第385話 あんなEランク居たか?

 真夜中の訪問者を無視した翌朝。



「おはよう」

「おはようございますデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」



 目が覚めた俺は、灯火ライトの生活魔法で室内を照らし、みんなに挨拶し起床を知らせる。

 睡眠が要らない人には、これから活動する時間になるとこちらから知らせないといけない。

 起き出した皆に、目覚めの一発!

 浄化クリーンの魔法を掛けて、爽やかな気分で朝を迎えてもらう。



「サンダ、卵を貰うよ」

「ココッ」



 俺の問いかけに鳴き声で返事をし、寝ていた場所から退き卵を晒した。


 サンダの寝床に産み落とされたまだ温かい二個の卵を手に取り、サルモネラ菌対策に浄化クリーンで殺菌してからボウルに割り入れ、アイテムボックスに収納する。

 コッコは単為生殖が可能で、サンダの産み落とした卵は生き物に該当する為、アイテムボックスに収納できなくなる。

 この処理をしなければ、生卵を持ち歩く事になるし凄く邪魔だ。



「よし、朝食を済ませよう」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」



 屋台で用意した肉串とズワルトの作ったスープの残りに加え、生クリーム作りで残った牛乳を食事に合わせる。

 フェロウ達はいつも通りホットドッグを用意した。


 手早く朝食を済ませ、顔に目掛けて浄化クリーンを施し歯磨き代わりとする。

 その後は冒険者装備に身を包み、ダンジョン攻略に向け準備を整える。


 昨夜はいつもより早寝をし、野営コンテナの中では外の明るさは分からないけど恐らく早朝、他の冒険者もそろそろ起き出す時間だろう。


 周辺に野営している人が多いから、魔力探知で魔物の捜索は無理だと判断し、フェロウの鼻で外に出ても大丈夫か確認する。



「フェロウ、外に出ても大丈夫か?」

「わふわふっ」



 私に任せて!とでもいうかのように、フンフンと話しを鳴らしながら扉側に顔を向けている姿を見ると、大丈夫そうな顔してたから野営コンテナの閂を外し扉を開け放ち颯爽と外へ出る。

 全員が外に出たところで野営コンテナを片付けた。






 ???side




 近くでじっと観察をしていた不寝番と思しき人物が、その姿を見て動き出した。



「坊ちゃん、起きてください! あの小屋の主が出て来ましたよ!」

「ん、ん~? まだ早くないか?」



 不寝番が、一人用にしては少し大き目のテントの中の人物に声掛けをしていると、中から気怠そうな声音で、若い男が寝ぼけたような返事をしていた。



「寝ぼけてないで起きてください、監視してた小屋に動きがあります!」

「ああ、分かった分かった、ふぁ~…あふ」



 再度呼び掛けるも、テントの中の人物の意識は微睡んだままのようだが、別のテントから仲間と思しき冒険者が起き出して来たようだ。



「おう、起きたか。オレは坊ちゃんを起こすから、お前はあいつ等を監視しててくれ」

「…分かった」



 そう指示を出した男は言葉数の少ない男に監視を任せ、テントの中に入りしばらくすると中の人物を起こし、装備を整えるでもなくテントの外へと連れ出した。



「それで、どこに行った?」

「…あっちだ」



 言葉数の少ない男に声を掛け指し示す方角を見ると、先ほど小屋から出て来た人物を認め、方角からしてギルド出張所に向かっていると判断した。

 ダンジョンに入られてから下手な声掛けをすると、問答無用で攻撃を受ける可能性がある。声を掛けるならダンジョンに入られる前にしなければならない。

 不寝番の男は、一人用のテントの人物に急かすように声を掛けた。



「あれか…、坊ちゃん、急ぎませんと逃げられますよ!」

「分かった、どこに向かえばいい?」

「こちらです!」



 坊ちゃんと呼ばれた人物はすっかり目が覚めたようで、寝起きのせいか鎧は装着していないが、その下に来ている服は見るからに仕立ての良い服を着ており、貴族の令息か商家の子息といった雰囲気だ。



「…テントは?」

「それは後だ! いや、お前が残って片付けてくれ!」



 小屋の持ち主を追いかけようとするが、出足を挫くかのように言葉数の少ない男がテントの心配を始めた。

 全員で移動する予定だったが、言葉数の少ない男にテントは任せ、坊ちゃんと二人で先を急ぐ。







 エルside






 冒険者が野営する空間を指定してあるなら、通路も指定しておいてほしいものだと思いながら、雑多に張られたテントの隙間を縫うように進む。

 不寝番を警戒させたり、寝てる連中を起こさないようにと、静かに歩こうと気を使いながら進むと、普段よりも歩く速度が一気に落ちる。


 ギルドの建物が見えてくると、視界の先で野営のテントが途切れているのが見えた。


 建物の近辺はテントを張らないよう、ギルドから指導でもされてるのか?


