第401話 魔道具は諦めてくれますか?
同行してないのでどんな交渉をしたのか分からないが、代官屋敷に押しかけたムルロッタさんの健闘空しく、許可はすぐには下りなかったそうだ。
流石に工芸ギルドの親方の妻という立場でも、甘味欲しさに許可を出してくれといっても易々と叶わぬ願い。
一応、ダンジョンは危険な場所だし、気軽に女性を一人で行かせる訳にも行かないしね。
そして俺はいま、南門を抜けて人気の無いところでかば焼きのタレ作りをしながら、女神フェルミエーナ様に手紙を書いている。
近頃はオシトンルカル様が常に同行してたから、ダンジョンコアを回収したのを報告する手紙を送れなかったんだよね。無関係な者に、女神様の手紙を読まれる訳には行かない。
そんな訳で、ダンジョンコア二個の回収報告と干し柿を二個、神饌する内容の手紙を送ったところだ。
かば焼きのタレの粘度はこれくらいで良いかと加熱を終えたところで、いつものように脳内に、女神様からの手紙が送られて来た着信音が鳴り響いた。
『やっほー、エルくん!
またまたダンジョンコアありがとう~。 それも二個も! 凄く嬉しい!
使い道はまだ決めて無いけど、有効活用させてもらうね~。
あと干し柿もありがとう~。 さっそく食べたよ~。 甘くて美味しいね~。 チラッ』
手紙の内容にはダンジョンコアを受け取り喜ぶ様子が書かれており、地味に干し柿を催促するような内容も記載されていた。
この街の産業になり得る物だし、俺の予想では生産工場でも作るだろうから、そっちはオシトンルカル様に頼むとしよう。
女神教会経由で、女神フェルミエーナ様に神饌品を届ける事くらいできるだろう。
そんな感じでダンジョンコアの配達は終って、かば焼きのタレも回収を終えた。 余った時間はダンジョンで食材集めだ。
数日後、工芸ギルドの工房に行くと、眉を寄せて眉間に皺を作ってるモルラッキ親方が居た。
「モルラッキ親方、何を悩んでいるんですか?」
「ああ、坊主か……。いやな、坊主の素材で成型した、新しい器の焼き入れをどうするか迷っているんじゃ」
「詳しく教えてください」
「単純に量が少ないから、それだけで窯を使う訳にいかんのじゃ。他の者と一緒に焼こうにも、最近の物は窯の容量に合わせて最大限に詰め込んでおるんじゃ」
要するに、試作品を焼きたいが予定外の物を入れる隙間が無い、って事か。
「それなら試作品を預かってもいいですか? 焼けそうな魔道具があります」
「おお、そうかっ!! なら頼む、こっちじゃ」
他に焼く当てがあると伝えると、親方も試作品を焼きたかったようで、即断即決とばかりに、俺の手を引いて乾いた試作品の下へと連れてかれる。
といっても、干し柿を干した場所が成型した陶器を乾燥させる場所だから、毎日のように来ていた場所で代わり映えはしない。
「これが試作品じゃ」
すっかり乾燥して水分が抜け、ほんのりとクリーム色がかった白っぽい皿が数点並べられていた。
この時点では粘土が乾燥しているだけで、形は保てるが僅かな衝撃でも簡単に割れたり崩れたりする。これを焼き上げる事で強度が増し、甕や器として製品になる。
「それでは、一つお預かりします」
お皿を一つ手に取ると、リュックサックから出す振りをしてオーブン/レンジの魔道具を取り出す。
この魔道具なら、以前、そこら辺の石ころを熔解させたという実績がある。
確か、急激な加熱をすると割れてしまうから、徐々に温度を上げれば良かったはず。
加熱時間と温度設定を決め魔道具を動かす。
「その魔道具は何じゃ?」
「料理に使う魔道具ですが、窯よりも温度が上げられるので陶器も焼けるんじゃないかと思い、試しているところです」
「そんな魔道具もあるんじゃな、反対側にも扉があるんじゃが?」
顎に手を当て、興味深そうにしげしげと眺めるモルラッキ親方。
「そちら側から物を入れた時は、別の効果が発揮されるんです」
「二つの効果がある魔道具なんて、初めてみたのじゃ」
いや、破砕/粉砕の魔道具も二つの効果があるでしょ!
