第415話 かば焼きまっしぐらか?
「米ぬかをぎょうさん用意したけど、ぬか漬けはあかんかったか……」
期待の新商品が不作に終わり、意気消沈するイズミさんに質問を投げかけた。
「米ぬかは、全て漬物用にぬか床にして運んできましたか?」
「そんなんせえへんで、水分吸わせたら積み荷が重くなるやん。乾燥した状態やで」
「それなら、その状態で試しに買います。上手く行ったら残りも買い取るので安心してください」
「ほんまに?!」
「結果が出るまで数日かかりますけどね」
「エルはんのやる事やし、期待して待ってるで!」
失敗と思われたところから一縷の望みが繋がり、体全体で喜びを表すかのように燥ぐイズミさん。
そこはあまり期待し過ぎない方が良いと思う、失敗した時のダメージも考えてっ!
心の中で忠告し、米ぬかを加工した新製品の開発を検討する。
「彼らをここに泊めたいんだけど、部屋は空いているかな?」
「空いてるで。というより勝手に世話になってるだけやし、足らんかったら倉庫の見張りの人員を増やすで」
イズミさんは、どうやら足らなかったら部屋を空けてくれるようだね。帰りの積み荷を貸倉庫に保管するから、乗組員をそっちに移動させ見張り役として活用するらしい。
ヒタミ亭は食堂だけの稼働で、手が回らなくて宿としての営業はしていないらしい。このまま宿は稼働しなさそうだね。
「それじゃ、部屋に案内するから移動しましょう」
「分かりましたわ」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」
「「「おう!」」」
ルドルツを呼んだ時に部屋の鍵を用意してもらってあるから、このまま一行を案内する。
俺がいつも泊る部屋の隣にキャロル様が泊まり、何かあった時の為に向かい側の部屋に侍女と護衛騎士が部屋を希望した。
キーロン達六人は、男女別の部屋割りで男性陣は四人部屋、女性陣は二人部屋に割り振る。
「一先ず部屋で休んでください」
「お疲れさまでしたエルさん」
長旅で疲れているだろうが微笑みを浮かべて挨拶し、鍵を受け取ったキャロル様と専属侍女のミレーヌは部屋に入り扉を閉める。その様子を見届けて、護衛騎士のエレオノーラは向かいの部屋へと消えて行った。
俺は部屋の鍵をキーロンに渡すと、滞在中の予定を告げる。
「街に滞在中の【黒鉄の鉄槌】は、護衛は不要だから自由に過ごしてくれ」
「分かった、何日くらい滞在するんだ?」
「イズミさんが新商品といって米ぬかを持って来たから、それの加工に十日はかかるんじゃないかな? 上手く行かなければさらに伸びるけど」
「そうか、分かった。適当に街の見学でもさせてもらおう」
「一応危ない区域もあるから、女性陣を一人で歩かせるなよ」
「分かっている、知らない街で一人にはしない」
キーロンは恋人のグレンダと仲良く街ブラでもするだろうし、もう一人の女性である弓使いのサディアも恋人のカッパネンと行動を共にするだろうから、それほど心配はしていない。
自由時間と告げられた【黒鉄の鉄槌】は、心が弾んでいるのか表情を緩めながら割り当てられた部屋の扉を開け、男女分かれて部屋へと入って行った。
因みにガレンテオには【潮騒の響き亭】を紹介してある。
冒険者ギルドの隣に建つ宿だから説明も楽だしね。
俺も部屋に入り、いつものように魔力放出をして熟睡した。
翌日になり、キャロル様が休んでいる部屋の扉をノックする。
「おはようございますキャロル様。準備はよろしいでしょうか?」
「お嬢様はまだ準備中です、もうしばらくお待ちください」
部屋の中の声は専属侍女のミレーヌの物だった。身支度を整えているところだろうか。
時間がかかると予想し、しゃがみ込んでフェロウのふわふわな毛並みを撫でたり顔を
シャイフも仲間外れは嫌だと影の中から首から上を覗かせ、みんなと同じように撫でてやる。
柔らかい毛並みや羽根並み(?)を堪能していると、身支度を整えたキャロル様と侍女のミレーヌが静かに扉を開いて出て来た。
「にゃ~ん」
シャイフに構って気付かなかった俺の代わりに、マーヴィがキャロル様の脚に身体を擦り付けるように足元を歩く。
