第411話 それなら俺の依頼を受ける?

「エルくん、きょう来てもらったのはお食事会を開きたかったからじゃないのよ?」


 あれから食後の祈りを終え一仕事終えたと思って席を立とうとしたら、コスティカ様に呼び止められた。伯爵邸に呼び出した用事はまだ済んでいなかった事を認識した。


 咳払いをしてコスティカ様が言葉を続ける。


「きょう来てもらったのは、爵位を受けるに先立って家名と家紋を決めるのが目的ですわ。 何か希望はありまして?」


 こっちが本題だったらしい。

 ご飯炊いて白焼き作って、そして食べて……


 前振りが長すぎるッ!!


 気を取り直して前々から考えていた名前を告げる。


「家名はガイアースと付けても構いませんか?」


 俺やエロ大王のような転生者にも、ひょっとしたら気付けるんじゃないかと、前世の地球を意味するガイアとアースをくっつけた造語を家名に希望する。

 転生者が日本人だけとは限らないから、多国籍向けの家名にしておく。


「今すぐ決める訳では無いですが、エルくんが希望する家名があるのでしたら、それに致しますわ」


 コスティカ様は後ろに立つ執事に顔を向け、先ほどの家名を記録するように指示を出していた。


「我が家に紋章官を呼ぶ予定でしたので、あらかじめ日程を詰めたかっただけですわ。それで、家紋も決めてまして?」

「絵心が無いので土魔法で作ります」


 そういって四角い板状に土魔法を作り、紋章が浮かび上がるように仕上げた。


 他の貴族家が盾を下地に動物や植物を描く紋章にしているのに対し、被らないようにした俺の紋章は、盾の代わりに上から見た船の輪郭をライマルと見做して下地とし、それを四分割してフェロウマーヴィサンダグリフォンシャイフを描くことにしている。


「紋章はこれで良いかしら? 輪郭は盾ではありませんわね」

「ホウライ商会を通じてヒノミコ国と交易をしているので、船を輪郭にしてますよ」

「そうでしたわね。エルくんを表す良い紋章になっているわ」

「いつも連れているテイムモンスターが記されていて、分かり易くて良いと思いますわっ」

「かっこいー!」


 紋章の図案を見て、コスティカ様が感心するように頷き、キャロル様も表現された内容に理解を示している。

 ラナは無邪気に喜んでるが、ただの感想だな。


「輪郭を船にしている貴族家は居ないと思うから、他家と同じ意匠にはなりませんわ、図案はこれで決定してかまわないと思います。後日、改めて紋章官を呼び出して詳しく詰めますが、手続きはこちらで済ませて登録されましたら連絡致しますわ」

