第402話 ぶっ飛ばされたいのか?

 ハンマーイールを素材にした白磁の器が完成の目を見た頃、その翌日、【星降る丘亭】に看板娘をしていたメリチアのご両親が戻って来た。


 ついでにオシトンルカル様の同行ストーキングも再開した。

 その代わり、ウバウル坊ちゃんの顛末について説明もあった。


「エル、ティスタバーノ男爵が迷惑をかけたと謝罪をしていた」


 その謝罪は伯爵家に向けた物で、平民おれに向けられたものじゃないだろうなと思いつつ、一先ず頷く。

 謝罪を受け取ったと判断したオシトンルカル様は、満足気に頷き言葉を続ける。


「貴族の産まれだからといって平民エルから物を奪おうとした四男は、貴族籍から外す事を前提に自室で謹慎となった。エルが街を出た後に開放し、冒険者として己の実力で身を立てる事になる」


 盗賊として捕らえるでもなく自宅謹慎とか、貴族は軽微な罪なら見逃すのか。俺が抵抗したから未遂だけど。

 これがか弱い平民だったなら……、そう思わないでも無いが、この先実害が及ばなければ良しとしよう。


「護衛についていたBランク冒険者は?」

「彼は本来の仕事、男爵家の騎士に戻ったから、ウバウルの指示を受ける事は無い」


 取り合えず、ティスタバーノ男爵関係者に狙われる事は無くなったようだ。

 逆恨みしてきそうなウバウルも貴族籍から外れるから、襲い掛かって来たら返り討ちにしても問題無いが……出会わない事が一番だ。



「それで、【星降る丘亭】の夫妻が戻って来たから、ハンマーイールのかば焼きの作り方を教えるのか?」

「そうですね。でもその前に、オシトンルカル様にこれを食べていただきたます」


 多少不満の残る結果だがウバウルの件にケリがつき、次の問題として宿の料理問題を上げて来たが、先に干し柿を確かめてもらおうと、残りの四個全てを皿に盛ってテーブルに出す。


「これは……、あの時食べた渋いヤツじゃないかっ」


 許可無く食べた時の耐え難い渋さを思い出したのか、口をすぼめ顎に梅干しのような皺を寄せている。


「これが完成品です。ご存じですよね? ムルロッタさんがダンジョンで回収するように直談判してましたので」

「……そ、そうだな」

「ですが拒絶したらしいじゃないですか、せめて味を確かめてから判断してください」


 分かり易いほど干し柿を警戒しているが、これは白い粉を噴いた完成品。渋さも無く、ねっとりとした食感でとても甘く仕上がってる。


「さあ、どうぞ」


 差し出された皿に乗った干し柿を見つめ、さりとてなかなか手を伸ばさない。


「四つありますので、街の新たな産業として味を確かめていただく為にも、この街の代官を務めている男爵様に一つと、残り二つは領都のご当主様に届けて下さいね」


 渋くは無いが、渋いと思われてる干し柿を食す仲間犠牲者を増やすよう進言すると、恨みがましい視線を向けながらようやく皿に手を伸ばした。


 こちらは善意で美味しい物を提案してるだけなのに、無下に断られてムルロッタさんに同情を禁じ得ない。

 ニコニコと笑みを浮かべ、オシトンルカル様が食べるのを黙って見る。

 俺の笑顔が悪魔の笑みにでも見えているのか、恐ろしいほど緩慢な動作で口元に運ぶが……、口を開けたり閉じたり、何度も干し柿を前後させたりと、女々しいほどの躊躇いっぷりを繰り返しながら、ようやく小さく齧りついた。


 初めに甘みを感じるのは覚えていたのか、冷静に干し柿の周囲に結晶化した甘みを舌で感じ取り、その後の渋みが来るのに備えて、一噛み一噛みゆっくりと確かめるように顎を動かしていた。


「……渋く無いぞ? むしろ甘い! 驚くほど甘いぞ!! なんだこれは?!」


 完成した干し柿の甘さを理解したオシトンルカル様は、食欲の権化に豹変したかのように、バクバクと貪るように干し柿を食べ進める。


 次の干し柿に手を伸ばし食べ尽くされないように、そっと皿を遠ざける。


 無意識だったのだろう、オシトンルカル様が干し柿を食べきる手前で、思わず皿のあった場所に手を伸ばしていた。当然その手は空を切り、最後の一口を口に入れ食べきると、ようやく自分の思いがけない無自覚な行動に気が付き、驚いていた。


