第413話 乗馬服でしょうか?
白んだ空が青く塗り替えられた爽やかな朝を迎え、目覚めると共に普段通り
角猛牛亭の食堂で朝食を済ませ、注文しておいた料理をズワルトから受け取り宿を出る。
今回、ホウライ商会との取引でボルティヌの街に向かうメンバーとは、南門で待ち合わせてしている。
開門の時間に合わせて行くと商隊の馬車が列を成しているから、混雑するのが目に見えてる。だから集合時間は少し遅めだ。護衛の冒険者とかの荒くれ者がはけた頃合いに、南門へ向かう。
こちらも護衛対象のキャロル様の安全を考えると、人混みに埋もれるような対応はできない。
なにせ、ウエルネイス伯爵家の紋章が入った馬車で来るならともかく、普段の俺の移動方法に合わせて徒歩で来るからだ。
なぜに貴族令嬢を徒歩で旅に出すのか……コスティカ様は何を考えてるのか分からないし、壁になる箱馬車が無いから護衛がし辛い。
角猛牛亭から南門は王都内の端から端とまではいわないけど、それに近いくらいには遠いので、辻馬車を拾って待ち合わせ場所に向かう。
整備された街中の大通りですら馬車の揺れが直接お尻に響いて来る。クッションを敷くも多少緩和できる程度で、南門までの移動だと痛みを堪える。
「おう! エル来たか!」
南門の手前で辻馬車を降り待ち合わせ場所に向かうと、目ざとく見つけたガレンテオから声をかけられた。
「おはよう、待たせて悪かった」
「おう、ライサスローの機嫌を取って時間を潰してたから気にするな!」
そういう彼の手には手綱とブラシが握られていた。
隣に立つライサスローともしっかりとした信頼関係が築けてるようで、嬉しそうな雰囲気が感じられる。
「エル、やっと来たか!」
ガレンテオと会話してるとキーロンが俺を呼ぶ声が聞こえ、その近くに【黒鉄の鉄槌】のメンバーが固まって待機していた。
そういえばガレンテオとの顔合わせはしていなかった。
「ガレンテオ、あそこの冒険者パーティーと合流しよう」
「知り合いか?」
「そうそう、今回の旅で護衛に雇ってる」
「エルに護衛が必要なのか?」
「俺は要らないけど、貴族令嬢の護衛を仰せつかってる」
「貴族令嬢が来るのか?!」
王都に来た時のように、俺達とガレンテオの少人数で港町まで行くと思ってたようで、心の準備ができて無かったガレンテオは、寝耳に水とばかりに軽い衝撃を受けていた。
事情はともかく、キャロル様が合流する事を説明し、尚且つ俺が護衛の依頼を受けている事も伝えた。
「行くよ」
「お、おう」
まごつくガレンテオに再度声をかけ、【黒鉄の鉄槌】と合流する。
「お待たせ」
「おう、エル、ようやく来たか」
南門を出発するには遅い時間帯だけあって、普段通りに来ていた【黒鉄の鉄槌】のメンバーは、かなりの時間を待たされたようだ。
「悪い悪い、この後ウエルネイス伯爵家令嬢のキャロル様が合流するから、もうしばらく待ってくれ」
「まだ待つのか……、まあ分かった」
既に待ち疲れたのか、草臥れた様子を見せるキーロン。
徒歩移動だから休憩時間以外は休む暇も無く、始まる前から気持ちが沈んでいるようだ。
キャロル様がどこまで徒歩移動について来られるか未知数だし、休憩は多くとる事になるだろうし大丈夫だろう。
そんな事を考えていると、キャロル様を乗せたウエルネイス伯爵家の馬車が南門にやって来る。
俺達の姿に気付いた御者が、巧みな手綱さばきを見せて、ゆっくりと速度を落とし目の前で停車する。
馬車に近づき扉を開き、乗っていた貴族令嬢に声をかける。
「おはようございますキャロル様。お手をどうぞ」
ウエルネイス伯爵家の家臣に何度かやってもらった事のある姿を真似、見よう見まねでキャロル様のエスコートをしてみる。
伸ばした俺の手を掴み、キャロル様が馬車から降りて来る。
「エルさん、ありがとうございますわ」
俺の手を借り地上に降りたキャロル様は、嬉しさか楽しさか分からないが、視線を合わせて朗らかに笑っていた。
残念ながらキャロル様の方が少し背丈があるようで、目線は合わない。
あと数年はあるであろう俺の成長期に期待して、何とか小柄な女性の身長くらいは追い抜きたい。
デオベッティーニの街でハンマーイールの骨せんべいも食べたし、カルシウムは取れてるはず!