そこでハッと気づいた俺は、朝の挨拶をする。
「おはようございます」
「おはようございます、エルさん」
化粧なのか素肌なのか、チークのようにほんのり頬を染めるキャロル様。
俺の言葉を待っているのか、じっと見つめてその場で待つ。
「昨日までの旅衣装と違い、爽やかな装いですね。女性らしさが溢れています」
彼女の衣装は商会の娘が着る普段着のような装いで、屋敷で普段着ているようなフリルやレースの装飾があるドレスと違い、華美な装飾が取り払われたシンプルな衣装だ。それを爽やかと言い換えているけどね。
それが正解だったのか、キャロル様は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ミレーヌさんよ、気付かれ無いからといって、後ろでこぶしを縦に握って親指を立てて良い笑顔を見せるのは止めろ。
「エルさん、きょうは何をするのですか?」
「朝食の後で、ここの従業員のドナートにかば焼きのタレを教えながら、米ぬかの利用方法を考えます」
「分かりましたわ」
言葉の通り一階に向かい、人数分の朝食を注文してフェロウ達の食事を用意する。
配膳された食事を前に、食前の祈りをお願いする。
「キャロル様、食前の祈りをお願いします」
「分かりましたわ。女神フェルミエーナ様ありがとう、いただきます」
「「「女神フェルミエーナ様ありがとう、いただきます」」」
テーブルには俺とノイフェス、それにキャロル様とフェロウ達で食事をしている。
「このスープは屋敷で時々出る物に似ていますわ」
貴族が屋敷で食べる物と同じような物が、平民の食堂で出たら驚きもするだろう。
それもそのはず、具材は違えど昆布出汁と鰹節で出汁を取ったスープで、具材たっぷりの豚汁だしね。豚肉から出るコクが相まって、とても美味しい。
実際気に入ったらしく、目を輝かせて豚汁を飲んでいた。
伯爵家の厨房にも、ホウライ商会と取引した調味料関係は卸している。
お金に余裕があったら、美味しい物を求めるのは人間の三大欲求の一つの為せる技。業と言い換えても良いくらいだ。
食後の祈りのごちそうさまで締め、さっそく厨房へ行きドナートに声をかける。
「おはようドナート、朝食美味しかったよ」
「エルか、おはよう。何か用か?」
俺が厨房に来て声をかけた事で何かを察したようで、用件を早く言えと先を促すドナート。
「厨房の端っこを借りるのと、かば焼きのタレ作りを覚えて欲しいんだ」
「かば焼きのタレ?」
「実演するから、まあ見ていてよ」
「ああ、分かった」
怪訝そうに俺を見るも、今までの経験からして良い事だと信頼しているのか、黙って作業を見つめるドナート。
キャロル様も少し後ろで見守っている。
鍋に酒を入れて火にかけ、アルコールを飛ばして醤油を注いで煮詰めていく。
かば焼きのタレの作り方をドナートに説明し、しっかりと覚えてもらいつつ、そのタレを使った料理も指導する。
この街で生産している魚肉ソーセージを用意し、格子状に隠し包丁を入れ片栗粉を軽くまぶす。
フライパンで焼き目を付けたら、かば焼きのタレを煮絡めて完成だ。
隠し包丁を入れるのが手間だが、調理工程は簡単で素人でもすぐにできるだろう。
「簡単だろ?」
「そんな料理で売れるのか?」
「野菜と一緒にパンにはさんで、ホットドッグすれば売れるんじゃない? ご飯と一緒に出すなら、魚肉ソーセージは縦に半分に切った方がいいね」
「分かった。試してみるよ」
そう答え、任せろといわんばかりに拳を握って胸を叩くドナート。
後はドナートに任せて良いだろう。
「それで厨房の端を借りるというのは?」
「それは材料を買いに行った後で借りるよ」
分かったというドナートと別れ、キャロル様を連れて市場に向けて出発する。
以前、この街で起きた事を説明しながら市場に向け歩く。
街中で腕を絡めるのは恥ずかしいのかキャロル様は俺の手を握り、頬を上気させながら時折俺の顔を見下ろす。ここが見上げるじゃ無いところが締まらないよね。
厚底の靴とかシークレットブーツを開発するべきか?