「我を忘れて食べるほど美味いな……」

「それの為に許可を取りに行ったのに、ムルロッタさんが可哀想ですね。次期領主様の視点で干し柿は、この街の新たな産業にはなり得なかったんですしね」

「いや、悪かった。そっちのも食べさせてくれ」


 干し柿の虜になったのか、追加を期待するオシトンルカル様。


「ダメですよ、これは渡す相手が決まってる分ですから」

「どうしてもダメか?」

「どうしてもです。それに、お金も払わずに欲しがるなんて、ウバウルの所業はベネケルト一族の伝統でしたか?」


 全く隠してない最大級の嫌味を言い放つと、オシトンルカル様も思うところがあったのか反省の色を見せている。


「流石に言い過ぎました、申し訳ありません」

「いや、許す。こちらも貴族らしからぬ振る舞いを見せた、済まない」

「謝罪を受け入れます」


 互いに謝り和解したところで、本題へと修正する。


「それで、干し柿は産業として成り立たせますか?」

「もちろんだ。こんなに美味い物をわざわざ捨てる気にはならない」

「水気を避ければ日持ちするので、他の街へ流通させる事も可能ですし、二日酔いの朝に食べると体調の回復も早まります」


 この街での消費量以上に作り過ぎても、近隣の村や街に販売可能な商材ともなれば、街の経済が上向く重要な事業になる。利に聡い商人や領地経営を考える貴族なら、絶対に跳び付くはずだ。


 二日酔いについては、干した事で渋み成分の水溶性タンニンが不溶性に変化し、唾液や果汁で溶け出さなくなるから渋みを感じないだけで、干し柿の中には残る。

 それがアルコールを分解したときに出るアセトアルデヒドと結合し排出し易くなり、二日酔いを和らげるといわれてたはず。


 こちらは酒飲みにしか売り文句として通用しないし、単純に濃縮された甘みで美味しいというだけで、飛ぶように売れる気がする。


「それではこの干し柿を持ち帰り、代官様と新事業の立ち上げの相談をしてください」

「ああ、そうさせてもらおう」


 皿ごと干し柿を手渡し、新事業への決意を高めるオシトンルカル様。そのまま男爵邸へと戻って行った。

 まんまと追い払う事に成功した俺は、背を向けてこっそりとほくそ笑む。




「ねえ、もうお料理を教えてもらえる?」


 そのやり取りを黙って見てた宿の孫娘のメリチアは、両親にかば焼きを教えて欲しそうに声を掛けて来る。

 その隣には、メリチアの父親であるマキシムさんと妻のミケイラさんが、今か今かと待ちわびていた。


「それじゃ、かば焼き作り……というかタレ作りを教えます」

「「よろしく頼む(お願いね)」」

「わたしも見て良いかな?」

「オレも良いか?」

「構わないよ」


 次期領主の名前で呼び出されたせいか、夫妻がどちらかといえば消極的な心持で頭を下げ、メリチアも宿を継ぐ意思があるのか後学の為に見学を希望し、なぜかガレンテオまで他の人より大きな声で参加表明をしていた。


 場所を調理場に移して、普段と違いきょうは五徳の魔道具を取り出す。


「それは……?」

「調理用の魔道具です、あると便利ですよ」


 マキシム夫妻は魔道具に興味が湧いたのか、少しはやる気が出たようだ。


 俺が子供にしか見えなくて、調理方法を教えられないと思ってたのか?


「街の人が買う時は、この状態で販売されます」


 と、蒸し上げ白焼きになったハンマーイールの切り身をまな板に乗せせ、手ごろな大きさに切り分ける。

 お酒を入れた鍋を火にかけアルコールを飛ばし、醤油と砂糖を足して煮詰めて行く。

 次第に醤油の香りが厨房内に広がり、その美味しそうな香りだけで唾が溢れそうになる。


「ああ、良い匂いだ! この匂いだけで一杯やれそうだな!」


 見学しに来たガレンテオはかば焼きの味を思い出し、顔を綻ばせながら大きな声を出す。

 他の人は真剣に聞いてるんだから、あんまり五月蠅いと厨房から追い出すぞ?


