第398話 この果実が見せたかった物か?
「それでは調理方法は教えていただけないのですか?」
「教えるのは構わないけど、実現できるかまでは責任持てないよ。山ほど問題があるからね」
「実現……難しいのですか?」
「私の力で解決できる問題か?」
俺の答えに孫娘が不安そうに問いかけ、オシトンルカル様が問題解決に意欲を見せる。
それを聞いて、孫娘も期待に満ちた目を向けていた。
「まず一つ目の問題ですが、先ほど食べた食材は、領主占有ダンジョンで倒した魔物です。許可の無い者は、手に入れる事ができません」
見渡すと老夫婦一家は、まず最後まで説明を聞くつもりで、途中で疑問を投げかける様子は無い。
いきなり食材が簡単に手に入らないぞ、といったのだが、動揺する素振りもなく安心だな。
「二つ目の問題はハンマーイールという魔物には毒があるという事です。現在は無毒化の検証中ですが、可食可能と判断して実食をしてもらいました」
コクコクと頷く孫娘。
様々な取り決めがあるのだが、そういった法整備が間に合うのだろうか?
「三つ目の問題は、調味料が外国産という事です。ここまで運んで来るのに高い費用がかかれば、採算を取るには高級料理になります」
宿屋向きでは無いと暗に伝えると、孫娘は期待に満ちた表情を浮かべていたが、宿を経営している老夫婦は理解したようで、表情にも暗雲が立ち込めていた。
「三つ目の問題はともかく、領地で解決できそうな問題はどうすればいいと思う?」
「陶芸の問題があるので、冒険者ギルドに委託する事はできないでしょう。ハンマーイール狩りの許可証を与えたり、料理人には無毒化の講習を受けてもらい、認可した者だけに販売するとかですね」
前世の知識があると有資格者が取り扱い個人が対処すると考えてしまう。
有名なのはフグだけど、毒のある部位は鍵の付いたゴミ箱に捨てると定められてるしね。
第三者が毒物を持ち去り、悪用されないためだね。
う~ん━……。と顎をさすり唸りを上げるオシトンルカル様。
妙案でも思いついたのか、顔を上げた。
「毒物の販売を平民に任せる訳には行かんな……。ハンマーイールは伯爵家で全て買い取り、無毒化の処理もこちらで行おう。毒の無い物を販売する分には安心できる」
伯爵家が一括して取り扱うなら、毒物が街に拡散される心配は無いか。
蒸し上げた状態で販売するなら安心だしね。
消費期限は気になるところだ。
領主の立場から考えると、知識の薄い平民に任せず、権力者が責任もって対処するという思考に至るのか。
領民を守る為の政策だとしても、伯爵家という問屋を通す事で、どれだけ値上がりするかが問題だな。
そこは領主と領民の問題だから口出しする気も権利もないけど、美味しい物を広める為にも手加減して欲しいところだ。
「それで三つ目の問題は、どう解決しますか?」
「それならオレが運んでやるぞ!!」
俺の問いかけに答えたのは、ガレンテオだった。
「オレならウォーホースをテイムしてるし、マジックバッグもある! 荷物の運搬は任せろ!!」
「本来の仕事は良いのか?」
「あの美味い肉の為なら、何とかする!」
やる気だけの無計画かよ?!
あと肉というか魚だからっ!
う、ウナギは魚だよね? 自信ないけどっ。
「そこの冒険者?が調達に行くなら、輸送費も安く済むのか?」
「元Bランク冒険者な。美味いもんの為なら、ロハでもやるぜ! なんならハンマーイールの狩りもやれるぞ!」
オシトンルカル様は領地運営の視点から、ガレンテオは食の探求心から【星降る丘亭】の事情に協力的なようだ。
ハンマーイールの味に魅せられ、虜になったな。
「先ほど食べたものが高級料理になるのは分かったが、平民が買えそうなもっと安上がりな料理は無いのか?」
「ありますよ。伯爵家が売り出す予定のハンマーイールを無毒化した物に、塩を振れば白焼きとして販売できます」
「食材も加熱する薪もダンジョンで取れるから、かなりの安価で提供できるな」
「伯爵家が直接販売をしなければですね」
「流石にそこまで手掛けたりはせん。屋台で販売するにしても塩を振るだけで売りに出すのもな……」
料理人を馬鹿にするような所業だが、それでも美味しいから売れそうだな。
屋台によっては温め直しというか、焼き目を付けて販売するかもしれないし、料理人の腕の見せ所はあるはずだ。
この街の料理人の手による白焼きの進化に期待しよう。
「そういった店は、他の工夫を凝らした店に淘汰されるので、街の人の努力を信じてみては?」
「そうだな……。よし、決めた! 娘、両親を呼び戻すのに私の名を使ってもいいぞ」
気さくに名前を貸すオシトンルカル様。
次期領主の名前で平民の両親を呼び戻すって、そうなったらもはや命令だよね?
