第383話 き、貴族家の使いですか?
翌朝を迎え、全員に
いつも通りのようだが、きょうは宿泊してる宿が違う。
ベネケルト伯爵領領都ツァッハレートにある高級宿、【そよ風の高原亭】に宿泊している。
落ち着いて見ると、宿に揃えられてる調度品も格式が高そうな中にも品があり、計算しつくされた配置から、安らぎすら覚える。
それに、安全性を確保する為、夜でも廊下には灯りの魔道具で煌々と照らされ、人の本能として潜在的に不安にさせる、暗闇などはどこにも存在しなかった。
安宿には無い気配りが、高級宿の底力を見せつけられたようだ。
朝食は簡単な物が出て来たが、パンは焼き立てでまだぬくもりが感じられたし、サラダには油をベースにしたドレッシングがかけられ、野菜に合うよう味付けにも工夫が感じられていた。
簡単な食事だったが美味しかったって事だ。
複雑にスパイスが配合されたソースから、使用されてる素材が俺の舌で特定できるはずも無く、食材に合うとか美味しいとかを判断するくらいしかできない。
まあ、美味しい物を作る調理法を教え、プロの料理人に更に美味しく仕上げてもらい、世界中に美味しい物を広めるのが俺個人がこの世界でやりたい事の一つだ。
「それじゃ、街に繰り出し食料調達だ!」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」
歩き出す俺の隣にノイフェスが立ち、足元でフェロウ達が先に歩いたり後ろをついて回ったりと、楽しそうに尻尾を振りながら歩いている。マーヴィはリラックスしたように、尻尾を天高く突き出してる。最近のサンダはフェロウを乗り物のように扱って、背中に乗って移動する事が多い。
少しずつ成長しているから、乗り心地が良い方向に変化したのだろうか?
宿の受け付けで、事前に市場と併設した屋台広場の場所を確認してあるから、教えられた道順に従って、この街の市場へと買い物に繰り出す。
主な買い物は食材に軽食だ。
この街では近くにダンジョンがあるから肉には困らない。
港町を保有するベッテンドルフ伯爵領のように、豚を飼育するなどの畜産には手を出しておらず、ダンジョンから得られる物で産業を成り立たせている。もちろん主食の穀物や野菜は、周辺の村で育てている。
商業の街とそれを支える周辺の村という関係は、どこの街でも見かける光景だ。
朝から軽食を販売してる店は、ホットドッグの屋台と冒険者メシの屋台、それに果実水を販売する屋台くらいしか営業してないが、市場の方は既に商売を始めていた。
個人商店というか、農村の作物を代表して販売に来てる農夫などが、野菜や果物の販売を始めていた。
「美味しそうな野菜だね、これいくら?」
「新鮮だから美味しいよ! 三つで銅貨1枚だ! お嬢ちゃんはお使いかい? 二人とも美人だから特別に四つで銅貨1枚でいいよ!!」
そんな会話をしながら、せっかくのおまけだからとわざわざ訂正せず、景気良く売り文句を並べる露店のおじさんに、夢を見させたまま買い物を済ませる。
そんなおじさんには役得とばかりに、ノイフェスにお金を預けて支払いを済ませる事で、おじさんが鼻の下を伸ばしながら手を握り、嬉しそうにお金を受け取っている。
いつものように店に迷惑を掛けない程度に買い占めて行き、市場を一周した頃には屋台広場で開店する店もちらほらと現れた。
市場と同様に、肉串や果実水、焼き立てパンなどのすぐ食べられる物ばかりを、買い占めるかの如く買い漁って行った。
昼時も近づき買った物で昼食を済ませ、その後は食料品を扱ってるそこらの商店に入って、小麦粉などの穀物類を仕入れる。
俺個人で結構な量を注文するものだから、転売を疑われて怪しい人物を見るような眼差しで、疑われ気味に仕入れを済ませた。
ダンジョンに向かう前に当面の食料調達を済ませた俺達は、宿に戻り次の仕込みを始めた。
「それじゃ、ノイフェスは小麦粉を水と塩で練って、うどんの生地を作って」
「ラジャーデス」
美味しいうどんの生地を作るには、生地を練った後寝かせて踏む作業が必要になる。
ノイフェスの本来の体重が、ここで生かされるはずだ!
まあ、踏み過ぎるとうどんが硬くなるので、ちょうどいいバランスを見極める必要があるけどね。
俺は小麦粉に卵を入れて、パスタ生地作りをする。
作業工程が似てるから、ノイフェスに指示出しながら作業しやすいと思ったのだ。
リートンさんのお店でパスタの乾麺も売ってたから、トマトソースと一緒に買ってアイテムボックスに収納してあるけど、なんだか生めんの気分だったんだよね。
野営中に食べる予定だから、パスタやうどんの気分になったら調理するつもりだ。
流石に知らない宿の客室で、匂いが出そうな料理作りをする気は起きない。
部屋の清掃が必要ですと、追加料金を取られたくないしね!
