第390話 バレストン、次は?

 ウバウル・フォン・ティスタバーノ従者ランジェバンside





 ランジェバンは困っていた。

 バレストンにいわれたテントの片付けは疾うの昔に終わっていたが、主人であるウバウル坊ちゃんとバレストンが一向に戻らない。

 腕は立つ方だが、頭の出来はそうでは無い。

 どちらかというと頭脳労働は苦手である。

 だからこそ、バレストンの補佐として護衛に選ばれ、肉体労働を任されていた。


「…二人が遅い」


 探しに行こうにもテントを放置する訳には行かない。

 設営したままなら、わざわざバラす手間をかけてまで持って行く連中は居ないが、片付け終わった後で持ち運びやすい状態で放置したら、盗まれても流石に文句はいえない。

 持ち主の管理が悪いのが原因だからだ。


 仕方なく二人分の荷物を抱え、えっちらおっちらと覚束ない足取りで、バレストン達が向かった方角を目指し歩き始める。



 目指す方向には、なぜか冒険者の人だかりができていた。

 近付き最後尾にいる冒険者に声を掛ける。


「…何の集まりだ?」

「ん? なんだか盗賊行為をした貴族が二人、穴に捨てられてるんだとよ」


 大したことでも無いように、その冒険者は気さくに答える。


 盗賊行為はともかく、貴族が二人というのは、坊ちゃんとバレストンなら人数が合う。


「…二人に用がある、通してくれ」

「お、おう。おーい! 関係者みたいなヤツがいたぞ! 道を開けてくれ!」


 口下手なランジェバンに代わり、その冒険者が代弁した。

 有難い事だ。


 騒めいていた冒険者達の人波が、海を割るかのように道が開かれて行く。

 その乾いた大地を踏みしめ進みゆくと、視線の先には長方形の穴が空けられ、その大きさは棺桶を二つ並べたような大きさだった。

 穴を覗くと、そこには手足に枷をはめられた坊ちゃんとバレストンが居た。


「…どうしてそうなった?」


 何がどうなって二人が穴に嵌ってるのか、ランジェバンには理解が追い付かない。

 困惑していると、ランジェバンに気付いたバレストンが声を掛けて来た。


「ランジェバン! 救助を頼む!」

「…ああ、分かった」


 穴に降りるのはわけないが、一人で持ち上げるのは不可能に思えた。


「近くに居る連中に、依頼料を払って頼んでみてくれ! ウバウル坊ちゃんが交渉に失敗したから、こっちの台詞は聞いてくれんのだ(ただ助けろと喚き散らすだけで、辟易した連中は近づきすらしなくなった)」


 バレストンの指示を聞き、近くの冒険者に声を掛ける。


「…手伝ってくれ」

「手伝いが必要なのと報酬が出るのは聞いてたから分かるが、いくら出すんだ?」


 そういえば金額を決めていない。

 いくら支払えば良いかで困り、バレストンに視線を送るとそれだけで返答が返って来た。


「金貨1枚支払う! 救助と移送の手伝いを頼む!」


 穴の中からバレストンが報酬と依頼内容を伝えていた。


「おい、おめえら! ちょっとした雑用で金貨1枚だ! やるか?」

「「「おう!!」」」


 冒険者らしい掛け声と返事で契約は完了した。

 さっそく行動に移る冒険者達。

 棺桶二つ分の穴といえど、両手両足を広げて壁に突けば、梯子が無くとも上り下りは可能だ。ただし、手枷足枷が無ければだ。


「足側に降りるから、足を曲げてくれ!」


 その冒険者がバレストン達に声を掛け、指示に従い冒険者が下りる隙間を作っていた。

 するすると降りた冒険者が、坊ちゃんを掴み上げバレストンの上に重ねるように乗せていた。


「一人分の隙間ができた! あと二人降りて来てくれ!」

「「おう!!」」


 穴の上で待つ仲間に声を掛け、増援を頼む冒険者。

 ひらりと冒険者の仲間たちが穴に降り、「狭くて腰を落とし難いから、体勢がきついな」などといいつつ、肩、腰、足の三点を支えて坊ちゃんを持ち上げていた。


 三人がかりで持ち上げる事で、穴の上からでも坊ちゃんに手を伸ばせば届き、上で待機してた冒険者が一斉に引き上げた。

 持ち上げられている最中さなかから、「もっと優しく持ち上げろ」とか、「壁に擦れる! 丁寧に引っ張れ!」などと五月蠅くして、引き上げた冒険者に放り投げるように捨てられていた。


