第406話 何十年分の仕事を熟して来たのだ?
オシトンルカル・フォン・ベネケルトside
時はエルが冒険者ギルドに、コスティカ様の紹介状を配達する依頼を出した頃に遡る。
ウエルネイス伯爵家コスティカ様から手紙が届き、それを読み終えた現当主の父上から、奇妙な冒険者が我が領地にやって来ると知らされた。
父上の指示では客人か友人を持て成すつもりで接し、その冒険者がやりたい事の手助けするようにと命を受けた。
その成果次第で、私の立場も大きく変わるとの事だ。
現在抱えている仕事を処理してから出迎えると伝え、父上の執務室を後にした。
喫緊で抱えている問題は、先日報を受けた盗賊問題だ。
領境を根城にしていた厄介な盗賊で、首領は頭も切れるし腕も立つ。
騎士団を率いて討伐に向かえば、他領に逃げ出し、少数で攻めれば返り討ちに遭う。
王都へ続く主要街道を餌場と見做し、流通の大動脈を抑えられ頭を悩ませていた。
それを冒険者パーティー【渦巻く爆炎】が拘束したと報告を受け、現地に向かった騎士達が実際に捕らえて戻って来た。
今頃は私の指示の下、残党の捜索とアジトの確認に向かっている。
実力者であった首領が捕らえられているのだ、問題無く片付けて来る事だろう。
捕えた盗賊達は、襲撃対象や手口を尋問したあと、犯罪奴隷として王都へ送られる首輪を付けられる。
遺族に返せる物でも見つかれば良いのだが……
数日後、捜索から戻った騎士団の報告では、アジトらしき洞窟を発見したが残党は逃げ出したようで、そこには数点の美術品と金銭が残されていた。
美術品はともかく、金銭は所有者の特定に至らず、領地の運営に接収する事となる。
騎士団が盗賊の塒から美術品を持ち帰ったと聞きつけた商人が、安く買い取りを持ち掛けて来たり、買い付けて輸送中に奪われた物だと主張する者が現れたりと、対応に追われていた。
詐欺師紛いの商人には、店に騎士団を送り込む予定だ。もちろん、その商人が主張する購入先や流通経路の裏取りを済ませ、黒だと判明してからになる。
その辺りの、私でなくても対応可能な仕事は他の者に引き継ぎ、旅支度を整えて二名の護衛を伴い、デオベッティーニの街を目指し馬上の人となる。
馬車を使わず騎乗する事で移動距離を伸ばし、通常より一日短縮しデオベッティーニの街に辿り着いた。
「このままティスタバーノ男爵邸に向かう」
「「分かりました」」
急ぐあまり負担を掛けた馬を労わるため街中は常歩で進み、オシトンルカル率いる三騎の馬は大通りを抜け、男爵邸へと足を向けた。
今となっては縁遠くなりつつある親戚筋のティスタバーノ男爵家は、長年、ベネケルト伯爵領で代官を務める一族だ。
親戚でもあるが伯爵家の家臣でもある男爵邸に、気兼ねすること無く堂々と訪問する。
もちろん事前に父上が早馬を出しているし、街に着いてからも警備詰め所から先ぶれが出ているからだ。
「お待ちしておりました、オシトンルカル様。さっそく旦那様の下へ案内致します。護衛の方には別室を用意しております。別の者に案内させるので、このままお待ちください」
「では、案内を頼む」
初老の執事カールハルトにそう説明を受け、後について行く。
私の護衛達は「分かりました」とその場で待機する事となる。
親戚筋とはいえ、主人と家臣の関係だ。
案内してる執事も、その所作の一つ一つに慎重且つ丁寧さが見て取れる。
教育が行き届いているのか、実に堂に入った振る舞いだ。
代官屋敷ではあるが領都にある本邸と違い、装飾の少ない廊下を歩き、一つの扉の前で足を止めた。
「旦那様、オシトンルカル様をお連れしました」
「案内してくれ」
「どうぞ、こちらへ」
扉を叩き来訪を告げると中から男爵が許可する声が聞こえ、執事が開けた扉を潜り執務室へと入る。
「事前に丁重に案内するよう手紙をいただきまして、宿の手配は致しました。ですが手違いがございまして、現在はその冒険者が予約した宿に滞在しております」
「そこは良い宿なのか?」
「良いとは申し難いですが、テイムモンスターは泊まれます」
「その冒険者はテイムモンスターが居たな、当人を探すのは簡単そうだ」
「常に数匹の魔物を連れているので、人違いをする心配はございません」
馬車に利用するウォーホースならともかく、複数の魔物をテイムしている冒険者なぞ、あまり見た事も聞いた事も無い。
男爵がいうように、見間違いは無さそうだ。
貴族嫌いと連絡を受ける程だ、言葉遣いも平民に合わせるようにした方が良いだろう。
親戚とはいえ本家嫡男ともなれば上位者であることに違いは無く、宿泊には貴賓室が用意されていた。
煌びやかに飾られた部屋に質の良い寝具が用意され、旅の疲れも一晩で癒えそうに思える。
翌朝、久しぶりのベッドでの睡眠は質が良い物だったようで、すっかり旅の疲れも取れ、身支度を整え朝食を手早く済ませた。
そして目的の人物【エル】を探しに男爵邸を飛び出す。
地元の街なのだから宿の大体の場所は把握しているが、相手は冒険者であり、依頼で早朝に宿を出てる可能性もある。
できる限り早く訪問しようと急ぎ、宿の扉を開けると揉め事が起きてるような雰囲気を感じられた。
その相手の一人が目的の人物、冒険者のエルだった。
見間違いようがないというのは言い得て妙だ。
小型だが何匹ものテイムモンスターを引きつれていれば間違いようが無いし、本人も輝くような綺麗な金髪に、中性的というよりやや女性らしさもある整った顔立ち、小柄で華奢な体格は、守ってやりたいと男どもが邪な感情を抱きそうだった。
コスティカ様はそんな彼を、知識の宝庫のように記していた。
まずはそれを試してみようと、
すると早々とその一端を見せ、「伯爵家はどのような対応をするつもりですか?」に続いた言葉がとても信じられなかった。
当時の記録を見ても、過去の伯爵家があれほどダンジョンを捜索し、陶芸と木工以外で利用可能な物は無かったと調査を終えたのに、今さらになって新たなダンジョン産業が生まれるとは……
毒があると判断され今まで捨てていた素材が、美味しく食べられる物に変化していたとは……、指を汚してまで夢中になって食べてしまった。
これほどの味が出せるのなら、特産品として人気が出るに違いない。
いくつか問題点はあったが、宿と伯爵家で解決できる問題だ。持ち帰って、実現に向けた検討をしよう。
その後も付いて行くと、渋いといわれ実食に耐えない果実を見せられ、先ほどのハンマーイールの衝撃もあり、もしかしてこれも?
