第393話 美味しい食材かも?

 領都ツァッハレートの街からダンジョンまで徒歩半日の距離にあるのに対して、この街のダンジョンは徒歩十分の場所にある。



 ダン近物件だなっ。



 南門から街の外に出ると、小高い丘というか山というか、なだらかな斜面の中腹に特徴的な空間の亀裂。即ちダンジョンの入り口が見える。

 因みに占有ダンジョンだから、入場料を徴収する冒険者ギルド出張所は存在しない。

 勝手に入らないよう、南門の警備兵がダンジョン入り口を監視してる。


 南門を抜けてもその先に村は無く、目的地はダンジョンしかあり得ないので、門を利用する理由を根掘り葉掘り聞かれたな。



 南門を利用する人は、主に三つの職業に分かれる。

 工芸ギルドと木工ギルド、そして冒険者だ。


 二つのギルドは素材の回収で、冒険者はその手伝いで同行する。ダンジョン内の護衛依頼ってやつだな。

 ダンジョンに入りたければ依頼を受けろと、冒険者ギルドで受付嬢にいわれてたやつだ。


 もちろん俺はそんな依頼を受けることも無く、【許可証】を持っているからそれを提示して南門を抜けた。





 昔は森にでもなってたのか、ダンジョンの周囲とその連絡路だけ綺麗に伐採され、ぽっかりと空白地ができている。

 南門からも良く見えるから、ダンジョンの監視は南門の警備兵が担っているのだろう。

 斜面の裾野に大きな倉庫がいくつも建てられ、非常に目立っていた。

 他に目立った施設に……窯がいくつもあった。

 この街は陶器で栄えた街だけあって、雨で窯の温度が下がらないよう、確りとした屋根が備え付けられている。


 窯があるとなると、倉庫は粘土を成型して乾燥させたり、焼き上がった陶器を保管したり、薪の倉庫だったりするのかな?


 いや、薪は窯の近く、屋根の下に雨で濡れないように積んであるか。



「見てても仕方ないし、ダンジョンに向かうぞ」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」


 街の外だからシャイフもようやく外に出られて、いつも以上に嬉しそうに鳴いている。


 ダンジョンまでは確りと道が整備されており、馬車が通れるだけの幅が十分確保されていた。緩やかな斜面を上り切ると、入り口前には人混みができていた。

 何の集団か近くに居た人に声を掛ける。



「すみません。この人だかりは、何の集まりですか?」

「これから材料集めにダンジョンに入るんだ。オレ等はそれの護衛みたいなもんだ。詳しくはあっちの人に聞けば分かる」


 冒険者らしき男が指し示す方を見やると、年配の男性が他の人達に指示を出している姿が見える。

 お偉いさんというより親方という表現がしっくりくる人物だ。

 服装が立派という訳でも無く、他の人達が着てるような汚れても良い服装というか作業着というか…、その人には威厳が備わってるというのが正しい表現かな。職人気質って感じだ。


 声を掛けようと近づく前に、「それじゃ出発だ!!」と号令が掛かり、「おう!!」と野太く返事をする連中と共に、ダンジョンの中へと入って行った。

 その後を追うように俺達も中に入って行く。



 デオベッティーニダンジョンに入ると、ツァッハレートダンジョンと似たような地形で、起伏に富んだ小高い丘と草原と森林が混在する地形だが、森林の比率はこちらのダンジョンの方が多そうだ。


 ダンジョンに入るとすかさずダンジョンカードを確かめる。


【ダンジョン:デオベッティーニ☆1層】


 裏面を確かめると星マークがついている事から、ダンジョンコアが残されているのが分かる。このダンジョンは攻略必至になりそうだ。



 ダンジョンに入って来た50人ぐらいの集団は二組に分かれるようで、40人ほどの集団は先へ進み、残りの10人ほどの集団は、数人ずつに分かれてこの階層に散らばって行った。


