第404話 グギャピッ?

 清々しいくらいに晴れ渡る空の下、ガレンテオと並んで街の西門を目指している。


 俺達と同じ方向に歩く人達は、恐らく同じ目的だろう。

 領都ツァッハレートへと旅立つ人達だ。


 平民の受け付けには既に商隊の馬車が列を成しており、護衛の冒険者がその脇を固めている。

 中には依頼主の到着を待つ冒険者パーティーが、退屈そうに道の脇で固まって雑談に花を咲かせていた。


「かぁー…。出遅れたかッ! 今朝は時間がかかりそうだ」

「それじゃ俺達は先に行ってるよ。街道沿いに歩いてるから、そっちで見つけてね」

「はぁ? おい━━」


 何かいいかけたガレンテオを放置し、俺達は貴族側の受け付けに足を向ける。


 早朝から検問に並ぶ貴族は一人としておらず、待機していた警備兵はすぐに俺達の検査に取り掛かった。


 早々に検査を終えて西門を抜けた俺達に向け、ガレンテオの「ズルいぞッ!!」という声が、商隊の車列越しに聞こえた気がする。


 この辺りの街道は曲がりくねっており、領都ツァッハレートまでは徒歩で4、5日かかる。

 時折森林の脇を抜ける街道を歩くと、木々の影をあるいたり森から流れる清々しい空気を感じたりして、気持ちよく歩いていた。

 時折馬車に追い抜かれ、護衛の冒険者に会釈をしながら(ノイフェスがお辞儀をすると鼻の下を伸ばし余所見をする━━そして躓くまでがセットになる)進むと、そろそろ昼時になるので手近な休憩所に足を踏み入れる。


 移動中の昼食は歩きながらの冒険者メシが多いが、きょうはガレンテオを待たないといけないので、テーブルセットを出して優雅に食べる事にする。

 危険が無いか魔力探知で周囲を探り、結果、街道を行く人達の魔力を感知しただけだった。


「やっぱりこの国の南側は、魔物が少ないね」

「何が少ないって?」


 突如頭上から降って来た台詞に驚き、思わず声の主を探して振り向いていた。

 そこにはライサスローに騎乗したガレンテオの姿があった。


「よう、待たせたな!」


 にこやかに言い放ち、相棒のライサスローから降りるガレンテオ。


「これからメシか。オレも昼飯にするか!」


 こちらの返事も聞かずに俺達のテーブル近くの地面にドカリと座り込み、マジックバッグから保存食を取り出し齧りついていた。

 思い切りが良いというか、自分勝手というか……とにかくガレンテオたちと食事にする事になった。

 ライサスローは適当にそこら辺の草をんでいる。


 俺達は出発前日に作り置きした、イールのかば焼きと卵焼きのサンドイッチに、スープとサラダを付けて豪勢に食べる。

 かば焼きの匂いに釣られて、ガレンテオの視線が痛いほど突き刺さる。


「はぁ……、一切れ食うか?」

「良いのか?!」


 それを聞いて、少年のようにパッと目を輝かせるガレンテオ。

 即座に俺の皿に手を伸ばし、一切れ掻っ攫い貪り食っていた。


「美味いッ! かば焼きの強烈な味を卵がまろやかにして、飽きさせない美味しさだ! いくらでも食えるぞ!」


 差し出すのは一切れだけだ、もうやらんっ!


 胃袋の隙間を保存食で埋め、満足そうに腹をさするガレンテオ。

 そんなに腹を満たして、魔物の出る街道を歩いてる自覚はあるのか?

 動きが鈍りそうだな。


 そんな感想を持ちながら、俺達もテーブルセットを片付け、再び街道を西に向かい歩き始めた。


「領都に向かってるが、最終的にどこに行くんだ?」

「一旦王都に滞在して用事を済ませ、その後ベッテンドルフ伯爵領ボルティヌの街に向かうのが、ガレンテオの目的地になるよ」

「そこで醤油が買えるんだな?」

「場合によっては注文だけになるね」

「そこをなんとか!」


 かば焼きに嵌ったガレンテオは、どうにか購入できないか必死に食い下がる。

 もしかして営業の仕事に向いてるのか?

 いや、物怖じせずに話しかけるのと押しが強いだけで、駆け引きは素人なら難しいか。


「輸入量は増えてるけど、行ってみなきゃ分からないから、この話はここで終わり」

「分かった、でも頼むぞ!」


 本当に押し一辺倒だな。

 入荷量が分からないと他所に卸せるか把握できない事を、そろそろ理解してくれ。


 そのまま街道を進み、明日には領都ツァッハレートに到着する距離まで来た。


「今日中に街に着くな!」


 朝から元気いっぱいにガレンテオが告げる。


「また行列に並ぶんだろ。ガレンテオはライサスローに乗って先に行きなよ。ついでに【そよ風の高原亭】で部屋を取っておいてよ」

「ああ、魔物も泊まれる高い宿か……。まいっか、野営で世話になったから使いっ走りもするし、今回はオレもそこに泊まろう。そういう事なら先に行くぜ!」


 ガレンテオに宿代を預け、ライサスローに跨り颯爽と駆け出して行く。



 野営の世話とは、ガレンテオはそこら辺に寝袋を出して、そのまま潜り込み、夜間の警戒はライサスローに任せっきりだった。

 流石にライサスローの負担が大きいと思い、護衛依頼を受けた時の野営道具。くの字の壁を一組出して四方を囲み、安全に寝られる態勢を整えてやった。



 それがあったからこそ、ガレンテオも協力的になっている。

 特筆すべき事態も起きず快調に進み、領都ツァッハレートに着き【そよ風の高原亭】を訪れる。


「こんにちは、ガレンテオが部屋を取ってると思いますが、二部屋押さえてありますか?」

「いらっしゃいませ。お連れ様のエル様ですね。間違いなくお部屋はございます。」

「ガレンテオは部屋に?」

「外出なさっております」


 受付嬢から部屋の鍵を受け取り、昼過ぎに付いてるはずのガレンテオが、待つのに飽きて飲みに出かけたのかと思い、俺達も夕食を済ませて部屋に戻った。



 翌朝、宿の食堂にガレンテオの姿は無い。

 また泥酔して寝坊かな?

 そう思いつつ西門を目指す。

 そそろろ西門に辿り着く頃、真後ろから蹄鉄の音が鳴り響く。


「置いて行くなんて酷いぞ! 隣の部屋なんだから一声かけてくれよ!」


 そういえばガレンテオの部屋は聞いて無かったと思い、「悪かった」と一言謝り歩いていると、ライサスローから降りたガレンテオはそのまま俺と同じ方向に進んでいる。

 訝し気に顔を覗き込むと……


「きょうからオレもこっちを使う!」


 そういってマジックバッグから騎士メダルを取り出して見せた。


「警備詰め所はすぐそこだから、早いとこ自首を勧める」

「盗んでねぇよ! ここの次期領主様からいただいたんだ!」


 詳しく聞くと、【そよ風の高原亭】に部屋を取った後、時間があるからと領主邸を訪れたそうだ。

 そこでひと悶着あったが、次期領主様が出て来て事なきを得たとの事。


「約束も先触れも無しに貴族の屋敷に突撃すれば、そうなるに決まってるだろ」

「いやぁ~。流石に門番に囲まれて焦った!(エルの荷運びの依頼を受ける事になったが、たぶん秘密だよな?)」


 そういって快活に笑うガレンテオ。


 やっぱりお前は自首した方がいいんじゃないか?

 そう思いつつ検査を終え、領都ツァッハレートを発ち王都へと向かう。


 順調に進むかに見えた王都へ道程、領境を超えた付近でフェロウが警戒の声を上げた。


「わふわふっ」


 それを聞いて、俺も魔力探知を飛ばし周囲の状況を確認する。

 フェロウの警告通り反応があり、この先の左右で待ち伏せをしてるようだ。


「どうした?」

「待ち伏せされている、恐らく盗賊、数は10」


 ガレンテオの問いに端的に答え、ノイフェスに武器を装備するよう指示を出し、迎撃態勢を整えた。

 それを見て、慌ててガレンテオも剣を抜き放つ。


 警戒を続けたまましばらく進むと、こちらが戦闘態勢のまま移動してる姿を見たのか、街道の左右から道を塞ぐように薄汚れた身形をし、抜き身の武器を携えた盗賊が姿を現した。

 逃げられないように後方を塞ぐ真似はせず、前方にいる盗賊が全てで、いつでも引き返して逃れる事ができるのに、盗賊の意図が読めない。

 それに随分と余裕そうにしてるのも、理由が分からない。


「こちらの方が人数が多い! 無駄な抵抗は止めて大人しく荷物を差し出せば、命だけは見逃してやる!」


 身ぐるみ剥ぎます宣言をいただき、完全に盗賊と認識をした。

 優位に立ってると思っている盗賊達は、こちらの返答を受ける前に、慎重に一歩一歩距離を縮めている。


「ガレンテオ、逃げる?」

「オレはライサスローに乗れば逃げ切れるが、エル達はそうはいかないだろう、付き合うさ。それに、僅かに刀身が輝いてる武器を持ったのが二人いる。ありゃ魔法剣だろ、手強そうだ」


 過去の経験から「汚物は消毒だ!」と思ってる俺は、盗賊から逃げる気はしない。ノイフェス達も俺に従って参戦予定だ。

 ガレンテオも腹をくくったようで、意識を集中して武器を構え、戦闘に舵を切った。


 ならばやる事は決まっている。

 すぐさま「女神フェルミエーナ様に感謝を」と、無詠唱を隠すために魔力起動の詠唱を行い、手加減をした球体の土魔法を連射する。


 ━━ドガッ、ダゴッ、ズムッ!!


