第394話 速球派か?
先行している40人の姿は見えないが、進んだ方角に向けしばらく歩くと、二階層への入り口が目に映った。
起伏がある地形の頂上に上り切った視界の開けたところで見かけたから、目と鼻の先、意外と近い位置にあった。
二階層の入り口が、森の中に埋もれて無くて助かったね。
二階層に入ると、森の入り口のような開けた場所になっており、そのすぐ先の森で、木に登った魔物がこちらに向けて攻撃している姿が見えた。
近付いて観察すると、タワーシールドかライオットシールドだろうか?
屈めば全身を覆えるほどの大型の盾を構えた冒険者が、ひたすらに魔物の攻撃に耐えている。
魔物の攻撃は、どうやら土の玉を投げつけてるようで、木の枝に乗って腕の振りだけで投げているから、それほど威力は出ていないようだ。もちろん射程も短く、盾を構えた冒険者のところまでが精一杯といったところか。
弓を持っている冒険者も居るようだが、構えるまでも無く傍観しており、こちらから攻撃する意思は無いように思えた。
あまりにも不思議な光景だから、後方で見物していたお爺さんに声を掛けた。
「済みません」
「なんじゃ?」
突然声を掛けた俺に、怪訝そうな視線を向けるお爺さん。
「あの冒険者達は何やってるんですか?」
「なんじゃ知らんのか?」
「はい、勉強不足で済みません」
「まあいい。あれはクレイエイプが土魔法で作る粘土を、ああやって盾で受け止める事で回収してるのじゃ」
クレイエイプが投げる粘土の玉を、「べちゃり」、「どちゃっ」などの音を立てながら盾を構えた冒険者が受け止めている。
殆どのクレイエイプはクリーム色の玉を投げているが、偶にオレンジ色した玉を投げて来るクレイエイプが居た。
「なんか粘土以外も投げてませんか?」
「ああ、魔力の尽きたクレイエイプは、手近にある木の実も投げてくるんじゃ」
「その木の実は美味しいんですか?」
「馬鹿言え! 渋くて食えたもんじゃない!」
「そうなんですか?」
「食ったところで死にはせんから、気になるなら自分で試してみろ」
おっ。ハンマーイールと違って、このダンジョンで取れる木の実に毒は無いらしい。
そうこうしてると、木の上から粘土を投げていたクレイエイプの集団が、木々を飛び移るように移動して逃げ去り、すっかり静まり返っていた。
広場には盾で受け止めた粘土と無数の木の実が転がっていた。
「良し終わったな! 粘土を回収するんじゃ!」
「「「おう!」」」
先ほど話しかけたお爺さんは偉い人らしく、指示を聞いた部下らしき人達が、荷車を近づけ粘土の回収作業を始めていた。
こちらは陶芸用の材料の回収か。上の階層で釉薬も集めてたしね。
「こっちも作業に取り掛かるぞ!」
「「「おう!」」」
斧を携えた屈強な男たちが一斉に森へと入って行き、横に振りかぶった斧を手近な木に振り下ろしていた。
コーンコーンとリズミカルに切りつけられた木は、ある時を境に自立する力を失い、メキメキメキと音を立てながらなぎ倒されて行った。
こちらは木こりの集まりだったか。
二階層に来てる40人の内訳は、冒険者8人、陶芸家8人、残りは木こりといったところだ。
粘土の回収を指示してるお爺さんに、木の実を拾って構わないか許可を取る。
「あんな渋くて誰も食わない物、邪魔だから好きなだけ持って行けッ」
ダンジョンという危険地帯での作業のため、手短に済ませたいのか、俺のような素人の相手も面倒なようで、イラついた様子で返事をしていた。
許可も得られたので、粘土を回収している人達の周囲をチョロチョロと回り、一つ一つ拾って傷の有無を確かめてから回収していく。
大人のこぶし大の木の実で、実の部分は黄色い皮に包まれており、上部は四角いヘタが付いている。形は舌の形というか筆の形というか、実の下側が少し尖った形状をしている。
パンパンに膨らんだ実は、ぱっと見、とても美味しそうに見える。
「ははっ、お前も災難だな。モルラッキの爺さん、ダンジョンが怖くて毎回ビビってるんだよ。気を紛らわせるために、オレ達への風当たりが強くなるんだ」
という作業をしていたおじさんの言だ。
年甲斐も無く強がりかよっ。
「黙って作業するんじゃ!」
顔を赤くしながら怒鳴るモルラッキ。
怖いのに頑張ってるんだと思うと、逆に可愛く見えて来るのが笑えて来る。
冒険者ギルド出張所で、強面を見過ぎたせいだな。多分。
おじさんと二人でクスクスと笑いながら、それぞれ粘土集め、木の実拾いに精を出した。
「南門の近くに工房があるから、今度見学に来い」
と、おじさんに誘われたので、近々遊びに行く事を約束した。
コスティカ様との関係もあるし、何の成果も得られ無くとも見学くらいはしないとね。
粗方拾い終えたので、次こそいよいよボス討伐に向かう。
木の実拾いの間にシャイフを飛ばしてボス部屋の確認は済ませてある。
(森の中に埋もれて無くて良かった)
「それじゃ、ボス部屋までの案内頼んだよ」
「ピッ!」
シャイフが張り切って道案内を買って出る。
