第391話 ウバウル様も居ますよね?
ボスと上位種の買取査定は、まあまあ高かったとだけ言っておこう。
イングペーデルは約束を守ってくれたようで、『ランクが上がるから女神カードを出せ』とかいい出さなかったしね。
ギルドの規約通り貢献ポイントを与えるより、レア素材という実利を取ってたし、それができるだけの実権を握っているのだろう。
ああ見えても所長だしね。
いまの俺達は街道を更に東に進んでる。
領都と次の街の間にあるダンジョンからの移動だから、徒歩二日半の距離がある。このまま進めば三日目には次の街、デオベッティーニに辿り着く予定だ。
王都から南北に走る主要街道は平坦な地形が続いていたが、東に向かう街道は、王都から離れるにつれ起伏に富んだ地形となる。
それに合わせて森林も増え、森を切り開いたり迂回したりと、直線で進める箇所が少なく、単純な直線距離なら二日半で辿り着くデオベッティーニも、四日目の昼間に漸く辿り着く事ができた。
いつも通り貴族側の検問を選び、荷物検査を受ける。
「伯爵家の騎士メダルか……」
ウエルネイス家が子爵時代のメダルから、伯爵時代のメダルに交換したから、爵位による違いが警備兵でも判定できるように作られてるらしい。
「荷物も問題無いな。女神カードは……。こ、これは…?!」
俺の女神カードを確かめる警備兵は、表情を引き締め真剣な眼差しで、俺の顔と女神カードを何度も見比べていた。
な、何事??
明らかに、俺の名前で何かしらの通達がされてるような態度。
(手配書が回されるような事をした覚えはないぞ?)
「エル様ですね。別室へ案内します、こちらへどうぞ」
同僚に「ここは任せる」と言い残した警備兵は、俺達を警備詰め所へと案内し始める。
どこへ連れて行かれるのか内心ハラハラしながら身構えていると、警備隊詰め所の会議室のような部屋に案内され、ここで待つように言われた。
しばらく待つと会議室の扉の向こうから、警備兵達が言い争う声が耳に届く。
「あの連中がウバウル坊ちゃんの言っていた連中じゃないのか?!」
「昨日戻られたウバウル坊ちゃんが、牢に入れろと……」
「だとしても伯爵様の客人だ! 留置所に入れて良い訳ないだろ!」
ウバウル坊ちゃんが何者かは知らないが、コスティカ様の紹介状が無ければ、留置所に入れられてたのは間違いなさそうだ。
しばらく押し問答をしていた警備兵の声が、騒ぎが一度大きくなったあと急に聞こえなくなり、代わりに執事服に身を包んだ初老の紳士と同じく執事服を着た見習いらしき二十歳前の青年が現れた。
「突然失礼致します。私共は、ティスタバーノ男爵に使える執事のカールハルトと申します」
「同じく見習いのシルハルトと申します」
二人の執事(と見習い)の自己紹介を聞き、これも紹介状の効果か……と、貴族の根回しに脱帽する。
コスティカ様は、どうにもこの領に関わらせたいらしい。
「エル様でいらっしゃいますね? 主がお待ちですのでご同行願います」
男爵家の執事が呼びに来るって、碌な用件じゃ無さそうだ。
王都の警備詰め所で長時間待たされた、嫌な記憶が蘇る。
迎えに来たのが執事だってのも同じだしね。
「それで執事さんの用を聞く前に、先ほどまで廊下で騒いでた警備兵の事を聞きたいのですけど?」
「そ、それは……」
見習いのシルハルトが口を開くのを制し、軽くため息をつくような仕草をした、初老のカールハルトが説明を始めた。
「彼らは、伯爵家が客人待遇で迎える貴方がたを、ウバウル様の指示にも逆らえず留置所へ拘留するかを話し合っていたのです」
「ウバウル様というのは?」
「ティスタバーノ男爵家の四男でございます。いまは冒険者に身を窶しております」
「それが何で俺達を拘留する事になるのですか?」
ウバウルという貴族令息に覚えが無いのだが?
「はい。ご説明致しますと……、昨日戻られたウバウル様は、手足に枷を嵌められておりました。その枷を嵌めた人物とエル様御一行の特徴が一致しておりまして、指示通り拘留する者と丁重に扱う者とで意見が衝突しておりまして、先ほどの騒動となります」
手足に枷……、盗賊坊ちゃんの事か?!
思い当たる節だらけだな!!
「そうなると、男爵様の屋敷にウバウル様も居ますよね?」
「もちろんでございます」
歓待しようとする男爵と、投獄しようとする令息が一つ屋根の下で暮らしてる中に、俺達も放り込まれるなんて嫌がらせ以外の何物でもない!
