第403話 エルの商会なんだろ?

 コルデロスにしっぴき用のピアノ線を渡してから十日以上経ったある日、窯場まで来るようモルラッキ親方に呼び出しを受けた。



「来てもらったのは、これを見て欲しいからじゃ」


 モルラッキ親方から手渡されたのは、ハンマーイールの尻尾を素材とした白磁のお皿で、オーブン/レンジの魔道具で焼成した時と違い、艶の出てる箇所も僅かで全体にムラがある。

 恐らく焼き上げる温度に問題があるようで、良く熱の入った部分は艶が出て、加熱不足な個所は材料のガラス成分が溶け出さなかったと予測できる。


「ムラの原因は、焼成の温度でしょうね。窯の形状に問題があるのかも知れません」

「やはり温度か……。釉薬を付けて焼き上げた時も、似たような現象が起きるが、甕くらいなら水漏れしなければ売りに出すんじゃ」


 今まで焼き上げた製品を思い、少しの間窓の外に遠い目を向けた後、どうにかできないか期待の眼差しで見つめて来た。



 そんな目で見ても、魔道具は貸し出さないぞ!



「窯を改造しましょう!」

「どうするんじゃ?」

「まあ、見ててください」


 窯場の脇にある空き地で、斜面を利用して階段状に緩やかな段を作る。

 もちろん人手は使わず、俺の魔力でごり押した土魔法で成型した。


「おお、お前さんが居ると、土木作業が捗るようじゃな」


 斜面をなぞるように土魔法で作られた段差を見て、感心するように腕を組むモルラッキ親方。


 その段差に合わせて複数の窯を並べたような、連結式登り窯を熱に強いタングステンをイメージした土魔法で作り上げた。

 土台は土を移動させただけで時間が経過しても問題無いが、登り窯の方は魔力のみで作り上げたから、一か月も過ぎれば消えて無くなる予定だ。


 ただ魔力の大半を注ぎ込んだから、もう一息で魔力枯渇に陥る。日課のようになってたハンマーイール狩りは、きょうはもう無理だな。


「ぬおおッ?! なんじゃこりゃッ?!」


 あっという間に出来上がった窯に驚愕するも、魂が抜けたように硬直するも暫く経つと再び動き出し、変わった形の窯に興味を持ち始めるモルラッキ親方。


「はあ……。エルのやる事にいちいち驚いてられんわい。今まで何度驚かされか……。それでこの窯はどうやって使うんじゃ?」

「これは登り窯といって一番下以外にも焚口が複数設けられ、そこから薪を投入することで、全体の温度を高温に維持する事ができます」


 俺は窯の専門家じゃ無いから、注意点も伝えておかなければ……


「この窯でも火力にムラのムラが出難くなるだけで、必ず上手く行く保証はありません。暫くして込めた魔力が切れれば窯は崩壊するので、試し焼きが上手く行ったら、この窯を参考に新しく登り窯を作り上げてください」

「またエルに頼めば良いじゃろ?」


 俺を便利屋だと思わないでっ!!


 膨大な依頼料を取りますよ?