「これを好みの硬さまで煮詰めた物が、かば焼きのタレになります。このタレで先ほどの白焼きを煮詰めます」


 実際にやってみて、出来上がったかば焼きを差し出し、皆に実際の味を確かめてもらう。


「待ってました!」

「「「女神フェルミエーナ様に感謝を、いただきます」」」


 なぜか見学のガレンテオが真っ先にかば焼きを摘まみだし、他の三人は食前の祈りを捧げたのちに、一斉にフォークを伸ばしていた。


「強烈なタレの味わいに、ハンマーイールの美味さが負けていない?!」

「…美味しいわ」

「良い匂いがしてたもの、やっぱり美味しいわ」

「うまーい!!」


 夫妻は、初めて食べるかば焼きの味に驚き、メリチアは素直な感想を述べる。


 ガレンテオ、お前は何しに来たんだ……


「これを食堂に出せるなら、千客万来間違いなしだ!」

「そうね、タレを焦がさないように作るのが大切みたいね。かば焼きの調理方法も簡単で、いつでもお店を出せそうだわ」


 試食をした結果、次期領主の名で呼び出されて消極的だった夫妻も、一気にやる気に満ちた表情を浮かべていた。

 だが、ここで残念なお知らせをしなければならない。


「この醤油とお酒は、外国産の物だから手に入れにくい物です」

「そんなっ?!」

「どうにかならないのですか?」

「でも、港まで行けば売ってるんじゃないのか?」


 醤油の現実を知らせると、一転して表情を曇らせる夫妻。なおも食い下がろうとガレンテオが希望的観測を言葉にする。


「外国産の調味料は、とある商会が一括して購入してる。余ってれば売ってもらえる可能性はあるが……、余って無ければ、注文してから届くのが早くて半年後、遅ければ一年後だな」

「そんなにかかるのか……」

「まあ、そのとある商会っていうのは、俺のところだけどね」


 この場にいた全員が、俺が商会をやってると予想だにしなかったようで、ハトが豆鉄砲を食らったような驚愕の表情を浮かべていた。

 声のデカいガレンテオはリアクションもデカいようで、顎が外れそうなほど大口を開けている。


「お前の商会が扱ってるなら、醤油とやらも何とかなるんじゃないのか?」


 ガレンテオが当然の疑問を投げかけると。


「何とか頼む!」「そうです、お願いします」


 と、夫妻が便乗して頼み込んで来る。



「例えばだけど、ガレンテオが街までぎりぎりの食料しか持って無い時に、『食料をわけてくれ、美味しいヤツな。持ってるなら構わないだろ?』っていって近づいて来るヤツがいたらどうする?」

「間違いなくぶっ飛ばすな! 食料くらい計画して用意しておくもんだ!」


 腕を組みしばし考えたのち、臆面も無くそんな答えを返して来た。


「だったら俺は、お前達をぶっ飛ばしても良いか?」

「なんでそんな話になるんだよ?!」


 脊髄反射のように即座に拒絶の意思を向けるガレンテオ。

 だが、それを聞いて夫妻は考え込み始める。


「今からでも注文して構いませんか?」


 自分たちの都合を押し付けるだけじゃなくて、相手の都合も考えてくれるようで安心した。


「俺の商会だけど、商売には関わっていない。雇った商人に任せてあるから、紹介状くらいなら書いてもいい」


 そう伝えると、嬉しそうに「よろしくお願いします」と、夫婦揃って丁寧にお辞儀をしていた。

 きちんと筋を通し、仕入先にも不義理を働かなさそうだから、「注文分が届くまで、これを使ってください」と、黄色の宝珠から出た大甕の醤油を三甕分アイテムボックスから取り出した。


「「ありがとうございます、ありがとうございますっ」」


 マキシム夫妻は、最敬礼とばかりに腰を90度に曲げて、頭を下げていた。


 醤油の消費と販売価格を抑える為に、白焼きのまま塩を振るとかポン酢で食べるとか、一応醤油を加えた味付きポン酢も教えておいた。




 因みに、「俺にぶっ飛ばされたいのか?」というのが、なぜかガレンテオの琴線に触れたらしく、「ぶっ飛ばせるならやってみろ!」と、裏庭で模擬戦をする事になった。


 戦った内容は省くが、割と簡単に失格者ウォーターの仲間入りをしたとだけいっておこう。


 その後のガレンテオは……


「反省したから(してない)魔法を解いてくれよッ! 頼むよーッ!」


 あまりの大声を上げるから流石に近所迷惑になるだろうと、やむを得ず魔法を解除した。


「くっそーッ! オレは元Bランクだぞ、納得いかねーッ!!」


 と不満をあらわにしていたが、「俺は元Aランクだから、実力差通りの結果が出たな」と返しておいた。

 ガレンテオが付いてこない事に気付き振り返ると、信じられない台詞を聞いたとばかりに、顎が外れたかのように固まっていた。




 後日、「相棒と一緒に戦うのがテイマーってもんだ!」などといいつつ、リベンジとばかりに南門の外に連れて来られ、模擬戦を始める為に対峙するも、ウォーホース相手なら恐らく天敵のシャイフを出すかと二人で並びシャイフが敵意を露わにすると、ウォーホースが怯えて身動きできなくなった。

 結局二対一というガレンテオに不利な状態での模擬戦となり、再び失格者ウォーターになっていた。


 今度は負けても大笑いをしていたから、実力差についてはしっかりと覚えただろう。



 う~ん……。

 ハンマーイールをさばくのは領主陣営だけだし、白焼きを安く提供して貰う為に骨せんべいの作り方はオシトンルカル様に教えて、領主側の専売にして骨せんべいで利益を上げてもらおうか。

 ハンマーイールの肝で肝吸いとか作って無いし、残った半助までしゃぶりつくさなくても良いか。

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