第397話 食前のお祈りしてないよな?

 翌朝目覚め、いつものように浄化クリーンを掛けたり身支度を整えたりしてから階下に降りると、宿泊客による魔女狩りが始まっていた。



「おい! この宿に残されたあの匂いの発生源を知っているか?」

「いや、オレの知り会いの中には居ない」

「オレも気になってたんだ、上手そうな匂いだったな」

「なら、この宿の常連客じゃないな……誰だ?」

「食堂に残っていたガレンテオに聞いたが、酔い潰れて支離滅裂な事しかいわねえ」

「目撃者っぽいのに使えねぇな…」

「なんで一人酒で酔い潰れるほど飲めるんだ…」



 最後のは俺も同感だな!!


 どうやら探してる魔女は、かば焼きを作った犯人を示していた。

 かば焼きのタレの香りは強烈で、彼らが帰って来てからも残り香を感じたのか、俺達より後に戻って来た宿泊客が騒がしい。



 魔女狩りをする宿泊客の目を避ける為に、こっそり階段を降りて厨房へ逃げ込む。

 マーヴィは爪を収納して静かに降りて来るが、フェロウとシャイフはチャッチャッチャと爪の音を立てながら降りて来る。


(見つかったか?)


 ドキリと心臓が早鐘を打つが、人の足音じゃ無いから気に留めなかったのか、宿泊客に気付いた様子は無い。



 調理場に逃げ込んだ俺達は、せっかくだからと朝食の支度にとりかかる。


 いつでもピザを焼けるよう、発酵済みのパン生地の備えはある。

 切り分けた生地を丸く捏ね、伸ばして平たく成型する。

 ラハマン商会で購入したトマトソースを下地に、玉ねぎなどの野菜を散らし、輪切りにしたソーセージとモッツアレラチーズを乗せる。

 ピザの耳にアクセントが付くよう、外周の何か所かを引っ張り生地の厚みに変化を付ける。


 ピザを焼くのは500度で一分半だったかな?

 オーブン/レンジの魔道具でオーブン側は分刻みでの時間設定しかできない。庫内の温度を350度を表す【CCCL】に設定して二分の加熱でピザを焼く。


 ローマ数字で設定するのは面倒くさいね。



 二分後には焼き上がりノイフェスの分も焼き上げ、もう一枚、罪悪感たっぷりのトマトソースと大量のチーズだけで焼き上げ、更にフライパンで焼いたコッコ卵の大きな目玉焼きをドカンと中心に乗せる。片面焼の目玉焼きは、黄身がプルンとして美味しそうだ。

 果実水とサラダを用意して朝食の準備を終えた。


 調理場にはチーズの香りがふわりと広がり、温かい内に食べようと、トレイに乗せて移動を開始する。


 魔女狩りの相談をしている宿泊客を尻目に、食堂の隅の方の席に陣取り、食前のお祈りを済ませ朝食を始める。

 最初に手を付けるのは、もちろん野菜たっぷりのピザからいただく。


 六枚に切り分けたピザを一切れ掴み、持ち上げるとチーズが隣の子と離れたくないといわんばかりに、繋いだ手が延々と伸る。

 席から立ち上がり上に手を伸ばして、ようやくチーズの糸が切れた。


 チーズが伸びるのはアツアツの証拠!


 お前達が仲が良いのは分かったが、可哀想だが俺の血肉となってもらうぜ!