張り合うかのように、負けじとフェロウもシャイフに並び、「わふわふっ」と鳴きながら耳と鼻で警戒をする。
一番初めにテイムした魔物だから、長女というかお姉さん的な感情でもあるのかも知れない。
それを追うように、妹分のマーヴィも後に続く。
二階層はかなり狭い。
粘土の回収で襲って来たクレイエイプは全員が姿を見せていたらしく、魔力探知で周囲に発見するも、一向に襲って来ない。
恐らくだが、まだ魔力枯渇のままで休憩してるのだろう。
森の中を歩き、疲れからそろそろ変化が欲しいと思っていると、開けた場所に出た。
その先には白いドーム状の建造物があり、大きな扉が付いてることからボス部屋だと判明した。
「それじゃ、扉の前で休憩してからボスの討伐に行くよ」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」
果実水と冒険者メシで軽く食事を済ませ、フェロウ達にもホットドッグを皿に乗せて出した。
フェロウが尻尾を振りながらがつがつと、マーヴィが尻尾をピンと立ててはぐはぐと、サンダがホットドッグに釘付けになりながらこつこつと、シャイフが尻尾を鞭のように唸らせながらがぶがぶと、思い思いに食事を楽しんでいた。
ノイフェスは俺と同じ食事を出してるからねっ。
休憩を終え、いよいよボス部屋に突入する。
冒険者の緊張が重さに転嫁してるような重苦しい扉を押し開け、部屋の中へ身を投げ出す。
そこには、仁王立ちをしたクレイエイプの上位種と思しきボスと、ハンマーイールの上位種と思しき取り巻きが四匹待機していた。
すかさず蛇行した泥水の軌跡を残し、ハンマーイールよりさらに体格が太く長く、黒光りした尻尾を持つ上位種が接近を試みている。
ノイフェスが一歩前に出て、魔法剣と盾を構えて迎撃態勢を整える。
「よし! やるぞ!」
「ラジャーデス」
「わふっ」「ピッ!」
仲間に声を掛けて戦闘を開始する。
すかさず土魔法を練り上げ、尻尾が金属っぽいハンマーイールの上位種に、ジャベリンの土魔法を放つ。
━━ドシュッ!!
狙い通り右端の一匹の頭部に突き立ち、地面にまで貫通したジャベリンの土魔法は、ハンマーイールの上位種を地面に縫い付けた。
即死しなかったのか生命力の強い魔物か分からないが、ジャベリンが刺さったまま身体をうねらせ、逃れようと必死にのた打ち回っている。
蛇行しながら移動するハンマーイールの上位種は、蛇ほどの速度もなく、狙い撃ちの練習にちょうど良い教材に思えた。
俺がジャベリンで二匹、フェロウが一匹、接近されそうになりノイフェスが一匹を仕留めた。
「あとはボスだけだ」
そう思った矢先……
「キキッ!!」
━━ゴウッ ガンッ!!!
ノイフェス目掛けてボスの攻撃が飛んで来て、咄嗟に構えた盾で辛うじて攻撃を防いだ。
盾にぶつかった物は、黒光りした鉄球のような塊が足元に転がっていた。
クレイエイプと同様に、土魔法で鉱物を作り出し投げて来る魔物らしく、途轍もない剛速球で投げられた鉄球がノイフェスに襲い掛かり、再び盾で受け止める。
アレが当たったらと思うと冷や汗が出る。
すかさず俺はノイフェスの影に隠れる。
ノイフェスの背中越しにボスを見ると、最初の立ち位置から動いておらず、その場で土魔法で生み出した鉄球を手に持ち、頭上に振りかぶって腰の回転も使いながらオーバースローの綺麗なフォームで投げていた。
速球派か?!
何キロ出てるか分からないけど、この世界に野球チームがあれば、一位指名が来そうだ。
恐ろしい速度で投げ込まれる鉄球に辟易し、素直に炭化タングステンをイメージした土魔法で壁を作る。
「キキキッ!!」
━━ガゴッ ガンッ ドガッ!
いまが何球目か分からないが、結構な球数を投げているボス。
鉄球を投げるからアイアンエイプと名付けるか。
いつの間にか足元からマーヴィの姿が消え、せめてこちらでボスの気を引こうと、以前練習した変化する曲射土魔法で応戦する。
壁越しで狙いが大雑把ではあるが、ボスが居そうな場所に目掛けて曲射土魔法を放つ。
互いの土魔法が着弾する音が響き、いつの間にかボスが放つ土魔法の音がしなくなった。
防御用に出した土魔法を消すと、ボスの居た場所に仰向けに倒れたボスの姿が見えた。
もちろんその胸の上には、得意気な表情をしたマーヴィの姿があった。
最近のマーヴィは、ボスの首狩りばかりしてるな。
倒した魔物をアイテムボックスに収納し、本来の目的の為に魔力探知でダンジョンコアを探すと、ボス部屋の奥の方に反応を探知する。
そこに向かってまっすぐ歩くと、壁に突き当たったところでコアを見つけた。
今回擬態していたのはおサルの居るダンジョンらしく、ピグミーネズミキツネザルになっていた。身体の倍以上ある尾の長さが特徴的だ。
世界最小といわれるサルで、手に乗せても重さを感じないほどだ。
因みに見た目はネズミとかキツネが名前に入ってるくらいだから、全くサルらしさは感じない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます