第384話 解体場はどこですか?

 興味が無さ過ぎて盗賊の顛末を聞きそびれたが、騎士団が動いているなら冒険者ギルドでは情報が少ないだろうと思い直し、余計な事を聞いて時間を費やさずに済んだと前向きにとらえる事にした。


 領都ツァッハレートを出発してそろそろ半日になろうかという頃、街道の先にはまるでスラムのような建物の群れが現れ、都市計画もへったくれも無いように、無秩序に建物が並んでいた。

 街のように周囲が壁に囲われて居たり、門番が立っていたりはせず、誰もが自由に出入りできるような、街とも村とも言えないような不思議な集落ができていた。


 雑多な造りの建物が立ち並ぶ中を歩くと、薄汚れたスラムのような雰囲気を感じられ、若干怪し気な路地に迷い込んだような錯覚を覚える。

 おまけに真昼間だというのに人気も少なく、まるでゴーストタウンのような静けさも感じている。ちょっとした恐怖体験でもしているかのようだ。

 建物自体は少なく、少し歩くとひと際立派な建物が見えた。建物に打ち付けられた看板から、冒険者ギルドの出張所だと確認でき、その少し先には空間の裂け目のようなダンジョンの入り口もあった。

 いつものダンジョン前にある猟師小屋のような小さな出張所と違い、街にある冒険者ギルド並みの建物が立てられていた。出張所というより支部といってもいい程の規模で、しっかりとした設備も整っていそうな印象だ。


 実際に建物に入ってみると街のギルドロビーと大差なく、受付カウンターにもしっかりと人員が配置されていた。



 ……おっさんばかりだけど。



 右から左まで受付カウンターには受付嬢ならぬ受付俠うけつけきょうとでもいうべき、むくつけき漢共の展示会がなされている。



 敢えてもう一度言おう、おっさんばかりだけどッ!!



 それもそのはず、ここは街の外だ。

 魔物に盗賊、魔物氾濫スタンピードと、危険が危ないダンジョン前出張所で、明らかに非戦闘員の女性ギルド職員なんて安全を無視した配置をするはずが無い。

 恐らく冒険者を引退した人達を雇って教育し、万が一の為にも自衛能力のあるギルド職員が配置されたのだろう。


 ……お前等、計算とか任せて大丈夫か?

 依頼書の処理ができるのか?

 それより…、誰よりも真っ先に、冒険者と喧嘩するんじゃないだろうか?


 物理的な頼もしさはあるけど、別の理由で不安を募らせる。



「おう、冒険者か? 初めて見る顔だな。ダンジョンに入るなら入場料なんかの処理はここで済ませとけ」



 受け付けの中でもトップクラスに強面の受付俠が、目ざとく俺に声を掛けて来た。彼は頬から顎にかけて傷があり、眉が途切れるように左目にかけて切られたような跡もある。頭に歴戦の何々と付きそうな顔立ちで、更に筋肉質で大柄な身体が威圧感を与えている。周囲にいる受付俠と見比べてもナンバーワンの受付俠だな。


 もちろん、一番迫力があるという意味で!



「こんにちは、ダンジョンに入りたいので手続きをお願いします」

「お前達、ひょろっこいけどランクは大丈夫なのか?」



 またもや見た目で……いや、筋肉で判断されたようだ。



 受付俠の判断基準ッ!!



「女神カードで確認してください」

「おう、預かるぜ。入場料は二人で2,000ゴルドな」



 俺とノイフェスは女神カードを手渡し、大銅貨2枚を受付カウンターに置いた。

 受け取った受付俠は、冒険者ランクが記載されている箇所に素早く視線を走らせ目を細める。



「って二人ともEランクじゃねーか?! ……いや、戦闘評価はD以上か……。テイムモンスターもいるみてぇだし問題無いな。気を付けて行ってこい!」

「その前に聞きたいんですが、ここは解体や素材の買取、それに依頼なんかもやってますか?」


「ああ、お前達は初めてだったな。裏の建物で解体もやってるし素材の買取も行ってる。依頼もあるが、大半は肉か魔石の納品だ。護衛依頼もあるが、すぐそこの街まで素材運搬の護衛とあって、依頼料はしれてるがな。あとは……、ここの主張所は酒場も併設してるくらいだな。酔っ払った冒険者が暴れても、ものともしない連中ギルド職員が揃ってる」