 先ほど話しかけた冒険者らしき男は、この階層に残る組に入っていたので、再び声を掛けてみる。



「この階層で何をするんですか?」

「決まってるさ、冒険者がやる事といえば一つしかない! 狩りをするんだ!」

「素材の回収も忘れないで下さいよ」


 冒険者という割には斧だけ持った軽装の男は、楽しそうに笑っていた。


「お前は知らないのか? ここのハンマーイールという蛇みたいな魔物を倒すんだ」

「その魔物が纏ってる泥を回収します。陶器を焼き上げる時に仕上げに使うんです」


 初めて来たダンジョンだから知る訳ないのだが、ハンマーは分かるがイールって何だっけ?と、小骨が喉につっかえたように思い出せない。

 思い出せない事は一旦忘れて、丁寧な説明をしてくれた作業着の男に詳しく聞くと、ここのダンジョンで良質の粘土が取れ、それを陶器の材料にしているのだが、ハンマーイールが纏っている泥を本焼きの際に塗るそうだ。



 釉薬になるのかな?



 泥を纏っているだけあって、移動した道筋にはしっかりと泥の道が残されている。それを辿ればその先に、ハンマーイールがのだろう。


「お?! あそこにいるから倒すところを見とけ!」


 俺達が知らなさすぎるせいか、冒険者の男は新人冒険者に自慢するかのように、見つけたハンマーイールに近づき斧の一撃を加えようと振りかぶった。


「行けッ!!」


 ━━ザシュッ!!


 刃筋を立てて狙い通りに振り下ろされた一撃は、ハンマーイールの頭部を落とし、一撃で絶命させた。



「どうだ?! 見たか!」


 新人っぽく見える俺達に、自慢の腕前を披露できてご機嫌な冒険者。


「そんなに慌てて倒すと、泥の回収が間に合わなくなるじゃないですか……」


 作業着の男は文句をいいつつも、ハンマーイールから泥の回収を行っていた。


 蛇のようといわれたハンマーイールは、魚のような顔立ちをした体長2メートルを超える長さを誇る魔物だ。

 普段は尻尾の一部を除いて全身に泥を纏い、死亡するとその泥が身体から流れ落ちる。

 その為、泥を回収する仲間と息を合わせて討伐しないと、泥の回収率が悪くなるらしい。


 近付いても滅多に襲い掛かって来ないらしいが、攻撃を受ければ当然反撃される。その攻撃方法が、尻尾の30センチメートル程が石のように硬く、先端の尾びれがハンマーのような形状になっている。

 それを振り回して反撃してくるから、斧のように一撃で仕留められる武器が最適である。


 冒険者の男は再度ハンマーイールに斧を落とし、最初に切った部分から胴体を20センチメートルほどで輪切りにし、それを拾い上げ傾けた。

 すると、するりと内蔵が零れ落ち、その内蔵の山に手を伸ばし魔石を拾い上げた。

 胴体の心臓の位置に、魔石が残されていたようだ。


 冒険者が捨てた胴体を見ると、背中側が黒くて腹側が黄みがかった白い腹をしていた。



 イールってウナギか?!



 って事は美味しい食材かも?!



「この魔物は食べられないんですか?」

「ああ、長いし太いし食べ応えがありそうだけど、こいつは毒があるんだ」

「昔、食べようと試みた人が野生動物に与えたら、一口食べたらすぐに倒れてしまったんですよ。それ以来、毒があるからって誰も見向きもしません。ネズミなどの害獣退治に、時折持ち帰る人が居るくらいですね。死にはしないけど長時間動けなくなるので、捕まえやすくなるんです」


 俺の質問に二人は答えてくれたけど、害獣処理の餌としての利用か……麻痺毒か何か、行動不能に陥る効果があるのかな?


 二人の許可を得て胴体をもらい受け、別れた40人ほどの集団の後を追う事にした。



 前世の知識から、ウナギに毒があるのは知っていた。

 だがそれは血液中にある毒で、血抜きを完璧にすれば刺身で食べる事も可能だったはず。氷水の中で血を押し出し洗い、何度も水を変えて繰り返すから、労力が半端無いけどね。

 血を抜かなくても加熱すれば無毒化できるので、ウナギはかば焼きが主流なんだと思う。



 持ち帰って焼いた後、動物実験をして確かめないとね。



 毒があると分かっているのに、加熱したくらいで自分で試したりはしない!!



 いくら常々美味しい物を食べたいと思っている俺でも、そこまで無謀な挑戦はしないからね! 絶対にだ!!



 でも食べられる可能性に賭けて、道中で見かけたハンマーイールを何匹か確保してるけどねっ。

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