第396話 翌朝、事件は起きた?

 工房見学をした翌日、俺達は宿の調理場を借りて作業をしている。


 ダンジョンで手に入れた、たぶん柿?と思しき木の実の皮むきだ。


「こうやってピーラーで皮を剥くんだ、やってみろ」

「ラジャーデス」


 ノイフェスに包丁での皮むきは難しそうに思えたので、ピーラーを渡して手伝わせている。

 黙々と作業をするノイフェスは、自分の手元より俺が包丁で皮むきしてる姿を真剣に観察してるけどね。

 いつかは包丁を上手く使えるようになって、料理の手伝いをしてもらいたい。


 気の済むまで観察してくれたまえ。


 ノイフェスのメイド道が今始まる?



 剥いた柿の果柄に紐をくくり付けて、IHコンロの魔道具を使って寸胴に沸かしたお湯にくぐらせ、黴が生えないよう消毒をする。

 浄化クリーンで済ませても良いのだが、この街の人がやれる方法で試しておきたい。


 ダンジョンで取れる柿が渋くて食べられないとの事だが、干し柿にしたらどうかと思い吊るせる準備はしたが、そういえば借りてる部屋では食べ物を出してはいけないんだった。



 干す場所が無い?!



 仕方なくアイテムボックスに収納し、陶芸の工房を訪ねる事にする。

 そこなら陶器を乾かす場所で、干し柿も一緒に干せると思える。

 天候次第で室内に戻したりするだろうから、一緒に雨に濡れないようにしてもらいたいしね。できれば夜間も室内に取り込んで欲しい。




「おう、解決の糸口は見つかったか?」


 工房に着くと開口一番モルラッキ親方がそう口にした。

 全く解決してないが、悪びれる事無く返事をする。


「昨日のきょうでは、まだ無理ですよ。きょうは別のお願いに来ました」

「別のお願いじゃと……?」


 頼み事があると聞いて、胡乱げな眼差しを向けるモルラッキ親方。


「いってみろ、聞くだけ聞いてやる」


 そういったモルラッキ親方に干し柿づくりの説明をした。


「もしかしたら……か。甘味が作れるなら試してみるかの…。コルデロスに任せる、手の空いた時にやっておくんじゃ」


 柿の渋さを知ってるようで、かなり消極的な賛成といったところか。

 練り切りが上手く行ってないコルデロスに仕事を割り振って、成果があがらず肩身の狭い思いをさせないようにしているのか?


「……分かりました」


 そんな時間があったら研究を重ねたいといわんばかりに、渋々といった風に返事をしていた。



 渋柿だけにねっ!!



 コルデロスの案内でかたどった陶器を乾燥させる場所に移動し、空きスペースに土魔法で自立した物干し台代わりにコートハンガーを作る。干し柿を作るには一週間以上干すはずだから、十日は持つように魔力を込めた。


「果実に触れないように気を付けて、ここに吊り下げてください。もちろん果実同士もね。夜間や雨天の時は、室内に収納してくださいね」

「分かりました」


 手本を見せるように、二つの柿を結び合わせた紐をコートハンガーに吊るし、吊り下げる高さをずらして果実同士が触れないようにバランスを取る。


「なるほど、そうやって吊るすんですね」

「試作に10個作ったので、雨の日はこれ毎室内へ…」

「それなら大した手間じゃありませんね」


 渋々の作業だったが、手間がかからないと見るや、やる気を見せるコルデロス君。

 練り切りの研究時間が、浪費されるのが嫌だったのか。



 陶芸馬鹿だなっ。



 頑張って貴族が大喜びする作品を生み出してくれ。





 工房を後にし、南門から街の外に出る事にする。

 工芸ギルドと木工ギルドが街の外に出るのは週に一、二回なので、門番にかなり詮索されたけど、ダンジョンの【許可証】とウエルネイス伯爵家の騎士メダルで何とか乗り切った。

 領主様から個人で【許可証】を得ているとなると、関係性も悪く無いと思われ、そこからは穏やかなやり取りで検問を終えた。


 ギルドの倉庫がある辺りには用は無いのでは違う方角に移動し、南門から程よく距離を取ったところで準備を始める。



 街の外に出てまでやりたい事は、ハンマーイールが可食可能かの判別だ!