「(それは……、すごく頼もしいね。いや、ギルド職員が酔っ払ったときはどうするんだ?)」



 疑問は尽きないダンジョン前の出張所だが、街と同等の機能を有しているようだ。



「くれぐれも伝えておくが、すぐ傍の商会に素材は卸すな。ギルドより高い買取かもしれねえが、税金関係が面倒になるぞ」



 カウンターから前のめりになり、しっかりと忠告するように真剣な表情で説明を始める受付侠。

 詳しく聞くと、ここは街の外だから現地で直接冒険者から買い取る事は往々にしてあるし、普通に商売として成立するが、領地内での商業権を与えられた商会では、利益を上げれば税金の問題が付きまとう。

 実のところ、商会が税金を支払っているか不明だが、冒険者ギルドを通さず利益を得た冒険者は、取引に応じて税金の支払い義務が発生する。過去の取り引きに渡って税金を徴収されるような事態に陥れば、払いきれず借金奴隷に落ちる冒険者が多発する。

 いまは領主が見てない振りをしているが、本来の状態に修正された場合を鑑みて、冒険者ギルドを利用するよう指導している最中らしい。


 いろいろ聞いたが、ギルドで解体を頼む俺達には関係の無い話が多かったな。


 むしろ、第一印象の受付業務が不安になっていた面を、一気にひっくり返すほど丁寧な対応だと思った。



 ギャップって怖い。



「気を付けて行ってこい」

「行ってきます」

「行ってきますデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」



 冒険者ギルド出張所を後にし、すぐ近くの空間の裂け目、ダンジョンへと突入した。


 ダンジョンに入るとこの辺りの地形と同様に、起伏に富んだ地形になっており、青々とした下草の生えた足元に、周辺には所々小さな林が見受けられる。


 雑多な建物が並ぶダンジョン前とまるで違う世界に、どこか牧歌的な雰囲気を感じていた。

 魔物が跋扈する危険地帯であることを思い出し、気を引き締め直して魔力探知で周辺を探る。


 地形の起伏で見渡し難いが、そこかしこに冒険者がいるようで、魔力探知で調べた魔力が5個前後固まってる方角を避け、単独行動してる魔力に向かって歩き始める。

 事前に入手した情報で、1層目はホーンラビットが出る階層と判明しており、トーアレドで初めて戦った時を思い出し、改めて注意力を高めて移動する。


 ちょうど高い位置から見下ろすような位置に立ち、ホーンラビットの姿を視界に納める。こちらの存在に気付いていないようで、すっかり油断した姿を晒していた。

 魔法の有効射程に入るまで移動し、先制攻撃で不意を付けそうだ。



「ここから狙うよ。大人しくしていてね」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」



 周囲に他の冒険者が居ないのを再確認し、魔力の起動句を詠唱せずに魔力操作で土魔法を発動させる。


 ━━ドスッ!


 棒手裏剣の土魔法を銃弾のように音速に達する速度で飛ばし、一瞬ピクリと耳を立てたホーンラビットが、飛来する棒手裏剣に気付くも、瞬時に身体を動かして回避行動を取る暇も無く、棒手裏剣が頭部に突き刺さりあっけなく絶命していた。


 トーアレドで命からがら回避して、土魔法の反撃でようやく倒していた頃に比べたら、俺も成長したなと、自画自賛もさることながら喜びを噛みしめていた。


 倒したホーンラビットをアイテムボックスに回収し、他にも3匹倒したが冒険者がそこそこ居たからあまり効率良く狩れず、早めにダンジョンを出る事にした。



 ダンジョンから出ると陰鬱とした雰囲気の建物に囲まれ、開放的だった空間から一転、心の落差を感じてしまう。

 気を取り直して冒険者ギルド出張所に入り、空いてる受付にダンジョンからの帰還を伝えた。



「無事で何よりだな。成果はどうだった?」

「ホーンラビットを4匹狩りました、解体場はどこですか?」



 気安く話しかけて来た受付侠から場所を聞き出し、建物を出て裏手に回った。



「ここで解体してるみたいだ、こんにちは~」



 解体場の作業員は昼寝でもしてたのか、何度か呼び掛けてようやく姿を見せた。



「おう、なんか用か?」

「ホーンラビットの解体と買い取りをお願いします」


「そうか、見せてみろっ」



 寝ぐせの付いた頭をぐしぐしと掻きながら出て来たギルド職員は、俺の出したホーンラビットを見て「一撃で仕留めたか、良い腕してるな」と感想を述べ、「損傷が少ないから最高値が付きそうだ」と呟きながら査定を始めた。



