第380話 絵は苦手なのかしら?




 王家との折衝を終え、ウエルネイス伯爵家の馬車で帰路に立つ。



「結局、破門の腕輪が外される事は無かったですね」

「実行犯を捕らえても鍵を所持しておらず、いずこかに放棄したと仰ってましたわね」



 理由なく投獄されていがのが判明したのだから、王城に出向けば破門の腕輪が外されると期待してたのだが、逃亡中のフェルメランダー男爵が、街の外でどこかに投棄したらしく、鍵は紛失されたままだった。


 元凶が捕まったのだから、腕輪が外される可能性も考慮して出向いたのだが、期待外れもいいとこだった。



「でも良かったのかしら、エルくん?」

「王家の手によって、鍵が見つかり破門の腕輪が外されたら、グリフォンが出る緑色の宝珠を取りに行く件ですか?」



 王家の提案に眉をひそめてたコスティカ様は、帰路になっても不服そうな表情で話しかけて来た。



「そうよ。エルくん、嫌そうにしてたじゃない」

「勿論嫌ですよ。ですが、王家の手によって外された場合です。鍵がすぐに見つかるとも思えません。王城内にいる俺を、いつまで経っても見つけられないんですよ?」


「そういえばそうですわね。安心しましたわ」



 騎士や兵士の捜査能力の低さを揶揄すれば、コスティカ様も腑に落ちたようだ。

 まあ、王家が鍵を発見したからと呼び出しを受けたら、女神フェルミエーナ様から直接貰った鍵で、事前に外してしまうのだけどね。


 そして、破門の腕輪だけ王城に届けて終わりだな。

 一応、国が保有する備品だし、きっちり返却しないとね。



「それにしてもエルくんは、手心を加え過ぎですわ。もっと毟り取って差し上げても良くってよ」



 言葉遣いを荒げながら、意味深に見つめるコスティカ様。


 ……ちょっと怖くなって来たのだが?


 手心を加えるも何も、実際の被害は帯剣していた安物の剣と、俺とノイフェスのリュックサックが二つに中身の着替え一式だ。

 被害額は微々たる物だし、投獄された精神的苦痛を金額に換算すれば、平民なら安いが、女神の使徒を投獄したのだから十分過ぎるほど毟り取ったはずだ。


 それに、誰にも教えて無い女神の使徒の精神的苦痛なんて、思いっきり詐欺っぽいし、罪悪感が半端無いので、手心を加えるのも許して欲しい。



「それに良く分からない権利関係ばかりで、王家の実質的な損失は軽微な物ですわよ? それに買い取った爵位の数が膨大ですわ!」

「不味かったですか?」


「不味くはないですわ。ですが……、エルくんの考えから読み取りますと、王家がそれなりに対応したという実績を作り、請求額には遥かに及ばない金額でも示談に持って行ったのでしょうが……」

「そこに問題がありますか?」


「それらを踏まえて! エルくん、キャロルと婚約なさい!」

「えっ……?!」


「もちろん理由がありますわ! エルくんは、成人前の結婚もしてない婚約者もい無い優良物件ですのよ? 身上書が多数送られ、下級貴族のご令嬢が一斉に群がりますわよ?」

「そ、それは怖いですね……」



 確かにお相手の居ない貴族家当主?に該当する事になるから、年頃の娘が余ってる貴族にとって、有望な婚姻先になりそうだ。

 おまけに爵位を山ほど所有しているから、何人子供を作っても何かしらの爵位が貰えそうで、俺と反りが合わない貴族だったとしても、子供世代、もしくは孫世代で分家として、自分の派閥に取り込める可能性も残されている。


 それらを危惧して、コスティカ様は俺に視線を合わせ、諭すように話を続けた。



「ですので、キャロルと婚約なさい」

「そうなりますか……」


「当家は、結婚まで進めてもかまいませんのよ。伯爵家とエルくんの子爵家。家柄に問題無いですし、家格も然程問題がありませんわ」

「それは……、キャロル様のお気持ちも考慮してください!」



 爵位が一つしか変わらないのだから、問題無いのは分かるけど……


 コスティカ様があれこれ進めているけど、いくら貴族令嬢だからといって、キャロル様にだって選ぶ権利くらいあるだろう。

 それに、グレムスが一応当主なんだろ? 独断専行が過ぎるのじゃないのだろうか?