 生食だと倒れるのは分かっているから、加熱調理した際、無毒化されるかを確かめる。


 さっそくちゃぶ台を出して調理器具を並べる。

 とはいえハンマーイールの長身が横たえるほど、長いまな板は無いので、土魔法でまな板代わりの物を作り出す。

 ハンマーイールをまな板に載せ、硬い尻尾のハンマー部分を切り落とす。


 このハンマーイールは前世の知識にある鰻と違って、体表面にぬるぬるした粘液が存在しない。それを代用していたのが体を覆う土魔法の泥水だったのだろう。死んだり魔力が切れれば、泥水は流れ落ちる。


 鱗も無くスラリとした体表面は、泥水に保護されていた分柔らかく、焼いて皮が縮まったとしても硬くなりそうも無いように思える。


 横向きに寝かせたウナギに目釘を打ち、頭部を固定したところで中骨まで首を斬る。

 背中側に包丁の刃を当て、腹側の皮まで貫通しないように左手を添え、包丁を滑らし中骨に沿って上側の身を一気に切り開く。

 魔石を回収し内蔵を取り除き、中骨の下側に刃を当て中骨を切り離し、頭部を切り落とす。

 血ワタなどの汚れをこそぎ落し、残った腹骨も接合部に切り込みを入れこそぎ落し、背ビレを胴体に沿って切り落とす。



 さばいて思ったのだが、魚関係の内臓は平気なのに、動物系の臓物は苦手なのは何故だろう?



 それはさておき、広めの鍋に水を入れ、鍋の大きさにちょうど良さそうな、ホウライ商会から買った竹細工の笊をその上に置き布を敷く。手頃なサイズに切り分けたハンマーイールの身を並べ、三段ほど積み上げて火にかけ蒸気で蒸し焼きにする。

 笊と笊の間隔は土魔法で円筒形の壁を作り適度な高さを取りつつ密閉し、鍋で過熱した蒸気が巡るようにする。

 厚みのあるハンマーイールの身は、焼くと中まで火が通る前に焦げそうだし、蒸し焼きにするのが正解っぽい。



 蒸し焼きにしてる間に、たれ作りを始める。



 鍋にお酒を注ぎ火にかけアルコールを飛ばす。みりんが無いからお酒も多めに注ぐ。

 屋外で調理してるからアルコールの匂いで酔っ払う心配も無い。

 アルコール臭が消えたところで砂糖と醤油を加え、沸騰したところで弱火にし焦げないように気を付けながら三分の一程度まで煮詰める。

 ウナギのタレは他の料理でも使えるから、たっぷりと作る。


 タレの粘り気は好みにも寄るが、少し粘り気が出たところで火を止める。



 因みに、時間のかかる蒸し焼きの間、フェロウ達に森で獣を捕まえて来るよう指示を出してある。


 加熱された醤油が美味しそうな香りを振り撒き、タレ作りが終わったところで、ちょうどフェロウ達が戻って来た。

 獲物?の姿が見当たらないが、フェロウ、シャイフの得意気な表情から成果があったように思える。


「わふ~」「ピッ!」


 二匹が鳴き声をあげると、シャイフの影から気絶した狼が四頭せり上がる。

 意識があって非協力的な相手だと足を拘束する程度だが、意識を失った(若しくは死んだ)相手だと、影魔法で影にすっぽりと沈められるようだ。


 野生の狼三頭の前に土魔法で作った皿に、先ほど蒸しあげたハンマーイールの切り身を乗せ、土魔法で個別に檻を作り待機する。

 もう一匹は念のため、生のハンマーイールのぶつ切りにする。


 その間、再び柿を剥いたり昼食にしたりしてると、いつの間にか意識を取り戻した狼が、ハンマーイールの白焼きを食べていた。

 食べ終えた狼が檻から抜け出そうと暴れたり、檻に齧りついたり、諦めて昼寝を始めたりとそれぞれ動きを見せたが、毒で弱ってる様子は一切無い。


 代わりにぶつ切りを食べた狼は、横倒しに倒れ口元に少し泡が見えた。



 確実に毒にやられて泡吹いて倒れてるよな……



 夕方まで経過観測をする事にし、それまでフェロウ達と戯れていた。


「フェロウとシャイフは、良く狼を探して来たな、偉いぞ!」

「わふっ」「ピッ!」


 二匹をわしゃわしゃと撫でまわし、それを嬉しそうに受け入れていた。

 一頻り撫で終えた後、マーヴィに。


「フェロウ達が居ない間、俺を守るために警戒をしてくれてありがとな」


 と、マーヴィも撫でまわす。

 あまり構いすぎたのか疲れたようで仰向けに寝転がった。いわゆるへそ天ってやつだ。

 優しくお腹をさすってやると、気持ちよさそうに目を細めていた。


 サンダだけ何もしないのは可哀想なので、「毎朝卵をありがとう」と、最後にサンダとも戯れる。



 夕方を迎え白焼きを食べた狼たちの様子を見ると、三頭とも檻の中で元気いっぱいの姿を見せた。


(ハンマーイールの毒は、ウナギと同じように加熱する事で無毒化できる)


