第382話 格式高い宿だろうか?

 じきに日暮れになろうかという時間帯。

 忙しなく行き交う人並みに流されながら、ベネケルト伯爵領領都ツァッハレートの大通りを歩く。



「このまま冒険者ギルドに行って宿の場所を聞いて、部屋が取れたら休もうか」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」



 街の中に入ったから、シャイフはいつも通りに俺の影の中で待機している。足が遅いサンダはフェロウの背中に乗せ、楽そうに移動している。

 表情はあまり変わらないが、目を輝かせながら興味がある物に頻りに視線を走らせるノイフェス。

 人々の営みを観察するのに忙しそうだ。

 地下牢に放り込まれて人間観察どころじゃなかったし、領都ツァッハレートに着くまでの旅路では、追い越されたりすれ違う馬車や旅人くらいしか観察できなかったしね。


 楽しんでるところを邪魔しないようにしよう。



 大通りを歩いていると、視界の隅に冒険者ギルドの看板を見つけ、大勢が出入りしやすい造りになっている大きな扉を開け放つ。


 ギルドは、どこの街にもある大きな建物だったが、ロビーを見渡すと夕方が近いというのに、そこに居る冒険者の数は意外なほどに少なかった。

 いや、それなりには居るのだが、混み合う時間帯にしては少ないという意味だ。

 しかも、ここはダンジョンを有する街だ。本来であれば、もっと大勢の冒険者がいてもおかしくない。


 訝し気に思いながら、適当な列に行儀よく並ぶ。


 ただ並ぶだけで暇なので、些音聞金さおとききがねの魔道具を起動し、冒険者達の依頼内容にこっそり聞き耳を立てる。



『依頼完了だ、手続きを頼む』

『かしこまりました、依頼書を確認致します』



 ぶっきらぼうに告げる冒険者に、受付カウンターに差し出された依頼書を受け取り、受付嬢が丁寧に返す。



『護衛依頼完了のサインも問題ありませんね。ご苦労様でした。報酬を用意いたしますので少々お待ちください』



 大体の冒険者は、こんなやり取りをしていたし、これから依頼を受ける冒険者も、翌日以降に出発する護衛依頼を受けていた。


 この街のギルドは、護衛依頼が多いようだ。

 もちろん低ランク冒険者が受けるような街中で済む雑用の依頼もあったし、薬草採取の依頼もあった。

 ダンジョンがあるにもかかわらず、このギルドでは素材採取や肉の納品の依頼が無いのだ。明らかにおかしい。


 不思議に思っていると、俺達に順番が回って来た。



「いらっしゃいませ、ご依頼でしょうか?」



 俺達を見て優しく微笑む受付嬢は、どこぞの商会のお坊ちゃんが、メイドを連れて依頼を出すという、お使いに来たとでも思ったようだ。


 一応、防具も剣も佩いた冒険者装備で固めてるのにね。まあいいか……

 気分を害するほどでも無いから、気にせず話を進めよう。



「この街に来たばかりなので、テイムモンスターも泊まれる宿を教えてください」



 マーヴィの両脇に手を突っ込み、受付嬢に見えるようにカウンターの上に持ち上げた。

 だらりと身体を伸ばしたマーヴィの、柔らかそうなお腹が受付嬢の視界に入る。



「?! 失礼しました、冒険者の方でしたか」



 慌てて取り繕うように態度を改めた受付嬢は、記憶の中にある該当する宿を探し始めた。

 その中から絞り込めるように、俺が希望する条件を質問する。



「ご予算はいかほどでしょうか?」

「女性が安心して泊まれる宿なら、多少高くても構いませんよ」



 念のため俺の懐事情を聞き取った受付嬢は、数ある宿の中から条件に合う店名を口に出した。



「【そよ風の高原亭】がよろしいかと思われます。テイムモンスターを所持した高ランク冒険者や、ウォーホースを所有する商人なども利用する宿で、街の中心にも近く治安の良い場所にあります」

「良さそうな宿ですね、ありがとうございます。それと報告があります」


「なんでしょうか?」

「王都から来たのですが、街の西側に一日程の場所で、縛られた盗賊の集団を見ました」



 警備兵の上官は俺の証言を信じて無かったし、騎士団にも同じように伝えてるだろうから、冒険者ギルドにも俺達が倒したなどと伝えない方が良いだろう。

 だが、盗賊の件は報告義務があるから、街道脇の穴に捨てられてる盗賊達が置かれてる状況だけは伝えておく。



「それは騎士団の方には……」

「警備兵に伝えたら走って行きましたね」


「そうですか…。盗賊を捕らえたのは…?」

「騎士団が運んで来る盗賊を、尋問すれば分かるんじゃないですか? 俺達はあくまでも見かけただけなので」



 上司に報告するには情報が足りないのか「そうですか…」と呟いた後、資料を片手にどう書こうか眉を寄せていた。



「それで、この街にはダンジョンがあるって聞いたのですが、どこにありますか?」

「ツァッハレートダンジョンでしたら、この街の東門を抜け、東の街道を更に半日ほど進んだところにあります。冒険者ギルドの出張所もそちらにありますので、素材や魔石の買い取りなども行えます」



 街の近くにダンジョンはあるけど、かなり離れているから往復するだけで一日費やすのか。

 だから、ダンジョンを利用する冒険者がここのギルドに立ち寄らないから、街の規模の割に冒険者が少なく見えたのか。


 謎が解けてすっきりとしたところで、受付嬢にお礼を言って冒険者ギルドを後にする。


 大人(生まれたての0歳児だが)に見えるノイフェスが一緒に居るおかげか、ギルドで絡まれなくて良かったな。

 というより、護衛依頼を受けるような対人関係を円滑に運ぶ冒険者が多く、依頼主にも多そうなご令嬢たちに手を出すような連中が居ないのだろう。


 依頼主と冒険者の間でトラブルになったら、次から依頼が来なくなりそうだしね。少なくとも護衛の依頼があったとしても、その冒険者がいるパーティーは事前に拒否するよう手を回しているだろう。


 警備兵には不快感を覚えたが、冒険者ランクが上がらないと思えば、「良くやった!」と褒めてやりたいくらいで、むしろ気分が良い。



「よし! 宿を探してきょうはもう休むぞ」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」



 大通りを更に東へと進み、馬車を見かける事が多くなって来たところで、立ち並ぶ大きな建物の一つに、目的の宿【そよ風の高原亭】の看板が見えた。


 ━━カラコロカラン


 宿の扉を押し開けると、その動きでドアベルが鳴り、音に気付いた従業員が一斉にこちらに注目をする。



「いらっしゃいませ」



 すかさず受付に立つ従業員が挨拶の声を上げ、頭を下げ丁寧にお辞儀をする姿が見える。従業員の教育が行き届いた格式高い宿だろうか?

 受付に向かい歩を進めるが、視線を浴びながらだと流石に緊張してしまう。



「こ、こんばんは。二人部屋は空いてますか?」

「二人部屋でございますね。空いております」



 部屋の空き情報も把握してるようで、即座に返答が返って来た。


 できる受付嬢だ!



