第410話 俺の役目もお終いかな?

 近頃はコスティカ様に手紙を出すと、翌朝にはお迎えが来る。

 それを学んでる俺は、休日も必要だとコスティカ様への連絡は明後日くらいにしようと、手紙を出さずにいた翌朝。


 朝食を済ませると、連絡もして無いのにウエルネイス伯爵家の馬車が迎えに来てた。なぜだ?


 推察できるのは北門でラナと遭遇した事で、俺の帰還がコスティカ様に伝わったのだろう。口止めしてなかったし、ラナは悪く無い。

 売られて行く家畜のように、感情を無にして迎えの馬車に乗る。


 例の如く伯爵邸の応接室に案内され、待ち時間お茶を楽しんでるとコスティ様御一行が現れた。


「おかえり、エルくん」

「おかえりなさい、エルさん」


 楽しそうな笑みを浮かべるコスティカ様に続き、キャロル様が朗らかに笑い挨拶をする。


「こんにちは。ご希望通り、ベネケルト伯爵領で練り切りの製品化に漕ぎつけましたよ」


 家臣でもない俺が「ただいま戻りました」と返すのもおかしいので、無難な返事と実務方面の報告をする事で、意図してうやむやにする。


「ええ、報告は聞いてますわ」


 他家の内部情報なのに把握してるのかいっ。


「当家にも完成品を送ると連絡がありましたわ」


 さも当然という自然な姿で、コスティカ様は言い放つ。

 それだけ連絡を密にするほどの深い関係なのだろう。


「それよりも、何か美味しい物を見つけましたね?」


 先ほどまでの穏やかな雰囲気と打って変わり、突如、獲物を狙うような目つきで問いかけてくる。


「美味しく無い物が食べられるようになっただけですよ」


 コスティカ様がいってるのはかば焼きと干し柿だと思うけど、元からあった物に手を加えただけで、新たに発見した訳では無い。

 見向きもされて無かったけどね。


「もしかして、食べてみたいのですか?」

「ですわ」


 臆面も無く言い放つコスティカ様は、広げた扇子を口元に当て、表情を隠すように食べ物を要求してきた。欲望のままに投げかけられる要求はともかく、流石は社交界を渡り歩く前伯爵夫人。その所作にも気品が垣間見える。


 デオベッティーニの街では滞在期間も長かったし、ハンマーイールと渋柿集めにダンジョンに通い詰めたから材料もたっぷりある。

 それに並行して、かば焼きと干し柿に加工した在庫も売るほどにある。


「分かりました。せっかくなのでイール丼にしたいと思います。厨房をお借り出来ますか?」

「イール丼? 良く分からないけど、かまわないわ」


 料理名からでは仕上がりが想像も付かず、不思議そうに首を捻るコスティカ様に許可を得ると、気を利かせた執事が侍女に命じて先行して厨房へと走らせていた。


「少々時間がかかります。あと、ラナにも食べさせたいので呼んでもらってもいいですか?」

「仲間外れは可哀想ですものね、呼んでおきますわ」


 コスティカ様達に「失礼します」と断りを入れ席を外し、勝手知ったる我が家のように厨房へと歩み出す。



 厨房に着くと、連絡を受けてた料理人の手によって俺の為に場所が用意され、釜場に立つと後ろにずらりと横並びしている。

 ウエルネイス伯爵家の料理人として調理法を盗み、今後に生かすためだろう。

 となると、覚えてもらう為にもタレ作りからやる事に……


 まずは米研いで炊くところから始め、タレ作りを開始する。

 料理長だけは横に立って俺の説明をしっかりと聞いている。

 お米の炊き方は以前教えてあるから、醤油、砂糖などの使用する材料を鍋に注ぎながら口述し、料理長は必死にメモを取っている。


「より美味しく作るなら、半助や骨を入れるのもいいですよ」


 より美味しく作れるように助言はしておく。

 タレはかば焼きに使わなくても他の料理でも活用できるから、ハンマーイールが手に入らない王都でも役立つだろう。

 いろいろな料理で試してみて欲しい。


「これがハンマーイールです」

「「「おお?!」」」


 蛇みたいに細長い魚は見た事がないようで、初見の彼らにはインパクトが強く、中には目玉が転げ落ちそうなほど見開いたまま固まってる人も居る。


「毒があるので、現地では無毒化された物しか販売されてません」

「ふむふむ」


 熱心にメモしているが、現地に行かなきゃ手に入らない食材を、把握しておく必要があるのだろうか?