 フェロウとシャイフの睨みを利かせ、三頭の檻を崩して森に追い払う。

 その内の一頭だけ、昼寝をしていて逃げ出さないから、怒ったフェロウが鼻先に雷魔法を落とし、「キャンッ」と悲鳴をあげて跳び上がった狼は、一目散に逃げだして行った。


 生ハンマーイールを食して倒れた狼は未だに起き上がらず、そのままにして帰る事にした。

 明日も様子を確認しに来る事にし、帰り支度を始めた。



 狼が起きた時の為に、追加の生ハンマーイールを餌に置いて行ったりしないからね。



 本当だよ?






 ハンマーイールの毒の検証を終え、宿に戻って受付嬢に断り調理場を借りる。今度こそかば焼きを作りを始める。


 蒸しあげたハンマーイールの切り身を、皮目を下にフライパンに並べ、かば焼きのタレを注ぎ、IHコンロの魔道具で過熱を始める。



 調理工程が蒸し上げ、タレで煮る。かば焼き完成。



 一切焼いて無いのにかば焼きとは?!



 料理名の不条理を感じながら、フライパンの温度が上がるにつれ焦がし醤油のいい香りが厨房中、いや食堂にまでも漂っていく。

 その強烈な香りは、思わず生唾を飲み込むほど食欲を誘う。


 ここで味を染み込ませるために煮る作業を加えるから、かば焼きのタレはサラリとした状態に留めたのだ。



 本来ならこのままうな重、いやイール重にしたいところだが、お米を炊き忘れたからかば焼きのままの単品と、他にもう一品作る事にした。


 同じように蒸し焼きしたハンマーイールをタレで煮る。

 その間にコッコ卵を溶き、フライパンに混ぜ入れる。半熟まで火が通ったら二つ折りにし厚みを付ける。


 パンにマヨネーズを塗って、レタス、トマト、卵焼き、かば焼きを順に乗せ、最後にパンをもう一枚載せてサンドイッチにする。

 お皿を重し代わりに乗せて馴染ませる。


 角猛牛亭で見習い料理人が作った馬骨スープを添えて、本日の夕食の完成だ!



 トレイに乗せて、俺とノイフェスが食堂に運び込む。

 空いてる席を見つけて座り、食前の祈りを唱和してさっそくかば焼きに手を付ける。


 厚みのある身にタレが絡み、タレの艶で黄金色に輝いて見える。

 前世でも食べる事の少ない食材が目の前にあり、食欲を誘う醤油の香りが立ち込め、我慢の限界に達していた。


 フォークを刺すと抵抗なく刺さり、皮を突き抜ける際、僅かな抵抗を感じた。きっと皮が縮み過ぎてゴムのようになってたりしないのだろう。

 美味しく食べられそうだと思いつつ、ナイフを当てる。

 柔らかい身は抵抗なくスッと切り裂き、皮の切断に力を加えずとも少し撫でるように切りつけるだけで皮の抵抗が無くなった。


 切り分けた身をフォークで持ち上げ、ねっとりとしたタレを零さぬよう気を付けながら口へ運ぶ。

 鼻の間近で醤油の香りが強まり、息を吸うだけでも口の中に涎が溢れる。

 たまらず口へと運び、舌が触れたその瞬間、爆発的に旨味が広がる。

 ふわっと柔らかな歯応えのハンマーイールを噛み進めると、皮まで達した時に歯の圧力で皮の裏にたっぷりとある脂が弾け、皮も小気味良くプツリと軽く噛み切れた。


 脂が、甘い…ッ?!


 脂の甘さがタレの甘辛さと絡み合い、更にハンマーイールのふっくらとした身からあふれ出る旨味も濃厚だ。

 頬を殴られるような衝撃を受けるほど強烈な印象を受ける味わいを見せ、「とにかく美味い!!」としか美味しさの表現ができない。


 ハンマーイールの繰り出す旨味の力に、心から叫び声を上げたくなる!


