第412話 幻術でも使ったのか?
ベッテンドルフ伯爵領領都ボルティヌの街へ向かう準備を始めて数日、角猛牛亭の食堂でのんびり昼食を楽しんでいたら、落ち合う約束をしてたアイツがやって来た!
「エル、やっと見つけたぞ!」
まるで逃亡犯をようやく見つけた警備兵のように、公衆の面前でも臆する事なく大声を上げる男が居た。
そこに居たのは盗賊の捕縛を任せたガレンテオだ。急いで来たのか息を切らせている。
「見つけたも何も、待ち合わせに指定した場所でしょ?」
事も無げにいうが、ガレンテオが叫んだことですっかり注目の的になった俺達は、素早く食事を済ませ場所を変える事にした。
地声がデカい人が居たら、内輪の会話も駄々洩れになりそうだからね。
角猛牛亭を出て通りを歩きながら、ガレンテオに話しかける。
「宿はどこに取ったの?」
「【薄紅色の草原亭】ってとこだ、ライサスローが居ると宿が限られるしな。一応馬扱いされるから、馬車が止められる宿なら大概のとこは平気だ」
エリノールの実家か。
貴族も予約を入れるほどの宿だし、宿泊費用が高くつきそうだ。
「宿が決まってるなら慌てる必要は無さそうだね、打ち合わせするのに冒険者ギルドで個室を借りよう」
「それでダンジョン支部に向かってたのか」
王都の地理に慣れてるのか行先に思い当たったガレンテオは、先導するかのように大股で歩を進めていた。
歩幅の違いで遅れないよう並び立つには、競歩のように早歩きをする羽目になった。
冒険者ギルドの扉を大きく開きガレンテオが堂々と入る姿を追い、閉まりかけた扉の隙間をくぐり抜け、するりとロビーへ身を滑り込ませる。
扉を抑えてくれないのかよっ!
後ろに俺が居るのを全く気にしないガレンテオは、適当に選んだ受付嬢に声を掛ける。
「なあ、悪いけど個室を借りたいんだ」
「いらっしゃいませ。 冒険者の方でしょうか?」
声を掛けた受付嬢は、コーデリアさんの友人であるスカラだった。
元Bランク冒険者っていってたから、ガレンテオの女神カードじゃ借りられないんじゃないか?
今の仕事は商会かベネケルト伯爵の荷運びみたいなものだろう。
「当ギルドの関係者もしくは依頼主でなければ、個室をお貸しする事はできません」
女神カードを見せたガレンテオは苦い表情を浮かべているが、案の定断られていた。
普段の感覚で個室を借りようとしたのだろうが、昔取った杵柄も今となっては役立たずか。残念な男だ。
「あら? そこに居るのはエルくん?」
冒険者が出払ってがらんとしたギルドのロビーで、その様子を横から眺めていたコーデリアさんは、近くに俺が立っている事に気付き声をかけて来た。
「こんにちは、コーデリアさん」
婚約者の話が現実味を帯びて来ている立場では、他の女性にちょっかいをかけるのもキャロル様に不誠実だろう。挨拶代わりに揶揄いたいが、ぐっと堪えて自然な笑顔を無理やり浮かべ、さも普通の冒険者であるかのように振舞う。
「いらっしゃい、エルくん。隣の人ともパーティーを組むのかしら?」
「彼は冒険者を引退してるので組みませんよ。それより指名依頼を出したいので、個室を貸してもらえませんか?」
「分かったわ、案内するからこちらへどうぞ」
隣のスカラさんに一声かけたコーデリアさんは、受付カウンターから離れ俺達を二回へ続く階段へと先導し始める。
「おっ? エル、個室借りれたのか?」
「別件で借りましたが、聞かれて困る話しじゃ無いので一緒に来てください」
「おう! 分かった!」
先ほどまでは表情が沈んでいたのに、ニカッと笑うガレンテオ。
歩きながら話すが、相変わらず地声がデカくてギルド職員全員が聞き耳を立てなくても、内容は全て知られてそうだ。
だから個室を借りたんだけどね。
コーデリアさんに付いて行くと、案内されたのは何故かギルドマスターの部屋である。
打ち合わせ用の個室に案内されるはずだったのに、流れるように誘導されていた。
コーデリアさんは幻術でも使ったのか?