 ハンマーイールをさばいて白焼きにし、先に作ったタレが落ち着いたところで煮る作業に入る。


「美味そうな匂いが……」

「醤油の香りが立っている」

「どんな味になるんだ……」


 料理人達も、かば焼きに興味深々なようだ。

 炊き上がったご飯を器に盛り、ハンマーイールを乗せタレをかける。

 イール丼の完成だ!


 デオベッティーニダンジョンも、醤油と砂糖が出るなら山椒も出してくれれば、かば焼きの味が引き締まるのに……

 そう考えなくも無いが、どうにもこの世界は何かしらの食材が足らなくて、料理作りに悩ませられる。


 前世のように一筋縄ではいかず、どうにももどかしい瞬間がある。



 出来上がった料理は使用人が運ぶので、俺は一人で応接室に戻る。

 料理長の研究用にイール丼を一皿残してある。

 部屋に入ると、応接室の様相は一変していた。


 フェロウは犬派のミレーヌに捕まり、迷惑そうな顔を浮かべていた。それに反してミレーヌは、人に見せられ無い程に蕩けた表情で一心不乱に撫でまわしている。

 マーヴィはキャロル様の膝の上で丸くなり、優しく頭を撫でられ満足そうにしていた。

 手持ち無沙汰だったのか、コスティカ様はサンダを膝に抱えて羽毛の感触を楽しみ、時折頭を撫でていた。

 シャイフは俺の影に潜んでいるから、被害?無しだ。


「お待たせいたしました」


 伯爵家の使用人達がイール丼を運び、配膳していく。

 応接室で食事にしても良いのだろうか? 匂い移りが気になってしまう。


「素晴らしい香りね」

「お魚に艶があって美味しそうですわ」

「すごーいっ!」


 配膳されたイール丼の香りでコスティカ様は生唾を飲み込み、タレの輝きにキャロル様が目を輝かせる。最後にラナがシンプルな感想を一言述べる。


「毒味はわたしが!」


 コスティカ様の侍女が毒味をしようとする前に、惚けた顔をきりりと引き締めたミレーヌが買って出た。

 俺の提供する物で毒が無いのは分かっているし、美味しそうな匂いに釣られてやって来たのだろう。

 ラナがお代わりするかもと十分な量を用意したから、毒味役が増えても問題ない。ミレーヌは毒味役の立場を奪ったけどね。


 ミレーヌがイール丼を一口食べ、毒が無いか確かめるようにゆっくりと咀嚼すると、毒の有無を応える前にイール丼をかき込む様に食べ進める。


「問題ありません、とても美味しいです」


 一皿食べ終え、恍惚な表情を浮かべてそんな台詞を吐いても、毒味役の仕事をしたようには思えない。心行くまでイール丼を堪能しきっていた。


「……コホン、大丈夫なようね」


 毒の心配はしていなかったコスティカ様だが、ミレーヌの様子を見て別の要素で心配になっていた。キャロル様の専属だけど、給金が下がるんじゃないのか?