 Eランクで指名依頼出来ないけどっ。


「いやいや……俺はこの街の住人じゃないし、やる事ホウライ商会との取引があるので旅に出ますよ」

「なんじゃと?! 宿を10年予約したのではなかったか? てっきりこの街で暮らして行くのかと……」


 白磁の器をより良い物へ、共に陶芸の道を進むと思っていたモルラッキ親方は、ずっと街に居る訳では無いと聞いて、表情が分かり難いがどことなく寂しそうにしていた。


「この街の者じゃないから仕方ないのか。街にいる間は手伝うと良いのじゃ」


 ある程度見通しが立つまでは居るけど、大体の予定は決まってるから、それほど長くは居られない。


「街を出る前には挨拶に行きますし、それまで良ければ多少は手伝いますよ」

「ああ、頼むのじゃ」


 それを聞いて、ようやくモルラッキ親方にも笑顔が戻る。




 それから数日後、登り窯で焼成した磁器は、真っ白な輝きを放つ気品あふれるお皿となった。


「完璧な出来じゃ! この輝き、美しさ、貴族が挙って欲しがりそうじゃ!」

「僕の練り切りも焼成した姿を見てください! いくつか割れてしまいましたが、成功した物もあるんです! まだ研究は必要ですが、大きな前進ですよ!」


 モルラッキ親方とコルデロスが興奮冷めやらぬ様子で、二人して完成品を見せに来る。

 試作品の白磁を焼くついでに、練り切りの作品も一緒に焼いていた。


 二人は白磁と練り切りの良さを語り始め、一頻り聞いた後、二人で反省会と今後の修正案の検討会を始めていた。

 専門家の熱量に付いていけないので、情熱的に語り合う二人からそっと離れ、語りつくせぬ作品の賛美を聞かされないよう、その場を逃げ出した。


 俺としては、曖昧な知識で作った登り窯の成功が嬉しい。




 南門の検問を終えるとそこには、領主直営のハンマーイールと柿の買取所が新設されていた。


「あっ、いま南門から来たわね。ハンマーイールは街に持ち込めないわ、持ってたらここで買い取りするわよ!」

「柿も買い取ってるわ!」

「晩酌のお供に骨せんべいもあるわよ! って、あなたの年じゃまだ早いわね。でも保存食にも使えるわよっ」


 年齢層の幅広い女性たちが、威勢よく呼び込みの声を掛けてきた。

 子育ての終わった主婦や、まだ若い夫婦が共稼ぎの職場として勤めてたりと、女性でも働きやすい人気の仕事になっているらしい。


 ハンマーイールを持ち込むのは、領主(代官)の許可を得た冒険者達だが、直営店の前で不穏な動きを見せると、すぐ目の前の南門から警備兵が駆け付ける。

 乱暴者や不埒な輩が現れても、防犯面でもとても安心できる職場のようだ。


 もちろんハンマーイールが持つ魔石も一緒に買取しているから、冒険者を使う事もあって冒険者ギルドが一枚噛んで、一部分で共同経営みたいな物になっている。


 前世で言うところのジョイントベンチャーみたいな物か?


 ハンマーイールの解体も行うから、その技術は冒険者ギルドに一日の長があったのかも知れない。

 急遽立ち上げた事業だから、既存の戦力を引っ張り込むのが早いしね。


 畑違いの仕事じゃ無いし、中途採用、即戦力! ってやつだ。




 デオベッティーニの街で動き出したいくつかの新たな産業は、関わっている人達の情熱もあり、留まる事無く走り出している。

 製品の魅力もあり、頓挫する心配も無さそうだ。


 コスティカ様の望み通りになったか分からないが、この街で俺のやる事はこれ以上無いだろう。



 ハンマーイールの乱獲以外でっ。



 美味しい物は十分確保したけどね。


 何にせよ、長く滞在したこの街を発つ事にし、関係各所に挨拶回りに向かう。




 これまでに何度も訪れた、南門近くの工芸ギルドの工房にやって来た。


「こんにちは、モルラッキ親方にコルデロス、いますかー?」

「おう、エルか。何のようじゃ?」

「エルさんこんにちは」


 白磁にのめり込んでいた親方も、練り切りの研究に勤しんでたコルデロスも、焼成に成功し心の余裕ができたようで、作業の手を止めてにこやかに迎え入れてくれる。

 研究が足踏みして、切羽詰まっていたコルデロスの変化に驚きが隠せない。


「明日には街を出ようと思います」

「やっぱりいくのか、寂しくなるのう」

「もっと教えて欲しかったです」


 そう伝えると、モルラッキ親方は情熱が取り残されたような面持ちで寂しさを伝え、コルデロスに至っては技術の探求心を募らせていた。


 クッキーの型抜きのように、抜いた場所に色違いの同じ型で抜いたパーツを組み合わせる手法も教えたから、その先は自分で研究をして欲しい。



 というより、俺は専門家じゃ無いからもうネタ切れなんだよ!!



