第400話 どうして黙っていたのですか?

 あれから数日、毎日干し柿の様子をみて、その後はダンジョンに入りハンマーイール狩り。

 工芸ギルドと木工ギルドがダンジョンに入る日は、同行して柿拾いに勤しんだ。


 どちらの獲物もまだ伯爵家がどう扱うか結論が出ていないし、体制も整っていないから、いまの内に個人的な乱獲をしている。

 ガレンテオが「ハンマーイール狩りに連れて行け!」といい出しそうだが、本来の仕事に戻って、雇われた商会が契約を結んだ分の、割れやすい陶器の運搬に街を出ていた。


 宿は一気に静まり返った。


 今頃は、相棒のライサスローと共に王都への街道を駆り、荷の運搬に励んでる頃だろう。


 いよいよ干し柿の仕上がりを見る時が来た。先日から毎日揉み続け白い粉を纏い出したから、柔らかくて美味しい干し柿が出来てるはず。


 因みに、毎日俺に付きまとってたオシトンルカル様はこの場に居ない。


「明日は干し柿の試食の予定です」


 と伝えたら、「きゅ、急用ができた! スマンな!」と、目を泳がせながら応え、「ティスタバーノ男爵令息に事情聴取をする」と逃げるように去って行った。


 俺が証言した、ツァッハレートダンジョン前襲撃事件を調査してくれるそうだ。ちゃんと令息の証言より、供をしてたBランク冒険者に確認して欲しいと伝えてある。


 なぜそんな話が出たかというと、破砕/粉砕の魔道具の貸出契約を締結する際、この街の代官を任せている男爵邸で交わすといわれたが、身の危険を感じるからと断り、宿で契約締結に至った。


 危険を感じる理由を問い詰められ、ウバウル坊ちゃんの話を伝えたら、少しの間悩むような仕草を見せ、その後は笑顔を見せてその日は終った。


 俺のような会ったばかりの人間より、親戚の息子の意見を優先する事も考慮し、今後はオシトンルカル様との接触も避けたいところだ。


「モルラッキ親方居ますか?」

「何じゃ?」


 作業の手を止め、工房の奥から顔を出したモルラッキ親方。陶芸の仕事が天職のようで、新しい素材の研究ができ、機嫌良さそうにやって来た。


「例の白い砂はどうなりました?」

「ハンマーイールの泥水を、三割ほど混ぜるのがちょうど良さそうじゃ。焼いて見なきゃ分からんが、成型はしても乾燥が終わるまでもう数日かかりそうじゃ」


 そういってもどかしそうに腕を組むモルラッキ親方。

 早く窯に入れたくて堪らないようだ。


「分かりました。きょうは、コルデロスに任せた木の実の実食をしたいと思います」

「あの渋いやつか?」


 モルラッキ親方は渋柿の味を思い出し、眉を顰めながら渋面な顔を作っている。


「はい。白い粉をふいてるので、食べ頃になったと思います。親方にも味わってもらおうかと」


 その台詞を聞いて、ますます顔を顰めるモルラッキ親方。

 余程食べるのが嫌そうな態度だが、騙されたと思って食べてみて欲しい。


「とにかくコルデロスも連れて、木の実を干した場所に行きましょう」

「……はあ。……分かったのじゃ」


 本当に嫌そうにしているがコルデロスも呼ぶと話したら、巻き添えが増える事にニヤリとしつつ嫌々ながらも承諾した。




 成型した陶器が並べられている場所に移動すると、紐で吊るされた干し柿は、すっかり実を萎ませ焦げ茶色の肌を少しだけ見せている。だが、その表面の大半は白い粉に包まれ、食べ頃な状態を迎えていた。


 取り合えず紐から外した干し柿を、モルラッキ親方とコルデロスに一つずつ渡し、俺も一つ手に取ってみる。

 二人は干し柿をじっと見つめ、食べ始める素振りを一切見せない。


「女神フェルミエーナ様に感謝を、いただきます」


 おやつというか試食だけど食前の祈りを済ませ、粉が吹いてる事で確実に甘みが詰まってるのを確信し、パクリと齧りついた。干し柿の柔らかい食感に、僅かに残る水分でねっとりとした感触が口の中に留まる。

 次の瞬間、干し柿特有の独特で濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、濃縮された芳醇な香りが鼻から抜け美味しさを引き立てる。