そんな感じで、ダンジョン攻略に向けての準備を済ませ、翌朝、宿の食堂で食事を取っていると、商人たちが会話する声が耳に届き、その中で気になる台詞が聞こえたから耳を澄ませる事にした。
「王都との領境を縄張りにする盗賊団が、冒険者達の手によって捕らえられたそうですよ」
「お宅も耳が早いですね、盗賊団【黒狼の牙】を商隊の護衛についていたDランクパーティー【渦巻く爆炎】が討伐したと噂になってますね」
「なんでも、盗賊の頭目は反抗的な者には指を切り落とし痛めつける事から、断指のジャンジャックと呼ばれるAランク賞金首という、凶悪な犯罪者ですよ。その頭目が持ってた魔法武器を、【渦巻く爆炎】が持ち帰ったのが証拠だと聞きました」
「【渦巻く爆炎】は将来有望なパーティーですね。次から指名依頼を出して護衛を頼みましょうか」
「はっはっは、先を越される前に私も依頼を出しますかな。それよりも騎士団が捕縛した盗賊の移送のために、護送馬車を出発させたそうですよ」
「尋問で盗賊の塒を聞き出し、ため込んだお宝を接収するのでしょう。それらの下取りに名乗りを開ければ、儲け話になりそうですね」
「それだけでなく、街道の安全が確保されたなら、流通する商品にも目を向けないと、商機を失うかもしれませんね」
聞き耳を立てる魔道具を起動して聞こえた内容は、大体こんな感じだった。
それにしても、DランクパーティーがAランク賞金首を倒した事になって、後々困った事になっても知った事じゃないな。
それに見合う実力を磨いてくれればいい話で、手柄の横取りに走った、【渦巻く爆炎】の選んだ道だ。
盗賊の確認に騎士団が早馬を走らせたのだろうけど、一日で往復してくるとはウォーホースでも使ったのかな?
それだけ本気で調査に乗り出したともいえるから、【黒狼の牙】とかいう盗賊団は、関係者を含めて一網打尽に捕らえられ、街には平和が訪れるだろう。
盗賊を倒した時の武器は街道脇に山積みにして放置したから、魔法武器を持ってたなんて全く気付かなく勿体ない気がする。
いっても詮無い事だけど、面倒臭がらず確り確認すれば良かった。
いや、あんなに油断してあっさり片付く盗賊が、Aランク賞金首だなんて思う訳が無いじゃん!
だって、あり得ないくらい弱すぎたんだものっ!!
俺からしてみると、Aランク賞金首というのも眉唾にしか思えないのだが、商人達の会話から想像するに、実力はともかく、残忍な性格だから危険視されていたといったところか。
商人達の会話から情報を得た俺は、盗賊討伐が俺達の実績にならない事にほくそ笑みながら、冒険者ギルドの門を叩く。
いや、実際に叩いた訳じゃ無く、普通にギルドのロビーに入って行っただけなんだけどね。
朝から来たから混雑してるのかと思いきや、以外にもギルドに来ている冒険者は少なかった。
空いてる受付カウンターに並ぶと、あっという間に順番が回って来る。
「おはようございます」
「おはようございます。いらっしゃいませ、ご用件を承ります」
「えっと、ここのギルドに来るのは二度目なんですが、朝なのにどうして冒険者が少ないんですか?」
「……それはですね。護衛依頼が大半を占め、商隊の出発は早朝からが多いのです。依頼を受けた冒険者は、門の近くで護衛対象の商隊と、直接合流しているのです」
なるほど、朝なのに冒険者がギルドに少ないのは、大半が依頼を受けて出払っているからか。
受付嬢の説明に得心のいった俺は、本来の目的を果たすべく口を開いた。
「そうだったんですね。話は変わるのですが、手紙の配達依頼を出したいです」
「届け先はどちらになりますか?」
「領主様宛です。ウエルネイス伯爵家の手紙を預かって来てます」
「き、貴族家の使いですか?! し、失礼いたしました?!」
俺が伯爵家由来の者だと勘違いした受付嬢は、気安い態度で接していたから僅かな期間慌てた様子を見せたが、すぐさま気を取り直し、姿勢を正して依頼内容を確認して来た。
ウエルネイス伯爵家の手紙とは、実のところ俺を紹介する手紙らしく、エルくんの気が向いたら手助けしてやってほしいという、コスティカ様のお願いだった。
俺が国王から王侯貴族の命令を聞かない爵位を捥ぎ取った事で、コスティカ様も命令ではなくお願いという形を取っており、強制力は一切なかった。
上級貴族に会いたくない俺は、冒険者ギルドに依頼する形でコスティカ様の手紙を届ける予定なのだ。
貴族当人じゃなく、代官や使用人が接触してくるなら、手伝いも吝かではないという立ち位置でいる。
もちろんダンジョン攻略という俺の目的が優先だ!
街中の配達依頼と言う事で、依頼料に銀貨1枚を支払い、手紙を預けて冒険者ギルドを後にする。
もちろん、急ぎの配達にはしていない。
街を出る前に領主様に連絡が行かないよう、通常依頼で出してある。
宿でダンジョンの情報も聞いているし、目的地を悟られないように冒険者ギルドでダンジョンの情報収集はしていないからね。
足止めされる事も無く、無難に出発したいぜ!
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