第408話 また宿を訪れてくれるのかしら……?

【星降る丘亭】看板娘メリチアside



「いらっしゃいませー!」


 来客に気付いた看板娘のメリチアが、笑顔を振りまきながら威勢よく出迎える。

 店内の賑わいも相まって、繁盛店の雰囲気を醸し出している。

 実際、ハンマーイールを販売するようになってから、食堂の売り上げが鰻上りだ。


 来店した二人連れの客を「こちらの席へどうぞ」と空いてる席に誘導し、注文を伺う。


「白焼きの塩と味付きポン酢を一つずつ」

「かしこまりました。 ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」

「あとスープとパンを二つたのむ」

「白焼き二つにスープとパンですね。かしこまりました」


 注文を受けた品を再度確認したメリチアは、厨房へ注文を通す。

 受け取った注文に従い調理を始める、料理人の父マキシムとその妻ミケイラ。


「エルさんのお蔭で、私達のお店が持てて良かったね」


 客足も落ち着き手持ち無沙汰なのか、メリチアは数か月前の出来事を思い出す。

 突然、宿泊客として現れた、たくさんのテイムモンスターを連れた変わった一団。

 ダンジョンで食べられる物を取って来たと思ったら、次期領主様を説得してハンマーイールを無毒化した食糧販売が始まった。


 そのお陰でタレを使ったイールのかば焼きが大繁盛!


 価格設定は他の料理の数倍と高いのだけど、美味しそうな匂いに釣られてお客さんが足を運んでくれる。

 値段を聞いて二の足を踏まれるけど、代わりに注文する白焼きの塩や味付きポン酢も十分美味しいから、みんな満足そうな笑顔を浮かべて帰る。


「そうだな。流石に忙しすぎる気がしないでもない」

「そんなこといったら罰が当たるわよ」

「領都ツァッハレートの勤め先で、仕込みばかりの下働きでは考えられない境遇だな」

「売れ行きも好調で、念願の自分たちの店【星降る丘食堂】を開店したものね」


 店の忙しさが思い描いた姿とばかりに夫婦は満面の笑みを浮かべ、さりとて料理の手は止まらない。

 そんな中でも夫婦としての団結を深めるべく、嬉しそうに会話をしていた。


「はいよ! 白焼きの塩と味付きポン酢」

「パンとスープはこっちよ」

「ありがとう、運んで行くわ」


 目まぐるしい変化もあったが、家族の絆を高める試練だったかのように、幸せそうに働く親子であった。


「白焼きの塩と味付きポン酢です、お待たせしました!」


 メリチアが運んできた料理に、目を奪われる二人の客。


「待ってました!」

「さっそく食べよう!」

「待て待て、お触れが出てただろ」

「ああ、女神フェルミエーナ様へのお祈りか?」

「そうそう、女神フェルミエーナ様ありがとう! いただきます!」

「女神フェルミエーナ様ありがとう! いただきます。 この唱和を忘れてはいけないんだったな」

「ごちそうさまもな」

「違いない」


 再度布告のあった食前食後の祈りは、領民の間に浸透しているようだ。

 快活に笑う二人は、さっそくとばかりに白焼きを食べ始めた。


「塩だけの白焼きは、イールそのものの味がダイレクトに感じられて美味い!」

「味付きポン酢だって、イールの脂がサッパリとするし、ほんのりとした醤油の味が美味さを引き立てて堪らない!」


 イールの白焼きを口にした二人は、無意識に表情が綻んでいる。

 客の反応も上々だ。


 そんな中、新しい客がやって来た。


「いらっしゃいませ!」


 いち早く気が付いたメリチアが元気よく迎え入れた。


「おう、繁盛してるようじゃの」

「邪魔するぜ!」

「こんにちは」


 年配の二人に青年が一人付き添っているという、変わった組み合わせの三人組が来店した。


「親方達にコルデロスさん、いらっしゃい! こちらのお席にどうぞっ」


 デオベッティーニの街で練り切りという技法を確立し、味わい深い陶器を生み出す新たな有名人になったコルデロスと、工芸ギルドを纏めるモルラッキ親方と木工ギルドを纏めるヴィットリオという、元から有名な二人の来店だ。


「儂らは、かば焼き三つじゃ」

「パンとスープもお付けしますか?」

「僕だけお願いします」

「儂らは酒を頼むのじゃ」


 若いコルデロスだけしっかりとした食事で、親方二人はかば焼きを肴に酒宴を開くようだ。


「昼間っからお酒を飲んで大丈夫なのですか?」

「大仕事を終えたから大丈夫じゃ」

「かしこまりました、しばらくお待ちください」


 親方達の注文を厨房へ流すと、間もなく醤油が立てる香ばしい匂いが食堂にまで漂って来る。

 その匂いを嗅いだお客たちは再び食欲が増し、「お代わりを頼む!」や「こっちも追加注文だ!」と、目まぐるしく呼び出す客の注文をさばくのに忙殺される。


「かば焼きあがったぞ!」


 厨房から父マキシムの声が聞こえ、出来立てのイールのかば焼きを取りに向かう。

 母ミケイラからパンとスープを受け取り、かば焼き三人前をトレイに乗せ一緒に運ぶ。


「おまたせしました! コルデロスさんはパンとスープ付きですね」

「おお、待ちかねたのじゃ」

「ありがとう!」

「ありがとうございます」


 料理を運ぶとお礼をいわれ、親方達の丁寧な対応に心がほっこりと癒される。


「どうぞごゆっくり」


 モルラッキ親方はさっそくかば焼きに手を付けようとフォーク手に取ると、次の瞬間、木工ギルドのヴィットリオ親方に手を掴まれていた。


「食事の前にやる事を忘れるな!」

「そうじゃった、また布告があったんじゃな」

「領主様は食前食後の祈りを、領民に定着させたいみたいですね。あまりにも目に余ると、罰則が付けられるかも知れませんよ?」


 片手を掴まれたまま、空いた手で頭をかき反省の色を見せるモルラッキ親方。

 コルデロスも追撃とばかりに、三度目の布告があれば良くない事が起きると脅していた。


「罰則くらい大したこと無いじゃろ」

「分かりませんよ、モルラッキ親方なら禁酒の罰則が下るんじゃないですか?」

「止めろっ。儂から酒を取り上げるでない!」

「それならお祈りをするんだな!」


 コルデロスだけでなく、ヴィットリオ親方からも責められては堪らないと、モルラッキ親方は「分かった分かった」といいながら、三人で食前の祈りを唱和していた。


 そしてさっそくかば焼きを一切れ口に運ぶモルラッキ親方。


「美味いのじゃ!」


 顔を皺くちゃにしながら一言発し、口の中に残る強烈なタレの後味をエールで流し込み、口の中をリセットする。

 かば焼きとエールを交互に煽る、無限ループに入っていた。


「酒が進むな!」


 こちらでもヴィットリオ親方が同じようにジョッキを傾けている。

 コルデロスさんだけが黙々と食べ進めていた。


「それにしても貴族からの注文が殺到して、白磁の器の生産が追い付かないのじゃ」

「それをいうなら練り切りもですよ。作れる職人が僕しかいないのに、到底追いつくわけが無いじゃないですか」

「工芸ギルドは繁盛してるな!」

「そっちも炭の生産が追い付かないようじゃな」

「たまに失敗して全部灰にしてるけどな! がはは!」


 工芸ギルドも木工ギルドも新たな商材と販路が見つかり、街の好景気の立役者となっている。

 関連した業種も一緒に儲かっており、そうして巡って来たお金が、美味しい物を食べるという欲求に代わり、わたし達の食堂も潤っている。


「近頃じゃ粘土が必要無いのに炭の為に二階層の伐採に向かうし、ムルロッタさんにケツ叩かれて、ついでだからと柿拾いを頼まれてるぞ」

「ああ、干し柿か……、あれも評判良いようじゃの。次期領主様直々の政策じゃからの、コケる訳にはいかんじゃろ」

「最近始めた事業はどれもこれも盛況で、失敗する未来が予想付かないな」

「それもそうじゃな」


 酔いが回り始めたのか、親方達のテーブルは景気の良さに笑い声も大きくなっていた。


「それにしても、あの坊主はどこで宝珠を見つけたんじゃ?」

「ダンジョンで一度も宝珠なんて見かけた事ないのにな」

「誰も入った事が無いボス部屋かの?」

「それしか無いだろう」


 ダンジョンで宝珠が得られない事を知ってる親方達は、エルがどうやって宝珠を拾ったのか疑問を浮かべていた。



 客足が落ち着いて来たと思ったところに、かば焼きの強烈な香りで再び客足が伸び、休む暇がない。


「流石に忙しすぎるわ、料理人も給仕も人手を増やさないと大変な事になるわ。 お友達に手伝いをお願いしましょう」


 新装開店した【星降る丘食堂】には、嬉しい悲鳴であった。



【星降る丘亭】はテイマーの宿だから、匂いの強いかば焼きを扱う食堂は切り離したけど、いまもお爺ちゃん夫婦が宿は続けている。


「部屋を長期間取ったあの人は、また宿を訪れてくれるのかしら……」


 いつの日か訪れるであろう再会に胸を膨らまし、感謝とお礼の言葉を伝えようと決意する。

 その胸の内でかすかに燃える感情は、感謝なのかそれとも別の気持ちか、淡いナニカを胸に秘め、メリチアはきょうもまた元気に働くのであった。

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