「それと、テイムモンスターが一緒でも構いませんか?」



 受付嬢が身を乗り出すようにカウンター越しに俺の足元を覗き込み、



「人より大きく無い魔物でしたら、部屋まで連れて行っても構いません。一名様一泊銀貨3枚で、二名様で銀貨6枚となります」



 値段を聞いて最初の感想は、「高っ?!」だ。

 王都の角猛牛亭に比べても高い。

 だが、王都の辻馬車の運賃を考えると、あり得る金額なのか?とも思う。

 確か銀貨1枚か2枚は取られてた気がするしね。



「二泊したいのと、食事は別料金ですか?」

「失礼しました。朝夕のお食事は料金に含まれます。二泊でしたら銀貨12枚になります」



 流石に食事代は込みだったらしい。この街で、美味しそうなお店を開拓しなくても良さそうだ。

 二人で二泊して12万ゴルドか……と、中々の高級宿を紹介してくれたらしい。

 宿のロビーをみると、商人っぽい裕福な出で立ちの人が多く、護衛か番頭らしき人を伴って数人で固まって行動していた。


 裕福な人が宿泊する宿だな。冒険者も相当高ランクじゃないと連泊は難しそうだ。

 まあ、俺達はEランクなんだけどね!

 王都のダンジョンでAランク試験相当の、アイアンゴーレムを倒すパーティーだから、ランク詐欺っぽいけどね。



「大銀貨2枚で支払います」

「お預かり致します。銀貨8枚のお釣りです。こちらがお部屋の鍵になります」



 お釣りと部屋の鍵を受け取ると、するすると男性の従業員が近づいて来た。



「お部屋にご案内致します。お荷物もお預かり致します」



 どうやら部屋の案内兼ポーターの役割をする、専門の従業員が居るようだ。

 ん?

 こういうのを総合的にやる人を、ベルパーソンって言ったっけ?


 サービスは良いけど人件費がかかってそうだな。



「荷物は結構です、部屋の案内をお願いします」

「かしこまりました、こちらでございます」



 一瞬顔を顰めた授業員は、取り繕うかのようにすぐさま笑顔を浮かべ、部屋への案内を始めた。


 あれか? 荷物を運ぶという労働をする事で、心付けチップを受け取る算段だったのだろうか?

 いや、俺達のリュックは偽装用で中身は軽いぞ?

 そんなの持ったからって、支払う心付けチップは銅貨2枚の200ゴルドだぞ?


 前世の知識によると、海外旅行に行くと枕元に1ドル紙幣を残して部屋を出るから、銅貨1枚は普通か?



 ベルパーソンに案内された部屋で一休みしたところで、翌日からの予定を打ち合わせた。



「明日は休養も兼ねてこの街を散策するよ」

「ラジャーデス」



 宿の食堂が解放される時間になったので、すかさず食堂へ降りて食事を注文する。


 宿泊代に自動で食事もついて来るので、決まった食事が出てくるようで、人数だけ伝えれば勝手に食事が運ばれてくる。

 飲み物は別料金で、足らない人は追加料金を支払ってサイドメニューを注文する方式だ。


 出て来た夕食は、ホーンラビットのサイコロステーキにポトフのような煮込み料理。花が咲いたようにカービングされた大きな果物が飾られ、一口大にカットされたデザート代わりの果物盛り合わせが出て来た。



「さっそく食べようか」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」

「シャイフは部屋に戻ってからな」「ピッ!」



 王都で仕入れたホットドッグをフェロウ達に配り、シャイフは大きいと判断されて部屋に入れられないと困るので、やはり影の中で大人しくしてもらってる。

 一人だけお預けで少し可哀想だが仕方ない。



 ホーンラビットのサイコロステーキは、香辛料をふんだんに使ったスパイシーな刺激のあるやや酸味がかったソースがかかっており、比較的淡白な味わいのホーンラビット肉を、強烈なイメージに塗り替えていた。

 ポトフのような野菜煮込みも、じっくり時間をかけてコンソメ?フォン?を使った出汁が感じられ、野菜の旨味が引き立っていた。

 果物は素材の味がそのままだね。


 どの料理も料理人の努力の結晶と思えたが、比較的簡単に狩れる魔物肉だし、保有魔力が低くて肉の味も一味も二味も落ちる。それに、角猛牛亭の牛骨や馬骨で出汁を取ったスープに比べたら、ただの野菜煮込みではパンチが弱い。

 これに慣れっちゃってると、高級宿の料理でも物足りなさを感じてしまう。



 頑張ってると思うんだけど、俺の舌も贅沢になったな……

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