 齧りついた断面を見ると、表層はしっかりと乾いているが、内部には多少水分が残りゼリーのような艶感を出し、宝石のように輝いていた。


「凄く甘いし、香りまで甘い気がする。干し柿にして正解かな」


 俺が干し柿の余韻に浸っていると、モルラッキ親方がたまらず声を掛けて来た。


「お、おい。美味そうな顔をしてるけど、渋く無いのか?」

「しっかり干してあるので、渋さは全くありませんね。むしろ甘さが濃縮されて美味しいですよ」

「そ、そうか。なら食べてみるか……」

「騙されたと思って食べてみます……」


 元の渋さを知るモルラッキ親方達は、半信半疑な様子で恐る恐る干し柿を口元に近づけて行く。


「何だと?! 甘いぞ!!」

「こ、これは…?! 美味しいです!!」


 予想外の甘さに不意を突かれた二人は、驚きのあまりこれ以上ないくらいに目を見開くほど衝撃を受けていた。

 そうだろうそうだろう。

 一般的な柿で糖度20なのに対し、干し柿は糖度50を超えるしね。元々の渋さというギャップもあり、甘さが際立つのも当然だ。


 これなら干し柿の実験は成功したといって良いだろう。

 干すのに時間と手間暇がかかるが、特殊な器具も使って無いし、街の人達の力で十分生産可能だ。

 一応、コルデロスに干す作業はどうだったか確認してみるか。


「干す作業は大変だった?」

「そうでも無いですよ。何日も管理してると愛着も湧いて来て、干し柿を揉むのも楽しかったんですよ」

「女性の胸を揉むみたいで?」

「?!」

「こんなしわしわを揉んで楽しいなんて、うちのかーちゃんの胸じゃないんじゃぞ! がはは!」


 そう笑うモルラッキ親方の背後には、いつの間にかやって来た年老いた女性が、鬼の形相で立っていた。


「わたしが何ですって?」

「お、お前?! 聞いていたのか?!」


 後ろから声を掛けられて振り向いた親方は、背後に立っていた人物に気付き、迫力のある笑顔怒りの形相を浮かべている女性を見ると、次第にその表情から血の気を失っていた。


「こんにちは。初めまして、エルといいます」

「あらやだ、みっともないところを見せちゃって恥ずかしいわ、オホホ。モルラッキの妻のムルロッタよ」


 二人で丁寧にお辞儀をしていたが、すぐ傍にいるモルラッキ親方は、いずれ迎えるムルロッタさんの怒りの落雷に、戦々恐々と身震いをしていた。


 仕方ない、助け舟になるか分からないけど、別の事でムルロッタさんの気を引こう。


「ムルロッタさん、良かったらコレ食べてみませんか?」


 俺が一口齧った干し柿を、ムルロッタさんに差し出した。


「何かしら?」

「親方達が食べてる、ダンジョン産の果物を干した物ですよ」

「凄く渋くて食べられないって聞いたわ」

「騙されたと思って食べてみるのじゃ」


 否定的なムルロッタさんに対して、美味しさを感じたモルラッキ親方は、食べれば怒りが静まるとでも思っているのか、一縷の望みをかけて干し柿を勧めている。


「そ、そう? そこまでいうなら食べてみようかしら」


 躊躇いがちに俺が差し出す干し柿を受け取り、齧った断面をじっくりと見つめ、異物の混入でも疑うかのように、穴が開くほど確かめていた。

 干し柿を食べ終え、満足そうにしているモルラッキ親方を見て、ようやく決心がつきゆっくりと口元に運び、目を瞑り恐る恐る齧る。その噛み痕はとても小さな断面だった。

 目を瞑りながらもぐもぐと顎を動かし、途中で動きが止まったと思いきや、束の間ののちカッと目を見開き、貪るように干し柿を食べ進めた。


「とても甘くて美味しいわぁ~。この食感も初めての経験よっ!」


 夢見心地のような干し柿の味を堪能し余韻に浸り、心の声が漏れるかのように感想を述べていた。


「あなた! こんな甘くて美味しい物! どうして黙っていたのですか?!」


 すっかりモルラッキ親方の失言は忘却の彼方に置き去りにされたが、ムルロッタさんが詰め寄り、別のベクトルでの雷がモルラッキ親方の頭上に降り注いでいた。



 親方に雷が落ちるのは避けられなかったか……



「こんなに美味いなんて、儂もいまさっき知ったんじゃ! 知ってて黙ってたのはそこの坊主じゃ!」


 必至に弁明するモルラッキ親方は、犯人はこいつだといわんばかりに、俺をあっさりと売り渡した。