 しばらく進み、テントが途切れところに到達すると、テントが張られて無い理由が分かった。

 建物の裏手が搬入口とか資材運搬の通路になっているようで、荷車や馬車がすれ違える十分な空間を確保するため、通路代わりの空白地だった。


 荷車を引いてる人がいたから、それでようやく理解できた。


 街の外だというのに、ダンジョンならではの暗黙の了解ルールがあるのだと理解した。

 ギルド職員も暗黙の了解ルールについて、詳しく説明してくれる訳じゃ無いみたいだし、あまり長居すると、知らない内に暗黙の了解ルールを破ったとして責任を負いそうだな。


 なるべく短期間の滞在にしようと考えていると、俺達に駆け寄る足音が聞こえ、声を掛けられた。



「そこのメイドを連れたテイマー、待ってくれ!」



 俺達に向けられた台詞だと思うが、テイマー呼ばわりされたのは初めてだな。

 まあ、これ見よがしにフェロウ達を連れていたら、テイマー呼びされるのも当然か。

 むしろ、いままでお嬢ちゃん呼ばわりされていたのは何だったのかと、小一時間詰め寄りたい。


 振り返ると、年のころは成人前後といった、子供らしさが抜けていない丸みのある顔立ちをした、貴族か商会の息子といった風体の人物が、息を切らせながら立っていた。

 そのすぐ後ろには、革鎧に身を包んだ冒険者風の装いをした男が、従僕のように控えている。

 どうやら、声を掛けた主は従僕の方で、こちらは体力があるようで息を整えるでもなく涼しい顔をして佇んでいた。



「何か用ですか?」

「ああ、少し待ってくれ。坊ちゃん、どうぞ」



 俺との会話を坊ちゃんとやらに譲った従僕らしき男は一歩下がり、その場を坊ちゃんに譲り、直立不動で控えている。


 明らかに、貴族の家で働いた経験がありそうな、凛とした佇まいを見せた。



「うむ、そこな冒険者。僕はティスタバーノ男爵家四男、ウバウル! 昨夜使ってた小屋を僕に譲れ。あれは平民には勿体ない、僕が使うに相応しい」



 平民はウバウル坊ちゃんの……いや、男爵令息の言葉に従うのが当然だとでもいうが如く、尊大な態度で俺達に言い放っていた。

 その態度に辟易しつつ、ここは街の外だし、身分がどうあれ盗賊行為を働く連中に慈悲は無い。だが一応話し合いの最中だし、返事は決まってるがもうしばらく様子見をする。



「お断りします」



 野営コンテナを強請る相手にお決まりの台詞を返し、相手の反応を伺う。



「何もいきなり断らなくてもいいじゃないですか。譲っていただけるなら代金をお支払い致します」

「そうですか……。以前、ビッケンバーグ子爵家令息トシュテン様と契約した金額で良ければ応じます」



 即決した断りの台詞に、流石の従僕も口を挟まざるを得ず、ウバウル坊ちゃんの代わりに購入する意思を示した。

 売る気は全く無かったが、一度販売した金額と同等なら譲ってやっても構わない。もちろん即金での支払が必須だ。

 羽毛布団の在庫に乏しいから、新しく野営コンテナを作り直すと、新たに布団を買って来ないと足りなくなるから、本音としては断りたい。



「ふははっ。素直でよいぞ平民!」



 金額を聞く前から野営コンテナが手に入ったかのように、喜びの感情に沸き立つウバウル。


 嬉しそうにするのは構わないが、代金が支払われない限り野営コンテナは渡さないぞ?



