増やせません」


 新たにマジックバッグを差し出し、買い取り資金に大金貨百枚の入った革袋を一つ追加する。

 事も無げに大金をポンと渡されて、ルドルス、ルドルツの両名の動きがフリーズする。


 商人だから、大金を扱う機会は大いにあるでしょうがっ。

 大金貨の詰まった革袋程度で、いちいち固まらないで欲しい。

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