 激しく腰を打った坊ちゃんは、手枷があって腰をさすれず涙目になっていた。


 同様の手法でバレストンも無事救助された。


「あんたら盗賊行為したのに、相手に殺されずに済んで良かったな」

「なんなら現場を見てた他の冒険者が、襲って来るかもしれんな」

「今なら簡単に盗賊を狩れるからな」


 遠巻きに眺めてた冒険者が、次々に二人に罵声を浴びせている。

 本当に何をしたんだ?


「…バレストン、次は?」

「あ、ああ」


 流石に罵声を浴びて、バレストンも歯切れが悪い。


「そこら辺の商会に声を掛けて、馬車か荷馬車を借りて来てくれ。この手足じゃ自力での移動ができん」


 そういって手枷を見せる。

 枷を嵌められているという事は、盗賊行為をしたのは本当らしいな。


「こいつに交渉は無理だ、冒険者の方で動いてくれ」

「分かったよ。移送の手伝いも依頼の内だからな」


 穴からの救助を手伝った冒険者は、手分けして周辺の商会に声を掛けに行った。


「その枷、切ってみるか?」

「できるか?」

「あんたの剣を借りるぜ」

「……使ってくれ」


 バレストンと冒険者の一人が交渉をしている。

 そういえば、バレストンの腰には自慢のミスリル剣が収まっていない。


 冒険者が少し離れたとこに落ちていたミスリル剣を拾い上げ、バレストンの足かせに切っ先を合わせていた。

 細かく立ち位置を変えながら、切っ先、刃筋、刀身の向きなどを丁寧に調整していた。


「よし、いくぜ。動かないでくれよ」

「……ひと思いにやってくれ。信じる事にする」


 冒険者がミスリル剣を振りかぶると、その姿は様になっており、相応の実力のある剣士として名を馳せていると思われた。


 声を掛けるのを躊躇うほど、集中と緊張が一気に高まり、上段に振りかぶったミスリル剣が一気に振り下ろされた。

 白銀の残像を残したその綺麗な剣筋は、バレストンの足かせに一直線に繋がれた。


 ━━ギンッ!!


「かってー?! 何だこの枷は? 土魔法じゃ無かったのか?!」


 足枷をみると切断された様子は無く、接触面に小さなくぼみができた程度だ。


「げっ?! 刃こぼれしてやがる!! 良く見ると罅も入ってるな。刀身が死んだわ」


 その冒険者や「ほらよっ」と、刃の欠けたミスリル剣をバレストンに見えるように近くに置く。

 それを見たバレストンは、顔色を悪くし衝撃を受けていた。


 大切にしてたからな……


 刃こぼれした側から、刀身の中央を超えて罅が走っていた。

 もう一度剣を振るったら、間違いなく折れて使い物にならなくなる。

 鍛冶屋に持って行っても、修理よりも鋳つぶして新しく打つといわれそうだ。




 冒険者が戻って来て、その後ろには馬が引く荷車もついて来ていた。


「交渉してきたぞ。積み荷と一緒なら二人を乗せても構わないとよ」

「それだけじゃないだろ、いくらで交渉した?」

「お一人様大銀貨二枚でございます」


 冒険者にバレストンが確認を取ると、商人らしき男が運賃を話した。


「それで構わない、ツァッハレートまで頼む」


 バレストンが了承し、商人との交渉が纏まる。

 持って来た荷車には、半分以上素材が乗せられており、二人を乗せる隙間は、先ほどの穴より狭そうに見える。


 荷車の壁に背を預け、足を畳んで乗れば大丈夫か?


