第387話 六つん這いか?
トーアレドと似た構成のダンジョンに懐かしさを感じていたが、そこに油断があったのかもしれない。上位種が率いるウルフ種の群れに、苦戦とまではいわないが、危機に陥る瞬間があった。
そして、三階層ともなれば更に強い魔物が出現する。
より一層気を引き締めて攻略にあたらなければならない。
三階層も他の階層と似通っていて、丘陵地の起伏に青々とした草の絨毯が敷かれ、所々に小さな森や林が散見する。
ここの階層の魔物はフォレストベアだ。ミスティオダンジョンの三階層と同じ構成で、ボス部屋も全く同じボスが出る。
ただし、このダンジョンでサナトスベアの発生は確認されていない。
「それじゃ、きょうはこの階層で野営にして、明日にはボス部屋を攻略するよ!」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」
といっても、三階層の入り口付近で野営はしない。
なぜなら冒険者が意外と来ているからだ。
ミスティオダンジョンだと二階層のラッシュブルで十分稼げるから、三階層のフォレストベアまで冒険者が来ることは限りなく少ない。
ツァッハレートダンジョンの場合、二階層のウルフ種では稼ぎが悪いのだろう、魔石の値段も格段に落ちるし肉も食べられないしね。
ただ、筋肉の鎧に包まれ破壊力が極端に上がり、討伐難易度が桁違い高くなる程度の違いがある。要するに
低ランクは一階層のホーンラビット一択だ。
「少し入り口から離れたところまで移動しよう」
俺の提案にノイフェス達は同意し、冒険者達が来ない場所を探して移動を始めた。
丘陵地に産まれる高低差の死角で、不意打ちを食らわないよう魔力探知はこまめに行おう。
冒険者が警戒を怠るという手抜きをすると、それに支払う代償は自分の命に他ならない。
三階層入り口から見えなくなる場所まで移動し、平坦な場所を探して岩に偽装した野営コンテナを据え置き、本日の野営地とする。
「それじゃ、夕食の準備を始めるか」
といってもダンジョン内の魔物が湧く危険地帯だから、とっとと野営コンテナに入り安全を確保した上で、屋台で買って来た定番といえる肉串などの軽食と、ズワルトのスープやサラダを並べて夕食を済ませた。
翌日を迎え、三階層の攻略を始める。
この階層の魔物はフォレストベア、ミスティオダンジョンにも出る魔物だ。
ここの場合、草原に対して森林の割合が多く、草原だけを選んで先に進むのは、蛇が身体をうねらせて進むが如く迂回するにも時間がかかり過ぎ、狭い草原の道では、森の中で樹木に擬態してるフォレストベアにどこかで近づき過ぎる事になり、いずれ奇襲を受けると思われた。
他の階層のように、シャイフに空からボス部屋を探してもらおう。
「頼んだぞ」
「ピッ!」
『任せて!』とでもいわんばかりに胸を逸らすシャイフの胸元は、鳩胸のように膨らみ、綿毛のようにふわふわで柔らかそうな黒く艶やかな羽毛が、思わずしゃがみ込んで顔を
もふもふの誘惑を振りきり、シャイフが大空に飛び立つのを見送り、こちらはこちらで草原地帯を経由し移動を開始する。
森の中にいたら、戻って来たシャイフに見つけてもらえ無いからね。
茶色と緑のツートンカラーのフォレストベアが、二本足で立ち威嚇するかのように両手を挙げて樹木に擬態しているところを、圧縮棒手裏剣で狙い打ちながら突き進む。
魔力探知で事前に居場所を把握していると、案山子のように動かない的を一撃で屠るから、俺達にとってフォレストベアの階層は、ウルフの階層より危険が少ない。
俺達の……というより、俺の戦闘スタイルにマッチした狩場という事だ。
そこで調子に乗るとブレードドールウルフの戦いのように、己の身に危険が迫るので、こまめに魔力探知を使いフォレストベアの位置を把握し、一定以上の距離に近づけさせない。
油断をしないよう気を引き締めながら、草原を選んで森の隙間を縫うように進むと、ボス部屋を確認したシャイフが戻る。
「ピッ!」
俺の横に降り立ったシャイフは、『あっちにボス部屋があったよ! 褒めて!』といわんばかりに、俺の身体に身を寄せ頭を擦り付けてくる。
ご褒美を与えるように、「よーし、よしよしよしッ!」と撫でまわすと、
うっとりしたように目を細めていた。
ボス部屋までの残りの行程は、進行方向上森に入ろうとも、フォレストベアを片付けながら一直線に進んで行く。
「こいつも普段は解体に出して無いから、アイテムボックスに在庫が溜まって行くな」
ギルドの解体場にも許容量というモノがあって、一日に解体できる魔物の量が、俺が倒して来る量より少ない。どうしても、未解体の在庫を抱える事になる。
警戒しつつ進むと、森を抜けたのか開けた場所に出た。
目の前には白い石を積み上げたような、巨大なドーム状の建造物があり、大きな扉が正面に見えた。
ボス部屋に間違いない!