「ガハッ」

「ギュビッ」

「グペッ」


 何人かが土魔法の餌食となり、盗賊はその数を減らす。


「魔法使いだ! 距離を詰めろ!」

「接近しちまえばこっちのもんだ!」

「数で押せ!!」


 ノイフェスが俺の右手に立ち、ガレンテオが左手に立つ。

 近接戦闘に入る際、俺を守ろうと陣形を作る。

 その間も土魔法を散弾魔法に切り替えて数を減らすと、魔法剣を持つ一人だけが残っていた。

 もう一人の魔法剣を持った賊は、いつの間にか倒していた。


 最後の一人に対し、散弾魔法で止めとばかりに魔法を放つ。


「斬るっ!」


 素早く横に二歩移動したと思ったら、被弾する魔法の数を減らし、自身に当たりそうな僅かな球を魔法剣で切り裂いていた。


「この程度なら造作もない、この刀に切れぬ物無し」


 不敵に笑う盗賊は、わずかに反りのある刀身に魔力を流し込み、魔法剣を再び起動させた。

 刃の薄さから切り裂く事を目的に作られたその武器は、太刀と呼ばれる日本刀に見える。

 魔法剣を持つ刀賊の覇気が、刀身を伝わり周囲に放たれていた。


「アイツはヤバいぞ!」

「知ってるのかガレンテオ?」

「いや……、だが実力は圧倒的にオレより上だ」


 相手の力の一端を見たガレンテオは、圧倒的な実力差を肌で感じ威圧され、冷や汗を垂らし血の気を失いつつあった。

 手加減した土魔法とはいえ、相当な速度で飛翔する魔法を、肉眼で視認し回避した上で魔法を切断している。


 身体能力も刀の冴えも、神業としか言いようが無い。


「刀の達人が何で盗賊なんか……」

「強い相手を斬るためだ、それ以外に理由は無い」


 散弾魔法が牽制にしかならず、驚異的な実力を見せる刀賊は、散弾魔法に対処する度一歩一歩間合いを詰めてくる。


 目を逸らしたら一息に距離を詰められ、真っ二つにされそうだ。


 間合いを詰め徐々に迫り、ニヤリと口角を上げる刀賊。

 その姿を見て武器を構えるガレンテオは、オレの命もここまでかと諦めの境地に入り、握る武器の切っ先が下がり出した。


「シャイフ」

「ピッ!」


 今まで戦ってたのは俺一人。

 シャイフに声を掛け、散弾魔法への対応に意識を集中してる刀賊に向け、影魔法で足止めを狙う。


「なにッ?!」


 影に足を取られ抜けなくなり、浮かべてた笑みが消える。刀賊は一転して恐怖に包まれる。

 足を封じられても刀の冴えは衰えず、全てを防げずとも致命傷を避けるように、飛んで来る散弾魔法のいくつかを切り捨てる。


 だがそれも囮。


「フェロウ」

「わふ~」


 ━━バリバリバリッ!!


 足を封じられ俺の散弾魔法に意識を取られ、フェロウを気にも留めていない状況で、音速をゆうに超える雷魔法は避けられまい!


「グギャピッ?!」


 無警戒だったフェロウからの雷魔法の直撃を受け、奇天烈な悲鳴をあげ意識を失う刀賊。



「エル、すげえな! こんな恐ろしいヤツに勝っちまいやがって!」

「……何とかね」


 命の危機を感じ鼓動が高鳴っていたガレンテオは、一転して喜びの鼓動に切り替わり、そのテンションがおかしくなっていた。


 手加減した魔法とはいえ、フェロウ達の力を借りてようやく倒せた油断ならない相手だ。

 例の如く、枷を嵌め拘束した盗賊達を穴に捨て、武器は残らず回収した。

 魔法武器を所持していたし、万が一を考えるとその場に残す事はできない。

 以前噂で聞いたように、武器を拾っただけの人が盗賊狩りの英雄みたいに、やっても無い事で持て囃されるのも可哀想だろうしね。

 ただし、刀賊だけは手足の枷に加えて、肘膝にも枷を嵌め、手首と足首の枷を一体化させ厳重に拘束した。


 距離があったからフェロウ達の力も借りて対処できたけど、次戦う時はどうなるか分からない。




 こんな人斬りを世間に解放したくはない!

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