第392話 転ばぬ先の杖か?

 大通りから一本裏に入った場所に【星降る丘亭】はあった。


 馬車がすれ違えるだけの道幅は十分確保されているが、主に荷運びに使われる通用路のような物なのだろう。

 大通りに面した店の裏手に荷馬車が止められ、店の従業員がせっせと荷物を運び入れていたり、荷馬車に積み込み配達の準備をしてたりと、表通りとはまた違った活気がそこにはあった。


 件の【星降る丘亭】は、大通りに面した店の裏手では無い側にあり、石造りの立派な建物が立ち並ぶ中の一つであった。



 ━━カランカランカラン


 ドアベルの音が鳴り響き、それに気付いた店員が声を掛けて来る。


「いらっしゃいませ」


 店内に入ると、外観は石造りだった宿も、内装は至る所に木材が使われ、木の香りで気持ちを穏やかにする宿だった。

 来店の挨拶をした店員も、微笑みを浮かべ歓迎してくれているようだ。


 受付カウンターに近づき、部屋の空きが無いか確認する。


「こんにちは、二人部屋の空きはありますか?」

「ありますよ。一泊3,000ゴルドで、二名様でしたら6,000ゴルドになります。宿泊費は前払い制です」

「テイムモンスターも居るので、一緒に泊まっても構いませんか?」

「中型までの魔物が一緒の部屋でのご利用でしたら、一匹当たり1,000ゴルドちょうだいしております」


 シャイフが影に入っていてフェロウ達の三匹しか居ないように見えるが、自己申告してきちんと宿代を支払っておこう。


「それではテイムモンスターも入れて、ちょうど銀貨1枚ですね。取り合えず三日の宿代で銀貨3枚ここに置きますね」

「三匹では……? えっ? ええ?!」


 一見三匹と思えるから、計算が合わなくて戸惑ってる女性店員を無視して、受付カウンターに宿代を置く。


「それと、食事はどうなりますか?」

「いまは食事はやっておりませんが、厨房と食堂は自由にご利用いただいて構いません」

「……なるほど」

「……ですが、部屋への食事の持ち込みは禁止しております! 残された匂いで、後に泊ったお客様が連れたテイムモンスターが興奮するかも知れませんので!!」

「分かりました、気を付けますね」

「あと、獣の持ち込みも禁止ですから! ご注意ください!」


 強く注意を促すという事は、過去にテイムモンスターが大暴れでもしたのだろうか?

 最後の獣の持ち込み禁止は、マーヴィの事か?

 テイムモンスターは排泄しないけど獣は排泄するから部屋が汚れるし、それを理由に断るのは理解できる。

 猫に見えるけどマーヴィも立派な魔物だ。大概の物はズンバラリンと切り落とす強力な魔物だ。アイアンゴーレムの首も一撃で切り落としてた。


 流石に食材をマジックバッグで持ち込むのは許可された。普通のリュックでも構わないそうだ。ただし、袋から出さない事、室内での飲食禁止が条件付けられてるけどね。

 宿を出発する前の準備に保存食を買い込んだりするから、その程度は認められているようだ。



 見習いのシルハルトが予約した宿で豪勢な夕食が食べられると思ってた。

 その期待を裏切られ次の宿探しに歩き回り、すっかり食事の支度をする気分は無くなっていた。

 市場で買って来た軽食で夕食を済ませ、きょうはさっさと寝る事にした。



 翌朝は疲れが残ってたのか珍しく二度寝をし、起きて食堂に向かったら、宿の客は誰も居なかった。

 受け付けの女性がいうには、「もうみんな出かけましたよ」との事らしく、俺達も屋台で買って来た物で手早く朝食を済ませる事にした。




 そして今、冒険者ギルドの前に来ている。

 もちろん掲示板に掲げられている依頼には用はないが、この街にあるダンジョンの情報を入手しにやって来た。

 ダンジョンには魔物が居て、少なくとも危険があるのだから、事前に、できる限りの情報は得ておきたい。


 ━━カランカランカラン


 冒険者ギルドの大きな扉を押し開けドアベルの音で注目を浴びるも、二度寝で出遅れた分冒険者は少なく、正面に並ぶ受付嬢から注目を受けた形だ。空いてる受付嬢に声を掛ける。



