第388話 俺の足下にいるんだがな?

 顎が外れて喋れ無くなったのかと思っていたら、ナンバーワン受付侠は再起動した。



「いやいや待て待て! お前等Eランクだろ? 戦闘評価がいくら高くてもCランクまでだぞ?!」


 受付侠うけつけきょうは、俺が悪いかの如く攻め立てるようにまくし立てる。


 ふははっ。

 Eランク冒険者が弱いといつから勘違いをしていた?

 戦闘評価という仕組みが、何の為にあると思ってる?

 ナンバーワン受付侠の狼狽した姿に満足し、さりとて解体場へ急ぎたくもあり処理を促す。


「それなりに戦えるしテイムモンスターも居ます。生憎、まぐれでも何でもないですよ。それより入退場の処理をお願いします」

「お、おう」


 落ち着きを取り戻した受付侠は、女神カードを受け取り入退場の処理を済ませ、徐に口を開いた。


「ボス討伐の証明はできるか?」

「ありますよ。あとで解体に出します」


 討伐部位は知らないが、マーヴィが切り落とした頭と足首以外、丸ごと持って来たから、どこかが討伐証明部位として使えるだろう。

 ほんの少しだけ思案した受付侠うけつけきょうは……


「そうか……なら、ここではできんが、街のギルドでランクアップできるよう申請を書いてやる」

「いえ、結構です。ランクを上げる気は無いので」


 自主的にEランクに下げたのに、そんな気遣いは要らん!


 それに、上がったとしても王都に戻れば破門の腕輪を付ける事になるから、それによってまたEランクに落ちる。ランクアップの手続きは二度手間、三度手間になるのが目に見えてる。


「はあー…。ランクアップしたい貪欲なヤツラばかりだというのに、お前等は変わってるな。そんなんで大丈夫か?」


 ぜんぜん大丈夫です。

 今回のダンジョンでそこそこ稼げたはず。

 それに、生涯食うに困らないだけの貯えがある!

 それを奪おうと画策したお馬鹿さんのお蔭で、不労働所得素材保存の魔道具の使用料がまた増えたけどね。


「大丈夫だ、問題無い」

「まあ、いいか。確認の為にオレも行く。席を外すぞ!」

「「「おう!!」」」



 俺を担当した受付侠はクレイジーベアの解体に付き合う様で、他の暇そうなやつらに受け付けを任せ、裏手にある出口から解体場に向かって行った。

 俺達も遅れないよう、表口から一度外に出て、裏手に回って解体場を目指した。



「坊主、エルっていったか? あそこの解体テーブルにボスを出してくれ」

「何故あなたが仕切るんです?」


 解体場に来ているのに解体のギルド職員を無視して、まるでギルド出張所の偉い人みたいに受付侠が仕切るものだから、思わず疑問が口から零れた。


「言ってなかったか。オレがツァッハレートダンジョン出張所、所長のイングペーデルだ」

「?!」


 聞いて無いよ!!


 その答えに思わず目を剥く。

 悪戯が成功したかのように、ニヤリと笑みを浮かべるイングペーデル。


 冒険者ギルド支部じゃ無いから、ギルドマスタ―じゃなくて出張所の所長にあたるんだな。


「驚いたか?」

「そりゃ驚きますよ。けど、いつも受付にいて所長は暇なんですか? それに、所長は顔の怖さで選ばれたんですか?」


「そんな選考基準があるかッ?! 元冒険者だから傷なんざ珍しくもねえだろ!」

「でも一番怖い顔してますよね?」


 顔の怖さに触れられるのは癇に障る部分らしく、額に血管を浮かび上がらせながら、先ほどの指示を再び口にするイングペーデル。


「うっせーわッ! さっさとクレイジーベアを置け!」

「はいはい」


 強面品評会を開催しておきながら、弄られ慣れてないのか?

 顔面いじりは地雷らしいから、次があったら気を付けよう。「スマンかった」と、謝罪をする。

 イングペーデルも、左肩に拳で強めの突っ込みを入れて来たから、お互い様だろう。先ほどの弄りは水に流してくれ。


 喧嘩っ早いところが元冒険者らしいと思いながら、リュックサックを降ろしマジックバッグから出す振りをし、頭部と足首から下が無いクレイジーベアの死体を取り出す。


 ━━ズンッ!


 重量感のある音と共に、クレイジーベアの死体が解体テーブルの上に横たわる。

 テーブルからはみ出した首と足首から、まだ固まっていない血液が滴り落ちる。


「やっぱりマジックバッグ持ちか。金に困って無さそうだしな。それにしても綺麗に首が落としてある。これが致命傷だろう……が、ボスを討伐した割に、損傷が少ないな……。凄腕なのは間違いないな」


 俺達の態度に納得したかのように、独りごちるイングペーデル。

 クレイジーベアの死体から、倒した者の実力を推し量るイングペーデル。

 その間も解体場のギルド職員がわらわらと群がり、クレイジーベアの解体を始める。


 それを調べてもマーヴィの実力しか分からないぞ?