 などと、ピザ物語の妄想を生み出しながら、食べる決意をする。


 火傷しないよう冷ましつつ、出来立てのピザを口へと運ぶ。

 伸びるチーズの柔らかな食感にパン生地のふわりとした感触。それらをトマトソースの旨味と酸味が程よい調和を織りなしていた。

 ときおり玉ねぎ等の野菜の食感も加わり、美味しさと楽しさの遊園地を堪能する。


「美味しいデス」


 ノイフェスと目が合うと、いつものように食事の時にいう台詞を口にしていた。

 フェロウ達も王都で購入したホットドッグに齧りつき、嬉しそうに食べている。



「なあ、お前達にも聞きたいんだが……」


 魔女狩り集団から離れて一人だけこちらに近づき、食事中の俺達に…というかノイフェスに声を掛けて来た。


 ノイフェスはメイド服を着ている。

 主人とメイドに見えるなら、主人に話しかけるのが当然だろう。下心ありと判定し、拒絶の言葉を投げかける。


「ナンパならお断りです」


 犬でも追い払うような仕草で手を振ると、男は声を荒げて来た。


「ナンパじゃねえ! 聞きたい事があるだけだっ」

「食事中の女性に声を掛けるのは、食事が終わるまで逃す事が無いからでしょ? それに集団で不躾な視線を向けるのもマナー違反の上、下心が透けて見えます」

「ちょっ、いや、ちがっ」


 下心がまるで無かったとはいえない男は、どもりながら狼狽する。

 他の魔女狩りのメンバーも、離れた席から俺達に注目していた。


「違うなら食事が済むまで待ってください。作り立ての美味しい瞬間を、あなた方のせいで逃したくないので」

「あ、ああ…、分かった」


 食後なら会話に応じると分かり、男は動揺を落ち着かせていた。


「見られてると落ち着かないので、これでもつまんで待ってください」


 そういって、罪悪感満載のチーズだらけ目玉焼きピザの皿を手渡した。

 切り分けたのは六片しかないから、何人居るか知らないが、争奪戦という骨肉の争いをするがいい!! ふははッ。


 魔女狩り集団の中に、業火を振り撒きそうなカロリー爆弾のピザという火種を投入する。





 俺達に声を掛けた男が皿を手に仲間?のところへ戻ると、すかさず手を伸ばした男が、最年長らしき男から拳骨を食らっていた。


「オレ達に出された食いもんだろ? いいじゃねえか!」

「まずは礼をいえ! あと女神様への祈りはどうした?」


 ハッと気づいた男は、美味しそうな見栄えのするピザの魅力にやられ、法律が制定されているというのに、食前の祈りを完全に忘却の彼方に忘れて来たようだ。


「あ、ああ。行って来る」

「いまは食事中らしいから後にせい!」


 そして再び拳骨を食らう粗忽者。


 ピザを運んだ男が「熱いうちに食べた方が美味いんだってよ」と伝えると、そこから骨肉の争いが始まった。

 食前の祈りを唱和したあと争奪戦が始まり、最初に一口食べたヤツが「美味い!!」と叫ぶと、次に食べたヤツが「誰にも渡さん!」と続き、他の全員からボコられていた。だが、ピザを掴む手は絶対に放さなかった。


 そんな騒ぎを尻目に朝食を食べ進める。


 あんまり埃を立てるなよ。



 邪魔をされる事無く食事を済ませた俺達に気付き、先ほどピザを運んだ男、略してピザ男が再び声を掛けて来た。


「この皿の料理を作ったヤツを知らないか?」


 先ほどの反省点を生かし、今度は俺に声を掛けて来たピザ男。

 手元にはガレンテオに食べさせたかば焼きの皿とカトラリーがあり、ついでにピザを乗せていた皿も運んできた。

 質問の答えなら「知っている」だが、あえて曲げた回答をする。


「見た事は無い」


 自分自身を見る事はできないのだが、厳密にいえば調理中の手元とか、一部分なら見てるんだよね。だからここは、『顔は』という枕詞が付くのだがあえて言葉にしない。


「お前達も知らないか……。料理する宿泊客は居ないから、お前達だと思ったのだが…」


 と皿の回収をせずに魔女狩りの仲間のところへと戻って行った。

 俺はこっそりと皿とカトラリーの回収に成功した!



 ってか、魔女の目星は付いてたのか?!



 これ以上の追及を受ける前に、さっさと退散しようと食器を洗う振りをする為調理場へと戻ろうとすると、今度は従業員に止められた。


「あのお客さん達が探しているのは貴方達でしょ? 黙っていてあげるから、お爺ちゃんの相談に乗って欲しいの」


 受け付けで見ていたのだから、探し人が俺達だと知っている受付の娘は、脅し文句を混ぜつつ相談事を持ち掛けてきた。

 かば焼き作りを黙ってくれるのは有難いが、いつかは判明するだろうし、それほど積極的に守りたい情報ではない。

 単に、料理してくれと詰め寄られるのが面倒なだけだ。


 断りの台詞を口にしようとした瞬間!



「ここにエルという冒険者は居るか?!」


 身形の良い男が宿の入り口に立っていた。

 明らかに貴族が普段着ているような服装で、嫌味にならない程度に装飾品を身に着けている。

 ウバウル坊ちゃんよりも威厳がある佇まいは、恐らくお貴族様だと予想させる。


「俺がエルです」

「貴殿がそうか。私はオシトンルカル・フォン・ベネケルト。ベネケルト伯爵家の嫡男だ」


 そう名乗りを上げた人物は、予想通りの貴族様だった。

 おまけにこの領地を治める伯爵家の人物で、次期領主様ときたもんだ。

 言葉遣いの感触から俺の事は知っているようで、平民だからといって、無下に扱う感じはしない。


「それで、何か御用ですか?」

「うむ、用件は色々とあるが、一先ずは領民の相談を聞こう」


 次期領主としてこの宿の主?の相談事を聞こうといい始めた?!