恐縮そうな顔で頷いてるけど、額の汗が止まらないようだ。
この宿で俺がやる事は、老夫婦一家か戻って来る両親にタレ作りを教えるのと、蒸し上げたハンマーイールをタレで煮るか焼くのを教えるだけだな。
どちらにせよ、今夜で予約が切れるので部屋の延長をしておこう。
「話し合いはこれで済みましたね? 部屋を10年分予約します」
「「「10年?!」」」
「なぜそれほど長期間の予約を入れるんだ?」
老夫婦一家は余りの衝撃に目を剥き、オシトンルカル様は訝し気に疑問を投げかける。
「かば焼きを売り出すようになれば、人気の宿になるかもしれません。テイムモンスターが泊れる宿は限られてくるので、いまの内の押さえておこうかと」
「なるほど…、理解はしたが、大金になるのではないのか?」
オシトンルカル様の疑問に答える代わりに、一泊銀1枚の宿代を10年分取り出す事にする。
大金貨100枚が詰まった革袋を取り出しその中から43枚並べ、金貨2枚を追加して、きっちり10年分の宿代を提示する。
毎日泊る訳じゃ無いけど、
「こんな大金……」
「お客さん、本当によろしいのですか?」
「このお金があれば宿の整備をしたり、厨房に調理に便利な魔道具を用意したりもできるでしょ? 部屋を押さえてもらうのは勿論ですが、【星降る丘亭】を応援もしてるんです」
「「「ありがとうございます!!」」」
俺の台詞を聞き、老夫婦は涙ながらに、孫娘は両親が戻る可能性に期待を寄せ、嬉しそうに頭を下げていた。
「オレも応援するぞ! 10年分は無理だが、1年分頼む!」
俺に感化されたガレンテオは、一人と一匹分で4,000ゴルドを一年分の金貨1枚と銀貨44枚の支払いをしていた。
なかなか気風のいい男だ。
声もデカいが器もデカい!!
話し合いも終わったところで、ひたすらお礼をいう老夫婦一家の宿を後にし、出掛けようとすると……
「私もついて行くぞ」
といい、俺に同行してくるオシトンルカル様。
や、やり辛い……
宿を出て南門付近まで歩き、門を抜けずに壁沿いを歩く。
「この先は工房だな」
「そこに用があるんですよ」
ハンマーイールというダンジョン産の食材に興味を示していたから、もう一つのダンジョン産の食材を披露しようと考えている。
もちろんその裏には別の目的もある。
「ここですね。モルラッキ親方! コルデロス! いますか?」
「あー……。親方は窯の方に行ってますよ。何か御用ですか?」
声を掛けると、作業を中断されて不機嫌そうなコルデロスがやってきた。
「次期領主様が視察に来たから、果物を見てもらおうかと思って、親方の了承を貰いに来たんだ」
「ああ、アレですか……。見るだけなら構いません。自由に見て行ってください」
時間を取られたくないから、案内はしないつもりらしい。
コルデロスらしいな。
「完成するまで、毎日来るから!」
「ああ、分かりました」
「許可も取れたし行きましょう」
俺とコルデロスのやり取りを不思議そうに眺めていたオシトンルカル様は、「…ああ」と腑に落ちて無いのか生返事を返し、俺の後について来る。
乾燥待ちの器がいくつも並べられた広場の一角に、目的の物がぶら下がっていた。
一日干しただけで表面が乾燥しており、黄色に近いオレンジ色だった柿も、色が濃くなり橙色といった風だ。
いまのところは順調かな?
「この果実が見せたかった物か?」
「はい。これもダンジョンで取れる木の実ですね」
「どれ……」
オシトンルカル様に干し柿を見せたら、ダンジョン産という言葉に興味を引かれたのか、まだ干し始めたばかりの干し柿に手を伸ばし、シャクッとかぶりついた。
「甘いッ!! ……苦ッ渋ッ?! 何だこれは?!」
許可してないのに手を伸ばすとは……食いしん坊か?!
齧りついた干し柿を投げ捨てるも、紐で繋がれてるのでコートハンガーに吊り下げられたまま振り子のように揺れていた。
眉を顰め顔を歪めながら言い放つ。
「ダンジョン産といっても、とてもじゃ無いが食べられ無い!!」
相当渋みを感じたんだろう。
だが、一言目の感想が甘いと評価されていたから、干した成果はありそうだ。
このまま数日干せば、食べられる甘い干し柿になると思う。期待しておこう。
まんまと干し柿トラップ(仕掛けて無い)に引っ掛かったとほくそ笑みながら、オシトンルカル様を宥めつつ南門から外に出る。
最初の渋さを覚えておけば、完成した時、甘さを感じる喜びも大きいだろう。
何事も実体験というのは大事だ。
俺自身は過程の体験は不要だし、完成品の試食だけで良いと思うけどねッ!!
オシトンルカル様の食べかけの紐を切り、無事なもう片方をコートハンガーに結び直す。製作中の干し柿は残り9個になった。
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