「全部買い取りで良いのか?」

「肉は全部持ち帰ります、夕方頃に来ればいいですか?」


 魔物の種類は分かっても解体時間までは読めないらしく、イングペーデルは解体場の職員に確認を取っていた。


「どれくらいで解体は終りそうだ?」

「こいつは大物ですから、全員で取り掛かっても二時間は見てもらってください」

「分かった。肉の引き取りに来るから、それ以外の査定書を用意しておいてくれ。エル、夕方に取りに来いだとよ」


 それを聞いたイングペーデルは、解体後の指示を出したあと俺に向き直り、解体場に来る時間を伝えてきた。

 他の冒険者は自分たちで解体を行うのか、出張所には解体職員はそれほど常駐していないようで、クレイジーベアの解体で午後の作業は目一杯らしい。

 この様子では今回倒して来た、大量のフォレストベアの解体は任せられないな。


 ここでの解体は諦め、王都かどこかの街のギルドで、解体職員が充実してる場所を探そう。


 完全に、倒す人で食べる人。解体は他人にお任せのエルであった。



 用が済んだので解体場を後にし、所長のイングペーデルに別れの挨拶をして、野営地へと向かう。


 ここでの野営初日の夜に調理をしてたら、ひどく注目されたから前回より更に距離を離した場所を、俺達の野営地とした。





「クレイジーベアの解体が終わるまで時間もあるし、野営コンテナを出すのは解体した肉を受け取ってからでいいとして、その待ち時間に料理のストックを増やしておくか」



 実のところ、港のあるボルティヌの街でドナート達に食材の販売を渋られた時、手持ちの食材を殆ど使い切った。

 その後もストックを増やそうとすると、ダンジョンに行って消費して、また作ってはダンジョンで消費という、野営飯の自転車操業みたいな事をしていた。


 今回も、素材はあるが料理の完成品に乏しいというような状況で、野営中に出汁を作ったり麵つゆを作ったり、野菜を千切ってサラダを作ったりと少しずつ野営中に食べる料理を増やしていたが、ここに来て時間が出来たので、メイン料理に取り掛かろうと思う。



「油を使う料理は、時間がある時にまとめて作りたいしね」



 手元にある肉はサナトスベアにホーンバイソン、秘匿するつもりだから、他人の目のある所で食べたり調理したりはしない。

 それ以外だと、ラッシュブル肉くらいしか手元に残って無いから、牛肉料理を作って行こう。


 定番の牛カツを皮切りに、牛肉コロッケ、ミルフィーユ牛カツも作る。

 これは、薄い牛肉の間にチーズを挟んだ、一度ひとたび食べると中からチーズがトロリとする、病みつきになるヤツだ!

 油の色も悪くなって来たので揚げ物作りはこのくらいにして、残りのラッシュブル肉は薄切りにして、火が通るまで湯通しして水気を切る。お皿に盛った牛肉に大根おろしをたっぷりかけ、ポン酢とネギを散らしたらサッパリ美味しい牛肉おろしができる。

 疲れて食欲がない時にでも食べよう。


 すでに何人前か分からないほど作り、そろそろ解体が終わる頃に、仕上げにステーキを何枚か焼いて出した物を全て片付けた。



「そろそろ解体も終わってるだろうし、肉を引き取りに行こう」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」



 解体場に向かうと、なぜかイングペーデルが待っていた。



「遅かったな?」

「あらやだ、待ったぁ? じゃないでしょ! 何で居るんですか?」


 第一声がそれって?!

 イングペーデルの冗談に、間髪入れず付き合う俺も俺だが……

 俺の対応に笑いながら、会話を続けるイングペーデル。


「はははっ。まあ、いいだろ? 解体は終ってたぞ、そこに用意してある」

「でしたら貰って行きますね。査定書はどこに?」


 指をさされた場所に山積みになっている、クレイジーベアの肉をリュックサックに入れる振りしてアイテムボックスに収納していく。

 もう一つの渡される書類を確認すると……


「オレが預かってる」

「ならください」


「まあ待て、少し話をして行こうや」


 俺に何か聞く事があるようで、その為に待っていたようだ。

 査定書を物質ものじちに、強引に会話をする時間を作り出そうとするイングペーデル。

 話に乗っても良いのだが、それが通じると思われても癪だから、きっちり反撃はしておこう。


「いえ、結構です。出張所の所長が金に目が眩んで、Eランク冒険者が提出した素材の代金を、買い取り代金を出し渋った上に奪い去ったと報告しますから。王都で」


 欲しい物食材は手に入ったし、捨てても良い物査定書で得られる金額は、所持金に対して微々たる物だろ。

 財布に余裕が有り過ぎて、お金と時間なら時間を優先するのは当然だからね。

 王都のギルドなら、ダンジョン支部のワルトナーさんなら協力してくれるだろうし、どうにかすればお金を積めば本部のグランドマスターとも面会くらいは可能だろう。


「待て待て待て待てッ!! それはシャレにならんぞ?!」

「グランドマスターにもダンジョン支部のギルドマスターにも伝手のある相手に喧嘩を売ったのですから、それくらいの覚悟はありますよね?」


 冷静に対応する俺に対し、慌てふためくイングペーデル。

 その姿に更なる追撃を放った。


「頼むから勘弁してくれ!」


 査定書を差し出し、強面に冷や汗がにじみ出したところで、反撃はこの辺りで止めておくかと、おふざけの終了を告げる。


「……まあ、冗談ですけど」

「100%本気だっただろッ?!」


 そうなんですけどっ!


