第395話 魔法剣で切りますか?
ボス討伐後二階層に戻ると、クレイエイプからの奇襲を受けた。
初撃は躱せないと思っていたら、ノイフェスが盾を出して守ってくれて、被害を受けずに済んだ。
すかさず土魔法で壁を作って難を逃れる。
「最初の一撃を防いでくれてありがとな。おかげで被害を受けずに済んだ」
「どういたしましてデス」
礼を述べ、表情を変えずに軽くお辞儀を返すノイフェス。
クレイエイプの群れの攻撃が終わるまで壁の後ろで待機してると、小一時間程過ぎた頃に、ようやく粘土が叩きつけられる音が鳴りやんだ。
その間は、呑気に食事を済ませていた。
魔力切れまでの時間を有効活用しないとだしね!
粘土は要らないので木の実だけ拾い集め、ダンジョンを出るべく移動を始める。行き同様、フェロウとシャイフが先陣を切り、その後に続いて歩き始める。
先ほどの粘土攻撃でクレイエイプの魔力が尽きたようで、森の中を歩くも攻撃能力の尽きた魔物は襲って来ない。
木の実くらいは投げられるのだろうけど、警戒してるのか近づいて来ない。
魔力が豊富な時は嬉々として襲って来るのに、魔力が尽きると途端に臆病になる性格のようだ。
群れていると強気で風向きが変わると逃げ出す。
親分の後ろでイキリ散らすチンピラみたいなヤツだな。それで、親分が倒されると一斉に逃げだすところが似てると思う。
そんな事を考えながら歩いていると、木こりたちが斧で切りつける音が次第に大きくなり、さらに進むとその作業する姿を視界に納めた。
森に入る前に会話をした木こりが戻って来る俺に気付き、嬉しそうに声を掛けて来た。
「おっ。無事戻って来たか、森の中を歩いても大した物は無いだろ?」
「ボス部屋を見つけたぞ」
「ボス部屋?! そんなもんがあるのか?! 知らなかったな~」
知識欲が満たされるのか俺の話に耳を傾け、終始ご機嫌な様子をみせていた。
「こんなに木を切って、住居をたくさん建築するのか?」
「そんな訳ないだろッ! ここの木は良く燃えるんだ。こんな木材で家を作ったら、ボヤが起きたらあっという間に火の海になるぞ?!」
とんでもない事をいい出したとばかりに、驚愕の表情を浮かべる木こり。
詳しく聞くと、木材は全て薪にするようで、多少乾かすだけで煙も出ず良く燃え、しかも長持ちするらしい。樹液に燃料になりそうな成分が含まれているのではないかという評価だ。
だから、焼き物作りで窯に火をくべるのに重宝し、積極的にダンジョンから切り出している。街や周辺の村への燃料として配るらしい。
陶器の材料に街と村の燃料を一手に引き受けてるとなると、領主占有ダンジョンになるのも頷けるな。
ヘタな商人に任せると、大金を手にした商人が街の燃料事情を握ってると、反逆される可能性もあるからね。
「その後クレイエイプに襲われて参ったよ……」
「本当か?! それは……不味いな……」
それを聞いて急に深刻そうな態度をとる木こり。
「二度目のクレイエイプの襲撃が無いからおかしいとは思ってたが、再度の粘土の回収に工芸ギルドの連中が戻って来てるぞ。お前達は謝って来た方がいい」
魔力が回復したクレイエイプの襲撃が来るのは想定内の事らしく、それに合わせて粘土の回収を予定してたらしい。
その準備を不意にした俺達は、怒られるのは間違いない。
木こりに礼を言って、速攻工芸ギルドのモルラッキ親方のところに向かい、頭を下げた。
滅茶苦茶怒られたが詳しく事情を説明すると、初めての参加(いや、参加はして無いぞ)という事もあって、情状酌量の余地ありと判断されて解放された。
俺達が領主の【許可証】を持ってダンジョンに入っているのを知ると、『ダンジョンは任されてるオレ達の物!』という認識をしていた職人たちも、よくよく考えたら『領主様から代官の男爵様を通じて、使わせてもらってる』という立場だと思い出し、怒鳴り散らせる立場にない事を思い出し矛を収めた感もある。
「このあと工房の見学に来るんじゃ」
一頻り怒鳴りつけた親方は怒りも治まり、午後の作業が無くなったので早々に撤収を決め、手伝いの冒険者を残しダンジョンを出る事になり、俺達もそれに同行する事になった。
「ダンジョンカードですぐ外に出られ、帰り道に一階層を戻らなくて良いのは有難いのじゃ」
「たしかに便利になりましたよね~」
「もっと早く変わってくれれば、長い距離、荷車を引かなくて済んだのに……」
「あの苦労は何だったのか…」
木こりたちがダンジョンの利便性を口々に喋り出す。
主に愚痴だったが……
南門で受付を済ませ街へと入る。
街の職人たちと一緒に入ったから、特に厳しく検査されることも無く、警備詰め所に連行されず(ここ大事)無事通過する事ができた。
「工房はすぐそこじゃ」
モルラッキ親方のいう通り南門の壁沿いに歩くと、すぐに工房へと辿り着いた。
作業場や粘土の保管庫、作品の倉庫など、関連したいくつもの建物が立ち並び、その一つの作業場へ案内された。
「コルデロス、来るのじゃ!」
「何ですか親方?」
モルラッキ親方に呼ばれたコルデロスという青年は、不機嫌そうな表情を浮かべ、作業中の手を止めこちらにやって来た。
「紹介しよう、お前さんが教えた練り切り?に興味を示した若手の職人じゃ」
どうやら連絡が行っていたようで、俺の容姿も練り切りの事も把握していたようだ。
目を剥く俺の姿を見て、ようやく種明かしができ、胸のつかえがとれてご機嫌な様子のモルラッキ親方。
「粘土回収で叱り付けておったとき、笑いを堪えるのが大変じゃった」
「知っていたんですね」
俺とモルラッキ親方の会話について来れないコルデロスは、頭上に疑問符を浮かべているかのように、困惑したまま所在無げに立っていた。
二人の前で練り切りの詳しい説明をしてみろといわれたので、粘土の代わりに土魔法で実演をしながら、細長い粘土を組み合わせて金太郎飴のような物を作り、それを複数並べて一つの塊にし、欲しい器の厚みに合わせて
「そこが問題なんじゃ」
「どこですか?」
モルラッキ親方の台詞に疑問に思い聞き返すと。
「しっぴきじゃ。手頃な物が無いんじゃ」
「糸が太くて切り出す際に、糸に引き摺られて図柄が伸びてしまいますし、模様まで付いてしまう。代わりに細い糸でやってみても、粘土より先に糸が切れてしまうんです」
親方とコルデロスがいうには、ちょうど良い糸が見つかって無いそうで、それさえあれば技術的には問題が無いらしい。
普通の作品を粘土の塊から切り分ける分には問題が無いのだが、練り切りのように図柄が重要になって来る作品では、
この世界の糸には、細くて丈夫な糸が開発されていないようだ。
途中まで出来てる作品を見せてもらったが、切り分ける部分の問題が露骨に現れており、それを味といえるほど清廉されておらず、失敗作としか見えなかった。
「糸の問題ですか……、魔法剣で切りますか?」
「そんなもんがどこにあるんじゃ!」
「高くて手に入りませんよ!」
良い案かと思ったが、二人に全力で却下された。
たしかに、腕が良くないと斜めに切れたりするかも知れない。
陶芸には向かないなっ。
すぐに解決できそうな方法としては、水魔法を高圧且つ細く絞り込んで噴射すれば、ウォーターカッターとして切断に使えそうなんだけどね。
女神のご褒美で【高圧洗浄魔法】を持ってる俺なら、それを改良してウォーターカッターが出来そう。
だけど、この世界の人に任せるには、水属性を保有していて魔力も豊富。更に音速の三倍で水を飛ばせる技能持ちとなると……
絶対に存在しないなっ!!
それは女神に誓って断言できるが……、今後の課題は、コルデロスでも実践できるような他の案を考えないとね。
「ちょっと考える時間をください」
モルラッキ親方には「頼んだぞ」といわれ、コルデロスには「よろしくお願いします」と手を握りながらいわれた。
新しい作品を生み出そうとする情熱溢れる若手の職人。彼の期待に応えられるよう、俺に宿題が課せられた。
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