 断ろうとしてた矢先の出来事であった。



 受け付けの女性がカウンターから出て、奥の部屋へと姿を消した。

 その間に伯爵家嫡男さんに話しかけると、気さくに返事を返してくれた。


 聞くところによると、派閥が同じという事もあって、嫡男のオシトンルカル様のお婆さんがコスティカ様と仲が良く、その縁でグレムス現ウエルネイス伯爵と、当時はベネケルト伯爵家の長女であったカサンドラが婚姻を結び、更に関係性を強めて行った。

 その縁もあって、俺の事がしっかりと伝えられているそうだ。


 うん、キャロル様との婚姻が現実味を帯びて来た俺としては、伯爵家の現当主夫妻はキャロル様の祖父母に当たるわけで、その嫡男ともなれば親戚になる訳で、完全に拒絶する訳にも行かないか……


「「「お待たせしました」」」


 受け付けの娘さんが、宿の経営者らしく腰の低い老夫婦を連れて来た。年の差からいって若い女性は孫にあたるようだ。


「私はオシトンルカル・フォン・ベネケルト。ベネケルト伯爵家の嫡男だ。そなたらの相談事とやらを聞かせて欲しい」

「は、はい、……伯爵家の若様?!」


 老夫婦にすら気さくに話しかけるオシトンルカル様。

 その自己紹介を聞いた老夫婦が、驚きつつも相談事を話し始めるのかと思いきや、腰が抜けそうになるほど慄いていた。


 そりゃ、領都でも無い街に、領主の息子が安宿に来てるとは思わないよね。

 腰が抜けるのも無理はない。


 ぎりぎり抜けて無いけど、ピンシャキだった老夫婦も膝をがくがく揺らして、いまにも崩れ落ちそうになってた。


「取り合えず、食堂で座って話しませんか?」

「おう、そうだな。テーブルを借りるぞ」


 老夫婦の膝の状態を加味し着席を勧めると、オシトンルカル様は同意し、老夫婦たちは首を上下に振っていた。


 お値段安目の宿の食堂でも、気にする事無く席に着く伯爵家嫡男。

 一連の仕草も洗練されており、上級貴族としての作法の教育が行き届いているのが見て取れる。

 お高くとまって文句を付けながら座るよりは好感が持てるが、上級貴族の嫡男なのに、それでいいのか?という思いも湧き上がる。


「それで相談事とは?」


 すっかりその場を支配したオシトンルカル様は、進行役を買って出るかのように老夫婦を促した。

 古くから住む土地を支配する領主の嫡男が正面に座っていると、委縮して何も喋れ無くなっていた。

 見かねた娘、いや孫が口を開いた。


「あの料理を教えて欲しいんです。そうすれば、見切りをつけてこの街を出て行った両親も帰ってくると思うんです!」


 そう熱弁する彼女は、料理への期待というより、離ればなれになった両親の帰宅を望んでいるような気がする。


「料理を教えたら両親が戻って来るのか?」

「両親は料理人なのです。以前はこの宿でも料理を出していたのですが、どうしても食材の種類も少なく、毎日似通った料理しか作れ無かったんです」


 オシトンルカル様が質問をすると、孫娘は両親と離れて暮らす事を悲しむように語っていた。


「それで料理か……。エル、どんな料理だ?」



 知らずに話を進めてたのかっ?!



 教えてやる義理も無いのだが……


「料理を教える以前に、伯爵家はどのような対応をするつもりですか?」

「伯爵家の対応? 何か必要なのか?」

「食材がダンジョン産だからですよ」


 たぶん、近くの沢にでも行けばウナギは取れるのだろうが、生息数も少ないだろうし、乱獲すればすぐに絶滅する。

 そうならないように、人間が食べる分はダンジョンで取って来るのが望ましい。

 しかし、デオベッティーニダンジョンは領主占有。

 ハンマーイールの料理を作り続けるには、ダンジョンで収穫できるよう漁師?冒険者に領主の許可証が必須になる。


 そう説明すると、目の色を変え始めるオシトンルカル様。


「ここのダンジョンで可食可能な物が取れるのか?!」


 いままでデオベッティーニダンジョンで得ていた物が、粘土と泥水そして薪。あと魔石もあったか。そこに食料にできる物があると分かれば、街を運営する立場としては、不作に左右されない安定した食料の供給源が増え、喜ばしい出来事といえる。