 切実に言いたいけど、「あとはお前次第だ」などと宣って背を向け、「ムルロッタさんにもよろしくお伝えください」と親方に言い残し、工房を後にした。



 宿に戻ると、かば焼きのタレの香りがご近所さんの下まで届いていた。

 大通りまでは届いていないがそのお陰もあって、宿泊客以外にも食堂を利用する客が多数訪れ、イールのかば焼きが大人気になっていた。


 一時期、手持ちのお米も放出したので、イール丼の販売で行列ができたりもした。


 お米は無くなったが、アイテムボックスの中にイール丼を大量ストックする事に成功した。



 宿に戻ると、看板娘となったメリチアの歓迎を受ける。その表情には両親と暮らす喜びが、満面の笑みとなって表れていた。


「おかえりなさい、エルさん」

「ただいま、メリチア。明日、王都に発つよ」

「ええっ?! 突然ですねっ」

「俺にも予定はあるからね」

「そうですね……、エルさんは商会長ですもんね」


 それは名ばかりのヤツっ。


 寂しさを感じてるのか、瞳を潤ませ伏し目がちになるメリチア。今にも涙が零れ落ちそうだ。


「また泊まりに来るから」


 目の前にあるメリチアの頭を撫でながら、そんな台詞を口にする。

 ハンマーイールの補充に来るのは確実だし、いつになるか分からないがメリチアと約束を結ぶ。


「約束ですよッ!」


 パッと上げた顔には、明るい笑顔が浮かんでいた。

 頬を染めていた気がするが、恐らく気のせいだろう。

 聞き耳でも立てていたのか、雰囲気が沈みそうな話題にガレンテオが割り込んできた。


「エルが出発するなら、オレも一緒に行くぜ!」

「……はっ? ついて来るつもり?」

「もちろんだ! 醤油の買い付けはエルの商会なんだろ?」


 そういえばガレンテオは、この宿のために━━というよりイールのかば焼きの為に材料調達を買って出たんだ。なかなかの食い意地の張りっぷりだな。


「俺達は徒歩だよ。ガレンテオはライサスロー(ガレンテオのウォーホース)に乗ってるし、追いつけない」

「そこはオレも歩くさ、元Bランクの護衛が付くと思えば安いもんだろ?」

「いや、俺達より弱いし……」


 事実を突きつけると、二の句が継げなくなるガレンテオ。どこか表情も強張っている。


 二回失格者ウォーターになっただけで、そんなに怖がらなくても……


 実はナンパしようとして断られ、流れでノイフェスとも模擬戦をしたが堅い守りを崩せず、疲れて来たところに綺麗に一撃をもらい、敗戦の憂き目を見ていた。


「そ、それはこう見た目の問題でッ」


 確かにそこは俺達の弱い部分だ。

 子供に見える少年とメイド、あとサンダとかマーヴィとか、見た目にも弱そうなテイムモンスター。

 来る時に出会った盗賊も、降伏勧告を告げたら笑われたしね。


 そんな俺達と縁を繋ごうと、ガレンテオも必死だな。


 やはり、大好物のかば焼きの為ともなれば、無理を押してでも付いてくるつもりらしい。

 移動速度の速いウォーホースの脚を生かして付きまとわれるのは目に見えてるし、ここで断ってもこっそり付いてくる分には何も言えなくなる。


「分かったよ、醤油の買い付けに口添えすればいいんだろ?」

「ああ、頼む!」


 満足のいく回答を得られ、ガレンテオも嬉しそうに笑い声をあげていた。



 旅の道連れ世は情けというし、しばしの仲間と旅を楽しむ事にしよう。

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