第379話 王命を出すか?

 ガリウス・フォン・ローゼグライムside






 要望された書類を作成する為に会議室から執務室に場所を移し、エル商会長が選んだ物を考察する。



「しかし、宰相もなぜ【素材保存の魔道具】を一覧に入れておったのだ?」

「王家が金貨を生み出す源泉の一つでも掲げなければ、誠意をもって対応してるとは見られません」


「だが、本当に【素材保存の魔道具】を選んだ時は、肝を冷やしたぞ。それに抗おうとも、『魔道具マジックバッグを奪われたのですから、魔道具をいただきたい』といい出されては拒否する事もできず、国宝クラスの魔道具を渡すのも必然となる」

「ですが、管理自体はこちらに任せ、毎月の貸出料に加え、利益の半分を月末にまとめ翌月に支払う。という方式となりましたね」


「そうだな。『基本料金と出来高払い』とか話しておったな。だがこちらとしても、【素材保存の魔道具】の所有権が移った事と、売り上げが約半分になった程度の痛手で済むのは助かった」

「当初から爵位を得るつもりだったのでしょう。【素材保存の魔道具】を貸し出す事で、貴族としての役割を果たした事になります」


「領地を持たぬ貴族であれば、何かしらの公務を行わねば、爵位が下がり続け平民となるからな」



 エル商会長が、あまり利権を手に入れようとしなかった為、評価額に対して成果の薄い、罠のような権利を回避する事となった。

 その事にホッと胸を撫で下ろした。グリフォンの宝珠の依頼を出す相手であれば、拒まれるような方策を取る訳にはゆかぬからな。



「それにしてもあの場に現れたご婦人たちは、なぜエル商会長の味方をしていたのだ?」

「ウエルネイス伯爵家が所属する派閥以外にも、なぜか王族派のご婦人たちが何名か参加しておりました」



 我々王族の味方となるべく力を寄せ合った王族派が、前当主夫人や現当主夫人がエル商会長側に回っていた。


 なぜそのような事態になるのか困惑するが、あれだけの貴族家が集まっていては、王家の強権を振りかざす訳にも行かなくなっていた。

 あの場で法を超えた強権を振るえば、国王の独断を咎められるであろう。更に、人心は離れ、例え王族派に所属していようとも、以降の離反は免れない。

 政治力を持たないご婦人であっても、旦那や息子を意のままに操るなどお手の物だ。一つ一つは小さくとも、束になって掛かれば王権を振り払うほどの力を持つに違いない。そこまでの力が無かったとしても、以降のまつりごとに支障をきたすに違いない。


 思わぬ伏兵の存在に……、いや我々の背中を撃つ存在に恐れを抱き、強気な態度は鳴りを潜め、粛々とあちらの要望に応えるだけとなってしまった。


 なぜエル商会長の力になるのか、彼女たちの参加を苦々しく思っていた。



「ご婦人たちの参加はこの際忘れるとして、フェルメランダー男爵のような軽微な犯罪を繰り返す者がおるやも知れぬ」

「エル商会長の証言では、他にも地下牢に来た者がいたり、食事も一日一度きりだったりと、賄賂に横領そして横流しが予想され、規定に従わず私腹を肥やす者が多そうです」


「まさに王家の足元を揺るがす事態であるな。平民用の地下牢で起きた事とはいえ、綱紀を正すよう、徹底的に膿を洗い出せ!」

「畏まりました」



 恭しく首を垂れた宰相は、すぐさま配下に向き直り方々へと指示を出して行き、慌ただしそうに動き始めた。その姿に満足そうに眺めつつ、書類の山を切り崩して行った。


 一頻り指示を出し終えた宰相は、次なる案件を解決するための手段を伺う。



「陛下。フェルメランダー男爵を尋問するも、破門の腕輪の鍵のありかは、凡そにしか判明いたしませんでした。そちらに人員を割くには、騎士団長の同意が必要と思われます」



 西の関所に向かう街道のいずこかに放棄したと証言を受け、捜索に人員を向かわすには、戦闘要員に捜索要員と交代要員など、多数の人員が必要となる。

 数人を向かわせたところで成果は上がらないであろう。人海戦術で捜索する外ない。


 なにせ破門の腕輪の鍵は、片手で握り込めるほどの小さなもので、道端に落ちる石ころと変わらぬ大きさでは、少人数の捜索では見落としがあるに違いない。



「だが見つけねば、グリフォンが出る緑色の宝珠の依頼は受け付けないといっておったではないか」

「お言葉ですが、ランクを自主的にEランクに下げております。どの道Aランクに上がるまでは、国家からの指名依頼を出す事は叶いません。不要に人員を割くのも、いかがなものかと……」