「きょうの装いは乗馬服でしょうか? 機能性を重視した衣装でも、とても良くお似合いですね」
「嬉しいですわ」
普段はドレスと思われるひらひらとした衣装を纏っているキャロル様も、歩き旅という事もあって今回ばかりはズボンを履いて来ている。
礼儀として服装を褒めると、頬を朱に染め喜びをかみしめていた。その仕草にも気品を感じられ、伯爵家令嬢としての確固たる教育の賜物といえる。
キャロル様が俺に好意を寄せているのは分かる。
けど、俺はそれに釣り合うほどの感情を持ち合わせていない。
前世で楽しい青春時代を過ごして無かったせいか、嬉しくは思うが……まだそこまでの恋愛感情は育っていない。
今までは護衛対象と思っていたし、貴族令嬢として接してきた。キャロル様を交えたこれからの旅で、自分の気持ちを確かめる必要がある。
キャロル様に機会を与えるとの名目だったが、未熟な俺の心を知るためにも、人生の先達としてコスティカ様の提案は正しかったのかもしれない。
「さあ、出発しましょう」
「はい、エルさん!」
俺の掛け声に、ほんのりと頬を上気させたキャロル様が、この先の旅を想像して楽しそうに応える。
南門での検問を済ませ、ボルティヌの街へ向け街道を南下する。
俺とノイフェスやフェロウ達に加え【黒鉄の鉄槌】の六名が護衛として同行し、護衛対象のキャロル様に、いつもの専属侍女であるミレーヌと護衛騎士のエレオノーラが参加している。
そこにガレンテオがおまけで参加している。
草臥れた様子を見せていた【黒鉄の鉄槌】の面々だが、護衛対象が居て出発したとなると、仕事の時間だとばかりに自然と表情を引き締めていた。
盗賊や魔物に遭遇する事無く旅は順調に進み、途中、キャロル様と専属侍女のミレーヌの体力が尽き歩けなくなったりもしたが、キャロル様はシャイフの背に、ミレーヌはライサスローに乗せてもらい、休憩を挟みつつも冒険者の移動速度で進む事ができた。
「馬車が無くても意外と何とかなりますね」
「エルさんのおかげですわ」
シャイフに跨り移動しているキャロル様とはますます目線が合わず、空を仰ぐようにして会話をしている。
切実に身長が欲しくなる瞬間だ。
「主要街道だけあって、王都とボルティヌの街の警備はしっかりとしてるようですね」
「当家の領地と違い、魔物とまったく遭遇しませんわ」
この辺りもコスティカ様の思惑の内だろう。
王都周辺から南に向けて平原に魔物は存在しないし、主要街道故に十分に整備されている。
安全が十分確保されてあり、孫娘を旅に出すにも心配事が少なく都合が良かったのだろう。
順調すぎて何も起きなかったが野営地に到着した。
先行して進んでいる商隊と同じ場所でなく、その少し手前で移動を終えている。
向こうにも護衛の冒険者がいるから、荒くれ者とキャロル様を接近させないためにも、物理的に距離を置くのは必要な処置だ。
それに加えて街道からも距離を取り、俺とノイフェスに岩に偽装した二人用の野営コンテナを出し、キャロル様達三人に岩に偽装した四人用の野営コンテナを出す。
ガレンテオと【黒鉄の鉄槌】達には四方を囲う壁を出す。
その壁の中でちゃぶ台を二つ出し、腰を据えて夕食にする。
出す料理はズワルト達角猛牛亭の料理人が調理した竜田揚げ定食だ。
俺がグリフォン狩りに行ってないのになぜ竜田揚げが出るかというと、王家はグリフォン狩りを諦め(俺に指名依頼は出してたけど!)、代わりにヒポグリフが出る緑色の宝珠を集める方針に切り替えた。
その影響で、ヒポグリフの前半身肉として鶏肉が得られ、角猛牛亭でも日常的に竜田揚げが提供できるようになった。
当然、俺のアイテムボックスに収納していたのだから、湯気の立つ状態で出された料理は、美味しそうな匂いを周囲に振りまいている。
「ここは立場が一番高いキャロル様に、食前の祈りをお願いします」
「エルさんがそう仰るなら……、ではみなさんよろしいでしょうか? 女神フェルミエーナ様ありがとう、いただきます」
「「「女神フェルミエーナ様ありがとう、いただきます!!」」」
角猛牛亭の味を知ってる【黒鉄の鉄槌】の皆は待ち切れなかったとばかりに料理に手を伸ばし、美味い美味いと食べ進める。
キャロル様は背筋を伸ばし、澄ました表情で黙々と食べている。竜田揚げは伯爵邸で食べた事があるしね。時折「美味しいですわ」と俺を見ながら美味しい時に出る笑顔で感想を告げられるとドキリとするが、それはコスティカ様の入れ知恵か、はたまたキャロル様の素か、この旅の間に見極める必要がありそうだ。
そんな風に俺達が楽しく食事をしてる中、旅の支度で用意した保存食を、一人寂しく齧る人物が声をかけて来た。
「なあ、エル。その料理オレにも食べさせてくれねえか?」
羨ましそうな視線を向け、そう零すガレンテオだった。
ガレンテオの目的は醤油の売買交渉で、俺が口添えをするから一緒に行動してるだけであって、雇ってる訳でもなんでもない。
仲間外れのように見えるが、好意で囲いの中で安全に寝られるようにしてるし、料理を提供しないのも当然だ。
「なんでもするからオレにも食わせてくれ!」
デカい声が一層大きくなり、流石に野営中に大声は不味いと思い、放置してたガレンテオに向き直る。
「そこまでいうなら手伝いを頼む。 これからもミレーヌを乗せてくれよ」
「あー!! 先に手伝ってたのはオレの方じゃないか!」
ガレンテオが好意で乗せていたのが正式に仕事に代わっただけで、今までと変わらない状態で美味い食事にありつけるのだから、苦情は聞きません。
俺達が座るちゃぶ台にガレンテオの食事も用意すると、さっそく竜田揚げを口に放り込む。
「この肉うめー! エールが欲しくなる味だ!!」
途端に料理の感想が飛び出し、どっちにしろ騒がしくなるのは変わらなかった。
まあ、大声を出してもBランクの腕前があったら、寄って来る魔物も返り討ちなんだろうけど。
そんなに気に入ったのなら角猛牛亭で食事を取れば、エールと一緒に毎日でも食べられるぞ。
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