「坊ちゃん、金額を確認する前に契約してはなりません!」

「おっ? そうか。代金はいくらだ?」



 二人は冷静に販売金額の確認をしてくる。

 リュックサックから取り出す振りをして、トシュテンとの契約書を取り出し金額を読み上げる。



「金貨127,276枚です」

「「なっ(なんだと)?!」」



 とても野営コンテナを一つ購入する金額とは思えないほど膨大な金額に、ウバウルと従僕は驚きを隠せない。



「何故その様に法外な金額なのですか?」

「そうだ! 支払える訳が無いだろう!」


「俺は契約したと申し上げましたよ。ビッケンバーグ子爵家から代金はいただいております」

「待て! そんな無茶な金額には応じられない。せいぜい金貨数枚といったところだろ! それをやるから小屋を寄越せ!」



 学生時代の出来事で、王家と学院が間に入ってお金は受け取っているが、王家がビッケンバーグ子爵家からどうやって回収したかまでは知らない。

 感知する気も起きないほど、ビッケンバーグ子爵家の末路に、一ミリも興味は無い。

 だが、実際に契約が成立し履行されたという実績がある以上、同じような条件で契約しなければ、先に支払いを済ませた子爵家が割を食う。

 市場での需要が下がり供給が増えたのなら、価格を下げるのも同意できるが、そうで無いなら同額どころか値上げもあるくらいだ。

 ましてや、どこの馬の骨とも知らない貴族令息の冒険者らしき輩に、値下げ交渉に応じるような関係性は無い。


 ウバウル坊ちゃんが騒ぎ立てるから、周辺の冒険者も何事かと、野次馬のように集まり始めた。



「金の無い奴と話してるほど暇じゃない。これ以上用が無いなら行かせてもらう」



 ノイフェスやフェロウ達を連れてその場を立ち去ろうとすると、思い通りにならず癇癪を起したウバウル坊ちゃんが、致命的な台詞を口にする事となる。



「待て! お前達のランクを教えろ!」



 わざわざ教える必要は無いが、ギルド出張所で入場の手続きをする際近くに立たれたら、俺達のランクは判明するだろう。

 隠すような事でも無いから、正直に教えてやる。



「俺達は二人ともEランクだ」


「低ランクの雑魚か! バレストンはBランクだったな?」

「……はい」

「痛めつけて小屋を取り上げろ!」

「……」



 俺達を底辺の強さだと思い、盗賊の如く野営コンテナを奪う算段らしい。

 流石に良心が咎めるのか、最後の台詞に返事をする事も無く、シャラリと得物を抜き放つ。



「坊ちゃんの命令ですのでお覚悟を。命は奪わないでおきますが、できる限り早めに小屋をお出しください」



 バスタードソードを正眼に構え、無造作に歩いて距離を詰めて来るバレストン。

 すかさずノイフェスが背中のリュックに手を伸ばし、素早く武器を抜く振りをして、内蔵のマジックバッグから魔法剣を構え起動した。

 目にもとまらぬ速さで抜き、小枝のように魔法剣を振り回すノイフェス。

 それを見たバレストンはピクリと眉を上げ、一瞬の驚きののち足を止め、武器の性能差とその膂力に警戒し、慎重に歩み始めた。


 俺もウバウル坊ちゃんと似たような編成と思われたのだろう。

 力の無い金持ちの令息と、護衛を兼ねた従僕(メイド)。

 小屋を持っていたり、護衛ノイフェスに魔法剣を持たせられる資金力。

 Eランクが相手と侮っていたのを改め、集中力を高めノイフェスの一挙手一投足に注視するバレストン。

 剣を抜き放ち向かい合う二人の間に、一気に緊張感が高まる。



「俺を忘れては困る」



 だが思い出して欲しい。

 ここはダンジョン前の野営地で、ダンジョンに入るにはDランク以上が必要になる。

 女神カードの表記はEランクであっても、戦闘評価という見えない戦闘力がDランク以上だという事を!


 バレストンの意識がノイフェスに集中している間に、小声で「女神フェルミエーナ様に感謝を」と魔力を起動するをして、俺の事を全く警戒せずに意識の外に追いやったバレストンに、土魔法で不意打ちを食らわせる。


 ━━ドスッ!!



「うげぇー…ッ?!」



 球体の土魔法の直撃を鳩尾に受けたバレストンは、意識外からの強烈な一撃を受け、胃液がこみ上げたようで、口の端から黄色い液体が零れ落ちている。



「強めに放ったけど、防具で意識は刈り取れなかったか…」



 流石に身体を突き抜ける程の威力を出す訳に行かず(貫通して野次馬に被害が出ないように配慮した)、ほどほどに手加減した一撃では、決定打とはならなかった。

 ギリギリ倒れ無い程度のダメージを受け、悶絶しているバレストンに向け手足を拘束するように土魔法を掛ける。ついでにウバウル坊ちゃんにも球体の土魔法を放ち意識を刈り取り、同様に手足を土魔法で拘束した。

 バレストンの敗北が信じられなかったのか、呆気に取られた隙を狙っての拘束だから、何の抵抗も無くあっさりと捕らえる事に成功した。


 ウバウル坊ちゃんへの球体の土魔法は要らなかったな……



「Bランクっつってたのに、何も出来ずにEランクにあっさりと負けたぞ」

「あんなEランク居たか?」

「ダンジョンに来てるんだ、少なくともDランク以上の戦闘力はあるだろうよ」



 野次馬が好き勝手に感想を述べるのを聞き流し、土魔法で棺桶二個分の2メートルほどの深さの穴を作り、ノイフェスが二人を放り込んで処理を終えた。


 荷車の通路かもしれないが、空白地に穴を空けた文句は、盗賊紛いの二人に言ってもらおう。



 その場を後にし、ギルド出張所でダンジョン入場の申請を行いに歩き出す。

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