 そう考えると、グリフォンが出る緑色の宝珠の依頼は、かなり無理があるように思える。

 だが、破門の腕輪は女神教会に、高額な喜捨をして手に入れた備品。できる事なら再利用できるよう、鍵の確保も必要な任務だ。宰相に言わせれば、急ぐような案件では無いらしい。



「それよりも、フェルメランダー男爵を唆した貴族への対処です」

「そうであるな。一連の流れから、グリフォンが出る緑色の宝珠を納品するよう、王命を出すか?」


「冒険者エルが断る理由になったのは、マジックバッグの損壊と破門の腕輪の装着にあります。唆さなければ、今頃、緑色の宝珠を得ていたという事ですね」

「そうだ! やつらに冒険者の代行をさせ、王命を果たせない場合、責任を取って、今回の賠償の補填を彼らに担ってもらうだけだ」


「良い案かと思われます」

「どうせ尻尾を掴ませるつもりは無いだろうからな。何かしら言い逃れできるような状態に持って行ってるはず。貴族としての責任を果たさせる!」



 今回の事件に関わった連中を許す気は無く、何かしらの責任の取らせ方を考えつつ、王家の資金力が弱体化せぬよう対策を講じる。



「フェルメランダー男爵が名を上げた貴族どもを、呼び出せ! 地下牢の件は宰相に任せる!」


「ははっ。畏まりました」



 それにしても、エル商会長は【飛行許可証】を20枚もの数を要求していた。飛行する魔物を多数調達する計画でもあるのであろうか?


 マジックバッグという運搬能力を失い、破門の腕輪で戦闘能力を失ったというのに、グリフォンが出る緑色の宝珠を集める算段がついているのであろうか?



「宰相」

「はい?」



 先ほどのエル商会長との折衝で余計な仕事が増えて忙しくなり、非常に嬉しくなさそうな表情でこちらを向く宰相。



「当面はグリフォンを諦め、ウィリアムがテイムしている魔物の宝珠を集めた方が有益か?」

「冒険者ギルドの報告では、グリフォンの宝珠を納品できる冒険者が存在しなくなった以上、方針転換を図るのは有益かと存じます」


「たしか、ヒポグリフが出る階層は……」

「13、14階層でございます。この階層であれば、BランクやCランク冒険者でも探索できる事でしょう」



 ダンジョンの魔物を把握していた宰相が、即答で答える。

 難易度が下がる事で間口が広がり、ヒポグリフの出る宝珠納品の依頼を受ける冒険者が増えそうだ。グリフォンの宝珠よりも、期待が持てそうだ。



「集める人員が多い程、緑色の宝珠を得られる可能性も高まるか……。ならば、ダンジョンから出る緑色の宝珠は、全て王家が回収すると冒険者ギルドに通達せよ!」

「畏まりました」



 緑色の宝珠を持ち出す場合は、事前に一度限りの持ち出し許可証を発行し、それに金を支払わせ新たな財源としよう。

 ウォーホースもヒポグリフも、緑色の宝珠のままでは判断がつかぬ。ダンジョンから産出する緑色の宝珠は、全て回収するのが無難であろう。


 緑色の宝珠買取の基本料金として、銀貨3枚支払えば良いか……。

 回収した宝珠から冒険者側の申告通りの魔物が出れば、それに応じて追加報酬を支払えば良いであろう。


 良くある黄色の宝珠の買取価格と同等だがな。



 ウィリアムの提案したヒポグリフ部隊が、現実味を帯びて来た。

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