 冒険者達が素材を積みなおし隙間を増やして二人を荷車に乗せ、横たわるバレストンの上に二人分の荷物を載せる。


「ぐえっ?!」


 カエルが潰れたような声を上げるバレストン。

 いままで二人分の荷物を背負って来たんだから、荷台の上なら構わないだろう。

 坊ちゃんのマジックバッグを探り金貨を一枚取出し、冒険者達の代表に報酬として渡す。


「ありがとよ! この先も頼むぜ!」


 どうやら荷車の交渉をした際、街まで半日の移動時間の護衛を請け負ったらしい。


「ランジェバン。街に着いたら警備兵に馬車を借りられるよう頼んでくれ! 無理なら責任者をオレのところに連れて来るんだ」

「…分かった」

「流石にこの状態では冒険どころでは無い。一度旦那様の下に帰るぞ」


 バレストンの指示に頷き、ウバウル坊ちゃんは救助された安堵と疲れから眠りこけていた。

 棺桶のような穴は、冒険者の仲間が土魔法を使えるという事で、綺麗に穴を塞いでいた。



 領都ツァッハレートに辿り着いた際、なんとか警備兵から馬車を借り受け、ティスタバーノ男爵が治めるデオベッティーニの街まで帰る事となる。


 その際、ウバウル坊ちゃんが穴に捨てられ枷を嵌められた報復に、特徴的な二人組が来たら、投獄するよう指示を出していた。

 いまも枷を嵌められたままで、怒りが収まる様子はない。










 ベネケルト伯爵side





 冒険者ギルドを通じて、一通の手紙が届けられた。


「旦那様、ウエルネイス伯爵家よりお手紙が届いております」

「……ああ」


 手紙を運んできた執事から受け取り、執務室に常備してあるペーパーナイフで封を切る。


「差出人は、コスティカ様か……」


 ウエルネイス伯爵家は長女カサンドラの嫁ぎ先にあたり、初めての娘とあって、それはそれは愛情を注いで育てていた。

 学院でグレムス殿と恋に落ちたと聞いた時は、腸の煮えたぎる思いを募らせたが、今となってはいい思い出。

 子爵位から伯爵に陞爵しょうしゃくするような男だったとは思えなかったが、カサンドラは男を見る目があったという事だ。



 手紙の内容を要約すると、ウエルネイス伯爵家の恩人がベネケルト伯爵領に来る。

 その人物の知識に助けられ、ウエルネイス伯爵家の経済が好調になった。

 以前送られて来た陶器に模様をつける技術は、その人物から齎された物らしい。


 その人物が我が領を訪れるという。

 盛大な歓待で迎えたいが、注意事項が記されていた。


『王城に出座する貴族は避ける傾向にある。王都の貴族街には極力近づかない。迎えも、箱馬車で外から見えない状態でなければ断る事もある』


 要するに貴族嫌いなのだろう。

 ウエルネイス伯爵家が知己を得たのは、子爵時代だったらしい。

 付き合いは短くとも、濃密な関係なのだろうか?


 私もそろそろ後進に伯爵位を譲るべきか……


「オシトンルカルを呼んで来てくれ」

「かしこまりました」


 部屋で待機していた侍女に命じ、嫡男のオシトンルカルにこの案件を任せよう。オシトンルカルも三十台が見える頃、妻子も居る良い年だ。上手く熟せば爵位を譲る事にしよう。


 その前に親戚筋のティスタバーノ男爵に知らせておくか、デオベッティーニの代官を任せているしな。


「失礼します。父上、お呼びでしょうか?」

「この件を貴様に任せる、上手く熟してみせよ」


 コスティカ様からの手紙を渡し、受け取ったオシトンルカルは隅から隅までしっかりと目を通していた。


「いま抱えてる案件に、整理がついてからでも宜しいですか?」

「そうだな、長期間デオベッティーニに滞在する可能性もある。片付けてからの方が良いだろう。ティスタバーノ男爵には早馬を出しておく(陶芸の指導となると、粘土を形どってから乾燥に日数を費やす。長期滞在になるのは間違いない)」


 オシトンルカルは「了解です」と、軽く返事をして、任せてる仕事に戻って行った。

 貴族社会向きの性格では無く残念に思うも、親の過保護で今まで当主の座を譲らなかったが、そろそろ頃合いでもある。



 見事客人を持て成してみせよ!

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