「解体後ならもう少し細かいところまで調査すれば、より高値が付くかもしれんが……、査定額は1万5千ゴルド。4匹で6万ゴルドだな」

「それで構いません」



 ギルドが混み出す前に清算をしたかった俺は、査定額が書かれた獣皮紙を受け取り、さっさと清算を済ませて野営地へと向かった。



 ダンジョンの所在は街の外といえども、ある程度のルールはある。

 便利なところが一等地のようなもので、ダンジョンの目の前が公共施設の冒険者ギルド出張所が立っている。

 その周辺に金にものを言わせた商会が倉庫兼買取所を建築し、さらにその周囲に大型テントが設営されている。このテントは調理場になっており、所謂屋台のように温かい食事の提供をしている。保存食ばかりに辟易した冒険者には、手軽で評判の良いお食事処となっていた。


 ギルド出張所に併設している酒場のライバル店だな。


 領主の許可が無い事からダンジョン周辺には宿は無く、いくら金を持っていようが、自分が用意したテントでの野営を余儀なくされている。

 もちろんギルド職員などの、建物がある連中はしっかりベッドで寝てるらしい。


 そして、街道から遠い側にテントが立ち並び、冒険者達が野営をしている。それもランクの高い順に近場に陣取り、俺達Eランク冒険者はダンジョンから一番離れた場所に設営する事になる。



 そんな訳で、設営しっぱなしのテントが途切れた辺りから更に距離を取って、セーフゾーン用の長方形の野営コンテナを設置する。


 周囲の関心を引かないためにも土魔法の土台に設営済みのテントを出した方が良いのだが、ノイフェスを狙う輩から守る為だったり、俺の安眠の為にも野営コンテナを使うのは仕方がないのだ。



 野営コンテナの扉の前にテーブルセットを取り出し、IHコンロの魔道具などの調理器具も出して夕食の支度を始める。

 寸胴に水を注ぎ昨日ノイフェスが打ったうどんを茹で、その間に玉ねぎにんじんキャベツとラッシュブル肉を切りフライパンで炒めて行く。

 火が通ったところで茹で上がったうどん玉とキャベツを投入し、醤油酒お砂糖を投入し味を調える。

 香ばしく焼けた醤油の香りが一帯に広がり、その匂いが暴力的なほど胃袋を刺激する。

 腸の働きが活発になったようで「キュー…」とお腹が鳴り始める。


 ささっと炒めたところで皿に盛り付け、削り節と彩にネギを散らして完成だ。



「さあ、食事にしよう!」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」



 俺とノイフェスは焼うどん、フェロウ達には屋台で買ったホットドッグを用意し、いただきますの唱和を済ませて食事にした。


 腹の虫が鳴るほど焼うどんを待ち焦がれてた俺は、箸で一掴みしてすすり上げると、焦がし醤油と削り節の強い香りが鼻から抜け、もちもちとした食感とツルツルとした喉ごし、そこにラッシュブル肉の甘い脂と旨味が絡み合い、混然一体となって美味しさをより引き立てていた。

 しんなりとした玉ねぎの甘さや、後から入れたキャベツのシャキシャキとした食感も、いい塩梅となって食事を楽しませてくれる。


(うどんといえば定番は豚肉だが、牛肉を合わせてもなかなかいける!)


 調理中から思っていたが、焦がし醤油の香りが広がったせいで、周囲の視線が集まっていた。

 ここで野営するのは低ランク冒険者達。食堂に行ける金も無く、保存食を齧りながらダンジョンに向かう連中だ。羨ましそうに俺達の食事風景を眺めていた。


 稼げるようになったら、自分の甲斐性で美味い飯でも食ってくれ!



 手早く食事を済ませた俺達は周囲の視線から逃れるように、荷物を片付け野営コンテナに引きこもった。


 少し離れた場所にコンテナを設置したから、声を掛けて来る冒険者が居なくて良かった。先ほど食事で使った調理器具と食器を改めて取り出し、浄化クリーンをかけて清潔な状態で収納し直した。

 明日のダンジョン攻略に備えてゆっくりしよう。



 そろそろ日も暮れて夜も更けたという時間に、野営コンテナの扉を叩く音がした。



(こんな時間に非常識だし、魔物の襲来を告げるにしても冒険者だから自己責任だろ)



 トラブルの呼び声にしか聞こえないので、「ここを開けろ!」という声も無視してさっさと布団をかぶって寝る事にした。

 睡眠前は空になるまで魔力放出するから戦闘力無くなるし、気絶するように入眠するから扉を叩く音が五月蠅くても気にならない。



 睡眠が必要ないお仲間には悪いけど、一足先におやすみなさい。



 意識を手放し、夢の中へと旅立った。

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