 更にふわっふわのハンマーイールの身が厚みもあって、食べ応えは抜群で味も最高!


「このかば焼きに合わせるべきは白米!!」


 自然と身体が欲した物が無い事にふと気付くと、己の無力さに打ちひしがれる。


「ご飯があったら、|1ラウンドでノックアウトだな…」


 たった一切れ食べただけの俺は、そんな感想が漏れてしまう。

 何ラウンド戦うつもりだったのか、ハンマーイールはその巨体を横たえ、余裕の表情を浮かべていた。王者の貫禄だ!


 米を炊かなかった自分の愚かさを呪うと共に、肉厚なかば焼きだけでもボリュームがあり、そして満ち足りる強烈な美味しさだった。


 ノイフェスも「美味しいデス」といいながら食べている。まあ、いわせてるんだけどね。



 角猛牛亭のスープを飲み口の中をリセットして、今度はかば焼きサンドに手を付ける。


 こちらは炭水化物パンと一緒に食べるから、更にボリューム満点で腹持ちも良さそうだ。


 パンと卵焼きがパンチのあるハンマーイールの味をマイルドにし、美味しさもさることながら、いつまでも食べ続けられる味に仕上がっていた。

 口がお代わりを求めバクバクと食べ進めてしまい、あっという間に一切れを食べきってしまった。


「あぁー……」


 無我夢中で食べ進めたものの、手に掴んでいたパンが無くなった事に気付くと、思わずため息が漏れる程、大満足な一切れだった。


 それを食べて感じたのは、やっぱりかば焼きには強烈な味を受け止める相棒白飯がベストフレンドだと思えた。


 められないまらない魔力のある、人を虜にする恐ろしい食べ物が誕生した瞬間だった。


 一階層に生息する弱い魔物のはずなのに、常に土魔法を使い、そして毒持ちという特性が、強い魔物のように美味しい身体に育っているのか?




 俺達が美味しそうに食べているのを見て、独りちびちびと干し肉を齧りながら酒を飲んでた他の客が近づいて来た。



「なあ、それ美味そうだな。オレはガレンテオっていうんだが…、オレにも食べさせてくれないか?」


 茶色い髪を揺らした、渋みが皺となって刻まれた味のある彫りの深い顔の良い男が、匂いに釣られて物欲しそうな顔で俺達に声を掛けて来た。


「死んでも自己責任と納得できるなら、少しだけ分けますよ?」


 実のところ、サンドイッチとスープだけでお腹いっぱいになりそうだったから、一切れ食べたかば焼きは残すつもりだった。相棒白米も居ないしね。

 食べ掛けで良ければ、彼に食べさせて処分しよう。


「待て待て待て、食ったら死ぬのか?」

「一応、これを食べさせた野生の狼は、今もピンピンしてますよ。ただ毒のある食材といわれてますので、まだ検証中ってところです」


 食わせてくれといった男は、毒のある食材と聞いて顔色を変え一歩後退ったが、美味しそうな匂いと好奇心が抑え切れないようで、自己責任と了承したので俺の食べかけのかば焼きの皿を差し出した。

 検証中で金は取らないから安心してくれ。


 翌朝ガレンテオが無事だったら、検証終了と考えても良いかも?

 と、治験者が現れた事にほくそ笑み、人体実験とばかりに、俺の食べかけのかば焼きを食べるガレンテオを観察する。



 あっ、ナイフとフォークは俺が使ったヤツだ。


 野郎と間接ほにゃらら……



 先攻の俺には実害は無いからいっか。


 気にせず彼が食べるのを横目に、残りのサンドイッチと格闘を続けた。



 茶髪の男は、「うぉぉぉッ!」とか「美味いぞー!!」とか「なんだこれは、初めての味だ!!!」とか「ふわふわで柔らかい!!!!」と、次第に音量が上がり食べ終わるまで終始五月蠅かった。しかも地声がデカい所為か、食堂中に響き渡る大声で思わず顔を顰めてしまう。


 終いには、かば焼きを肴に酒を飲み始め、お酒のアテとしても優秀なのか酒量が増え、更に大声で支離滅裂な事を叫び始めた。


 酔っ払いめ。さっさと退散しよう。

 あ…ッ?! 忘れてた! 食器の回収は明日でいっか。

 食事を終えたノイフェス達を連れ、絡まれない内に自室に戻った。





 翌朝、事件は起きた?!

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