エルが紹介する物だからとそんな思いに至り、思わず齧りついてしまった。
もちろん後悔したに決まっている。とてもじゃないが渋くて食べられる物では無かった。
それなのに、工芸ギルドのモルラッキ親方の妻であるムルロッタが、頻りにダンジョンで取れる木の実の採取を願い出ていた。
何度も来るのを不思議に思いながら渋さを思い出し、ある日、ムルロッタの思いが伝わる事となる。
エルに渡された完成した干し柿を実食したからだ!
脳天に突き抜けそうな甘さ、芳醇な香り、新鮮な果物ではあり得ない食感!
絶対に他には無い一品であり、干してる事で長期保存にも向いている。
領内での消費だけでなく、他領へも売りに出せる商品になれば、領地の繁栄につながるのは間違いない!
そして極めつけは、白磁と呼ばれる磁器の器の完成だ!
真っ白で光沢のある美しい器。これほど美しい器は、今まで見た事が無い。
上流階級で流行る事間違いなしだ!
魔道具を借り受ける交渉は困難を極めたが、現物支給で借りる契約になった。請求が無くとも定期的に送るつもりだが、エルの所在が分からないのが難点だ。
ウエルネイス伯爵家経由で何とかなるか?
定期配送の仕事は、ガレンテオが引き受けてくれたしな。
その流れで、若さ故の過ちか、ウバウルの傍若無人な所業が知れたのは朗報だった。
「殺されなかっただけマシ」
そんな行為をしてたのなら、犯罪奴隷に落としてもおかしくはない。
しっかりと反省させるよう男爵には通達すると、謹慎させるという判断を下していた。
やや甘い気がしないでも無いが、親子の情が残っているのだろう。
だが後々顕著になる知恵の泉の真価が理解されると、産み出す利益を天秤にかけ貴族らしく決断を下し、ウバウルは放逐される事となった。
さもありなん。
陶器よりも硬く運搬に向いているという事は、他領への販売も視野に入る。
それだけには留まらない。
ハンマーイールで捨てる部分となる中骨。それも油で長時間揚げれば、栄養もあり骨せんべいとして食べられる食品となり、更には白磁の器を作るのに欠かせない登り窯。
使えるところは少ないからと、実用新案の登録すら断られた。
代わりに登り窯を使う事で、不要になった通常の窯にも新たな役割を持たせた。
木工ギルドがダンジョンから切り出した木材を、空いてる窯に薪を並べ、密閉した状態で火を付けると炭ができる。
エルも詳しくは知らないようで、火力や煙突を解放するタイミングなど研究が必要だといっていた。
炭ができたら、薪より軽いから運搬に向いていると助言を受けた。
用済みとなった窯にまで、別の用途を見出すとは……
炭の実用化はまだだがこの短期間で様々な物が動き出し、許可や決定、人手を集めるのに男爵共々ひたすら調整の日々が続いた。
ある程度まで進んだ時、男爵に任せ領都に戻り父上に報告すると、たった二か月にも満たない期間であるのに、何年も過ごしたかの濃密な時間を過ごしていた。
報告を受けた父上は━━
「何十年分の仕事を熟して来たのだ?」
と驚きを隠せなかった。
それと共に……
「この先も発展が見込め、我が領は安泰だ。これで家督をお前に譲る事ができる」
そう告げられ、王都で新年を迎える宴に参加し、爵位を受ける式典に出る事になった。
父は嬉しそうに席を立ち、次代を託すかのように私の肩に手を置いた。
仕事を終えた充実感と共に、家督を譲られる喜びと責任を噛みしめ、自室のソファーに身を預ける。
「これはもう、エルに足を向けて寝られないな」
だが冒険者がどこに居るかは分からない。
取り合えず、王都とウエルネイス伯爵領に足を向けなければ良いだろう。
使用人にさっそくベッドの配置換えの指示を出した。
それにしても、エルは神職に付いてる訳でもないのに、毎月干し柿を女神教会にお供えしろと約束させられたのはなんだったのか?
おっと、女神様で思い出した。
食前食後のお祈りを、領内に再度布告をして領民に浸透させねばな。
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