「毒のある食材なので、現段階では検証中ってところです。ですからオシトンルカル様には食べさせませんよ」

「そ、そうか、それでも構わん。作って来てくれ」

「分かりました、時間がかかりますけどよろしいですね?」

「ああ」


 まだ昨晩食べさせたガレンテオの姿も見てないし、安全な食べ物なのかはっきりと断言できない。

 それでも作れというのだから、仕方なく調理場へ向かい作業を始める。


 さばいたハンマーイールが無いし、白焼きにし蒸しあげたた切り身も無いから、一からの作業となり時間がかかる。




「それじゃ始めるか……」


 アイテムボックスからハンマーイールを取り出し、さばいて蒸し上げタレで煮る。もちろん人目のない調理場では鍋に入れる水を、水魔法で熱湯を出して沸騰までの時間を短縮した。


 昨晩同様、煮込んだ醤油の香りに包まれだすと、調理場を覗こうとする客が出始める。

 調理方法を教える約束はしていないから、ノイフェスに頼んで盾を構えて、物理的に追い出してもらう。


 白焼きにした半分をタレで煮込み、味見を超える分はアイテムボックスに収納した。



 かば焼きを食堂に運び込み、試食の三倍くらいの切り身を用意し、老夫婦と孫娘の前に並べて行く。

 それに加え、一人前はこのような姿になる。と、テーブルの中央に見本として一皿置いた。


「これが、いい匂いがした料理か。たしかに調理中も美味そうな匂いが漂って来たし、肉厚の身が光を反射しているところも、輝いていて旨そうだ。それなのに、私の分は無しか……」


 露骨にがっかりと項垂れるオシトンルカル様。



 毒があって検証中だっていったよね?! 食べさせないよ!



「う、うまい?!」「お爺さん、これは美味しいですね」

「おいしーーッ!!」


 一斉に声を上げる老夫婦一家。

 かば焼きの評価は上々だ。それにしても……


「伯爵領では、食前のお祈りはしないんですね」


 じっとりとした目でオシトンルカル様を見つめる。


 ハッと気づいた老夫婦一家は、慌てた様子でバラバラに食前の祈りを唱えていた。


 領都ではそうでも無いが…、と前置きを入れて。


「デオベッティーニの街では、普及してないようだな。再び御触れを出した方がいいか…」


 女神パワーに直結するので、それは是非に徹底してくれ。


 場の雰囲気が沈みかかって来たところに、「あーッ!! オレにも食わせろよ!」と、食堂に入って来たガレンテオは、孫娘ちゃんのフォークを奪い、見本の一皿をフォークの横面でざっくりと切り、三分の一程を口に運び一息に吸い込まれて行った。


「うおぉぉぉーーー……ッ!!! やっぱうめえな!!」


 満たされた表情を浮かべ、大声で叫びだすガレンテオ。

 五月蠅い。


 口の中が空になったので、もう一口いただこうと手を伸ばしたら、テーブルの皿ごとオシトンルカル様が手元に引き寄せ、ガレンテオのフォークは空を切った。


 ガレンテオの傍若無人な振る舞いに抑えが効かなくなったのか、カトラリーも無いのに素手のまま両手でかば焼きを千切り、指をベタつかせながらも実食を始めていた。


「ふぉぉぉぉーーーーッ!!! うまいぞーーーーッ!!!」


 オシトンルカル様もガレンテオに負けじと劣らず、雄叫びを上げていた。


 それを目にした魔女狩り集団も、オシトンルカル様の目の前の皿に手を伸ばし、千切って味見を始めていた。


「これは私の料理だぞ!」


 応戦するオシトンルカル様の姿があったが、食べさせないと宣言していたのだから、そのかば焼きは正確には俺のだぞ?



 一気に獣たちの争奪戦が始まったが、お前等やっぱり女神様に食前のお祈りしてないよな?



 美容魔法の報酬の一つに食前食後のお祈りがあったはずだが、習慣化していない物は、時間の経過と共に廃れて行くようだ……


 この領地はオシトンルカル様が再度発布すると宣言してたが、他の領地も似たような状況なら対策を考える必要がある。



 順調に広まってると信じたいっ。

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