でもそれは負けた気がするからやりたくないっ!
「エルさんはこれを購入して何をなさるのですか?」
「上手くできるか分からないので、まだ秘密です。成功したらお知らせしますよ」
「分かりましたわ、後日のお楽しみに取っておきますわ」
「少し日数がかかるので、期待しないで待っていてください」
俺の買い物だけじゃキャロル様も飽きるだろうし、雑貨や小物が売っている屋台に足を向ける。
キャロル様も女の子。小洒落た雑貨を売る店を見つけると、俺の手を引き店に近づく。
目を輝かせながらじっくりと眺め、その中でもキャロル様の視線は、花をモチーフに浮き彫りにしたカメオに釘付けになっていた。
ありきたりな花だが彫刻が細やかで、本業の空き時間に手慰みで作る手工芸品とは一線を画す出来栄えだった。
「この花が彫られたカメオをください」
「大銅貨二枚だよ。 銅貨五枚の追加で革紐も付けるよ」
どうやらカメオに革紐を通して、ネックレスとして着用できるようだ。需要に応じたセット販売を用意してあるとは、商売上手だな。
出来栄えの割に小物だからか安く感じる。素材が貝殻なとこで原価が抑えられているのだろうか?
「なら革紐も付けて支払うよ」
「買ってくれてありがとう!」
商談成立に喜び、笑みを浮かべる店主。
二千五百ゴルド分の貨幣を支払い、革紐が結ばれたカメオを受け取る。
一緒に買ったから店主が気を利かせてくれたようだ。
「キャロル様どうぞ」
「ありがとうございますわ、エルさんが付けてくださいませんか?」
恥ずかしそうに申し出るキャロル様に、言葉を返さず行動で返事をした。
革紐を両手で持ち、頭が通る様に広げてキャロル様の首へと掛ける。
正面から掛けたから、二人の距離は鼻と鼻がくっつきそうなほど顔が近づく。
流石にその距離まで来ると照れが出て、鼓動も早まり俺の頬も赤くなる。キャロル様はそれ以上に頬を染め耳まで赤くなっていた。
「やりましたねお嬢様」
両手で握りこぶしを作った専属侍女のミレーヌが、健闘を称えるようにキャロル様を労っていた。
ミレーヌに「やかましいわ!」と八つ当たり気味に言いたいが、キャロル様が嬉しそうにしている姿を見ると、水を差すのも悪いかと言葉を飲み込む。
買い出しを済ませた俺達がヒタミ亭に戻ると……
さっそくかば焼きドッグが販売され、それを両手に一つずつ持ったガレンテオが、美味い美味いとデカい声を上げ食べていた。
目聡いな! かば焼きまっしぐらか?!
ヒタミ亭は醤油の焦げた美味しそうな匂いを振り撒くから、宣伝しなくても匂いだけで食事に立ち寄る人は多い。ガレンテオをあっさり釣り上げるのも当然に思える。この場合の表現は、むしろ入れ食いか?
それにしてもハンマーイールじゃなくても、かば焼きのタレの味がするなら魚肉ソーセージでも何でもいいのか?
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