「よろしくお願いします」


 貴族関係の煩雑な手続きを代行してくれるのは本当にありがたい。

 身バレ防止のためにも、王族を良く知る役人と顔を合わせたくは無いしね。


「それとエルくん。次の冒険にはキャロルも連れて行きなさい」

「えっ?!」


 前振りの無いキャロル様の思いがけない提案に、理解が追い付かない。


「直に学院の一学期が終わります、その後の休暇が三か月あるので、その間エルくんと行動を共にする様キャロルには伝えてあります」


 それを聞いてキャロル様に視線を向けると小さく頷いていたので、二人の間では話が付いているのが見て取れる。

 真面目な面持ちで更に続けるコスティカ様。


「行先は港町ですわね? 整備された街道を通るだけですし、危険も少ないでしょう」

「行先は合ってますけど、安全とは限りませんよ」

「エルくんが居るなら問題ありません」


 コスティカ様からの信頼が厚すぎて逆に不安になる。


「ですが、旅には危険が付き物ですよ? ベネケルト伯爵領への往復だけで行きも帰りも盗賊に遭遇しましたし……」


 語尾を濁しつつも、危険が伴う実例を述べる。


「それでもエルくんは怪我一つしてませんわよね?」

「……ま、まあ、そうですが」

「ではやはりキャロルを同行させなさい。エルくんはキャロルとの婚約に否定的ですわよね?」


 なぜキャロル様との婚約の話が上がるのか分からないが、否定的なのは否めない。

 というよりも、まだ成人もして無いし結婚について考えてすらいない。グレムスはともかく、コスティカ様の突然の申し出に素直に頷けるはずも無い。


「すぐに了承できる話ではありませんよね?」

「もちろんですわ。ですが、キャロルの事を良く知らないから断っているのではなくって?」

「それは……無いとは言い切れません」


 卵の村の帰り、ラッシュブルに襲われているところに遭遇し撃退した。それと何度かの護衛依頼を受けた。

 キャロル様との接点は少なく、人間性を知ってるかと聞かれれば答えはノーだ。


「ですから、せっかくの長期休暇。この機会にキャロルの事をもっと知って欲しいのですわ」


 危険な旅であったとしても、俺が居れば問題ないと考えてるようだし、顔見知りというだけでなく、もっと踏み込んだ関係を望んでいる節がある。

 ここまで言われたら断るのは難しそうだ。


「分かりました、キャロル様もよろしいですか?」

「ええ、喜んでご一緒させていただきますわ」


 そう答えると、コスティカ様は安堵の表情を浮かべ、キャロル様は嬉しそうに微笑んでいた。


 長期休暇までもうしばらく学院に通う必要があり、ホウライ商会との取引で港町に向けての出発までに、もう少し日程を詰める必要がある。

 ただ、基本的に俺に合わせるそうで、移動に伯爵家の馬車は使わないそうだ。


 キャロル様を徒歩移動させるとか、コスティカ様はかなりの鬼だな。


 空気を読まずに「ラナも行きたーいっ」とか言ってたけど、そこはコスティカ様が仕事をでっち上げ、ラナの予定を埋めていた。こいうところを見ると、貴族らしく思えるし、逆に恐ろしいとも思える。


 まあ、ラナが行きたければトロンに乗って半日で港町まで行けるから、休日にでもそのうち現地で遭遇するんじゃないかな?


 紋章を決めるために呼び出されたが、急遽港町への商談にキャロル様が同行する事になり、伯爵邸を後にしてそれの準備を進める事となる。




 いつものように王都の市場や屋台を巡り、食材を山ほど集めてアイテムボックスに収納していく。


「ノイフェス、あの屋台に寄ろう」

「ラジャーデス」


 戦利品を抱えて角猛牛亭に戻ると、夕食にはまだ早い時間だというのに、【黒鉄の鉄槌】が食堂で管を撒いていた。

 依頼を成功して打ち上げでもしてるのか、既に出来上がってるキーロンに声を掛ける。


「ご機嫌そうだね、調子はどう? キーロン」

「んあ……? エルかッ?!」


 ジョッキを片手にテーブルに突っ伏してたキーロンは、緩慢な動作でこちらを見上げながら焦点の定まらない眼差しでじっと見つめ、たっぷりと時間を使ってようやく俺を認識した。


「飲み過ぎじゃ無いのか?」

「飲まなきゃやってらんねーんだよッ!」

「何かあったのか?」

「ちょぉ~っと嫌な事があって、荒れてるだけよぉ~。相手は悪く無いから、やりきれない感情をエールで流し込んでるだけよぉ~」


 怒りの冷めやらぬキーロンを嗜めるように、グレンダが変わって説明をする。


「キーロンからは聞けそうにないね、グレンダ代わりに説明お願い」

「いいわよぉ~。ラナちゃんからの指名依頼が打ち切られていじけてるだけよぉ~」


 深刻な話しになるかと思ったら、予想以上にしょうもない内容だったっ!!


 トロンをテイムし続けるのに必要な魔力が不足していたから、それを補うためのウォーホース肉の確保を【黒鉄の鉄槌】に指名依頼で出していた。

 ラナの最大魔力量が上がりトロンのテイムが安定したから、その指名依頼は取り下げる事となる。


 安定した稼ぎの当てが消え、ちょっとやけ酒に走っただけか。


「それなら俺の依頼を受ける?」


 そう伝えるも、酔っ払ったキーロンは怪訝そうな眼差しを向けるだけであった。

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