「それで、話って何ですか? 俺はお金よりも時間を優先する男ですよ? 手短にお願いします」


 長話にならないよう、あらかじめ釘を刺しておく。


「話しってのは、先日、ここの裏手に穴掘って捨てられた、お貴族様の坊ちゃんの件だ」

「それが何か?」


「周辺の見てた奴らの証言から、やったのはお前達だと分かってる」

「それで、俺達を捕らえるのですか?」


 貴族の坊ちゃんの件を把握してたのか。それで俺達に目を付け、ボス討伐で実力を確認したかったと?

 まあ、テイムモンスターを連れてるし分かり易い特徴があるから、人違いが起きないほど簡単に特定されるのも無理もない。


「…いや。悪いのはお坊ちゃんの方だからな、ギルドはお前達を捕らえたりはしない」

「そうですか」


 貴族令息を害したと拘束されるのかと思ったけど、事実確認は済んでたのか。っていうか、目撃者が居たのに盗賊として捕らえられていないところが、貴族の権威というか横暴というか、平民に対してやりたい放題だな。


「それよりもだ! 数日前に東の街道の領境付近で、【黒狼の牙】っつう盗賊団が捕らえられた。その時の手口が今回と全く同じでな?」


 すっと目を細めて、じっと俺と目を合わすイングペーデル。

 既に知ってるんだぞといわんばかりに見つめて来る。


「なかなかのご慧眼、恐れ入る。……と、いうとでも思ったか? 俺達が討伐したと自己申告したが、外見だけで判断して警備兵が信じなかっただけだ」

「……そ、そうか。それは災難だな。お前達が盗賊の討伐者として名乗りを上げるか?」


 警備兵の対応を思い出すとため息が出るが、盗賊討伐の実績など、ランクアップへの貢献ポイントが溜まって欲しくないと思うほどどうでも良い。


「それは必要ないです。あっ、そういえば二階層でウルフの上位種と遭遇しました」

「なんだって?! どこで見かけたんだ?! すぐに高ランクパーティーに声を掛けて討伐隊を編成するぞ! 場所を教えてくれ!」


 上位種が群れを成すと巨大な集団となり、その階層を主戦場にしている冒険者パーティーでは太刀打ちできない可能性がある。

 上位種の排除は喫緊の課題となる。


「いや、遭遇して俺達が無事なのだから討伐しましたよ」


 ━━ドサッ!


 証拠を見せろといわれる前に、死骸を出して確認を済ませてもらう。


「こ、これは…。ブレードドールウルフじゃないか?! ウルフ系の上位種の中でも頭一つ抜けて強力な個体じゃないか?!」


 刃物を生やした赤い毛並みのウルフを見て、狼狽するイングペーデル。


 う~ん。

 それよりも強そうな個体のフェロウが、俺の足下にいるんだがな?

 他の冒険者から、目撃証言とか無かったのか?


 いや、目撃した冒険者は、みんな襲撃を受けたのかもしれない。

 奇襲部隊と合わせたら20匹程度の群れになるから、普段4、5匹のウルフと戦ってる冒険者じゃ、到底対処しきれない数になる。

 帰らぬ人となった可能性が高いか。


「これは、いつ倒したんだ?」

「ダンジョン攻略初日だから、昨日の午後ですね」


「昨日から潜って帰って無い冒険者を確認しておくか……。ああ、エル。上位種討伐、感謝する」

「どういたしまして」


「それで、このウルフの素材は売ってくれるのか?」

「無かった事にしようかと」


 これだけイングペーデルが狼狽えたのだから、ギルド貢献ポイントが高く積み立てられてランクアップしそうだから、是非ともお断りしたい。


「待て待て待て! 上位種の素材は滅多に取れない。しかもウルフ系でも強力なヤツで、取れる素材も有益な物が多い!」


 確かにブレードは剣に加工できるし、牙とか爪も何かに使えるのだろう。

 でも、ギルド貢献ポイントを増やしたくない俺は、高値の付く部分ほど売りたく無いのだが?



 イングペーデルの必死の説得もあり、交渉の末、貢献ポイントを付けない代わりに査定額に上乗せする事になった。


「それじゃ、明日の朝受け取りに来てくれ」


 ボスと上位種という激レア素材が手に入ったイングペーデルは、強面の顔のままご機嫌な笑みを浮かべ、俺達が去る姿に手を振っていた。



 ボスの買取査定書は一旦差し戻し、ブレードドールウルフの査定を加算して明日の朝受け取る予定になった。

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