考えるまでも無く拒否一択だな。
ましてや、お供に命じて襲い掛かる精神構造をしてるやつだ。蹴散らしたけど。
寝込みを襲われそうで、落ち着けないのは間違いないな。
「流石に投獄しようと画策した相手が居る場所に、のこのこと足を運ぶ気にはなれません。男爵様のお誘いはお断りします!」
「……そうでございますか。……ですが主より歓待するよう命を受けております。せめて宿の手配は任せていただけないでしょうか?」
ウバウルの性格を把握していて、投獄というのがこれ以上ないくらい温和な表現だというのを理解しているのか、真剣な表情で頭を下げるカールハルトと、少し遅れて頭を下げたシルハルト。
……この辺りが妥協点か。
男爵の命令に従って強引に屋敷に連れて行かれるより、宿の手配を任せて歓迎を受けたという形を取った方が良いと判断した執事には好感が持てる。
「なら宿はお任せするけど、テイムモンスターも一緒に泊まれる施設にしてください」
「畏まりました。エル様の案内役として、シルハルトを付けます。シルハルト、【湖畔の妖精亭】への案内は任せたぞ」
「はい! シルハルトと申します。どうぞよろしくお願いします」
案内役か監視役か分からないが、見習い執事のシルハルトが付くらしい。
案内は嬉しいが、用の無い時まで付いて来て欲しくないのだが?
お互いの挨拶を終え、警備詰め所を後にする。
男爵家の馬車は執事のカールハルトが乗って行き、見習いのシルハルトは徒歩での案内となった。
う~ん。男爵邸を断ったから、移動の足は無しか?
上がった執事の好感度が一気に急降下!!
高低差で耳がキーンとなるやつ……だな。
と思ったけど、元々男爵邸に招く予定だったから、馬車一台で来ただけだよな。
ウバウル坊ちゃんと対立してるなんて、完全に予想外だろうしね。
そのまま大通りを歩き、商業区域らしき区画に入ると、立ち並ぶ店舗も増え建物も大型化してくる。
それに伴い、通りを行く人々は賑やかに談笑しながら店に入って行く。
襤褸を着てる人はおらず、身形の良い人が多かったから、街でも一番治安の良さそうな区画だった。
店並みを眺めると陶器製の物が多く並び、この街が陶器で栄えているのが良く分かる。
俺が教えた寄木細工の粘土版のような、練り切りの製品は見かけていない。
(この辺りがコスティカ様のお願いってやつか)
シルハルトに案内された【湖畔の妖精亭】は、煌びやかながらも品のある店構えで、如何にも高級宿という印象を受けた。
扉の前に居る警備員らしき男に一言二言交わすと、シルハルトはそのまま宿に入って行った。慌てて後について行く。
「こんにちは。領主様のお客様で、二名の宿泊の手配をお願いします。支払いはティスタバーノ男爵宛てでお願いします」
見習いとは思えないほど、慣れた様子で部屋を取るシルハルト。
「私はこれで失礼します。また明日の朝お伺いします」
夕方まで街の案内でもしてくれるのかと思いきや、きょうの仕事はこれで終わりといわんばかりに、笑みを浮かべて去って行った。
昼を回った頃に警備隊詰め所に連れて行かれたから、街の食堂で食事にしようと思ってた俺達は、ぶっちゃけ腹ペコなんだよね。
美味しいお店でも紹介してもらおうと思ってたのに、当てが外れてしまった。
仕方ないので食材調達も兼ねて、宿の受け付けで市場の場所を聞いて、部屋にも入らず出掛ける事にした。
適当な屋台で食事を済ませ、調理に使えそうな調味料や野菜などの食材や、果物などを買い漁って宿に戻ると、冒険者の恰好をしている俺達は、宿泊客と思われなかったようで、入り口の警備員に止められて宿に入れない。
以前も似たような事あったな……?
高級宿こそ一度断られたら絶対に入れないだろうし、早々に諦めて別の宿を探す事にした。
ティスタバーノ男爵家の執事見習いが同行して無いと入れないなら、どの道一泊したらお終いだしね。見切りが付けられて、かえって良かったというものだ。
俺達の見た目で宿に相応しくないと判断される、外見の社会的信用度が低いのは仕方がないとして、それを改善させるために宝飾品だのじゃらじゃら付けて、いかにも成金らしい服装はしたく無い。
人攫いの憂き目に合いそうだしね!
おまけに身代金の取れない孤児だと判明したら、その場で
日暮れまでに、宿を見つけるまで帰れません!
突如始まった使命!
寝床が無いのは流石に困るから、これから必死に宿探しをしようと声を掛けやすそうな人を探した。
手始めに、人の良さそうな顔立ちをしたご婦人に話しかけた。
「済みません。この辺りにテイムモンスターも泊まれる宿を知りませんか?」
「【湖畔の妖精亭】が良いんじゃないかしら? 立派なお宿よ?」
いきなり拒否された宿の名前がでた?!
街でも有名な宿なのか?
「あ……。そこ以外で」
「いい宿なのに……、それなら【星降る丘亭】はどうかしら? 名前は知らないけど、大型の……馬?の魔物を連れた商人が良く泊ってるわ」
大型というと、ウォーホースかな?
荷馬車にウォーホースを使ってるなら、相当大きな商会の可能性が高いね。
そこならノイフェスが居ても、安心して泊まれそうかな。
「そこに空きが無いか聞いてみます、ありがとうございました」
道順を確認したあと頭を下げてお礼述べ、さっそく宿へ向かった。
王都で似たような事があったが、そのおかげで角猛牛亭という良い宿に巡り合えたし、ザック一家にも出会えたからね。
今回は【湖畔の妖精亭】とはご縁が無かったという事でっ。
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