モルラッキ親方は、南門の外にある窯で焼き入れを始めるようで、「こっちは任せた」と言い残し、自分の仕事に戻って行った。
窯の温度の設定は分からないが、焼き物を焼くのに一日がかりと聞いた記憶があるから、徐々に温度を上げれば良かったはず。
器に負担がかからないよう、100度から始めて10分ごとに50度ずつ温度を上げる。 前世の俺は陶芸家じゃ無いから、専門的知識はあやふやだ。
たしか、ガラスの融ける温度に関連していたはずで、磁器なら1,250度から1,300度で焼き上がったと思う。
作業を続けていたら四時間後には1,300度に到達し、そのまま10分ほど焼き、上手く焼き上がる事を期待しつつ、あとは自然に温度が下がるのを待っていた。
焼いてる間の待ち時間は、ハンマーイールの白焼きやかば焼き作りで時間を潰している。
お蔭で大量のストックができ、卵焼きで包むう巻などのアレンジ料理も何品か用意できた。
陶器の乾燥場所だから、焼き物(焼く前の物だけど)に匂い移りがして無いか、少し不安になっていた。
焼き上がりから二時間ほど待ち、オーブン/レンジの魔道具から取り出すと、そこには眩いほど白い輝きを放つ、表面がガラスで覆われたように美しく艶めく白磁のお皿が姿を現した。
「おお……。綺麗なお皿になったな」
俺の焼き時間の調整が良かったのか、魔道具の効果で上手く行ったのか分からないが、とにかく焼成が成功したのは理解した。
━━チンッ!
焼き上がったお皿を指で弾くと、澄んだ高音が響き、耳に心地よい。
「この音も磁器らしい音だ。完全に白磁のお皿だな」
焼き終わって思い出したのだが、焼き物には素焼きと本焼きとかあった気がした。
素焼きである程度の強度を持たせて絵付けをし、釉薬を塗った後で本焼きの流れだった気がする。
今回は絵付けをして無いし釉薬も塗っていない。
それでも白磁の美しいお皿が焼き上がったって事は、魔物素材を利用したところに要因があるかも知れない。
焼き上がった白磁の皿を持って、モルラッキ親方のいる南門の外に見せに行く。
「モルラッキ親方、焼き上がりました!」
「なんじゃと?! 早すぎるじゃろ?!」
俺の焼き上がりの台詞を聞いて、訝し気な眼差しを向けながら、半信半疑といった表情を浮かべながら近づいて来る。
「見せてみろ!」
美しい輝きを放つ白磁のお皿をモルラッキ親方に渡し、角度を変えながら穴が開きそうなほどじっくりと確かめていた。
俺と同じように爪で弾いて音を確かめると、「チンッ」と綺麗な高音を鳴らしていた。
「見た目が美しいだけじゃなく、音まで美しい。流石は儂の作品じゃ」
なんだかモルラッキ親方の自画自賛が始まり、半信半疑だった態度は鳴りを潜め、その表情には喜びの笑みが浮かんでいた。
「あの美しい音を生かすなら、もっと厚みを減らしても良さそうじゃ。従来の陶器と比べても、こちらの製品の仕上がりは硬そうじゃからの」
まだ試作品だから、製品化するまでもう少し研究が必要そうだね。
「焼き上げた魔道具は、尻尾を砕く魔道具みたいに貸し出してくれるんじゃろ?」
「貸しませんよ。料理に使う魔道具ですから」
「なんじゃと?! この美しい陶器を作るのに、儂らに使わせるんじゃ!」
「それは磁器っていう種類で、白いヤツは白磁っていいます! あと魔道具は渡しません!」
「次期伯爵に頼んで契約を結んでもらう!」
「そんな事をいうなら、白磁の製法を特許申請して親方が作れ無くします!」
捏ねただけの親方に特許を出す権利は無いし、使用も公表も不可にしておけば、俺以外には作れ無くなるはず。
「そんな……、白磁とやらの研究ができなくなるのじゃ……」
白磁の成功と共に、製品化への意欲を燃やし始めたところでの特許による使用禁止宣言。 期待をしていただけに、親方の落ち込みが酷い。
「魔道具は諦めてくれますか?」
「済まなかったのじゃ……」
陶芸の事になると、モルラッキ親方は見境が無くなるなっ。
モルラッキ親方が沈んだままなので、仕方なく特許申請に名前を乗せる事にしたら、書類仕事はムルロッタさんに任せているからそちらと話してくれと言い残し、窯を管理する持ち場へと戻って行った。
工芸ギルドの工房に戻り、ムルロッタさんを探して先ほどのやり取りを説明すると、「うちの主人がごめんなさいね」と代わりに謝られた。
「それで特許の件なのですが……」
ムルロッタさんが謝る事じゃないと恐縮しながら提案すると。
「それならお詫びの印に、こちらで責任もって対処するわ」
と、自信あり気に胸を一度叩いていた。
「それではお任せします。書類の代行手数料は?」
「いただけるなら柿20個で手を打ちますわ!」
いわれるまま柿を20個渡したが、ダンジョンで拾って来た物で、タダ同然の手数料で仕事をしてくれるなんて、有難くて涙が出るね。
次期領主様にも直談判して断られたらしく、俺が差し出す柿を宝石の如く丁寧に受け取り、ムルロッタさんの顔には最上の笑みが浮かんでいた。
ハンマーイールを素材にした磁器作りの特許使用料については、この街でしか製造不能なため、使用料は無難にゼロゴルドになった。
伯爵家は特許に絡んで無いから、万が一没落して他の貴族の領地になったとしても、この街で磁器作りは続けられて安心できる。
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