「学院から戻ったら、キャロルに確認しますわ」



 そう口にするコスティカ様は、悪戯が成功したかのように嬉しそうに笑っていた。


 いや、俺は結婚をそんな流されるように決めてもいいのか?


 帳尻を合わす為に爵位を受け取ったのは、失敗だったのかも知れない。


 まあでも、爵位の大小にかかわらず、王侯貴族の命令は拒否できるし義務も無く、代わりに給金も無い爵位として受け取っている。

 身上書を押し付けられても、全て拒否すればいいな。



「エルくんも、年末までには覚悟を決めておくのよ」

「どうして年末なのですか?」


「貴族は新年の祝いで王城に集まるのよ。その際、爵位を授けたり、陞爵しょうしゃく降爵こうしゃくなどの行事が行われますわ。もちろんエルくんも参加ですわね」

「なるほど……」


「だから、エルくんは家名と家紋を、それまでに決めておくのよ」

「それもありましたね」



 家名か……。

 貴族となると必要になるが、ローゼグライム姓は使えないし使う気も無い。

 悩むところだが、元日本人や地球っぽい家名をこの世界っぽく付ければ良いか。


 うーん…。


 地球を言い換えるとアース、ガイア、二つを並べて【ガイアース】でいいか。

 エル・フォン・ガイアース子爵か……、悪くないな。


 あっさり決まったところで次は家紋か……


 だがしかし!

 俺には絵心が全く無い!



「コスティカ様、家紋を決めるのにあたって、絵心のある人材は居ませんか?」

「エルくん、絵は苦手なのかしら?」


「有り体に言えばそうですね……、むしろ壊滅的らしいです」



 エリノールの兄、サンティアゴの店でスカートのデザイン画を描いた時、何が書かれているか判別不能だったらしい。

 図面ならともかく、思い描いた物を二次元に書き写す能力が、俺には欠如してると思われる。

 代わりに魔法でイメージを具現化するのは大得意なので、図案を決めたら土魔法で具現化しよう。

 それを絵が得意な人に書き写してもらって、家紋の発注をする形になるかな?



「そうですわね……。その時は王室紋章官を呼びましょう。そこで紋章を口頭で説明して、図案に落とし込んでもらえば良いわ。ゆっくりで構わないのだけど、家名と図案が決まったら教えてくださる?」



 俺の絵心の無さを聞き逡巡した後、専門家を呼ぶ事をあっさりと決定した。



「分かりました。それと、ラナに手紙の配達を頼んでもいいですか?」

「お急ぎかしら?」


「急ぎでは無いですね。爵位の件とエリクサーの件を、ミスティオに居る商会のまとめ役に知らせたいのです」



 俺が地下牢に入れられた原因の一つにエリクサーがある。

 それを所持してたのは本当だし、表向きはルドルファイの腕の治療で使用済みとなっている。

 エリクサーを所持しているという情報で俺が狙われたのは、エリクサーが残ってると助かる、もしくは欲しいという人が、信じたいモノを信じた。という線もあるが、使用済みだという事を宣伝不足だったのかも知れない。

 その辺りをルドルファイに伝え、確りと広報してもらいたい。

 他にも爵位を買い取った件とか、伝達事項はいろいろある。



「こちらもミスティオに連絡を取っているから、その時に一緒に送ってあげるわ」

「ありがとうございます。それと、使用人の教育をお願いしたいのですが……」



 爵位を得るとなれば、王都に屋敷が必要になるだろう。



「そうですわね。新年から貴族になるエルくんには、お屋敷と使用人が必要になるわね。いまの内から教育を始めたいという訳ね。雇う人員に当てはあるのかしら?」

「その辺りはコスティカ様にお任せします」


「こちらで手配しますわ。でも良いのかしら? エルくんのお屋敷で起きた事は、すべて当家に筒抜けになりますわよ?」

「それこそ今更でしょう」



 キャロル様と婚約するとなれば、専属侍女やら専属護衛やらが付いてくると思う。そうなったら、元ウエルネイス伯爵家の使用人から、俺の屋敷で起きた出来事は筒抜けになる。全ての使用人がウエルネイス伯爵家の息がかかっていたとしても、情報源の多可は誤差みたいなものだ。


 婚約や婚姻は、キャロル様の意見を聞いてからだけどね!!


 ささやかな抵抗を試みるが、有象無象のご令嬢が押し寄せるより、キャロル様と婚姻した方が最善といえるのも事実だ。



 このまま流れに身を任せるのか、エルの明日はどっちだ?!

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