 気を取り直してイール丼の試食会を始める。


「それではコスティカ様、食前の祈りをお願いします」

「分かりましたわ。女神フェルミエーナ様ありがとう、いただきます」

「「「女神フェルミエーナ様ありがとう、いただきます」」」


 待ち切れなかったのか、皆が一斉にスプーンを手にする。

 箸を使い慣れてる人は居ないから、カトラリーにはスプーンを用意してもらってある。


 スプーンで切れるほどに柔らかいイールの身をすくい、さっそく口に運ぶコスティカ様。


「こ、これは……凄く美味しいですわ!」


 一口食べただけで目を見開くほどに、衝撃的な美味しさを感じるコスティカ様。


「見た目にも輝かしいこのお料理は、香ばしい醤油の匂いだけで食欲を一気に高めていますわ。それにスプーンを突き入れるだけで簡単に切れるほどに柔らかいイールの身、それにしっかりと絡む濃厚なタレ。それが炊き立てのご飯の上に乗る事で、真珠が敷き詰められた絨毯に琥珀色に輝くイールを引き立ててますわ!」


 一口大にスプーンでよそったイール丼という未知なる料理を、眼前でまじまじと観察するキャロル様。


 これでもまだ一口も食べてないんだぜ……冷めない内に食べてくださいっ。


 その願いが通じたのか、ゆっくりと口元へと運んでいる。


 ━━?!


 その直後、弾けるように目を大きく開き、脳に電撃を受けたかのように硬直するキャロル様。


「始めに濃厚なタレの甘辛さを感じ、うま味とコクが溢れ出すイールの食感は、ふわりと柔らかくて歯が無くても食べられますすわ! それに加えてタレの絡んだご飯が混然一体となって、どこまでもイール丼のおいしさを引き立てますわ! 一匙での満足感が最高ですわ!」


 再起動したキャロル様がそれだけを言い放つと、一心不乱にイール丼をパクパクと食べ始める。

 それでも貴族令嬢としての気品を忘れない所作に、ある意味感動すら覚える。


「おいしーっ!!」


 タレを頬に付けながら、合間合間に満面の笑みで感想を述べ、ラナも夢中で食べ進める。


 あっという間に食べきった彼女たちは、余韻に浸るかのように背もたれに身を預け、蕩けた表情を隠そうともしない。

 ノイフェスは「美味しーデス」といつものように語っていた。


 最後に食べ終えた俺の姿を見届け、コスティカ様が食後の唱和を始める。


「女神フェルミエーナ様ありが「お待ちください!」」


 それをすかさず止める俺。

 唱和を途中で止められ怪訝そうに様子を伺うが、俺に視線を向けて次の台詞を目で促すコスティカ様。


「まだデザートがあります」


 テーブルの中央に、皿に盛った果物を用意する。


「エルくん、これは?」

「これもベネケルト伯爵領で見つけた果物を加工した物で、干し柿といいます」


 そこには真っ白に包まれた、しなびた果実が山になっていた。

 長い滞在期間中に、自分用の干し柿を何度か作り置きしてあった。


「お砂糖が振ってあるのかしら?」

「砂糖ではありませんが、白い粉も甘いです」


 果物といえば瑞々しさが売りのようなもの、白い粉に包まれてしなびたように見える干し柿には中々食指が動かず、遠巻きに眺めるだけとなった。


 そんな中、俺が出した物なら大丈夫とばかりに、ラナが一番に手を伸ばす。

 躊躇するまでもなく、干し柿にがぶりと齧りつく。


「あまーい! 美味しー!」


 いつものようにシンプルな感想を述べ、太陽のように無邪気な笑顔を浮かべ、美味しそうに食べている。


「わ、わたくし達もいただきますわ」

「エルさん、いただきますわ」


 さっきまで躊躇してたのは何だったのかと思えるほど、ラナが美味しそうに食べる姿を見た二人は干し柿を奪い去るように手に取り、一口大にちぎって口に放り込む。どんな時でも気品さを忘れないようだ。


「食感が心もとないですが、美味しいですわね」

「始めに白い粉末の甘さが舌に広がり、ねっとりとした食感が本当に果実なのかと疑ってしまいますわ。それでいて食べ進めると果実の甘さも際立っており、最初の甘みに負けていませんわ! 本当に甘くて美味しい果物ですわ!」


 干し柿のおいしさは認めるが、どことなく合わない感触のコスティカ様。

 キャロル様は相変わらず、初めての料理には口数が多くなるようだ。



 とにかく、デオベッティーニダンジョンで見つけた食材はお披露目したし、本日のところは俺の役目もお終いかな?

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