「小休止してからボス部屋に挑むぞ」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」
アイテムボックスから飲み物を取り出し、一息入れながらフェロウ達を労うように優しく撫でつつ、毎日の
休憩を終え装備を再度点検し、気合を入れ直したところでボス部屋の扉を開く。
ボス部屋の中は地肌が露出している真っ平な地面で、部屋の中央にクレイジーベアが佇み、その取り巻きとして四匹のマッドベアが侵入してきた俺達に対し、「グルルゥゥゥッ」と唸り声をあげていた。
「グワウッ!!」
ボスのクレイジーベアが一鳴きすると、マッドベアが一斉に動き始めた。
丸太のように太い二対の腕と二本の脚で四つん這いになり(六つん這いか?)、二足歩行よりも早い移動速度で、侵入者を排除すべくこちらを目指して迫り来る。
「フェロウ! 応戦だ!」
「わふっ!!」
ドタドタと足音を立てつつ迫りくる取り巻きに、俺とフェロウは両端のマッドベア目掛けて、攻撃魔法を放つ。
俺の圧縮棒手裏剣が右端のマッドベアの鼻面に突き刺さり、爆散効果で頭部が吹き飛び絶命する。
フェロウの雷魔法が青白い閃光と供に左端のマッドベアに突き刺さり、びくりと身体を振るわせたあと足を止め、崩れ落ちるようにうつ伏せに倒れ、ビクッビクッと痙攣したままその場から動かなくなる。
両端の二匹が脱落したところで、残りの二匹を仕留めると、フェロウが「わふわふっ」と、感電したマッドベアを指差すように前足で指し示す。
「もしかして、麻痺してるだけで生きてるのか?」
「わふっ!」
その通りよ!とでもいうかのように、『手加減上手でしょ?』と胸を逸らして得意気な仕草をしていた。白いふわふわした毛並みでやられると、撫でまわしたい誘惑にやられそうになる。可愛い。
マッドベアも美味しい熊肉だから、雷魔法で火が入らないよう、麻痺させる程度に留めたのか?
フェロウも食いしん坊の気持ちが分かるようになったのだろうか?
時折ピクリと痙攣する動かなくなった
取り巻きが片付いたところで、いよいよボス戦だ!
部屋の中央で仁王立ちするクレイジーベアに向き直ると、こちらに襲い掛かるつもりなのか、前足を地に着け、四つ足歩行に切り替えるところだった。
そのまま走り出すのかと思いきや、四つん這いのまま……というより蹲ったまま動かない。
様子を伺っていると背中に白い物が乗り、次の瞬間にはクレイジーベアの頭部がごろりと零れ落ちた。
何事ッ?!
驚愕という色に意識が染まり、クレイジーベアの首が落ちた事でボス戦の終了をダンジョンが告げるかの如く、宝珠が幾つか降り注ぐ。
その様子を認識した事で、ボス戦の終結をようやく理解した。
どういう事態が起きたのか確認するため、クレイジーベアの死骸に近づくと、背中の白い物はマーヴィだった。
最後にボスを倒した物だから、まるで征服者のように誇らしげな表情を浮かべ、クレイジーベアの背中に立っていた。
俺とフェロウがマッドベアを倒してる間に、こっそりとクレイジーベアの背後に忍び寄ったマーヴィが、仁王立ちを支えている両足首をスパッと切り落とし、姿勢が保てなくなり四つん這いになったようだ。
そこで背中に上り、またもや首をすっぱり切り落としたという流れのようだ。
フォレストベアだと遠距離攻撃で仕留めるから、出番が無くて鬱憤でも溜まっていたのだろうか?
マーヴィの八つ当たりで倒されるダンジョンボスって……
ちょっと同情心が湧くがそれもほんの僅かな時間のこと、あっという間にそんな気持ちは薄れ、あとで美味しくいただくためにアイテムボックスに収納し、宝珠とダンジョンコアの回収にボス部屋の内部を捜索する。
魔力探知を使い、反応のあったところへ足を運ぶと、足がたくさん生えた虫がボス部屋の壁を這いずってた。
「百足に擬態か? 魔物にも居たよな? 王子様が追いかけられてた奴だ」
ダンジョンコアの擬態した姿に学生時代の研修を思い出し、百足の群れに追われている王子様を助けるため、ラナと一緒に巨大な群れを倒していたのを、懐かしい気持ちと共に思い出していた。
本来の虫と違い、ダンジョンコアだから素早く移動などできるはずもなく、アイテムボックスにあった棒状の物という事で、鞘に収まった
ツァッハレートダンジョンに来た目的を果たしたので、ボス部屋を後にし三階層の入り口を目指す。
行きと同じルートを辿る事でフォレストベアとの遭遇を減らすため、シャイフと合流した地点を目指し移動する。
予想通り順調に進み、その先は入り口までフォレストベアを蹴散らしながら一直線に進み、昼過ぎにはダンジョンカードで外に出れた。
その足でギルド出張所に足を向け、ダンジョンの入退場の確認に向かう。
ギルドに入ると昼過ぎという時間帯もあって、暇を持て余してた
「空いてるからこっちにこい!」
相変わらず男臭いというかむさ苦しい受付だよな。と思いつつ、ナンバーワン
「おう、無事戻ったか。心配してたんだ、どこまで行けた?」
「ボスを倒してきましたよ」
「………、はっ?!」
ナンバーワン
ギルドロビーの静まり返った空間の中で、彼の時間だけが周囲に置き去りにされたかのように停止していた。
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