 親方の両肩に手を置いてるムルロッタさんは、グリンッと、首から上だけを動かし俺の方に向き直る。

 笑みを浮かべているからこそ、それが余計に恐ろしい。


「きょう出来上がった試作品なんです、味なんて誰も知り得ませんよ」

「そ、そうなの? 試作が終わったなら、これからたくさん作れるのよね?」


 俺の台詞で落ち着きを取り戻したムルロッタさんは、量産される事を期待に満ちた目で訴えていた。

 だがここで現実を教えなくてはならない。


「無理ですよ」

「えっ……ッ?」

「この干し柿は、デオベッティーニダンジョンで取れた果物を加工した物です。領主占有ダンジョンに入れ無ければ入手は不可能です」


 それを聞いたムルロッタさんは、グリンッと再び首から上だけを動かし、モルラッキ親方に期待に満ちた眼差しを向けていた。


「たとえ入れる許可があっても、勝手に持ち出しても良いか分かりませんよ」

「そ、そうじゃ! 陶芸の材料しか許可が下りて無い!」


 それを聞いて肩を落とし、モルラッキ親方の両肩に置いていた手も、力なくだらりと降ろされた。


「作り方を覚える気があるなら、何個か渡すので自作してください」

「やる! やりますわ! 作り方を教えてくださいな」


 ようやくムルロッタさんに笑顔が戻り(怖くない方)、モルラッキ親方も安心したように息を吐いていた。


 親方に貸し一つだねッ!


 残った六個の干し柿とコートハンガーを収納し、「台所を貸してください」と伝えると、心躍るようにステップでも踏みそうなほど軽やかな足取りで、自宅の台所へ歩き出すムルロッタさん。


「干す手順は、あとでコルデロスに聞いて下さい」


 ムルロッタさんにそう伝えると、今度はコルデロスが絶望したような表情を浮かべていた。


 それもそのはず、先日、しっぴきに使えそうな黄色の宝珠から出たピアノ線をコルデロスに渡し、それを使ってようやく練り切りが形になったところだ。

 これから試作を重ねて製品化するという、職人として面白い時期に入ったところで干し柿を干す指導をするとなると、否が応でも時間が奪われてしまう。

 なんなら、親方の奥様権限で、干し柿の管理を任されてしまうかもしれない。


 仕方ない、助け舟は出しておこう。


「指導は受けても、干す作業はご自身で行ってしっかり覚えて下さい」


 それを伝えると、ようやくコルデロスも笑顔を取り戻していた。




 干し柿作りを一から十までできる人を、この街の為にも育成しておきたかったしね。

 この先人手が増えても、手順を指導するのはこのままムルロッタさんにお任せしたい。




 台所に着くと柿を20個取出し、皮むきを始める。

 数が多いのでノイフェスにも手伝わせながら、その間にムルロッタさんに紐を探しに行ってもらう。

 しっぴき用の糸を用意してきそうだけど、丈夫なら多少細い糸でも問題ないだろう。太い糸を使うのは、糸の撚りを緩めてそこに果柄を絡めて吊るすためで、普通に結べば済む事だ。


「ヘタは取り除かないのね?」

「そうなんです。この枝みたいな部分を残すと、吊るしやすいんです。覚えてくださいね」


 俺の手元を感心した様子で伺いながら、干し柿作りの手順を指導して行った。

 お湯をくぐらせる時はお湯の熱さまで言及されたので、鍋の気泡が大きくなった頃の熱さで構わないが、個人の感覚で間違いが起きないよう、沸騰したお湯で殺菌すると伝えた。



 水温計が無いと説明が難しいね……



 お湯に潜らせた後は実の部分に触れないよう気を付けるなど、いくつか注意点を説明して、干すところまで終えた。

 あとはコルデロスに手順を聞いて、干し柿が出来上がるまで、途中で食べないように我慢してください。



 作業が終わると「代官様に直談判してくるわ!!」と、ムルロッタさんは鼻息を荒くしながら、柿の入手方法を相談脅迫しに行った。

 オシトンルカル様も居るはずだから、上手く行けば次期領主権限で簡単に結論が出るかもしれない。


 工芸ギルドの親方の妻ともなると、気軽に代官屋敷に行けるんだね。



 交渉の成功を祈りつつ、日課の如く南門を抜けダンジョンに狩りに向かった。

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