「いらっしゃいませ、こんにちは。ご用件を承ります」


 カウンターに近づいてる過程で、受付嬢から先制の挨拶が飛んできた。

 まだカウンターまで数歩の距離がありつつも、近付きながらこちらも挨拶を返す。


「こんにちは。デオベッティーニダンジョンの事を教えてください」

「デオベッティーニダンジョンは、領主様の占有ダンジョンよ。ただの冒険者は入れないわ」

「いえ、そういう事では無くて、階層の深さや魔物の構成を教えてください」

「…そうなのね。二階層までしか無いわ。魔物も同じく二種類ね。ボスの情報は無いから、何か知る事ができたら情報料を出せると思うわ」


 占有ダンジョンは、冒険者ギルドも内部情報はあまり把握していないのか。


「ダンジョンに入りたいのなら、木工ギルドか工芸ギルドが出してる依頼を受けるといいわ」


 ダンジョンから得られる情報が売れるのか……


 冒険者ギルドもいざという時スタンピードのために、ダンジョンの情報を得ておきたいのか。

 備えあれば憂い無しってやつだね。転ばぬ先の杖か?


 そんな話をしていたら、後ろから若い男の声が聞こえて来た。


「こんなところに居たんですね! 探しましたよ!!」


 振り返るとそこには、髪が乱れ息を切らせたシルハルトが立っていた。

 すぐさま向き直り、粗方情報を仕入れたから、冒険者ギルドの受付嬢に情報料を支払い、お礼をいって受付カウンターから離れた。


「どうして【湖畔の妖精亭】に戻らなかったんですか! 宿から連絡を受けて、一晩中探し回りましたよ!!」


 疲労の色を浮かべたシルハルトは、怒りを露わにして俺達に詰め寄る。


「…その物言い。俺達が悪いといいたいのか?」

「それはそうでしょう。 いったい、宿に泊まらずどこに行ってたんですか!」


 宿を変えると連絡を入れてあれば問題無かったかも知れないが、変えたくて変えた訳じゃ無い。


「事情も聴かずにこちらを責めるのは違うんじゃないのか? 一応こちらは客人かと思ってたが、シルハルトの態度は違ってたようだね」

「な、何か事情があるのですか……?」


 聞くの遅っ!

 ってか、夜通し探して疲れてるのは分かるが、そちらの事情を一方的に押し付け過ぎだ。


「あのあと買い物して【湖畔の妖精亭】に戻ったら、入り口で門前払いされた。いまは他の宿に泊ってる」

「ま、待ってください! 宿に戻らなかったのでなくて、戻れなかったと?」

「そうだね。一晩中探したのはご苦労様だな」


 宿にお断りされては如何ともし難い。


「そういう訳だから、俺みたいな面倒な客には、お供も要らないよ」

「で、でしたら、新しい宿の代金は男爵家でお支払いします!」


 俺の拒絶に狼狽えつつも、男爵家の指示通り俺達を歓待しようと試みるシルハルト。


「たかだか銀貨数枚の安宿の代金を肩代わりして、借りを作ったと思いたくないから、断固お断りだ」

「ですが……」

「お前は宿まで案内した時点で賓客の世話を放棄した。それが宿から締め出された原因だ。客の機嫌を損ねた上、男爵家の信頼は地に落ちた。帰ってそう報告すればいい」


 最後に「お前に纏わりつかれても、悪い印象を思い出すだけだ」と付け加えて拒絶の意思表示をし、謝罪やら歓待やらを押し付けて来ないよう予防線を張っておく。


 この世の終わりのような表情を浮かべるシルハルトを置き去りにし、冒険者ギルドを後にする。



 そういえば何で宿の警備員に止められたのか考えてみたが、受付まで行って鍵を受け取らずに引き返した買い物に行ったからか?



 警備員からは、宿泊を断られた客に見えていたのかも知れない。

 今さらどうしようも無いけどね!

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