「エルくんをお連れしました」
扉をノックしたコーデリアさんに、「入ってくれ」とワルトナーさんが応答する。
許可を得て部屋に入ると、慣れた調子でコーデリアさん、俺、ノイフェスと三人が並んで座り、向かいのソファーの真ん中にガレンテオが座った。
自然に座っていたからガレンテオも、ギルドマスターの部屋に慣れているようだ。
「ん? なんでガレンテオが居る? 座れないから詰めてくれ」
「おう!」
執務机から移動してきたワルトナーさんは、面識があるようでガレンテオの名を呼んでいた。
それに答えて、軽く腰を浮かして尻をずらすガレンテオ。
ワルトナーさんが用事があって俺を呼び出しているから、ここに連れて来られたと思い口を開くのを待っていたら、先にガレンテオが口火を切った。
「そういえば、これを返すのを忘れてた」
徐に刀賊が所持していた日本刀型の魔法武器を取り出し、俺に差し出した。
「おい! ガレンテオ、まさかこの武器の持ち主は……?!」
「ここに来る途中で遭遇した盗賊が持ってた武器だ」
「なんだと?! それは賞金首【人斬りガルルダーノ】の武器だろ! お前が倒したのか?!」
全身に落雷でも受けたかのような衝撃を受けたワルトナーさん。
「初めに返すっていっただろ、倒したのはエルとテイムモンスターだ!」
「そうなのかエル?」
「誰も信じませんけどね」
「もう一人の盗賊が持つ魔法武器も持ってたせいで、何もしてねえのに【
引退したのに二つ名が付くなんてすごいな。
迷惑そうな顔をして猛るガレンテオに視線を向けつつ、他人事のように軽く聞き流す。
差し出された日本刀の魔法武器を受け取り、リュックサックを経由してアイテムボックスに収納する。
「まあ、それはどうでもいい。エルを呼んだのは、グリフォンが出る宝珠の指名依頼が来たのを突き返した報告と、ダンジョンの緑色の宝珠がすべて回収になったという説明だ」
詳しく聞くと、緑色の宝珠を持ち出すには、事前にギルドから一回限りの持ち出し許可証を大金貨1枚で購入する必要が出たという事だ。
金額が途轍もなく高いが、ウォーホースが出る緑色の宝珠を買い取ってた金額と同等で、グリフォンが出る緑色の宝珠が取れたら、むしろ儲かる値段設定となる。
「そのように正式に決定した」
ワルトナーさん曰く、冒険者ギルドは緑色の宝珠の取り引きに関われ無いが、代わりに許可証の販売で手数料が入る様に調整されたとの事。
一千万ゴルドと金額が高すぎて、貴族か大商会くらいしか買い手が付かないと思われる。
ガレンテオのように、幸運な冒険者がウォーホースを手に入れる事は不可能になったともいえる。
「そんな事より、俺が出す指名依頼の話を進めたいのですが?」
本来の目的に方向修正したく、切りの良いところで口を挟む。
「エルくんが
ひたすら聞き手に回ってたコーデリアさんが、ようやく仕事ができると、顔を引き締め獣皮紙を取り出し準備を整える。
「俺が出す依頼は……」
昨日、【黒鉄の鉄槌】に伝えたボルティヌの街への護衛依頼の話をした。
キャロル様という護衛対象が居る事もあり、尚且つ、キーロン達にヒタミ亭の場所や従業員との顔合わせをさせたかったという理由もある。
ラナの指名依頼を受けていた事で、彼らは安定した収入に魅力を感じるようになった。
冒険者は身体が資本の、どちらかといえば不安定な仕事だからね。
要するに、彼らをエル商会の従業員として勧誘し、ホウライ商会から買い取った荷を運ぶ仕事をしてもらう予定だ。
年二回しか仕事を振られないなんて、前世の赤い服を着たお爺さん並みに働かなくて良い。
といっても、ボルティヌからミスティオに運ぶだけで、片道一か月はかかる。その仕事に俺がずっと関わるのも時間がもったいない。
今回爵位を得る事でライマルを自由に使えるようになれば、移動時間の問題は解消されるが、子爵位じゃ大貴族の圧力を躱せない可能性がある。
もう少し高い爵位を狙いたい。
それだけの権力があれば、使徒の活動もやり易くなるだろうしね。というより権力者の干渉を撥ね退けるためには必要だ。
女神フェルミエーナ様の為にも頑張って行きたい。
なんか使徒っぽく見えるね。
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